第29話「幸せ」
「……本当にすみません。ちゃんと考えれば、わたしとそんなことする意味なんかないって分かってたはずなのに……」
「その話はもういいって。それと俺の不安もお前のせいじゃないからな。何が何でも付き合いたかったから、こうしたんだし」
道すがら一通りの話に決着をつけ、観覧車に乗り込んだ。
陽菜だけ反対側の座席に座り、二人と向かい合う。
「じゃ、じゃあ、この先もずっとお二人共と恋人でいていいんでしょうか? その……い、一生……」
「うん!」
「おう!」
常識では考えられない質問に対し即答。
「法律で重婚が認められてない以上、一生『恋人』って表現で正しいな。能力者差別を解決しないような法律なんぞどうでもいいが」
「法的に認められたりしなくても、僕らの心が離れることなんてないよね。一緒に住むぐらい手続きいらないし」
(一緒に……! そ、それって、同棲……! 重婚が認められてないからってことは、実質的には結婚……!? わたし一人と……蓮さんと先輩の二人……、三人で住む家……!)
相当に気が早いが、今後離れるようなつもりは一切なかった。
「ねえ、陽菜さん。今、幸せ?」
「は、はい……! 最高です……!!」
世間の人々からは軽蔑されること必至だ。おそらくクズ呼ばわりだろう。刺されて死ぬべきだと言われてもおかしくない。
しかし、蓮と琉聖――この二人さえ許してくれれば、どんなに後ろ指をさされようとも構わなかった。陽菜にとってこれ以上の贅沢はない。
(あ……わたし、『幸せ』になることができたんだ……)
陽菜の脳裏に今までの人生が浮かんでくる。
(小学校の中学年ぐらいの頃からかな……? 外に出て楽しいことなんて何もなくて……学校ではいじめられて……、いじめがない時でも誰からも相手にされなくて……話しかけたら嫌がられて……、話をする気もなくなって……。ただ、死ぬのは怖いから生きてただけだった)
友達や恋人がいる人を羨ましく思いながらも、自分とは住む世界が違う人々だと、無関係の立場から見ているだけの日々。
(恋人と一緒になれて『自分は幸せ者だ』みたいな台詞は、漫画とかゲームとか、時々現実でも聞いたことがあったけど――)
どんな感覚なのか、具体的なイメージは湧かず、とにかく自分より恵まれた人とだけ認識していた。
(今なら分かる――今、わたしは『幸せ』なんだ。人生悪いことばかりじゃないって本当だったんだ。高校に入るまで、何年間もずっと辛いことばかりだったけど、それでもお釣りがくる。――今のわたしより幸せな人は一人もいない……!!)
こんな幸せが控えていたというなら、辛かったことも、悲しかったことも、全て取るに足りない。
「あっ、今、てっぺんだよ」
蓮が、陽菜と琉聖に告げる。
「わあ……!」
窓の外を見て、陽菜は自然と歓声を上げた。今までこんな明るい声を出したことはない。以前なら、夜景なんてどうでもいいと考えていたところだろう。
「俺が夜景見て感動する日がくるとはな。つくづく、陽菜に会えて良かったって感じる」
全くもって、同意だった。
(蓮さんと先輩、二人と出会えて本当に良かった……!!)
琉聖は夜景を見た後、少し空も眺める。
「そろそろか……? 今のうちに来れて良かった」
「……ここ潰れそうなんですか?」
独り言のようにつぶやいた琉聖に、蓮が首をかしげながら尋ねる。
「いや、知らんけど」
(そういえば、告白の直前も急に囲碁の話を始めて、自分はほとんど知らないって……)
あの時はどちらが先に話すかを、囲碁の先手後手のルールにならって決めたようだった。琉聖が格下などと陽菜が考えたことは一度たりともなかったが。
(あの日……、自分から告白する勇気なんてなかったわたしに、二人が告白してくれたから……。だから、今の幸せがあるんだ)
伝えなければならない。まだ言葉にすることぐらいしかできなくとも。
「あのっ、わ、わたしっ、お二人のこと絶対に幸せにします!! 途中何度も挫けそうになると思いますけど……、その都度、恋人でいてくれることさえ確認させてもらえれば、必ず立ち直ります!!」
「陽菜……!!」
「陽菜さん……!!」
伝えられた。声を聞けば、気持ちを汲んでくれたことが分かった。
「三人で幸せになろう!」
声色は違うが同じことを言って、蓮と琉聖、二人がそれぞれ陽菜の手を握った。
陽菜の自宅前。すっかり夜が更けている。
「すみません。送っていただいて」
蓮も琉聖も揃って家まで送ってくれた。
二人への言葉は、それほど変わっていないようにも思えるが、謝罪ではなくお礼になっていることが感じられる。
「いっそ、俺たちもここに住もうぜ。どうせ結婚とかの概念はないんだし、すぐにでも」
「そ、それは、陽菜さんのご両親がなんて言うか」
「わたしの両親でしたら、彼氏ができたなんて言ったら泣いて喜ぶと思います! 二股かけてるので、わたしは怒られますけど」
「今日はさすがに帰るが、同棲の件、本気で考えてくれよ。俺たちに常識の二文字はないぜ」
「そ、それはもう! わたしが床で寝てでも、二人分のベッドは用意します!」
『床で寝る』というのも、いつもの自虐として受け入れられているらしく、突っ込みも入らない。へりくだるのも、陽菜なりの愛情表現として理解されている。
「じゃあ、また明日な。蓮、夜道は気をつけろよ。……いや、お前も送っていくか」
「えっ? そんな悪いですよ」
「いいや、陽菜以外に襲われたらまずいだろ」
「わたしはいいですか!?」
言い間違った。凄まじい言い間違いをした。
(『ん』が抜けた――!! 普通に『わたしはいいんですか?』って訊こうと思ったのに……! しかも、食いつき過ぎだし、これって……)
言い方が、突っ込みの場合のそれではなかった。許可を求めているようにしか聞こえない。
「う、うん。陽菜さんなら……。こ、恋人なんだし……、優しいし……」
頬を赤らめ、うつむきがちになりながら答える。
恥じらう姿が、本当に襲われようとしているかのごとく見えてしまった。
(へ、返事が来てしまった……! い、今さら、単なる言い間違いだなんて言ったら、蓮さんに恥をかかせることに……!)
「いいらしいぞ、早速泊めてくか?」
陽菜の方へ向き直り、尋ねてくる琉聖。
「あ……その……、蓮さんのご両親が心配されたり……」
「でもこのままいくと、一気に蓮の方へ傾いて……、あまりにも均衡が崩れると俺の立場が危ういか……?」
最早、冗談では済まない雰囲気になってきている。
(こ、ここまできたら……いっそ開き直って……。周りに人もいないし……、観覧車では愛を誓い合った感じだったし……。何だかんだいって、告白の時はありのままを話したら最終的にうまくいったし……、もう隠すことなんて……)
告白してもらえたからというだけでなく、その時に常識など無視して思った通りのことを話したからこそ、今の状況があると思い出した。
「ご、ご両親の許可が下りれば……、そ、その時に……、お二人共、つ、謹んで襲わせていただきます……!」
「俺も襲われる側か? あーそうか……、それであの時、あんな取り乱して」
琉聖は面食らった様子もなく、むしろ納得しているようだ。
「控えめだから、何となくそういうイメージじゃなかったけど、相手から来られるより逆の方がいいのか。そりゃ大人しい陽菜が、苦手なことさせられると思ったら慌てるよな」
「あ、はは……」
「ちなみに俺の親は放任主義だから、問題は蓮の両親だな」
ひとまず、琉聖の方は余裕がありそうに見える。イメージとは相反する趣味を聞いても動じていない。
蓮の方はというと、黙って頬を紅潮させたまま、陽菜をじっと見つめていた。
ひょっとしたら意味が分かっていないかもしれない。遊園地の時も琉聖に話を合わせただけとも考えられる。
「あ、あの……今の襲うというのは、普通のとはちょっと違うんですけど……大丈夫ですか……?」
「普通の意味で襲ったら、そっちの方が問題だぞ?」
琉聖から冷静な突っ込みを入れられる。
確かにその通りだが、今後の付き合いで暴力を振るわれる時があっても、本当は優しいと分かっているから我慢するとの答えだった可能性もないではない。
「ええと……、蓮さんも先輩もなんですけど、無理にわたしに合わせていただかなくても……」
「ん……。本当はしっかり分かってる訳じゃないんだけど……、陽菜さんに合わせるのも僕の意思だし……」
今時、全く知識がないということは考えにくいが、清純な雰囲気通り、蓮はなんとなく察している程度のようだ。
「まあ、陽菜の気が向いた時に好きなようにしたらいいんじゃないか? これも自覚してないのかもしれんが、お前には攻撃的なところが一切ない。蓮も言った通り、どう転んでも人を傷付けるような人間じゃないんだし、ちょうどいいだろ」
いずれにせよ、両親にあいさつしてからのことなので、その日は解散し、念の為蓮も琉聖が送っていった。
(……二股の時点で、ご両親からは交際の許可も下りないんじゃ……?)
大きな障害が立ちはだかりそうだったが、不思議と気分は晴れ晴れとしていた。
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