第19話「三人の戦い」

「ここか、やっぱいいとこ住んでんな」

 豪邸などではないが、家屋自体が一般家庭のものと比べ倍ぐらいはあり、庭などは陽菜の家にある三歩も歩けば外に出るような申し訳程度の庭とは比較にもならない広さだ。

(あ、雨宮さんの自宅……!)

 蓮が普段生活している空間に立ち入るかと思うと、非常に緊張する。

「俺だ、もう来たぞ」

 陽菜の緊張をよそに、琉聖はチャイムを鳴らして蓮を呼び出す。

「あ……まだ、心の準備が……」

「準備いらんだろ。ほら行こうぜ」

 門を勝手に開けた琉聖は、陽菜の手を引いて玄関に向けて歩きだした。

 庭を突っ切る途中で、鍵を開ける音が聞こえ、蓮が飛び出してくる。

「大丈夫!? 水無月さん」

 駆け寄ってきて、真っ先に陽菜の心配をする蓮。


 そのまま部屋に招かれ、治療を受けることに。

 居間に通されたのだが、家人は留守のようで少し安心した。特に母親などがいた場合、最悪追い出されるのではないかと危惧していたところだ。

「どう? 痛みは引いた?」

「はい。もう、すっかり」

 ソファに横たわって、蓮の生み出す『治癒の水』を全身に浴びた。脚の時もそうだったが、あまりに治りが早く、かえって違和感を覚えるほど。

「良かった……。一時はどうなることかと」

 心から安心している様子。蓮にも琉聖にも、世話になりっぱなしだ。

「そういえば……雨宮さんと先輩は、いつからお知り合いだったんですか?」

 中々言い出せないままでいた疑問を、やっと口にする。

「前に、超能力持ってる奴かどうか、判別できるって言っただろ。入学式の時から、蓮の方も気にかけてはいたんだよ。まあ、意外としっかりしてそうだったし、たまに話す程度でアドレス交換もしてなかったぐらいだけどな」

「ああ、それで僕が声をかけられたんですね。……じゃあ、髪のことも?」

 蓮の髪は銀雪のように美しい。

 陽菜は、以前の失言を思い出す。病気の後遺症とのことだった為、触れるべきでないと思ったのだったが。

「能力の影響は外見にも出る場合があるからな。そのせいで、隠したくても隠せなくて、迫害されてる奴もいるし。その点、お前はうまくやってたな」

「家族が協力してくれたんです。病気があったことにして、それを学校側にしっかりと伝えてくれて。今のところ、なんとか疑われずに済んでいるみたいです」

 陽菜が今まで見てきた女子生徒の様子だと、蓮の美貌に心を奪われ、疑う気もなさそうだった。しかし、男子の方は、やはり嫉妬から探りを入れる者がいておかしくない。

(もしかして、関わってるのがわたしだったから、どうでも良かったのかな……)

 虚しい気もしたが、蓮の平穏無事に比べれば、取るに足りないことだ。

「だが、陽菜が実際に襲われた以上、そろそろ何か手を打つ必要がある」

 いつになく真剣な表情になった琉聖。

 陽菜が思っているより、今回の一件は、二人に深刻な事態と見なされていた。

「二人共、スマホでアプリストアを開いてみてくれ」

「スマホアプリ?」

 蓮と陽菜、二人の声が重なる。超能力者に都合のいいアプリが、一般向けに配信されているとは考えにくい。

 ただ、考えがあってのこととは察しがつくので、素直に従った。

「そこで、『超能力者対策』って入れて検索」

(それだと、超能力者に対抗する為のアプリがでてくるんじゃ?)

 陽菜は首をかしげつつも、琉聖が指定した通りに入力して確定。

 検索結果の一番上に表示されたのが、そのものずばり『超能力者対策アプリ』。普通に読めば、超能力者という悪を取り締まる類としか理解できない名称だ。

(うん、まあ、こうなるよね……)

 予想通り。今の社会ではこれが一般的なのだろう。

「言いたいことは分かる。問題は内容だ」

 顔に出ていたのか、考えることは同じだと分かっていたのか、中身を見て判断するよう促される。

 言われた通りに詳細説明を開く。

『いきなり超能力者に襲われても安心! 即時通報アプリ!』

 あまりにも差別的なキャッチコピーに呆れ返るほかない。

 陽菜にとって、自分が呆れられることは珍しくもないが、自分が呆れざるをえないとは、余程のことだ。

 何が悲しくて、自分たちが、いきなり人を襲わねばならないのか。

 ご丁寧に『女性にオススメ』のタギングまで付いている。

 つまりは、そういうことだ。婦女暴行の容疑をかけられるのは常に男性であるように、事件を起こせるのは超能力者だけ。超能力という強大な力でか弱い一般人を傷付けるのは、確かに非道なことだろう。

 では先ほど、罠にかかった陽菜を痛めつけていた一般人の生徒たちと、力尽くで助け出した琉聖のどちらが非道だというのか。

 いくら温厚な陽菜でも不愉快にはなる。元よりあまり褒められた人間でもない自分はまだしも、心優しい蓮や、勇敢な琉聖まで、一括りに犯罪者予備軍として扱われるのは納得がいかない。

 さらに、理不尽に思うのは二人のことだけではない、たちが悪いのは、ということだ。

 無理もない。虐げられ続け、歯向かえば超能力者の方が犯罪者として裁かれるのだから。過去、超能力者が裁判にかけられ無罪判決が出た例は一つもない。執行猶予も滅多につかない。疑わしい超能力者は、野放しにしてはいけない存在だった。

 それだけではない。抑圧され尊厳を奪われた者は心が荒んで、道を誤ることもある。差別的思想によって、『本物の悪人』まで増えていた。

 多くの人々は物事の表面しかみていない。一見強大に見える超能力は、実際には強い立場を保証しないにも関わらず、超能力者に立ち向かうのは正義とされている。

 挫くべき強者は超能力者、助けるべき弱者は超能力を持たない者。それは男女の関係性を拡大したようなものだ。男性と女性の筋力差以上に能力の差が大きい為、超能力者に対する差別は迫害と呼ばれるほどのレベルになる、理由はたったそれだけ。

「このアプリは個人で制作したもんらしくてな、だから、説明文にあからさまな差別表現も含まれてるんだろう。まあ、審査を通ってるあたり、運営会社の倫理観も高が知れてるんだが」

 琉聖がアプリケーションの説明を始める。

「機能としては、『急に襲われて百十番を押す暇もない場合に、GPSで取得した現在位置のデータが添付された救援要請を一発で送れる』ってとこだ」

 より迅速に警察を呼んで、超能力者を逮捕できるらしい。

「――救援要請を送る連絡先は、自由に登録できるんですね」

 蓮は琉聖の意図に気付いたようだ。

「ああ、警察に限らず、もっと身近に助けてくれそうな人間がいればそっちにも送れるようにしてる訳だが――。ダウンロードした人間が超能力者かどうかなんて分かりゃしない」

 さすがに陽菜も気付いた。

「二人共、こいつで俺のアドレスを登録しとけ。お前らが危なくなったら、すぐに駆けつける」

 いつにもまして頼もしい口調で、琉聖は宣言する。

「そ、そんな、雨宮さんはともかく、わたしまでそんなお世話になる訳には……」

「いや、それ明らかに僕の台詞だよね!?」

「え?」

 互いに遠慮し合う状況になってしまったことは分かった。

(……? 何で、明らかに?)

 陽菜にしてみると、自分が優先されて当然とまでなる理由が分からない。蓮の性格からいって、自分より相手のことを思いやるのは、予想の範囲内。しかし、普段は使わないような、はっきりとした言い回しなのは意外に思った。

「二人共って言ってんだろ。何か不服か?」

「いえっ、滅相もない……!」

 陽菜は、不満を訴えるのが苦手だ。分不相応な扱いを受けることと、相手の考えを否定することを秤にかけると、前者の方がマシという判断だった。

「すみません。僕まで」

 蓮も承服せざるをえなかったらしい。

「そもそも俺は三人で手を組むことを考えてたしな。――差別問題でもそれ以外でも、結局数が少ないと不利だ。才能と人間性、どっちも申し分ない仲間を探してた」

「あの――」

「どうした? 陽菜が口を挟んでくるって珍しいな」

「わたしが愚考しますに……、探した結果、雨宮さんとわたしが選ばれた、という流れになりそうなのですが……」

「おう」

「才能と人間性の部分が、わたしに当てはまってないんじゃないでしょうか……?」

「部分って、両方じゃねーか。今はそういうネタいいから。つか愚考なんて日常会話で初めて聞いたぞ」

 たしなめられてしまった。

(真面目に言ったのに……)

 そんな陽菜に蓮がフォローを入れる。

「多分、水無月さんは場を和ませようとして……」

「和むより、気合入れようぜ。俺たち三人で結束して社会と戦うんだよ」

「戦う……」

 陽菜は考えもしていなかった、今の状況に立ち向かうことなど。ただただ、目立たず、ことを荒立てず、日陰でも生きていられれば、それでいいと思っていた。

 だが、状況が変わった。自分の大切な人にそんな人生を送ってほしくない。

「さすがの俺も銃で撃たれりゃ、怪我もする。その点、蓮が治療してくれるなら、即死じゃない限り復活できるってことだ」

 確かに琉聖の戦う力と、蓮の治癒の力が合わされば鬼に金棒といえる。

「あの……わたしは何をすれば……」

 弱いからといって、一方的に守ってもらうのでは、超能力者より優遇されている一般人と変わらない。弱者ばかりが優位に立つ現状を打破することこそが目的のはずだ。

「真打ってのは最後に出るもんだからな。陽菜の出番は少し後になるんじゃないか?」

「一生出番が回ってこないのでは……」

 真打に相応しい技量に至るには、寿命が何百年も足りない気がする。

「俺の勘だとおそらく……そんな先にはならんだろう」

 よく分からなかったが、深い考えがあるのだろうと思うことにした。

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