第24話「二股」
放課後の中庭。
「ほ、ほ、本当に、いいんですか……!? ふ、二股で……」
「ん? まだそれ気にしてんの?」
琉聖は、もう終わった問題だと言わんばかりだ。
「人気がなくて、浮気の心配がないからってことでしたら、まだ分かるんですけど……。最初から二股のわたしと付き合って、お二人にメリットがあるとは……」
「前に言っただろ。俺はみっともなく嫉妬する気はないって。蓮と仲良くしてるお前に逆恨みしてた連中が見苦しいと思わなかったか?」
「先輩がわたしを殴るのは問題ないんじゃ……」
超能力者が一般人に害を与えれば厳しく罰せられる、その逆は許容される。そんな社会を理不尽に感じていただけに、女性だから男性には殴られないと考えてはいない。唯一残っている羞恥はそれぐらいだと考えている。
「いや、殴る訳ないだろ!? お前すら殴るぐらいだったら、全国民殴って回ることになるぞ!?」
「わたしには殴る価値もないと……」
「いや、そうじゃなくてだな……。重要なのは他の男と何してるかじゃなくて、俺とどんな風に過ごしてくれるかなんだよ。陽菜以外の一番より、陽菜の二番目の方が、価値がある。損得勘定って奴だ」
「あの、先輩、ちょっといいですか?」
蓮が話に加わってきた。
「何で僕が水無月さんの本命という前提になってるんですか?」
「あー、そうか、蓮は自覚ないんだったなー。昨日、お前のベッドに陽菜を入れただろ。あの時確認してたんだよ、陽菜の反応を」
嫌な予感がする。むしろそれ以外しない。
「そしたら、実際に入りもしないうちから興奮しまくってるじゃねーか。あんなんお前にベタ惚れに決まってんだろ」
「え……ええ!?」
全く予想外だったらしい蓮。
(ば、バレてた……!! そうか、雨宮さんと先輩のそれぞれは無自覚でも、傍から見ると分かるんだ……!)
直前に考えていたのとは別の羞恥心が込み上げてきた。耳まで熱くなっているのが分かる。
「だから、その後で話した時には『俺にもチャンスをくれ』って言ったんだよ。対等の関係だったら、『どうせなら一緒に告白しようぜ』ぐらいのノリだったかもしれん」
琉聖の声が真剣になったのを感じ、恥ずかしくてうつむいていた陽菜も顔を上げた。
「陽菜は聞いてなかっただろうが、同時に告白するってのは俺が頼みこんだことだ。蓮が先に告白してたら、何の迷いもなく付き合っただろ? ただ、蓮に惚れられてることを、あの時点では知らなかった。俺が先に告白した場合、ひょっとしたら蓮を諦めて『こっちでも仕方ないか』みたいになる可能性もないこともない」
確かに、どちらか一方だけから告白を受けていたら、あんなに長考するまでもなくすぐに返事をしただろう。『こっちでも仕方ないか』はありえないが。
「本当は蓮が好きなのに無理して付き合ってもらうんじゃ意味がなかった。蓮の気持ちを知った上で俺と付き合ってくれるかもしれない唯一の方法がこれだ。悪かった陽菜、無駄に悩ませるようなことして。お前が気に病むことは何もないからな。蓮も、俺なんぞ無視してさっさと告白すれば自分一人が確実に付き合えたのに、わがままに付き合ってくれてありがとう」
琉聖は自分を『格下』と言っていた。蓮ほどは好かれていないと思い込んでいたのだ。
「先輩、僕に自覚がないって言いましたよね? 先輩こそ自覚ないですよ。二人は両想いにしか見えませんでしたから。出会ってから長くはないですけど、いつも水無月さんのこと見てたので、水無月さんが恋をしてることぐらいは分かります。先輩が一番の可能性は十分――いえ、その可能性の方が高いかと」
「そうか、考えることは同じって訳か」
蓮と琉聖の関係は決着がついたと見える。
「あの……そこまで真剣に考えてくださったのに、わたしは……」
「そこだよ!」
陽菜が延々繰り返している言葉をまた言おうとしたところ、琉聖がビシッと指差してきた。
「実際はどうあれ、返事をもらうまでの俺にはわずかな希望しかなかった。それをひっくり返したのが陽菜の決断だ」
「い、いや……決断できなかった結果がこれで……」
異様なまでの過大評価。
「決断したさ。普通の奴なら何か適当な基準を作って片方だけ選んでただろ。常識に囚われてりゃ、そうならざるをえない。世間体を気にするなら、明らかにバレる状況で二股かけないはずだ」
「恥も外聞もなくて……」
陽菜の自虐は聞き流して続ける。
「でもな、俺たちは世間の常識によって虐げられる超能力者だ。これからその常識を打ち破る為に戦う。俺も蓮も陽菜が好き、陽菜は両方好き、三人で付き合って何が悪い? 敵対してる訳じゃあるまいし、蓮の想いも報われた方がいいに決まってる。俺たち三人が幸せになれる方法を社会通念なんぞに潰されてたまるか!」
「うん、『どちらかと』なんて言った僕が間違ってた。みんなから褒められるようなことしかしないのは本当の勇気じゃない。世間から『良くないことをしてる』って思われるかもしれないのに、それでも二人共選んでくれた水無月さんは立派だよ」
ようやく理解した。蓮と琉聖、どちらも本気だ。
「あ……ありが……とう……ございます……!」
またしても涙が溢れた。本当に二人共恋人になってくれる。何よりも幸福な状況を、常識に照らして不安に感じていたことこそ、一番の裏切りだった。
「う、嬉しいです……! こんな奇跡みたいなことが、わたしに……」
「別に奇跡じゃねーよ。単に俺も蓮もお前が好きだっただけだ。奇跡っていうなら、むしろお前みたいにいい女が生まれてきてくれたことだな。こんだけ可愛かったら、好きになるに決まってんだろ」
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