第五章

第16話「お礼」

 翌日。脚に何の問題もなく、学校まで歩いて来られた。

(超能力って、こんな風に傷を治したりもできるんだ……。これなら、何の害もないどころか、物凄く役に立つのに。でも多分……役に立つとしても……)

 異端と見なされた者に対する仕打ちを考えると、どんな有益な力であっても、人と違うという理由だけで迫害の対象になることだろう。

「おはよう、水無月さん」

 教室に入ると、蓮が急いで駆け寄って来た。結果的に超能力を使った為言葉にはしないが、昨日の出来事を心配していると、表情からも声色からもうかがい知れる。

「あ、おはようございます」

「あのっ、これ、良かったら……」

 蓮が差し出してきたのは、一冊のノート。

「水無月さん、よく授業中、体調悪そうにしてるから、ノート取れてないんじゃないかなって思って……」

 見れば、今まで受けた授業の要点がまとめられている。

「こ、これ、わたしの為に……?」

 『体調が悪そう』というのは、おそらく居眠りしている時のことだと思われる。特段身体が弱い訳ではなく、昼夜逆転に近い生活をしているせいだ。

「他の教科も、今度まとめてくるから」

「あ、ありがとうございます。でも、そこまで負担をかけるのは申し訳ないですし、この一冊だけでも……」

「ううん、水無月さんの為にできることなら、何でもしたいんだ。僕にできるのは勉強に関することぐらいかもしれないけど、分からないところとかあったらいつでも訊いて」

 かつてないほど親身に接してくる。これは、昨日のお礼ということなのか。

怪我が治ってしまったので、『一生かけてのお礼』もなしかと、どこか残念に感じていたが、全くの無効でもないようだ。

 脚は完治し、それでいて献身的に尽くしてもらえるなら、いいことずくめかもしれない。

 もっとも、蓮のような人が相手でなければ、本当に片脚を失い深刻な事態に陥っていた。うまくいったのはあくまで結果的にだ。

 蓮の献身は、それだけにとどまらなかった。

 昼休みのこと、一緒に昼食をとる、そこまではいつも通り。ただ、普段は親が作った弁当、それがない時には購買のパンを買ってきて食べることになっていたのだが――。

「水無月さん。今日はお弁当?」

「……? いえ、今日は作ってもらえなかったので、パンでも買いに行こうかと……」

「その……僕が作ってきたのは、どうかな……? 前に褒めてくれたし」

「……! いただいていいんですか……!? でしたら、ぜひ……!」

 当初、幻想だと思っていたことが、ここにきて現実のものとなった。

 蓮の席で弁当箱を渡してもらう。器からして高級感が漂っていて、自分が受け取るのは畏れ多い気がする。

「口に合うといいんだけど」

「それはもう、雨宮さんが作ってくださったんですから……! わたしの口の方を合わせます」

 おかしなテンションで、自分でも何を言っているか分からない。

 机の上で弁当を広げてみると、今まで以上に気合が入っている印象だった。自分の為にここまで、と恐縮しながらもおかずを口に運ぶ。

「どう……かな?」

「美味しいです……! 毎日食べたいぐらいです」

「良かったぁ。じゃあ、毎日作ってくるね。水無月さんの好きなものって何?」

 本当に毎日作ってくれるらしい。

「鳥の照り焼きとか……、甘辛い感じのものが好きかなと」

「うんうん」

 わざわざメモまで取っている。好物を聞いて、陽菜に合わせたものを作ってくると。至れり尽くせりとはこのことだ。

 勝手に恋人気分に浸っていたところ、ふと蓮の後ろに座っている女子の姿が目に入る。かねてより、女子には妬まれていると感じていたが、今回はその視線に途轍もない敵意が込められているように思えた。

 考えてもみれば、昨日の事故に超能力が関わったことから、お互いその件について人前で口にしなかった。つまり蓮のファンは、一連の献身的な行動が、お礼の為だとは知らない。

 事情を知らずに見ると――、蓮は陽菜のことが好きでアタックしている、という風に映る可能性が十分にある。

 どう考えても釣り合っていない。もし勘違いされているとしたら、『何故自分ではなく、こんな地味な女が』と不満が募っているに違いない。

 特に何も言われないので、釈明する機会もなく、自分から話しかけては余計に怪しまれかねない。そもそも、気のせいかもしれないのに、親密な仲に見えていることが前提の話をする度胸などあるはずもなかった。

 その後も、蓮の献身的な行為の度、憎悪に満ちた――ように思える――視線にさらされ続けるはめに。蓮の様子が、時に積極的に、時に恥じらうようにと変化し、実に悩ましげな姿態だったことも一役買っているのだろう。


「またね。明日は水無月さんの好きなもの、腕によりをかけて作ってくるから期待してて」

 普段、帰りは別々のところ、今日はギリギリまで一緒にいる為にか、校門前で見送ってくれる。

 それにしても、控えめな性格の蓮がかなりの自信を見せていることからは、相当に家庭的な一面が垣間見えた。

「は、はい……! ありがとうございます……!」

 相も変わらぬ最敬礼をして、蓮と分かれる。


 帰り道、昨日蓮が口にした言葉を思い出した。

『ありがとう……!! このお礼は一生かけてするから……!』

 それを言った時、自分の力で怪我を治せることは分かっていたはず。元より覚悟もあったようだ。

 なのに何故、これほどの発言をしたのか。直前に見せた悲哀は、痛い思いをさせてしまったから、と解釈できなくもない。だが、怪我で一生歩けなくなる訳でないことは知っていたに違いない。『絶対に治すから』というのは、単なる決意表明で、本当に治せる保証がなかった――としても、まず試してからでも遅くなかった。

(どうして、こんなにも……。まあ、雨宮さんの考えが、わたしなんかに推し量れる訳ないか)

 不思議に思いながらも、深く考えても仕方ないとした時。

「ねぇ、水無月陽菜さんよね?」

 後ろから、不意に呼び止められた。

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