第31話「ナイト」
自宅に向かって走る蓮を必死に追い続ける陽菜。
蓮の超能力は傷を治せる。倒すことのできない敵に囲まれながらでも、家族の治療に当たるつもりだ。
(速い……! でも……何が何でも追いつかないと……)
足腰が悲鳴を上げている。
体育の授業で走らされればすぐに限界が来て、怒られると分かっていても立ち止まっていた。
今はそんな限界など、とうに超えている。
(……ッ……!)
途中、襲われて悲鳴を上げる人、死体まで食い散らされている人、無惨な光景を目にしてきた。彼らが殺されている隙に走り抜けているのだ。
(わたしは何も優しくない……! 他の人が狙われてるのをいいことに、見殺しにして、好きな人を追いかけてる……!)
もう恋人を名乗る資格もないと思った。優しい人だと信じてくれた想いを裏切っている。
今、蓮を追いかけているということは、もしも今、琉聖も危険な状態だとしたら見捨てて傍にすらいないということだ。
(二人共大事にするなんて――、口先だけだった……!!)
今追いかけている蓮に対して本気だということではない。二人共同じぐらい好きだった。
一方の想いを踏みにじるということは、どちらとも心が通じ合ってなどいなかったのだ。
(この景色……!)
出動した自衛隊による銃撃も飛び交う中、やっと蓮の家までたどりついた。
何ができる訳でもない、ただ二人が死んだことを認識するのが怖くて先に死にたいだけ。自己満足以外の何ものでもない、生きることからの逃避だ。所詮、他人を思いやるほどの器ではなかった。
「父さん! 母さん!」
蓮が門を開いた時、陽菜は足をもつれさせ倒れた。
「ぐッ!」
琉聖に抱きついた時や、蓮の胸を触った時とは訳が違う。しかし、それらのことも、今となっては罪でしかない。
「――!!」
蓮の背後から黒の怪物が迫っていた。鋭い刃のような前足が振り下ろされようとしている。
這いつくばった状態で、身を挺して庇うこともできない。
「くそッ!!」
いかに礼節を欠いても口にすることはなかったような乱暴な言葉を吐きながら、指先に力を集中させる。
鉄骨が降ってきた時とは違う。偽りであっても守る為の誓いを立てた。
自衛隊が、倒せないにも関わらず銃撃するのは、弾き飛ばして近づかせないぐらいのことはできるからだ。
悪あがきでも、今使わなければ死ぬまでのひと時、死ぬより辛い後悔に苛まれる。
琉聖が確保してくれた人目につかない場所以外で、初めて超能力の光を撃った。
放たれた一筋の光は怪物の前足に命中し――それを打ち砕いた。
(え……!?)
蓮も状況に気が付いて振り返る。
二人の視線の先にあるのは、片足を破壊されぐったりと倒れている黒き怪物の姿。
明らかに弱っている。陽菜はすかさず、もう一発、今度は胴の中心に撃ち込んだ。
すると、不死身だと聞いていた、実際町中でいくら銃弾を受けても傷を負わなかった、その怪物が朽ちて消えていく。
「陽菜さん……!!」
蓮が駆け寄ってきて、陽菜の手を取り引き起こした。
「ごめん……! 追ってきてるなんて気付かなくて……、僕は陽菜さんの傍にいなきゃいけなかったのに……」
「い、いいんです、蓮さんがご無事なら……。それより……」
「倒せないって聞いてた怪物が……」
理由は分からないが、そんなことなどどうでも良かった。
(超能力が通じる……!!)
新たな怪物が数体現れる。
周囲にはもう生存者が見当たらない。超能力が弱点なら、陽菜と蓮が走る中、他の人間ばかり優先的に襲っていたことにも合点がいく。
しかし、標的が超能力者以外残っていなければ構わず向かってくるらしい。
陽菜は蓮の盾となるように前に立った。
(超能力が効くなら、先輩は無事でいるはず。だったら――わたしがやることは一つ!!)
罪の意識は全く消えていない。それでも、妙に気分が落ち着いていた。心の中で荒れ狂っていた強い感情が、普段の陰鬱な気分をかき消したのかもしれない。
見殺しにした人々の遺族から、どんなに痛めつけられようと構わない、また超能力を理由に迫害されることになろうとも構わない、そんなことより重要なことがあった。
『三人一緒に生きてさえいられれば何でもいい!!』
叫ぶ訳でもなく、取り乱しもせず、臆しもせず、ただ静かにはっきりと告げる。
「わたしがここを守るので、蓮さんはご家族の元に行ってあげてください」
陽菜の声から気持ちの変化を察したのか、反対することもなくその言葉に従った。
「安否を確認したら、陽菜さんのところに戻ってくるから……!」
蓮が戻ってきた時、陽菜の身体にはいくつもの切り傷が刻み付けられていた。
次々に血が流れ出てくる。
「陽菜さん!!」
「ご家族は無事でしたか?」
「無事だったけど……! でも、このままじゃ陽菜さんが……!!」
陽菜の能力では敵を一体ずつしか仕留められず、一体倒すごとに別の敵から斬りつけられ、あっという間に血まみれになっていた。
しかし、その甲斐あって近くにいた怪物はあらかた片付いている。
「わたし……嬉しいんです。蓮さんのナイトが務められるなんて夢みたいで」
陽菜は、蓮の方へ振り返って満面の笑みを見せた。
それは、一方的に良くしてもらって感謝している時の、遠慮がちな笑いではない。
「やめてよ……、そんな、無理して笑わないで……」
陽菜とは対照的に、蓮が涙を浮かべている。
「蓮さんのこと泣かせてしまうなんて、ご両親に顔向けできませんね……。でも、無理はしてません、信じてください。散々裏切ってきたのに虫のいいことかもしれないですけど……今だけは」
本当に無理をしていない。完全に潰れて感覚がなかった時の脚と違い、痛覚が残っている為、痛みは感じている。にも関わらず、まるで身体の痛みが心までは届いていないかのごとく、苦しみとは感じなかった。
(不思議な気分……。人と話すだけであんなに不安になるぐらいだから、戦うなんて絶対できないと思ってたのに。今の方がずっと安心してる)
怪物が再び集まってくる。
「蓮さん、この戦いが終わって……、心の準備ができたら、その……、ち、違う意味で襲わせてくださいね……?」
町が襲撃されている状況で不謹慎極まりない発言までするほどの余裕だ。
蓮に心配をかけないように、もっと効率的な戦い方がないかなどと考えつつ、怪物の方に向かって進み出る。
「もうやめて……陽菜さん……!!」
蓮には、おかしくなってしまったと思われているかもしれない。
後で謝らなければと考えていると、蓮からもう一度制止される。
「待って! 対策アプリ!」
振り返ると蓮はスマートフォンを取り出していた。
『超能力者対策アプリ』――超能力者に襲われた際に一瞬で救援要請を出せるという機能を逆手に取って、超能力者である自分たちが琉聖に救援要請を出す為にインストールしたものだ。
これなら一発で琉聖に現在地を教えられる。
「間に合って……!」
祈るようにスマートフォンを握りしめる蓮。
すると、かなり近い位置から着信音が聞こえてくる。
(えっ……!?)
その直後、集結しつつあった黒の怪物が一気に焼き払われた。
「悪い、本当に遅くなった」
日下琉聖――この町で最強の超能力者だ。
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