第10話「夢うつつ」
それほど長い道のりでもなかったはずだが、歩き続けている中でだんだんと身体が重く感じ始めていた。
「あの、大丈夫?」
心配そうに尋ねる蓮の声で、自分が息を切らしていることに気付く。日頃の運動不足がたたって、普通の速さで歩いている相手についていくだけで体力が尽きそうになっている。
「だ、だいじょう……、はっ……、ぶ……です……」
「大丈夫な声じゃないよ!? いったん休もう?」
できれば迷惑をかけたくなかったが、蓮が本気で案じてくれているようだったので素直に休息をとることに。座れるところなどはない為、道の端に寄って立ち止まる。
「ごめんね、すぐ気が付かなくて……。とりあえずお茶でも飲んで落ち着いて」
「あ……そういえば、のどがすごく渇いて……」
自分のだらしなさを恨めしく思いながら、ペットボトルのふたを回す。渇きを潤せば楽になるだろうと、口をつけかけたところで、うっかり手を滑らせてしまった。
「あっ……!」
残っていたお茶が地面にこぼれてしまう。
「すみません……、せっかくいただいたのに……、近くでもう一本買ってきます……」
周りにコンビニがないか見渡している最中に思い出した。ゲームショップでの買い物でお札は使い果たし残りをポイントで支払った。小銭は数十円しか持っていない。
改めて財布を開いてみるが、いくら安いものを選んだとしても、飲み物一本を買えるお金はなかった。
「どうしたの? もしかして持ち合わせがない?」
「は、はい……」
「じゃあ、僕が買ってくるよ」
早速動こうとした蓮を慌てて呼び止める。
「こ、これ以上ご迷惑をおかけする訳には……!」
「う……」
どうにも困惑した様子だ。一本目の時でも相当ばつが悪そうにしているのを見ていたのだから無理もない。
金銭的負担をかけるのは忍びないが、かといって遠慮し続けるあまり健康面で心配をかけるのも問題だ。
どうしていいかさっぱり分からず、当惑していると蓮の方から思いもよらない提案を受けた。
「もし、僕の飲んでた残りで良ければ……。もう十分飲んだし、捨てるのももったいないと思ってたんだけど……」
(え……!?)
この日一番の衝撃を受ける。
(そ、それって……、か、間接キス……!?)
確かに新しいものを買うお金もかからず、飲み残しも無駄にせずに済む。
万事うまく収まるのだから、喜んで受け取りたいところなのだが、気がかりなのは蓮の本音だ。
蓮は、お茶のボトルを取り出しつつも、まだ差し出してきてはいない。かなりためらいが見受けられる。
(わたしのことが面倒だから、仕方なくそう言ってるとしたら、本当にもらっていいのかな……)
他にやりようがない状況を作ってしまったので、不愉快ながらの妥協と考えた方がいいのかもしれない。
「もちろん、水無月さんが嫌じゃなかったらだけど……」
おずおずと尋ねてくる声を聞き、いかに自分が相手の気持ちを考えられていなかったかを思い知って息をのんだ。
(……! 断ったりしたら、むしろわたしが嫌がってるみたいに思われる……!?)
嫌われることが不安なのは自分だけではない。そもそも蓮は、周りからどれほど評価されているかも知らずにいるのだ。
(雨宮さんに恥をかかせない為にも、ここは受け取らないといけない……、そ、そのはず……! それでいいはず……!)
そう自分自身に言い聞かせて、好意に甘えることを決めた。
「で、では、謹んで飲ませていただきます」
緊張で手が震えないよう気をつけながらお茶を受け取ると、蓮は安堵したような表情を見せた。どうやら大丈夫だと判断して良さそうだ。
(こ、ここに、雨宮さんが口をつけてて……。そ、それをわたしに……!)
いざ飲み口を前にする時には、本来の目的などとうに見失っていた。少なくとも嫌がられていることはないと思えるようになったので、遠慮なく間接キスを堪能――もとい水分補給をさせてもらう。
「あ、ありがとうございます。元気が出ました」
「うん、良かった」
優美に微笑みかけてくる蓮の姿に、裏があるとは考えられなかったし、考えようとも思わなかった。
(はぁ……、雨宮さんと間接キス……)
夢うつつで余韻に浸りつつ、改めて歩き出す。
その後は、図書館で、馴染みのない者でも読みやすい小説を紹介してもらったり、蓮自身の好きな作品を教えてもらったりして過ごした。
陽菜の方も、既刊数十冊を全て熟読し、最新話も常に追っているほど入れ込んでいる少年漫画が、都合良く館内にあったので駄目元で薦めてみた。結果としては思いのほか興味を持たれ、その場で読んだ後、借りるのではなく本屋で買ってみるとまで言い出すほど。
そうして、図書館を出たところで、あたかもデートのように過ごす時間も終わりとなる。
「本当に帰り道大丈夫? 待ち合わせの場所まで戻っても――」
「だ、大丈夫です。こ、今度こそは……。戻ったら雨宮さんは遠回りすることになってしまいますし、これ以上負担をかける訳には」
本気で心配している蓮に、せめて最後ぐらいはと強がってみた。
「負担なんてことはないけど……。――うん、水無月さんが大丈夫っていうなら」
何の根拠もなく言っているのだが、本人の言い分を信じてくれるらしい。
「じゃあ、また学校でね」
「は、はい! 今後ともよろしくお願いします!」
上体を四十五度折り曲げ、最敬礼と呼ばれるお辞儀で見送った。この角度では蓮がどこまで行ったかはっきり見えないので、どう考えても既に立ち去っているだろうと思えるぐらいになってから頭を上げる。
(さて……、帰れるのかな?)
自宅がどの方角かもよく分からないまま、何となくの勘で歩き出した。
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