第22話「ダブル告白」

「おーい、陽菜。こっからが本題だぞ」

「……!?」

 これから本題ということは、今までのものが前座なのかと驚愕。

「分担決めといて良かったな。俺が前半、蓮が後半な」

「は、はい!」

 役割分担があるらしい。考えてみれば、今の話では、戦うだの、逃げるだのという発言の意味が判明していなかった。

「よし、よく聞いとけよ。蓮も準備いいな?」

「はい……!」

 いよいよ本題。

「俺たちは二人共、陽菜のことが好きだ」

「もし良かったら……、どちらかとお付き合いしてください……!」

 明らかに、愛の告白だった。

(……え? ええっ!? す、好き!? わたしのことが……!? お、お付き合いってことは……恋人に……!?)

 願ってもない申し出に、取り乱しつつも狂喜するほかない。

 だがしかし、重大な問題がある。

(……!! 雨宮さんと、日下先輩……、どちらかを……選ぶ……? わたしが……!?)

 以前、蓮が『期待してもいいのかな』とつぶやいていたことを思い出す。それが、『恋愛感情を持たれていることに期待している』という意味だと、自分こそ期待してしまった為、必死に現実を見ようとした。

 琉聖に対しても、他に一切の候補がいないなら、自分が付き合える可能性もゼロではないとの期待を抱いてしまった。その時も、よこしまな考えを懸命に押し殺した。

 物事を客観しようと、意識を強めてきた結果、勘違いを起こしそうになる心を、どうにか今日まで制御し続けられた。そのつもりだった。

 最近になって少しは落ち着いたはずが、そもそも勘違いではないと知らされてしまう。

(何て答えれば……。選ぶってことは……選ばなかった方は……、振る……? わたしごときが……そんなこと……)

 できるはずがなかった。二人共、大切な人だ。どちらにも好意を持ち、関係の進展を期待しながらも、最後は実際に付き合えることはないと結論を出し、その先まで考えてこなかった。

(どうすれば……どうすれば……)

 陽菜は、告白されたその瞬間から、ずっと硬直したままだ。

「あ、あの、水無月さん……大丈夫……?」

「陽菜、自分の好きに決めていいんだぞ。どっちも嫌なら仕方ないし。決定権は全部、陽菜が持ってるんだからな」

 二人が気を遣って声をかけてくる。――二人共が。

「……っ……」

 声が出せない。どちらを選んでも、選ばなかった方に未練が残る。

 蓮は一目見た時から素敵だと思っていた。優しく楽しい時間をくれた。

 琉聖は今までにない刺激的な時間をくれた。抱きしめられた時、確かに胸が高鳴った。

 どちらも振っていい相手ではない。

(返事をしないと……。せっかく告白してくれたんだから……。でも何て……)

 こんな機会は二度とない。答えなければ全てをふいにする。

 延々と悩み続ける中、昼休み終了の予鈴が鳴った。

(……!!)

 どう考えても待たせ過ぎている。このまま昼休みが終われば、最早返答する気がないと見なされるだろう。

(何か、何か、言わないと……。何か……!)

 もう後がない、とにかくありのまま思ったことを正直に――。

「ふ、は駄目ですか……!?」

 一瞬、自分でも何を言っているのか分からなかった。

 だが次の瞬間に、自分の放った言葉の意味を理解してしまう。

(わ、わたし……何言って……)

 血の気が失せた。

 場が静寂に包まれる。

 こんなものは答えでも何でもない。反応が返ってこないのも当然だ。

(雨宮さんも先輩も……、ちゃんとした気持ちが聞きたかったから……、だから二人揃って話してくれたのに……)

 付き合ってほしいと言われはしたが、気持ちが本物ならという意味もあったはず。二人のどちらが本命なのか、はっきりさせた上で選ばれたかったのだろう。

(……最低だ……。わたしは……、二人の想いを踏みにじった……!)

 激しい自己嫌悪に陥る。涙が出そうになったが、今度はそんな資格もない。

 つい先ほど、『優しい』『人を傷付けたりしない』、そんな賛辞を受けたばかりだというのに、早くも裏切ってしまった。

 さすがに今回ばかりは愛想を尽かされたに違いない。

 結局はチャンスを無駄にした。――この期に及んで自分の欲に執着する卑しさには、つくづく嫌気が差す。

「ふっ」

 琉聖の笑う声が、絶望に打ちひしがれている陽菜の耳に入った。

 どうやら、怒りが限界を超えると笑ってしまう場合があるとの話は本当らしい。

「はははっ! それはいい!!」

 あれだけまっすぐだった琉聖が皮肉を込めて笑うとは、犯した罪の重さを思い知らされる。

「そうしようぜ! 他ならぬ陽菜の意思だ! いいだろ蓮!?」

「あ、は、はい……水無月さんと、日下先輩がいいなら」

「よっしゃ! 言質は取った!! 前言撤回は認めねえ!」

 見たこともないテンションで琉聖がまくし立てる。

(え……? ど、どういうこと……? これじゃまるで……)

 呆けている陽菜の目前に琉聖が迫り、肩に手を置いた。

「これからお前は俺の女――いや、むしろ俺は陽菜のもんだからな!」

「あ、あの……、怒って……ないんですか……?」

 おずおずと尋ねるものの、予想もしなかった途轍もなく好意的な態度に混乱するばかり。

「仮に振られたとしても、その時は仕方ないって言ってんのに怒る訳ないだろ」

「でも、わたし……、とんでもないことを……」

「疑問形だったけど、要は二人共OKなんだろ?」

「そそ、そうなんですけど……、あの……その……、それだと……、えっと……、ふ……、ふた……二股……ということに……」

 言ってはならない言葉に思える為、いつも以上にどもりながらの確認。

 言うどころか、今まさにそれをしようとしていることに、どうしようもない罪悪感を覚える。

「あの、僕もいいんだよね……」

 蓮は、琉聖とは対照的に戸惑いながら、控えめに問いかけてきた。

「僕も、水無月さんと恋人に……」

 すがるような瞳を前に、肯定以外の言葉を出すことはできない。

「は、はい」

「良かった……。ありがとう!」

 ほっと胸を撫で下ろしたようにつぶやいた後、満面の笑みでお礼を言ってくる。その目には涙が浮かんで見えた。

「よし!! 遂にやったぞ!!」

 琉聖はガッツポーズ。相当なことを成し遂げたかのように。

「まさか俺も蓮のおこぼれにあずかれるとは。陽菜、お前やっぱ天才だわ」

「あの……、お二人共許してくださるんですか……? ふ、二股をかけることになってしまうかと思うのですが……」

「許すも何も、陽菜が自分との交際を許すかどうか決めるんだろ? 好きな女と付き合えて不満なんかある訳ねえよ」

「僕はもう、水無月さんと恋人になれるって考えたら、胸がいっぱいで……」

 あまりにも自分に都合が良過ぎて、いくら確認しても足りないと思っていたところ、昼休み終了の本鈴が鳴り響く。

「あ……」

「昼休み、終わっちゃたね」

「す、すみません……! わたしが、うじうじと悩んでたせいで……」

「詳しい話は、また放課後にな!」

 琉聖は思った以上に真面目らしい。今は一旦、教室に戻ることになった。

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