第9話「図書館への道中」
ゲームを体験してもらい、これから先一緒に遊ぶ為のソフトも買えたので、次は図書館に行って蓮が薦める本を探すということになる。
用が済んだので店から出ようとしたところ。
「あっ……! と……」
出入り口に近づいた時、思わぬタイミングで扉が開き幼い子供が駆け抜けていく。ぶつかりそうになりながらも、どうにか避けられたのは良かった。そこまでは――。
(――っ!!)
よろめいた拍子についた掌から、薄い布地ごしの温もりを感じる。人肌の温もりだ。
気付くと、蓮の身体に寄りかかり、その胸元に手を触れていた。
おそるおそる見上げると、蓮は恥ずかしそうに頬を赤らめ、視線を逸らしている。まずい状況だと直感した。
「す、すみません!」
急いで身を離したが、動揺は隠せない。
琉聖の時とは反応が違っている、嫌がられたかもしれない。いかにも品行方正・清廉潔白といったイメージを持つ蓮のことだ、いきなり異性に身体を触られたらいい気はしないだろう。
「い、今のは……! その……、じ、事故で……、ええと……あの……」
かつてないほど、しどろもどろになりながら必死の弁明をする。
「う、うん、大丈夫。さっきの子にぶつからなくて良かったよ。ほんとはちゃんと支えてあげられたらもっと良かったんだけど……」
言葉通りの意味なのだろうが、陽菜にしてみると、あんな風に触れられたくなかったと言われている感覚だった。
予定通り図書館に向かう為歩き出したのだが、蓮の方にも戸惑いの色が見え、気まずい沈黙が続く。
(……男の子は好きでもない女子に身体触られたらどう思うのかな……。事故なのは分かってくれたから怒られなかったけど……、不快にさせたとしたら、もう会いたくないって思われてるかも……)
陽菜は超能力のことを知られていた小学校では、傍を通っただけでも気持ち悪がられることが多かった。さらには、自分の持ち物が他人への嫌がらせに使われることまであったぐらいだ。
事情が分かったところで、必ずしも生理的な嫌悪感まで拭われるとは限らない。許してくれていても、できれば顔を合わせたくない相手と認識されたとしたら――、そう考えると不安で、蓮の気持ちが知りたくて仕方なかった。
「僕さ――」
様子をうかがうことすらできずに、ただ少し離れた位置からついていっていたところ、蓮が口を開いた。
「は、はい……!」
何を言われるか分からなくて、思わず声が震える。
「図書館のあの雰囲気、好きなんだ」
陽菜の憂慮に反して、蓮は穏やかにこれから向かう場所のことを話し始めた。
見ると、離れていた距離を詰めつつ、微笑みかけてきている。
その様子からすると、まだ大丈夫ではないかという希望も見えてきて、今一度気持ちを尋ねてみることに。
「あ……あの……、さっきのことなんですけど……。不快にさせてしまっていたらすみません……。ただ……決して悪気があった訳ではなくて……、その……、どう思われたかなと……」
内心、返答を聞くのが怖かったが、確認しておかなければいけないと思った。
「あ、いや、そのことは全然……。女の子とあんなに近づいたのが初めてだったからドキドキしたけど、何も嫌なことなんて」
その言葉を聞いてようやく人心地が付いた。少し慌てたように手を振って否定する姿を見る限り、嘘ということはなさそうだ。
「あ……ありがとうございます……!!」
感謝感激といった態度をとると、例によって『そこまで畏まらなくても』と言われてしまったが、それも関係が変わることなく続けられると実感できて悪くなかった。
「あ、それで、図書館のことなんだけど、僕としてはああいう物静かなところがお気に入りで、何ていうかその場の空気が澄んでるような感じがするんだ」
話題が戻り、この町の図書館は冬に暖房が効きすぎていないのも、清涼な空気感を生み出していて心地いいといったことも聞かせてもらえた。
そんな折、蓮がふと思い出したように別の話を切り出す。
「そういえば、水無月さんの声ってすごく綺麗だよね」
「え……!」
つい先ほどまで非常に気まずかったのが、急に褒められることになって思わず目を見張った。
「澄んでるというか、静かで癒されるなぁって」
「そ、そうですか……!?」
褒められてしまうと、かえって声の出し方が分からなくなり緊張する。せっかく綺麗だと言ってくれたのに下手な声を出して失望を買いたくない。
「と、特に意識はしてないんですが……」
「きっと水無月さんが優しいから、自然と発声にも表れるんじゃないかな」
声が綺麗で性格も優しいなどとは、陽菜にとってみれば分不相応な称賛に感じられ、せめて自分も相手を褒めなければと思いを巡らす。蓮ならば美点はいくらでもあって、そう難しいことではないはずだ。
「あ、雨宮さんもすごく綺麗な声で……、わたしなんかと違って他にも色々と――。頭もよくて、しっかりしてて、肌とかスタイルも――」
とにかく褒めようとしていたのだが、先の事故があった以上身体に関する内容は避けるべきだと感じ、急いで軌道修正を図る。
「あっ、髪もすごく綺麗な銀髪で……」
口にし始めたところでさらなる失言に気づいた。
自己紹介の時に聞いていたはずだ。蓮の髪が白いのは病気のせいだと。何も好きこのんで、今の色になった訳ではない。
「す、すみません……! 髪はご病気で……」
辛いことを思い出させる発言であり、さすがに洒落にならないと、それまでも謝ってばかりだったとはいえ、より一層の誠意を込めて謝罪する。
しかし、蓮の反応は予想とは違っていた。
「あ……、う、うん、そうだね……」
どことなく曖昧な態度で、特段許すとも許さないともつかない、何か別のことを気にしているかのようだ。
もとより洞察力がある方ではないので、相手にどう思われるか正しく判断できるはずはないが、それにしても今までにした会話と比べると違和感を覚える。いつもなら、そこまで気にしなくていいと言ってくれそうなところだ。かといって今回ばかりは怒っている――という感じでもない。
「あ、えっと、とにかくどこを取っても素敵だということを伝えたかったといいますか……」
いずれにせよ、散々非礼を重ねておきながら余計な詮索をしようとは思わないので、元々思っていたことを無理に具体的な言葉を使わずに表現することにした。
それを聞いた後に蓮が妙に気になる言葉を、かすかな声で発する。
「それって……、期待してもいいのかな……」
声の大きさからして、独り言のようなものだと思われたが、聞き取れないこともなかった。聞き違いをしていないとも言い切れないが、もしも、自分に聞こえた通りの言葉だったとしたら。そう考えると発言の意図を訊いてみたいという強い衝動が湧く。
衝動自体は強かったのだが、仮に尋ねたとして、今自分が心のどこかで望んでいるような回答は客観的に見ればありえないと理解できてしまっていた為、結局何も言い出せないまま図書館への道を進んでいった。
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