第32話「真実」
「悪い、本当に遅くなった」
日下琉聖――この町で最強の超能力者が駆けつけてくれた。
「せ、先輩……!!」
歩み寄ってきた琉聖は、もう一度謝罪する。
「本当にすまなかった……! お前らがすぐに飛び出していくとは考えてなかった。いや、いずれにせよ傍にいるべきだった!」
「い、いえ、僕が勝手に飛び出して、陽菜さんにこんな怪我までさせて、謝らないといけないのは僕の方です……!!」
「違うんです……! わたしが勝手に追いかけてきたんです……! こうして助けていただいただけで……」
三者が揃って謝り合う中、琉聖から予想外のことを告げられる。
「俺はこうなることを知ってたんだ。超能力で奴らを倒せるってことも。なのに黙ってた。それでも俺を許せるか?」
(――!?)
琉聖は全て知っていた。そうだとしたら、一体どこで知ることができたのか。
「許すも何も、今日のことは知らなくても――、言ったじゃないですか、日下先輩がどういう人かは分かってるって」
「わ、わたしは……! お二人が何を考えているか全然理解できていませんでしたけど……、それでも、先輩に深いお考えがあったことは分かります……!」
こんな凄惨な事件が起こると知っていながら黙っていたのだとしても、蓮も陽菜も琉聖が自分たちの味方であることは一切疑わなかった。
「そうか……。そういえば、才能のある人格者を仲間にしたんだったな。分かった、知ってること全部話そう。蓮、陽菜の傷を治しながら聞いてくれ」
陽菜は『治癒の水』を浴びながら言葉を待つ。
そして――琉聖の口から超能力の真実が語られる。
「まず、『超能力』ってのはそもそも、今、町を襲撃してる化物を倒す為の力だ。あの化物を俺たちは『外敵』と呼んでる。そして『外敵』は数年前から、この世界に少しずつ接近してきていた。優れた感受性の持ち主は迫りくる脅威を無意識的に察知し、自分の中で『外敵』に対抗できる『超能力』を生み出した。つまり、『超能力者』であることは、才能があるということと同義なんだよ」
強大とはいえ目に見えてもいない存在に反応できるほどの才能を持つ者――迫害される側に回るぐらい数が少なくて当然だった。
「どうして先輩はそんなことを……?」
「今、『俺たち』って言いましたよね?」
陽菜は聞かされた真実に衝撃を受けて気付かずにいたが、蓮は聞き逃さなかった。
「さすが、よく聞いてるな。その通りだ、別に俺が『外敵』って呼び始めた訳じゃねえ。ネットを駆使して、足を使って、よその超能力者と関わってこの力の存在意義を探ってたんだ。中にはとんでもない才能を持った奴もいる。あれが見えるだろ?」
琉聖は空に浮かぶ黒い渦を指差す。
「わたしが前に、ほんの少しだけ気配を感じた……」
「『外敵』が降ってきた……」
「そいつの言ってたこと全てが本当だとすると、あれは『外敵』が住む『異界』と、この世界とをつなぐ門だ。そいつは、『超能力』について研究を行っていた。研究過程で、『超能力』の性質を分析し、それが本来行使されるべき標的に当たる存在の居所を探査する技術を確立した。だが、その技術を用いて世界中を調べても、どこにもいないという結果が出た。しかし、その時点で何かを標的としていることまでは突き止めてたんだ。だから、超能力自体の応用と、超能力の性質に基づいた技術とを組み合わせ、探査範囲を拡大していった。そして遂に、『異界』と、その内部に生息する『外敵』を発見した。後は、『外敵』が人間に害を為す存在で、なおかつ『異界』の位置が近づきつつあると分かり、今に至る」
そこまで話し、琉聖は二人の顔をそれぞれ眺めた。
「俺を信用してるにせよ、何で自分たちにまで黙ってたのかって疑問はあるだろ?」
「え、えっと、疑問は……あります。も、もちろん先輩のことは全面的に信頼してますけど……!」
なんとなく『信用』より『信頼』の方が好印象かと思い、少し言い換える。
「…………」
蓮は自力で疑問が解けそうなのか、黙って考え込んでいる。
「覚えてないかもしれんが、俺は才能に加えて人間性も申し分ない仲間を探してたって言っただろ。要するに、その研究者は天才だが、信用して大丈夫な相手かが分からなかったんだよ。不確かなことを伝えて、お前らの不安をあおるのはどうかと思った。最近になってごく稀に、奴の言ってた門らしきものが一瞬だけ見えるようになったから、いよいよ研究結果とやらが信憑性を持ってきたって訳だ」
「その人の言っていたことが、全て本当かは先輩も今日まで知らなかったんですね」
今まで謎だったことがようやく明らかになり、すっきりした様子の二人。
蓮の治療で、陽菜の傷はほとんど治っていたが、今までに比べると治りは遅い。
並の人間が、外敵に攻撃されると傷が浅くても絶命する。そんな傷を治す為に存在する治癒能力だったから、普通の傷程度なら一瞬で治っていたのだ。
一通りの説明を終えた琉聖は、表情を曇らせながら尋ねる。
「最後に――もう一つ訊いておきたいことはないか?」
「え……?」
「……無理にということは、ありません」
蓮はある程度察しがついているようだったが、陽菜には分からない。
「じゃあ、勝手に喋らせてもらうわ。そこまで知ってて何故すぐ動かなかったのか」
「――っ!」
陽菜は息をのむ。
口振りからして倒しきれない不安があったということではなさそうだった。
「正直、死人が出てもいいって思ってたんだよ。外敵は対抗する力を持たない普通の人間を優先して襲うって聞いてたからな。俺を見下してきた連中が死んでも俺の心は痛まない。蓮、お前は家族を助けに来たんだろ。俺は家族が死んでも構わなかった。超能力者になった途端、家からは厄介払いされたしな」
あんなに優しい琉聖が、普通の人間は家族ですら死んでいいと考えていた――陽菜の心が再びざわつき始める。
「何で俺が『格下』なのかも、何で『格下』の癖にやたら積極的だったのかも、それに、どうして昨日のうちにデートがしたかったのかも、全部分かっただろ。俺は差別を受けた結果、本当に悪に堕ちた人間だ」
外敵の襲撃が始まれば、遅かれ早かれ、喰い殺される人々を見て何も感じていないことを悟られる。助けられる力を持っていながら、見殺しにする姿を見せることになる。人の命を歯牙にもかけない本性を晒さずにいられるのは、平和が続いていた昨日まで。
「俺の振舞いが演技に見えたりはしなかったんじゃないか? それも当然だ。本気で陽菜の恋人になりきって、思う存分恋愛してる気分に浸ってたからな。将来のことまで約束するぐらい、妄想に取りつかれてたらボロを出すこともない」
琉聖は、仮初の関係が失われる前に、恋人と愛し合うという幸福を感じておきたかったのだ。
これで最後とばかりに、哀しげな瞳で陽菜を見つめながら言葉を送る。
「陽菜、最高の夢を見せてくれてありがとう。お前はもう俺のことを幸せにした。後は蓮を幸せにすれば宣言通りだ。お前ならやり遂げられる。俺と違って、化物扱いされても本当に化物にはならなかった。お前こそ常識を打ち破れる器の持ち主だ!」
言い切ると、そこで口をつぐむ。
もうこれ以上何か言う必要もないといった様子だ。
「日下先――」
蓮が声をかけようとするも、先に陽菜が動いた。
「――!!」
蓮は思わず絶句する。
――陽菜が琉聖を強引に押し倒した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます