第六章

第21話「二人の気持ち」

 翌日、学校の教室。

 昨日、襲ってきた生徒がいないか見渡して確認する。

蓮の家では、別のことに気を取られていたが、帰宅して頭が冷えたらしい。

(いない……かな)

 少なくとも、蓮の後ろは空席になっている。一人一人の顔を覚えている訳ではないが、自分を見て特別変わった反応を示した生徒もいない。

(そういえば、リーダーっぽい人は顔に火傷を負ってるから、すぐ分かるか。プライド高そうだったし、あの状態では登校してこないかな)

 危ない時に助けてもらう手前、それなりには自分でも注意するべきだと思った。

 その為に、他の生徒が揃っている授業開始直前に登校し、まずは様子をうかがっていたので、今日は蓮と朝のあいさつを交わしていない。

 ひとまず安全と判断し、授業を受けることに。


 そして、昼休み。

 いつもなら蓮と一緒に昼食をとるところなのだが――。

「あの、水無月さん。大事な話があるから、中庭まで来てくれない?」

 授業終了を待っていたとばかりに、陽菜の席までやってきた蓮。超能力を使って脚を治した時を思わせる真剣な表情だ。

「は、はい」

 当然ながら、二つ返事でついていくことにした。

(先輩が、よく中庭にいるのは知ってるのかな? だとすると、何かまた危ないことが……?)


 中庭に着くと、思った通り琉聖の姿もあった。

「来たか。さすがに余裕だな」

「いえ、余裕はありません。ただ……、逃げたくなかったので」

「格下と戦わないのは、『逃げる』じゃなくて『見逃す』っていうんだぜ」

 初めて会った時、琉聖がもたれかかっていた大木の前。

 蓮と琉聖、二人が真っ向から向き合っている。

(戦う……? 逃げる……? 実戦形式の修行かな……? でも、雨宮さんの能力は戦えるようなものじゃないし……)

 状況が分からない。しかし、二人からは、ただごとではない雰囲気が感じられた。

(雨宮さんは、話があるって言ってたし……、わたしにも関係があること? わたしが、そろそろ自分で戦うみたいな話で、雨宮さんは心配してくれてる……?)

 違う気がする。どこか発言内容と合致していない。

「蓮。囲碁は知ってるか?」

「え? まあ、なんとなくは」

「そうか、俺はほとんど知らん」

 急に囲碁の話になった。

 『戦う』というのが、ボードゲームの対戦だとしたら、蓮が余裕と言われたのは上手いから、琉聖の方が格下というのはルールに詳しくないから、自分が呼ばれたのは三人用のゲームもあるから、ということで説明がつく。大体分かってきたかもしれない。

「ただ、一つだけ――、格下が先手だ!」

 琉聖は、突然陽菜の方に向き直り、傍に寄ってくる。

(……!?)

 今度は、陽菜と琉聖が向き合うことに。

「陽菜、話があるってのは蓮から聞いてるな?」

「は、はい」

「俺から話させてもらうが、蓮の話も根本的には同じようなことだ。その前提で聞いてくれ」

 まっすぐに見つめられ、うまく言葉が出ないので、黙ってうなずく。

「俺は有望そうな能力者を探してた、それは嘘じゃない。ただ、俺にとってのお前が、単なる優秀な超能力者って訳でもない。初めて会った時から、他の女とは違うと思ってた。大概の奴は、男でも女でも、超能力を持ってても、持ってなくても、俺とは関わり合いになりたくないらしく、いきなり声かけて逃げない奴はいなかった。その点、お前は嫌な顔一つせずに返事をしてくれた。それから先も、会う度にお前の特別さを実感していった。普通は、恋人でもない男にあんな馴れ馴れしくされたら、できるだけ距離を置こうとするしな。お前ほど優しい人間は、生まれてこの方一度も見てない」

 そこでいったん間を置いて、さらに続ける。

「前に、超能力を隠してないせいで、彼女もできないのは残念に思ってたって言ったよな? あれは半分嘘だ。過去形じゃない、以前の俺は、別に恋人なんていなくても、自分の力に誇りを持って生きられれば、それでいいって考えだった。それが変わったのは、お前に会ってからだ。俺のことを変な奴だと思ってたかもしれんが、俺自身も不思議だった。子供の頃から、人にベタベタされるのは好きじゃなかったはずなのに、お前にはむしろ自分からくっついてただろ? 荒んでた俺の心を変えてくれたのはお前だ、陽菜。ありがとう、感謝してる」

 一言一句聞き漏らさないように努めた。自分の為に、ここまでの言葉を紡いでくれる人がいるなど思ってもみなかった。

「こ、こちらこそ、ありが――」

 一刻も早く、お礼を言わなければと思ったのだが、遮られる。

「ちょっと待った。まだ、蓮の話が残ってる」

 見れば、蓮もすぐ傍に来ていた。

「後から似たような話をしても、響かないかもしれないけど……」

「名人は後手じゃないと、まともな勝負にならないだろ。……つーか俺、何でもっと国語勉強しなかったんだよ! 語彙力も要約力も全然足りないじゃねーか!」

 琉聖は頭を抱えている。

「えっと……、僕も話していいかな?」

 琉聖が場所を空け、次は蓮と見つめ合うことになる。

「最初に話しかけた時に言ったよね、悩んでることが同じだったら友達になりたいって。失礼なのは分かってたんだけど、初めての友達はこの人がいいって強く思ったんだ。僕の場合、人に話しかけるには結構勇気が必要で、他の人だったらそこまでの勇気は出なかったと思う。ううん、出せなかった。そんなによく見てなかったと思うけど、自己紹介の時は今よりもっと緊張してたんだよ。それが、実際に水無月さんと話してみると、すごく安心できて、人と話すのも、わざわざ勇気を出さないとできないことじゃないんだって気付けた」

 よくよく思い返してみると、会話をし始めるまで、ほんの少しの間だけ、蓮が、自分ほどではなくとも人見知りするタイプに見えていた。

 本格的に話し出してから、全然問題ないじゃないかと、違和感を覚えたものだ。

「水無月さんが席を譲ってくれた時、そこまで遠慮しなくても、なんて言いながら本当は、こんなにも控えめな人なら絶対人を傷付けるようなことはしないって思えて、嬉しかったんだ。それからも、急に友達なんて言い始めた僕の為に、すごく頑張ってくれて……。水無月さんが何か言ってくれる度、何かしてくれる度に、自分も色々やってみたいって気持ちが湧いてきて、日下先輩と被っちゃうけど、僕も変われたんだと思う。超能力のことで臆病になってたところを、水無月さんの優しさに救われた――本当にありがとう……!」

 散々、迷惑ばかりかけてしまったはずの二人から、これほどまでに喜ばれていたとは――。

「……っ!」

 感極まって、涙が溢れ出した。

「水無月さん」

 急に泣き出したので、心配しているようだ。

「あ、だ、大丈夫です……! これは、嬉し涙なので……! お二人からこんな風に言っていただけるなんて……」

 大事な話として、こんなにまで深い感謝の言葉を聞けるとは、身に余る光栄以外の何ものでもない。

「しまったなぁ。俺も、ちゃんと名前呼ぶべきだった。お前呼ばわりして、名前出したの最後だけじゃねーか」

 ここまで感激させてなお、琉聖には悔いがあるようだった。

「ま、でも、これで俺たちの気持ちも伝わっただろ。どうする?」

「え……?」

 涙を拭いながら顔を上げる。

「あ、お、お返しの言葉は、今すぐ用意できないので、改めてちゃんとした内容を考えて――」

 二人に対するお礼は、即席に作れるようなものではない。

「あの先輩。はっきり言わないことには……」

「やっぱ、そうなるか」

 蓮と琉聖のやり取りから、まだ何かあることがうかがわれた。

「おーい、陽菜。こっからが本題だぞ」

「……!?」

 本題ということは今までのは前座だったらしい。

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