第15話「蓮の力」

「――それに、脚も絶対に治すから」

 予想外のことを言い出した蓮は、今まで見たこともない、強い目をしている。

(……? 治す……?)

 なんとなく蓮なら、親が医者だったり、腕のいい医者とつながりを持っていたりしても、イメージに違わない。彼自身も医学部に進学すれば名医となりうるだろう。

 しかし、――這いつくばっていて後ろが見えにくいとはいえ――鉄骨に潰された脚は原形を留めておらず、到底治療の余地がある状態に思えなかった。

 治すのは無理だろう、などと無粋なことは言わず、素直に気持ちを受け取っておこうと考えていると、蓮は、ボロボロになった脚に掌をかざす。

(え……? この感じ……)

 最近、知覚したことがある。

 つい先ほどの空に感じたものと、似ているような気もする。それでいて、全く違うようにも思える、奇妙な感覚だ。

(さっきのじゃなくて、他の時にも……)

 一人で過ごしている時じゃない、蓮と一緒の時でもない。

 ――琉聖との修行中だ。

 脳裏に浮かんだのは、琉聖が炎を放つ光景。

(超能力が発動する前兆……!!)

 胴の痛みにも構わず、上半身をひねって蓮の方を見つめる。

 その手の先には、澄んだ水が球状に形成されていた。それは、琉聖の掌で発生した火球に酷似して見えるものだ。

 水の塊が弾けて、雨のごとく、傷付いた脚に降りかかった。

「……っ!」

 水が染み込むと、失われていた脚の感覚が、徐々に戻り始める。神経の機能が回復したことで、何が起こっているかも、漠然と分かった。

 裂けていた皮膚が再生し、砕けていた骨も固まって、元通りの形状になっていく。

――動ける。怪我をする前とそう変わらない、そう思って身を起こそうとする。治ったなら、すぐにでも蓮を安心させたい。

「まだ、動かないで」

 静止されてしまった。今の今まで大怪我をしていたのだから当然の反応だろう。仕方ないので、横になったまま話すことにする。陽菜にとっては非常に心苦しいことなのだが。

「あの……今のは……」

「本当にごめん……。ずっと隠してて……。今使ったのは……、超能力」

 予想通りといえば予想通り、陽菜としては何の問題もない。

 しかし、蓮は目を伏せて謝り続ける。超能力者に対する世間の扱いを考えれば、その事実を隠していたこと、そしてそれを知られたことの重大さは推して知るべし。

 『自分は所詮化物なのだ』と言われている気がした。

 陽菜にもその気持ちは痛いほど分かる。能力を知られていた頃、人間扱いされていなかった記憶が蘇る。

「じっ、実は……その……わたしも……」

「え?」

 最早、隠す理由はない。それどころか、言わなければ蓮を傷付けることになってしまう。

「使えるんです、超能力」

 蓮が目を見開く。二人揃って超能力者でありながら、互いにひた隠しにしていたのだ。

「謝らないといけないのは、わたしの方で……。今の鉄骨、能力で壊せば誰も怪我しなくて済んだはずなんです。なのに……、雨宮さんが差別するような人じゃないって分かってたのに……、怖くて使えなくて……」

「水無月さんも……。それでも、僕が一方的に助けてもらったのには違いないよ」

 蓮の声に少しは明るさが戻りつつある。やはり超能力のことを知られたら終わりだと考えていたのだろう。その点、同類であれば話は別だ。

「いえ、わたしはいざという時、怖がって使わなかったのに、雨宮さんはわたしの為に使ってくれて……、お互いに……だって分かったのも、雨宮さんが先に使ってくれたおかげですし」

 使う、使わない、とだけ言って、『超能力』という単語をなるべく出さないようにするのは、恐怖が染みついているせいだろう。

「そんなの、命を助けてもらったんだから当たり前だよ。もし、このことが他の人に知れ渡るとしても、ここで力を使わなかったら人として恥ずかしい。僕は……できれば『人間』でいたい」

 超能力者を蔑視している『普通の人間』などより、蓮の方が余程、人間の尊厳を持っている。そう思わずにはいられなかった。

「誰にも言いません。どんなことがあっても、雨宮さんの秘密を洩らしたりなんて……!」

「ありがとう。僕も水無月さんの秘密は守るよ」

 蓮が手を差し伸べてくる。相当な効果を持つ能力だったようだが、一度負った怪我が重かっただけに、まだ一人で立つのは危険ということか。

 蓮の手につかまって立ち上がる。

 自分ではすっかり良くなったように感じているものの、かなり心配されているようで、両手を腕と肩に添えて、しっかり支えてくれた。

 傍から見ると抱き合っているように見えなくもない。

 加えて、万全を期する為にと、家まで手を引いて送ってくれることに。

(い、今、雨宮さんと手をつないで……!)

 以前から蓮と出かける度に、デートではないと知りつつも、手をつなげたら、などとあらぬ衝動に駆られることがあった。図らずも、今それが実現している。

(怪我した後、少しは不安にもなったけど、意外とあっさり治ったし、この状況は――、し、幸せかも……)

 かすかに違和感を覚えた気もしたが、幸せを噛みしめているうちに忘れてしまった。

『あっさり治った』、それを意外に思わせる要因は、重傷を負っていたことだけだったか。

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