第18話「救援」

「まったく……、嫉妬ほど、みっともないもんはねえな!」

 火の粉を散らしながら現れたのは、日下琉聖。

 放った炎を直接当てるまでもなく、武器を持った男子たちを怯ませている。

「先輩……!」

「すまん、遅くなった」

 琉聖が歩みを進めると、見張りとして入り口付近にいた男子は逃げ出した。

「くそっ! 逃げるしかねえ!」

「なんでよりにもよって、こいつが出てくんのよ!」

 主犯格の前に詰め寄る間に、取り巻きはこぞって退散していく。

「ちょっと! 何逃げてんのよ!」

「そりゃあ、逃げるだろ」

 うろたえる女を醒めた目で見ながら、琉聖は言い捨てる。

「スクールカーストだか何だか知らんが、カリスマの欠片もない奴の下で戦うような馬鹿を、仲間に取り立てた覚えがあるのか?」

「……っ!!」

 凄むでもなく、ただ冷たく問いかけられ、歯噛みする女。

 悠然と佇む琉聖の周りで、大気が震え出し、圧倒されるばかり。

「わ……私たちは……雨宮君の為に……」

 身体が硬直し、うまく発声できないのか、息も絶え絶えに主張する。

「お前が蓮の何を知ってんだよ? あいつが何を望んでるか、直接関わってもないお前に分かる訳がねえ。陰ながら守るなんてのは、理解者のすることだぜ」

 相手の言い分を一蹴。彼女たちは、遠巻きに眺めるだけで、蓮が切望していた『友達』になる為の努力を、しようともしなかった。

(……? 今、先輩が雨宮さんのこと……)

 五体の随所に痛みを感じながら、少しずつ起き上がっていた陽菜は、疑問に思う。

「――っ」

「仲間には見捨てられ、大義名分もない、終わりだな」

 さらに距離を詰めた琉聖は、主犯女の顔面に拳を叩き込んで、ぶっ飛ばす。

「がっ……!!」

 地面に転がり呻く女の頬は、大きく焼けただれている。

「こ、こんなことして、ただで済むと思ってんの!?」

「それは、口封じをしてほしいってことか?」

 その手に火炎を纏わせ、無慈悲な笑みを浮かべる琉聖。陽菜に笑いかけた時とは似ても似つかない。

 その姿を見て陽菜は、自分がいかに優しく扱われていたのかを思い知る。

「ちっ!!」

 女は悔しげに舌打ちしつつも、尻尾を巻いて逃げていく。相当恐ろしかったらしく、途中塀に衝突しても、ふらつきながら、とにかく一心不乱に走っていった。

「ふん、てめえらに、罪を背負ってまで殺す価値はねえよ」

 逃げた連中を追う素振りもなく、陽菜の傍へ歩み寄った。

「大丈夫か?」

「は、はい、なんとか……」

 伏していたところから、どうにか起きて座っていた陽菜に声をかけ、背を預けられる壁まで運んでいく。

 やっと落ち着くことができた。

「よく頑張ったな。あんなカスよりお前の方が強いのに、超能力を使わずに耐え抜いた。あいつらはお前に救ってもらったんだよ」

「先輩は……、どうしてここに……?」

「校門辺りでお前たちを見張ってる奴がいたから、何かあるとは思ってたんだ。駆けつけるのが遅くなって悪い」

「い、いえ、こうして助けていただいただけでも」

「俺が本当に不良なら、こういう、いかにもカツアゲに適した場所は見つけやすかっただろうに……、皮肉なもんだ」

 琉聖は苦笑する。陽菜としては、たとえ助けてもらえるのが遅くなるとしても、彼が不良などではない方がいいと思えた。

「最初は、蓮の方を狙った、ただのストーカーかと思ったんだが、甘かった。後をつけるでもなく電話してやがったから、多分あれは連絡要員で、別の仲間が待ち伏せしてたんだろう」

「あの……少し気になったんですけど――」

 質問しようとしたところ、先に琉聖の方から尋ねられることに。

「スマホ借りていいか?」

「……? は、はい」

 救急車を呼ぶなら、自分のものでも良さそうだが、一飯どころではない恩人の頼みを断る理由もない。

 実際には、男性に見せることは、はばかられるような、女性向けの画像・音声データが保存されているのだったが、今、ギャラリーやミュージックプレイヤーといったアプリを起動することは考えにくいので、普通に手渡した。

 琉聖がスマートフォンを操作すると、コール音が聞こえてきた。やはり電話をかける為らしい。

「もしもし、水無月さん?」

 明るい調子で応答する蓮の声が聞こえてきた。陽菜のところまで聞こえてくるのは、音量を上げていたせいだろうが、何故蓮にかけたのか。

 自分も、結局はメールのやり取りのみで、電話をかけることはなかった。

(わたしから電話がかかってきて、あんなに嬉しそうにしてくれるのかな?)

 まるで、心待ちにしていたといわんばかりの反応だ。

「期待させて悪いな、陽菜じゃない」

「え……?」

 不思議そうにしているのが、電話ごしでも分かる。

 期待していたかはともかく、驚きはするだろう。

「……その声、もしかして日下先輩?」

 ある程度予想し始めていたが、これではっきりした。蓮と琉聖は知り合いだ。

(いつ知り合ったんだろう? わたしはいつも別々に会ってたけど……)

 別に、自分を通す必要もないので、不自然なことではない。

「ああ、陽菜が怪我しててな。お前の力で治してくれ」

「――!? なんでそのことを……。いえ、それより水無月さんはどういう状態なんですか!?」

「殴られた跡はあるが、命に別状はない。しかし、自分の能力がバレてることより、陽菜の心配とは感心だな」

「それは……当然のことです」

「んじゃ、住所教えてくれ。今すぐ向かう」

 蓮から住所を聞いた琉聖は、陽菜を抱えて一気に雨宮家門前まで移動した。運ばれている間の陽菜の様子は改めて語るまでもない。

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