エピローグ

第37話「面談」

 外敵襲来により破壊された町が、復興し始めた頃、脅威を退けた三人には正式な感謝状が送られていた。

 そして、外敵は全国の何か所にも現れており、各地で――まだ超能力者と呼ばれていた――壮術者が奮戦したという話だ。

 いつまた訪れるか知れぬ危機に備え、社会の在り方は変わらざるをえない。

 公的に、『超能力』・『超能力者』は、『壮力』・『壮術者』と名称を改められ、『超能力』という言葉はテレビ番組全般からも日常会話からもその姿を消した。外敵襲来前の話題であれば、単に『能力』という表現を用いるのが一般的である。




 陽菜たちが通う第七高校では、悲惨な事件を目の当たりにした生徒の心をケアする為、カウンセリングや教師との面談が行われていた。

 一年生の教室。雨宮蓮と担任教師の面談。

「うーん、お前は成績優秀で、そもそも町を救った英雄の一人だし、特に言うこともないか」

「でしたら、こちらを見てもらえませんか?」

 蓮は一束のレポート用紙を手渡す。

「提案書?」

「はい、この学校のカリキュラムに対する、一つの改善案です。今まで生徒の側からこういったことは行われていなかったようですが、一度目を通していただければ」

「確かに、お前は何でこの学校に入ったのか不思議なぐらい――、そうか、差別問題で比較的安全そうなとこを選ばざるをえなかったのか……」

 蓮とその家族は、髪の色が病気によるものと信用してもらえそうな学校を探したのだ。

「まあ、入試でダントツだった、むしろ俺より断然賢いお前の案なら学校も十分検討するだろう」

「ありがとうございます」

「過去の試験内容まで調べたのか、従来の教科書内容の暗記が大きく影響するものから、論理的思考を問うものに――、授業内容もそれに即し――」

 担任はその場で数ページほど読んでみた。

「俺が読んでも、いいか悪いか判断できんし、会議に持ってくか。しかし、自分はあれだけ勉強できて、その上、できない方にも配慮を欠かさずこれだけのもん作ってくるって、お前は聖人君子かなんかか? そういや、前は水無月にも助け船出してたし」

「その節は失礼しました。ただ、最近自分の学力ではまだまだ足りないと痛感して、こういったことも勉強のうちと思い作成してきたんです。もし今後もお時間をいただけそうなら、他の案も用意してみようと考えています」

「いや、お前、もう国立大学余裕で受かるレベルだろーが」

「大学に入るだけでは駄目なんです。もちろん卒業するだけでも。人を守れるような技術を実用化できる研究者になって、そこからがスタートなんです」

「そういや、お前ん家医者の――、いや、そういえば『壮力』の研究ってのもあるんだったか。『壮術者』の使命って奴か? どこまで真面目なんだ」

「いえ、そんなことは全然。僕と同じ人を好きになった先輩がいて、何故かその先輩は自分より僕の方が上みたいに思っているんです。実際にはそうでもないのに、格上に勝つぐらいの努力をされてしまったら、こちらも同等以上に頑張らないと、完全に置いて行かれてしまいます」

「お前に好きな奴がいるとは、初耳だな。ていうかお前が努力する側って、一体どんな女だよ?」

「とても優しくて、控えめで……、それでいて、強くてかっこいい、そんな素敵な女性です。彼女の為に、たとえ勝てなくても、負ける訳にはいきません」


 三年生の教室。日下琉聖と担任教師の面談。

「まず、謝らないといけないわね。あなたが不良扱いされているのは知っていたのに、傍観者でいたことを」

 琉聖の担任である女性教師は深く頭を下げる。

「過ぎたことは仕方ない。争いなんてもんは、元をたどったらどこに非があるかなんて分からんしな。差別意識のある奴も、また別の誰かのせいで、そんな風になったのかもしれん」

「本当に、何であなたを不良だなんて思ってしまったのか不思議なぐらいね……。教師として恥ずかしいわ」

「やっぱり、何を恥じて何を誇るかが一番大事なんだろう。それはそうと、もし何か詫びがあるんだったら、この学校で一番優秀な地理の教師に話を通してくれないか? 本気で学んでいきたいから、指導を頼むって」

「地理……。『外敵』だったかしら、この町以外にも襲われた地域がいくつもあるんだったわね……」

「それもあるが、何か一つ得意科目を作りたかった。複数の教科で雨宮蓮に勝つのは不可能だからな。どこか一点でも勝てる要素が欲しい」

「一年の雨宮君? 確かに彼は非の打ちどころがない頭脳の持ち主だわ。確か、一緒に戦ったのよね?」

「ああ、仲間でもありライバルでもある。仲間だから倒す必要はないが、ライバルとして引き離される訳にもいかん」

「最後に空で起こった爆発……あれは、あなたがやったと聞いたけど、あの力だけでも勝っている要素じゃないかしら?」

「『弾碍』って力なんだが、そのまま撃つと威力が高すぎて町まで吹き飛ばしてしまう。かといって、自在に操るにはまだまだ力不足だ。現時点で、好きな女を守るのに役立つとは言い難い」

「く、日下君に好きな人がいたとは思わなかったわ……」

「ライバルってのも恋のライバルだからな。仮に力を完璧に制御できたとしても、そんなもんで勝てる相手じゃない。まあ世界のどっかに、その上を行く頭脳の奴がいるってのは何ともいえんが」

「今こんなこと訊くのも不謹慎かもしれないけれど……、どんな人なの?」

 琉聖が恋愛をしているイメージが湧かない為か、かなり興味を持ったらしい。

「誰より優しくて、誰より強い、それから素直で真面目な性格の天才少女だ。もう一人、天才的な少女ってだけの奴を知ってるが、そいつとは比べ物にならない、天才少女って言葉が持つイメージに相応しい人柄だな」


 一年生の教室。水無月陽菜と担任教師の面談。

「まさか、お前が能力者で、しかも、あんな化物と戦うとはなぁ。人は見かけによらんもんだ」

「ま、まあ、それぐらいしか取柄がありませんし……」

「そりゃ、授業中寝てんだから、勉強が取柄になることはないわな」

「あっ……! これからはちゃんと勉強しようと思ってるんです……!」

「どうした急に?」

「やっぱり、ちゃんと勉強して、将来は二人養えるぐらいになりたいなと」

 いくらなんでも、二股かけた挙句、両方に養ってもらう訳にはいかない。それに、外敵との戦いで二人の身に何かあった場合、生涯守り抜くには経済力も必要と考えたのだ。

 蓮と琉聖、二人の姿が血で染まっていく光景は目に焼き付いたまま。絶望を忘れてなどいない。トラウマにもなっているが、それでも、誓いを果たせるだけの才能を持っていると教えてもらった。

「養う……。確かに、専業主婦のイメージはないが、そもそも誰を養うんだよ? 今から考えるほどの当てがあんのか?」

「それはまあ、何とか……」

「そういえば、お前が飛び出す時『蓮さん』とか叫んでたな。ひょっとして相手は……」

 咄嗟にそう呼んだ気はする。これを機に関係を知られてもいいかもしれない。

「そ、そうなんです……」

「お、お前、大丈夫か? 妄想に取りつかれてないか?」

 当然のごとく疑われた。

「ほ、本当にお付き合いしていただいてるんです」

「ストーカーはよく言うしな……。つか、さっき雨宮の面談で好きな人がいるとか……」

「い、一応、それがわたしのはずです……!」

「いや……、どう考えてもお前のこと指してるとは思えなかったぞ」

 蓮と琉聖が、あまりにも好意的なことを言ってくれるのは珍しくない。――二人共。

 重大な過失に気付いた。

「あっ……! 蓮さんだけじゃなくて……その……日下先輩もなんです……!」

「……は?」

 さすがに唖然としている。

 例によって、カミングアウトするしかない。

「実は……、ええと……、ふ、二股というか……」

「本格的にヤバいぞお前!? 病院かカウンセリング行ったほうが良くないか? 別に、恥ずかしいことじゃなくて、風邪引いて病院行くのと同じだぞ?」

「い、いえ、そこに偏見がある訳では……。利用しようかと思ったこともありますし……。対人恐怖症とか……、異常な性癖とか……」

 自虐的なのも性癖に含まれるが、それ以外の意味もある。

「異常な性癖で雨宮のストーカーしてたら危険過ぎるだろ! ちょっと俺だけでは対処しきれん、他の連中にも相談するから、とりあえず職員室来い」

 相当な危険人物と見なされ、腕を引っ張られながら教室を出ることに。

「……ん? 雨宮?」

 蓮が教室の前で待っていたらしい。

「お前、まだ帰ってなかったのか。……早く帰っといた方がいいかもしれんぞ」

「いえ。先生はどうかされたんですか?」

「ちょっと水無月の様子がおかしくてな……」

「え……!? どういうことですか!?」

「……お前は知らん方がいい」

 担任は陽菜の腕をつかんだまま、職員室に向かう。

「いえ! そういう訳には……!」

 陽菜の問題ならば知っておかなければならない、そう思ったのだろう。

 蓮は、陽菜の空いている手をつかんで引き留めようとした。

 しかし、担任は、それほど強く引っ張っていなかったらしく、陽菜は蓮の方へ倒れ込む。

「えっ!?」

 陽菜は蓮にぶつかって、廊下へ押し倒した。

「は、陽菜さん……、あの……」

 二人は全身が重なった状態。

「す、すみませ――」

 起き上がろうとしたところで、陽菜は息をのむ。

(れ、蓮さんが、わたしのすぐ下に……!!)

 頬を紅潮させ、顔を背ける蓮は、初デートの夜に見た、本当に襲われることを期待しているかのごとき、恥じらいの姿と同じだった。

『戦いが終わって、心の準備ができたら、違う意味で襲わせてください』

 こちらは誓いでも何でもなく、すぐに果たす必要性はない。

 必要性はないが、想いは遂げたい。

 状況は違えど一度琉聖に手を出した分、抵抗感が薄れてしまったのか、気付くと蓮の懐をまさぐっていた。

「……っ! 陽菜さん!? こ、ここでは、ちょっと……」

 言葉とは裏腹に拒絶する素振りはないに等しい。

「おい! 水無月! せっかく立場改善されたのに、犯罪者になる気か!?」

 近くにいた生徒からも、次々に声が上がる。

「ああっ!! 雨宮君の素肌が……!!」

「くっ、水無月! これは止めるべきなの!? 見てるべきなの!?」

「雨宮君の、あの表情……! 私に向けてくれたらよかったのに……!!」

「雨宮には悪いがここは傍観させてもらうぜ」

「むしろ、しばらく女子たちの話題がこのことばっかりになりそうだけど……」

 女子と男子の間に、とんでもない温度差があった。

「おーい、蓮、陽菜の面談終わったかー?」

 席を外していただけで、元々、蓮と一緒に陽菜を待っていたと思しき琉聖が戻ってくる。

「ああ、そういやー、最初は蓮が先になりそうな流れだったのに、俺より後になっちまったな」

 陽菜が蓮を押し倒している状況を、平然と見ている琉聖。

「日下!? どうなってんだ!? 『外敵』ってのは精神を狂わせたりもすんのか!?」

 当惑しながら担任は、琉聖に問いただす。

「あー、大丈夫だ。ちゃんと謹んで襲ってるから」

「襲ってるのに、謹んでるって矛盾してないか!?」

「海外行った変態少女も、自説と関係ない一般論として『実在するものに矛盾はない』って言ってたぞ」

「誰だよ!? 変態はこいつだろ!?」

 ひとしきり楽しんで陽菜が満足したところで、事態は収束。

 陽菜は、職員室でこっぴどく叱られ、大量の反省文を提出することとなった。

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