最終話「謙虚な心」
三人の面談が終わった後、いつもの中庭でベンチに三人並んで過ごす。
「れ、蓮さん……、突然、ひどいことをしてしまって……、本当に申し訳ございませんでした……!!」
「う、ううん……、陽菜さんのこと好きだから、平気……」
蓮の顔はまだ赤い。
「いやー、悪かったな、俺の時は中途半端にして。人命をどう思ってたにせよ、外敵は倒さん訳にいかなかったからな」
「い、いえ、先輩にも大変なことを……!」
「今度は、満足できたか?」
「それはもう……! い、いや、それより、蓮さんの気持ちが……。わたしが勝手にしたいことだけして、蓮さんには嫌な思いを……!」
「あ……、恥ずかしかっただけで、何も嫌なことなんて……」
「わたしの趣味は特殊で、蓮さんにも先輩にも合わせられないし……、むしろ、お二人にこそ他の相手が必要ですよね……?」
蓮は寂しそうな表情をして、陽菜の手を握った。
「そんなこと、言わないで……。僕は陽菜さん以外の人と、恋人にはなりたくない……」
陽菜の肩を抱きながら琉聖も同調する。
「勘違いしてるかもしれんが、心が荒んでた頃の俺でも好きになれる女はお前だけだったし、立ち直ってからの俺が認める女もお前だけだ。日本の人口は二億にも満たないんだから、奇跡的に生まれた人間が何人もいる訳ないだろ。そこらの女じゃ話にならん」
蓮と琉聖は、社会通念に従っているのではなく、彼ら独自の価値観に基づいて行動しているだけだ。
「では……、どうにかして、わたしの趣味を矯正しないと……」
「それも必要ない。俺は特殊な方が普通に合わせるって考えが嫌いなんだ。それに、お前が言ったよな、理性を持って生きるのが人間で、俺にはそれができてるって。お前の趣味が合わないとしても、それはただの本能だ。俺にも残ってた人の心はお前を愛してる」
「うん、僕も、陽菜さんの愛情が感じられれば、それで十分。どんな形かは気にしないよ。もし、せっかくの気持ちを隠されてしまったら、その方が辛い」
互いの心、その在り方が最も重要で、それ以外は些細なことだった。
「あ、ありがとうございます。その……、じゃあ、これからもわたしが一方的に襲うだけでいいですか……!? わたしはスタイルが悪いですし……」
蓮と琉聖以外が相手だったら、さぞかし不満を持たれたことだろう。
「そんなに自信ないかぁ。この前の、美少女って言葉にも拒否反応出てたし。多分見る目のない奴から、色々ひどいことを言われてきたんだろうな……。じゃあさ『美声少女』でどうよ?」
「あ……!」
確かに声であれば、蓮には褒められ、他の者にけなされてもいない。
「前にも言ったけど、ずっと好きだったんだ、陽菜さんの声。自然な優しさが出てて、本当に魅力的だよ!」
「そういえば声なら、前に蓮さんと教室で話していた時、外から入ってきた人に『期待させるな』って怒られたことがあります!」
嬉しそうに怒られた時の話をする陽菜。
怒っているぐらいなら、お世辞抜きに声はいいと思われたのだと確信できる。
「何で向こうが怒ってんだよ!?」
「言い返すと、余計に陽菜さんが萎縮するかと思って、どうにもできなかったんだよね……」
陽菜の明るい声が聞けたところで琉聖の面持ちが変わる。
「陽菜の魅力を再確認できたところで、大事な話がある。『壮術者』・『一般人』・『外敵』全てに関わることだ」
外敵襲来後、しばらく問題になっていなかった言葉を聞いて、陽菜と蓮の緊張感も高まった。
「今では壮術者の人権も確立され、次に外敵の襲来が始まった時、より効率的に戦える環境も整えられた。だが、俺たちの想い合う心が変わらないように、差別主義者の考えも一朝一夕には変わらないだろう」
一見解決したようにも思われる差別問題の話に、より一層場の空気が張り詰める。
「壮術者が社会に認められた今、なおも差別的思想の抜けない連中が次に取る行動は何だ?」
蓮はすぐに理解できたようだ。
「――凶悪犯罪やテロ行為」
「そうだ、自分たちは害悪だと思ってる相手を差別できなくなれば、今度は反社会的な勢力として攻撃してくると考えていい。いい加減、あのバカの言葉を引用すんのも嫌なんだが、ことごとく的中してる奴の予想が正しければ、次の敵がとる戦法は、科学技術による『壮力の奪掠』だ!」
壮力が科学的に解明できるならば、普通の人間が取り扱うことも不可能ではない。
そして、外敵を倒す為に必要なのは、壮術者の存在ではなく、壮力のみ。何らかの手段で力を抽出し武器や兵器に転用できれば、用済みともいえる。『誰もが平等に、壮力を使って身を守れる』などという大義名分は想像に難くない。
「『壮力』って名前は、俺が呼び方を縮める為に何となく作って、研究の第一人者に認めさせたもの。そして――『弾碍』と『外敵』の命名者はそれぞれ別人だ。弾碍は、異能学が確立されるより前に、世界最強の壮術者が習得したもので、意味は前に説明した通り」
『どんな障碍をも弾き飛ばして進んでいく』、人間を皆殺しにできると言っていた者が命名したとは考えにくいポジティブな表現だ。
「『外敵』と名付けたのは、当然、発見者本人で、込められた意味は『内側の敵、即ち人間に対して、外側の敵』だ。これから先は、三つ巴の戦いになるだろう。さらに壮術者同士でも対立する場合が考えられる」
重々しい口調の琉聖が語る内容に、二人は神妙に聞き入る。
「この前よりも過酷な戦いが待っているはず。陽菜、恋はもっと気楽に、好きなことだけやってていいぞ。仲間同士、愛し合う者同士まで、粗探しして傷付け合う必要はない」
「先輩……!」
陽菜の『余裕を持って、十秒』は、ただ格好をつけたくて言ったことではない。どのみち十秒もすれば、能力が強制解除されると気付いていたのだ。実際、攻撃を行えば十秒持たなかった。二人を守り続けるには、まだ力が足りない。
遂に見出した、二人の役に立てる方法。こちらを磨くことが最優先である。
「俺たちのリーダーは、陽菜、お前だ。俺はお前の才能が十分に引き出されるまで、何としても時間を稼ぐ。蓮、俺が持ってる異能学の断片的な知識から、壮力をさらに鍛え上げる修行法を考える自信はあるか?」
「今の時点でそれができる自信はありません。ただ、これから成し遂げるという確信はあります」
蓮は現状の自分を過信することもなく、自らの才能を疑うこともなく、ただ静かに、そう答えた。
「よし、それでいい」
そして、リーダーに指名された陽菜。
「わたしが……リーダーですか……?」
「そうだ。前にも言ったように、カリスマのない奴の下では誰も戦わない。お前に、俺たち三人が戦う上での要となってもらいたい。無理に引き受けなくても、これはあくまで俺の望みだ」
まっすぐ見つめてくる琉聖の目には確かな信頼が感じられる。
(以前なら……、少なくとも自分には務まらないって言ってた。でも……、頼ってくれる人の気持ちを否定したら、謙遜にもならない)
外敵のリーダー格は、小型種を盾として後ろに控えていた。
リーダーでありながら、率先して傷付き、他の者を優遇し、ついでに雑用係も兼任すれば、この上ない自虐になる。
「謹んで、拝命いたします」
「陽菜さん……!」
とても心強いとばかりに、身を寄せてきた蓮。
蓮の、聡明で芯が強く、献身的な性格ならば、陽菜が戦いで活躍するほどに、かいがいしく尽くしてくるに違いない。
「ま、今のは、もう、知ってることを隠してお前らに苦労をかけたくなかったから、話しただけで、連中もまだすぐには動かんだろう」
時間の猶予はありそうだ。その間に力をつけていくことができる。
「だが、差し迫った問題もある」
まだあるのかと嫌にもなりそうだが、それだけ不条理な世界であることは百も承知だった。
「陽菜、今まで誰かとキスしたことは?」
「へっ……!?」
話が予想だにしない方向に飛んで、陽菜は動転する。
「い、いえ、その……、先輩と蓮さんを襲った時に……身体に唇を押し付けたりはしましたけど……。く、唇同士は……まだ、です……」
「敵が動く前に対処すべき重要課題として、陽菜のファーストキスをどうするかってのがある」
「ええ!? わ、わたし、キスどころじゃないことを、お二人にしてしまったんですけど……」
「デートと違って同時には難しい……」
真剣に悩んでいるらしい。
「いずれにせよ恨みっこはなしだが、蓮も譲る気はないだろ?」
「はい、こればかりは遠慮するという訳にいきません。僕も陽菜さんに愛情を伝えなければいけませんし、その気になってもらえるよう努力は惜しまないつもりです」
考えてみると、蓮は、陽菜と深い仲になってから、その他の者には毅然とした態度を示せるようになった。
それとは対照的に、陽菜には、恥じらうような、あるいは甘えるような、そういった仕草を見せることが多くなったようにも思える。
本当に誘っていたということもありえなくはない。
「あ、あの……、わたしなんかのファーストキスで、そんなに深刻にならなくても……」
二人の間で視線をさまよわせる陽菜。
「フッ」
「ふふっ」
琉聖と蓮は、陽菜を間に挟んだまま、顔を見合わせ笑い出した。
そして、琉聖はベンチから立ち上がり、陽菜と蓮、二人に向かって宣言する。
「こういうことで一番深刻になれる世界にしていこうぜ。俺たち三人の力でな!」
「はい!」
陽菜と蓮の声が重なった。
水無月陽菜は、かつて『超能力』と呼ばれた力のせいで、自信を奪われた。
そして今度は、いかに奪掠を繰り返されても失われることのなかった、謙虚な心を武器として『壮力』を操り、誓いを果たすべく立ち上がった。
異能審判 平井昂太 @hirai57
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