第17話「罠」
「ねぇ、水無月陽菜さんよね?」
呼ばれて振り返ると、同じ学校の制服を着た女子生徒――もちろん、下はスカート――がいる。同じクラスの可能性が高いものの、陽菜は同級生の顔と名前がろくに把握できていない。
(わたしのフルネームを覚えてくれてる……!?)
蓮を除く男子の眼中にもないが、同性の友人もいない陽菜にとって、女子から声をかけられるのは異例だ。
「は、はい」
「水無月さんにちょっと訊いてみたいことがあって。今時間大丈夫?」
「はい」
「ありがと、ここじゃなんだから、ついてきて」
促されるままに、後をついていく。どうやら、腰を落ち着けて話したいことのようだった。
やけに入り組んだ路地を通ってきた。どこで話すというのか。
「着いたわよ」
そこは殺風景な路地裏。オシャレなカフェなどに連れてこられても、自分には分不相応なので、特に問題ない。
ただ、そこには男女合わせて十人ぐらいの生徒が待ち受けていた。中には、バットかパイプか、棒状の金属を握っている者も。
「え……?」
陽菜が戸惑いの色を見せていると、ここまで連れてきた女子が奥へと突き飛ばす。
「来たわね、確か水無とか言った?」
よろめく陽菜の前に、待っていた中の一人が詰め寄ってきた。美人といって差し支えない容姿。ただ、かなり気が強そうに見える。
「ミナヅキじゃなかったっすか?」
周りにいた男子が突っ込みを入れるが、その口調からあまりガラのいいタイプとは思えない。
他の男女も陽菜と取り囲んでくる。だんだん状況に察しがついてきた。
名前など、どうでもいいとばかりに突っ込みを無視して、いかにもこの場にいるグループ内でリーダー格といった感じの女は本題を切り出す。
「あんた、雨宮君に何したの?」
強い語気で尋ねた。質問というよりは、詰問しようとしている印象だ。
『何をした』と訊かれても、迷惑はかけ続けているとはいえ、特別なことをした心当たりはない。どんないいことをしてもらっているのか、という方がまだ分かる。
「…………」
意味が分からないという、陽菜の様子を見て、女は続ける。
「あんた、超能力者なんだってね」
「――!!」
琉聖との修行は、万全を期して、誰も寄り付かない場所を使っていた。
蓮と話した時は周囲に人はおらず、その一度を除いて口には出さないようにしていた。
どこから知られたのか。その疑問は想定していたらしく、すぐに種を明かしてくる。
「そっちの子、見覚えない? 同じ小学校だったんでしょ」
リーダー格の女が向けた視線の先を見るが、そこにいる女子のことは知らない。そもそも、小学生だった時に見ていたとしても、成長していて分からないだろう。
「ああ、化物が人間の顔なんて覚えてる訳ないか」
いくら小学校時代の同級生が少なそうな高校を選んだといっても、遠方に引っ越したりしていない以上、一人もいない方が不自然だ。直接見なくとも、当時の陽菜を知っている者が話せばバレるに決まっている。
(やっぱり、隠し通すなんて……)
隠し切れなかったのは分かった。では、蓮に何かをしたというのは――。
「あんた雨宮君に妙な力使ったでしょ!!」
怒声と共に、襟をつかまれ強く引き寄せられる。
「雨宮君があんたなんか相手にするはずない! 洗脳だか催眠術だか知らないけど、超能力でどうにかしたんでしょ!?」
にらみつけてくるのは、凄まじい怒りを宿した瞳。
ようやく合点がいった。あまりに不釣り合いな二人が親密になっているなど、超能力でも使っていなければありえない、そう思われているのだ。
そして、陽菜を妬む者が、どんな手を使って蓮に取り入ったかについて探り、超能力者だと知っている者に行き着いた。あるいは、元々グループ内にいて、最近になって急接近した二人を見て我慢ならなくなり、周囲にバラしたとも考えられる。
「そ、そんなこと……」
弁明を試みるが、半ば無駄だと分かっていた。善良な一般人に対して、超能力者は悪。疑われたが最後、何を言おうが見苦しい言い訳としか受け取られない。
まして、グループメンバーのうち、少なくとも女子は嫉妬に狂っているのだ。蓮にまとわりついている陽菜を潰すというのが、一番の目的だろう。催眠術かどうか以前に実際には超能力者でなかったとしても、今さら止まりはしない。
「じゃあ何? 自分がそのままでも雨宮君に相応しいとか思ってんの!? 鏡見たことある?」
襟をつかむ力を強めてくる。
まさか、蓮と自分が同じ超能力者同士だ、などと言う訳にはいかない。それが分かる以前から好意的に接してもらえた理由は自分でも分からない。
「答えは出たわね。人の心を踏みにじる化物から、雨宮君を守りましょう」
陽菜の沈黙を肯定と見なし、取り巻きに合図を出す。
すると、周りにいた者が、拳で、あるいは手にした金属棒で殴りつけてきた。
「ぐっ……!!」
思わず呻き声が漏れる。
陽菜の苦しむ姿にも構わず、暴力は続く。
傷害事件――超能力者が相手でなければ、誰もがそう認めるだろう。
あくまで、蓮を守るという名目。一般人が超能力者を虐げる時は大概そうだ。
危険だから安全の為、悪党だから懲らしめる為、異常だから調和の為、強い者から弱き者を守る為、――差別や迫害は正義の名の下にある。
「はっ……、ぐぅっ……!!」
超能力を行使すれば、こんな相手は簡単に殺せる。わざわざ相手が、人目につかない場所に誘い込んでいる状況。下手に情けをかけず、跡形もなく消し飛ばせば証拠も残らない。
殺そうと思えば殺せる。修行の成果で、続けて撃てるようになった今、ひとまず全員息の根を止めてから、一人ずつ死体を処理していけば、指一本触れることなく殲滅は完了する。
「小さい頃教わらなかったの? 知らない人についていくなって。それとも――同じクラスになっただけの私が友達だとでも思った? 『人間の友情』はそんな安いものじゃないのよ。あなたには分からないでしょうけど」
声をかけてここまで連れ込んだ女子が、倒れている陽菜を冷ややかに見下ろす。
確かに、友人でもなく、知人かどうかも怪しい相手について行かなければ、こんなことにもならなかった。
主犯格の女が傍に寄って足蹴にしてくる。
「恨むんなら、馬鹿みたいに他人を信じた自分にしなさい」
「……恨んでません。わたしは――同じことを繰り返すと思います」
陽菜にしては珍しく、はっきりとした口調で言った。痛めつけられているからか、普段のような、人の顔色をうかがわずにいられないという感覚が薄れている。
「成長する気ゼロ? 後悔してないの?」
何も、危険を予想していなかった訳ではない。今の状況は、迫っているかもしれない危険と、せっかく話しかけてくれた同級生の気持ちを無下にすること、その二つを秤にかけた結果だ。
『小さい頃に学んだこと』というのであれば、陽菜は誰より人の恐ろしさを知っていた。
身の安全より、相手の話を聞くことの方を優先したまで。次に別の同級生から誘いを受けたとしても、悪意がないか問いただすつもりなど毛頭ない。
陽菜の卑屈さは筋金入り。卑しい自分が人様を怪しむなど、もってのほかだ。
「……これからも……雨宮さんが襲われていたら、どんな『化物』相手でも守ってくれますか……?」
「は?」
誤解があるのは分かっている。本人の意思に反して無理矢理、都合よく傍に置いている者がいたら、蓮に好意を寄せる者として、排除するのが道理だろう。
その想いが本物なら、彼女が蓮を守っていけばいい。自分などよりは余程、美人でお似合いだと評される。蓮と完全に釣り合うにはほど遠いが。
「危害を加えた張本人が、何を訳の分からないこと言ってんのよ!」
主犯格の女が、近くの男子から鉄パイプを取り上げ、振り上げる。
だが、陽菜に向けて振り下ろした時には、握っている部分以外が失われていて、かすりもしなかった。先端には溶けたような跡。
「――!?」
女は何が起こったか分からず動揺している。
次の瞬間。
「ぶわっ!! ちっ!」
男子の悲鳴が上がった。ちょうどこの路地裏に入ってきた方だ。
「まったく……、嫉妬ほど、みっともないもんはねえな!」
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