第25話「語らい」
中庭のベンチで泣きはらした後、そのまま座って三人で語らう。当然、陽菜が真ん中で両隣に美男子二人。
「結局、日下先輩にいいとこ持ってかれちゃったな。水無月さん、今でも僕のこと好きだよね?」
「もちろんです……! わたしが雨宮さんのこと好きじゃなくなることなんてありません……!」
「ちゃんと断言したのは偉いが、固いな。お互いに」
「え……?」
「付き合う前はしゃーないかと思ってたけど、お前ら下の名前呼び合えよ」
蓮と陽菜は顔を見合わせる。確かに、下の名前で呼んでみたいと思ったことはある。琉聖から呼ばれた時には、どうせなら蓮にもと考えた。
「じゃ、じゃあ……、陽菜さん」
「――!!」
蓮が照れくさそうに名前を呼んでくれると、琉聖の時とはまた違った感慨がある。
(先輩にいきなり呼ばれたのも良かったけど……、ずっと『水無月さん』だったのが、『陽菜さん』になるのも……こ、これもまた……!)
さらにここから蓮の名前を呼ぶ楽しみも控えている。
「僕のことも、呼んでくれる?」
「……れ、蓮……さん……」
「うん!」
想像以上に緊張した。
「初々しいねぇ。これぞカップルって感じだ! できれば俺も名前で呼んでほしいんだが……」
本当に嫉妬はしていないらしいが、途中から残念そうな声になる。
「『琉聖さん』も『琉聖先輩』もちょっとくどいんだよなー。何かあだ名考えてくれよ」
どうにもそのままだと語感が気に入らないようだ。
「う~ん、琉聖……琉……聖……、ん~」
三人で頭をひねっても結局いいものが出なかった。せめてこんなことぐらいは役に立ちたいと思いながら何もできない自分が情けない。
「あのー、わたしなんかのどこが良かったんでしょうか……?」
「え……?」
当然の疑問を口にしたつもりだったが、二人はやけに驚いているように見える。
(あ……。ないもの訊かれたら困るか……)
例によっての失言。だが今では、謝れば許してもらえるという安心感が生まれつつあった。
「それを告白前に言わなかったか?」
「……!!」
思ったより致命的な失言だった。
(あ、あんなに気持ちを伝えてくれたのに……! これじゃまるで、その場だけ感激してるふりして、ろくに聞いてなかったみたいに……!)
告白される直前までは、告げられている言葉に、異性に対する好意が込められているとは考えもしなかったのであって、聞いていなかった訳ではない。
「ち、違うんです……! ありがたく拝聴していたのですが、結果的にお役に立てたからといって、恋人にしていただけるとは……。その……、感謝だけじゃなくて相手の魅力があって初めて恋愛に発展するものなのかと……」
「あ、そうか。陽菜も蓮と同じタイプだったか」
「えっ?」
「外見目当てだと思われたくないから言わなかっただけで、もちろん可愛いから好きなんだぞ」
「……!? いや、わたしが相手の時点で外見目当てということはないのでは……」
「蓮を見てて思っただろ? 自分が美形だっていう自覚がないって。同じ同じ、陽菜が気付いてないだけだよ」
言いながら琉聖は、陽菜の髪を撫でた。
「そっ、それはさすがに……! しょ、正直に言うと、顔立ちそのものは並よりちょっとだけいいかなって思ったこともあるんですけど……、ひいき目に見てもそのぐらいで、他は全然……!」
自虐だけだと余計に気を遣わせてしまうので、自惚れだとしても自信のある部分を織り交ぜてみる。陽菜にとって、並の少し上であることは自慢なのだ。
「ファッションセンスなんて皆無で、私服は地味で似たようなのしか持ってなくて、制服も何故かズボンですし、女らしさの欠片も……」
蓮と同じとまで言われてしまったせいか、妙なテンションになって、いつになくベラベラと喋ってしまう。
「勉強もできないし、面白い話もできないし、料理も掃除も、洗濯のやり方すら分からないんです。そ、それに――、スタイルがどうしようもなく悪くて……」
「陽菜さん、痩せてるじゃない。痩せすぎでもないし」
心底不思議そうに尋ねながら、蓮が自分の手を陽菜の手に重ねてくる。
(……! 二股を許してもらってるからには、二人共大事にしないと……!)
一方ばかりに向かって話している訳にもいかない。
どこを向いたものかと迷いながらも自虐は続ける。
「や、痩せてるは痩せてるんですけど……。貧相というか……。その……、制服を着ていると分かりづらいかもしれないんですが……、む、胸が……本当に、真っ平らなんです」
「へ……?」
蓮には、思っていたのと全く違う方向に話が飛んだと感じられたらしい。
「も、もし、これからずっとお付き合いを続けてくださるとしたら、その……お二人に……ふ、不都合な場合が……あるのではないかと……」
いよいよという時にがっかりされるぐらいなら、さっさと白状しておいた方がマシという判断だ。
「陽菜、一つ訊いていいか?」
琉聖が声のトーンを落とす。
「は、はい」
絶望するのが分かり切っている為、スリーサイズは測ったことがない。なので、もし訊かれても答えようがない。
「ずっと疑問だったんだが、今みたいな発言を聞いた時、機嫌損ねない為にはどう返したらいいんだ? 生まれてこの方正解を聞いたことがねえ。永遠の謎じゃないかと思ってたぐらいだ。恥を忍んで頼む、教えてくれ!」
「す、すみません……! 決してそんなつもりでは……!」
考えてもみれば、小さくて構わないと言えば小さいと認めてしまうことになり、どう見ても事実に反することを言ったら白々しい。はた迷惑な自虐だ。
「何だかわたし、失言ばかり繰り返して……」
「陽菜さんの言葉で嫌な気分になったことなんて一度もないよ?」
すかさず蓮がフォローに回る。
二人がかりでなければ面倒を見切れないという意味では二股でちょうど良かった。
「前に言ったよね? 陽菜さんの声を聞いてると癒されるって。陽菜さんの優しい声ならどんな言葉もたくさん聞きたい」
「蓮さん……!」
顔や身体は人にどう見られているか気になっていたが、蓮に言われるまで声は意識していなかった。
「じゃ、じゃあ、女の価値は顔やスタイルじゃないと思っていいんでしょうかっ……!?」
「その通りだが、お前は可愛いつってんだろ」
額を軽くこづかれた。
「さて、冗談はこれぐらいにして、初デートの話をしよう」
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