第8話「ゲームショップ」
飲み物をもらったお返しをどうするか思案しつつ歩いていたが、
「あっ。あれじゃない?」
蓮の声を聞いて考え事を中断する。
「えっ……?」
蓮の細く長い指が示す先を見ると、確かに紹介するつもりでいたゲームショップがあった。
「は、はい。そうです」
「やっぱり近くまでは来てたんだね」
ようやく着いた。というよりも、物思いに耽るあまりただ蓮の横について歩いてきただけだった。
「す……すみません……! わたしが案内するはずだったのに、いつの間にか雨宮さんに案内させてしまって……!」
自分では不釣り合いな相手と行動を共にしている以上は、相手のことを最大限尊重しなければと考えているのに、気持ちが空回りするばかりで結局図々しい振舞いをしてしまっている。
「気にしなくていいってば。それよりも、水無月さんの知ってること色々教えて。ね?」
「は、はい」
おどおどして謝ってばかりの陽菜に向けて、蓮は優しげなまなざしを向ける。涼しげながら、どこか温かみを帯びた目元だ。
だんだんと、子どもとして大人に諭されているような気分になってきた。
何はともあれ、紹介する予定だったゲームショップにたどり着いたので、店内へ。
通販サイトが、あらゆる商品を網羅した最大手には及ばないまでも高い人気を誇っているだけあって、店舗の方もかなり豪華な作りだ。
入ってすぐのところに大型ディスプレイが設置してあり、制作発表から発売時期発表まで何年もあった大作ゲームのプロモーションビデオが流れていたりする。
「へぇ~。CMとかで見ることもあるからすごく綺麗になってるのは知ってたけど、改めて見てもどうやってこんなの作ってるんだろうって感じがするね」
「はい。こういうのは何十億円もお金がかかってたりするので、どれでもここまで豪華な訳じゃないですけど」
「何十……億。そ、それは豪華なのも納得」
蓮が目を丸くしている。
今まで謝ることしかしていなかっただけに、ようやくまともな受け答えができた気がした。好きなもののことなら話題を見つけやすいのかもしれない。
「ええと……、新作の体験コーナーがどこかに……」
まずは実際に体験してもらうのが一番だろうと考え、キョロキョロと周りを見渡す。
「あっ。あっちみたいですね」
「うん」
今度こそは自分が先導していき、蓮が後をついてくる。
販売コーナーの奥には、小型のディスプレイとそれにつながれたゲーム機がいくつも並んでいた。
「雨宮さんはこういうのは全然やったことないですか?」
「確か小さい頃、家族とやったことあったかな? 左右にキャラクターがいて対戦するみたいなの」
普段やっていない人間にしては、比較的分かりやすく説明してくれた。
(格ゲーかな。わたしはそんなにやらないけど……)
全く経験のないものをいきなりやらせても操作が難しい上、どうせなら一緒に遊べる方がいいと考えていたので、ちょうど判明したジャンルを選ぶことにする。
「多分あれが似たタイプのゲームだと思います。良かったら一緒に……」
話しやすくなったとはいえ、自分から誘うのはやはり緊張する。その為に来た訳だが、断られるのではないかという不安がどうしても付きまとう。
「うん。やってみようか」
そんな思いも、蓮がにこやかに答えてくれたおかげで杞憂に終わった。
二人で画面の前に立ち、コントローラーを握る。
「……最近のはボタン多いんだね」
蓮が手元をまじまじと見ながら、少し困惑したような表情を見せていることに気付く。
「あっ……! す、すみません! 何の説明もしてなくて……!」
昔のゲームに少し触れただけの蓮にしてみれば、今のゲームは複雑に感じられるかもしれない。とりあえず、画面に操作説明を表示して、実際に持っているコントローラーのボタンと照らし合わせて解説する。
「ええと、左のスティックでキャラクターを動かして、右側にあるこの四つのボタンそれぞれで違う攻撃が出せて、それを基本に――」
好きなことだから話しやすいといっても、いきなり説明能力が上がる訳ではないので、内容が前後したり重複したりを繰り返しつつ、とりあえずはやってみようということになった。
要領の悪い説明も、蓮はうなずきながら真剣に聞いてくれて、何とか平静を保てた。他の人のようにイラついたような態度を示されていたら、心が持たなかっただろう。
それぞれが使用キャラクターを決定し、対戦開始。
陽菜自身もこのゲーム自体は初めてながら、かっこいいと思う男性キャラを見つけたのでそれを選びそうになったが、蓮と一緒にやるということを意識した途端無性に恥ずかしさを感じて適当な女性キャラを使うことにした。
(今回は雨宮さんに楽しんでもらうのが目的だし、なるべく加減して――)
やはり勝てた方が気分が良くて、ゲームを好きになってくれるかもしれない。普段、格闘ゲームをやっていないとはいえコントローラー操作そのものに慣れている上、漫画やアニメから派生した作品はやってきたので手加減はするべきだろう。そう思ったのだが。
(あ、あれ? 意外と動きがいい……、反撃できない……!?)
画面を見ている為、蓮の手元は分からないが、的確なタイミングで攻撃してきて本気で相手をしようとしても迎撃で止められてしまう。コンボ――攻撃を受けてのけぞっている敵に対する回避不能の連続技――のようなテクニックは使っていないものの、それは陽菜も使えない。
単に説明を聞き、過去の記憶をたどっただけで、今のゲームの操作に適応できているようだ。
以前親に対戦相手をしてもらった時は、ゲームをほとんど知らずに育った世代であるが故に操作をまともに覚えてくれなくて簡単に勝ってしまったが、若くて頭もいい蓮の場合は話が違うようだ。
(これじゃあ、わたしが弱すぎて面白くないんじゃ……)
その後、何回か対戦を繰り返したが、連戦連敗。手を抜くどころか、本気でも手も足も出なかった。
(そういえば、わたし下手の横好きだった……)
店内で実際にゲームを体験した後、次は販売コーナーで他の作品を紹介することに。
「す、すみません……、全然相手にならなくて……。これでは楽しくないですよね……」
「え……? 手加減してくれてたんじゃ……?」
本来はそのつもりだったのだが。
「い、いえ……。あれで全力です……」
「こ、こっちこそごめん。てっきりわざと負けてくれてるんだと思ってたから、それに甘えた方がいいのかなって……」
何度目か。自分の要領が悪いせいで相手に謝らせてしまうのは。
「あ、雨宮さんは何も悪くないんです……! そもそも雨宮さんに楽しんでもらう為に来てるのにわたしが何もできてなくて……」
責められる辛さがないのはいいのだが、何の罰もない分余計申し訳ない――そう思っていたところ、隣を歩いていた蓮が不意に前へと回って笑いかける。
「だったら大丈夫だよ僕は楽しかったから、水無月さんのおかげで。だから水無月さんはちゃんとできてる」
気を遣ってくれているのだと分かっていても、心が軽くなるのを感じた。蓮が明るい雰囲気を作ろうとしているのに、それを無駄にはできない。
「あ、ありがとうございます……! それならこれからも頑張ります……!」
自分が口にできる言葉で最大限ポジティブなものを選んで返答した。
色々なソフトが陳列された棚を前にして何を紹介したものかと考えたところ、先ほどは対戦だったのがまずかったのだと思い至り、協力プレイのできる作品にする。
「しばらく前から携帯ゲーム機の通信機能を使った協力して遊べるゲームが流行っていて……」
このタイプのゲームは一つのジャンルとして確立されつつあり、同系統の作品がいくつも展開されているのだが、陽菜自身気になっていたがお金がなくて発売日に買えなかったものがあった。
「これなんかがそうなんですけど……」
そのソフトのパッケージを指差す。
「さっきのと違って、協力ならどちらかだけが下手でも楽しめるかと思います。わたし、こういうのも今まで一人でやっていたので、一緒に遊んでくれる人がいたらって……」
結局は自身の願望になってしまっているが、やってもらえばゲームそのものは確かに面白いはずだ。自分のコミュニケーション能力はともかく、それでゲームの内容まで劣化することはない。
「うん、二人で力を合わせるっていいよね。普段からそうやって一緒に遊べたら友達って感じがするし」
蓮もパッケージを手に取って眺めている。裏面に作品紹介が書かれているのを見つけると熱心に読み始めた。
「あ、そうか、ソフトだけじゃなくて本体も買わないといけないのか。早速やってみようかと思ってたけど、ゲーム機って結構な値段するよね?」
せっかくかなり乗り気になってくれていたのに、障害が立ちはだかる。
「ええと、二万円台後半ぐらいです……」
実際には税込みでほぼ三万円なのだが、無駄と知りつつ少しでも安そうに言ってみた。
「だよね……」
予想通り、高すぎていきなり買えるものではないという反応だ。
「あ、じゃ、じゃあ、さっきのお礼としてわたしが本体代を――」
「額が二百倍になってるよ!?」
当たり前だが断られた。百数十円のお茶に対するお返しとして成立させるには、まず相手の夢がわらしべ長者でなければならない。
「うーん、こんな時他にも友達がいたら借りられるかもしれないんだけど……」
苦笑いしている蓮の言葉を聞いて思い出す。
「そういえば、わたし本体二台持ってます」
「え……? なんで?」
「型番違いで一部機能に差があるだけの本体があるんです。新型と旧型ってことになるんですけど同じソフトが動きます」
知らない者からすると、同じ本体を二台も持っている意味が分からないかもしれないが、とにかく一緒に遊べる可能性が出てきた。
「本体はお貸ししますので、後はソフトだけ……」
陳列棚を見やると、おあつらえ向きにソフトが二本セットになって割安なパックがあった。しかも特典付き。
特典があるのは好都合だった。それが目当てということにしておけば、二本買う口実になる。
「ちょうどいいのがあるみたいなので、買ってきます」
自分のことは棚に上げて、遠慮させまいと早々にレジへ向かう。
「六千八百円になります」
財布を開いてみてぎょっとした。
千円札が六枚。小銭はさきほど確認した時数十円しかなかった。足りない――そう思ったところで、同じグループが運営する通販サイトで貯めたポイントが利用可能と書かれた張り紙を見つける。
何とか残りの八百円もポイントから支払って蓮のもとへ。
「お待たせしました。また今度本体も持ってきますので……」
「うん。二人でやろうか」
好きなゲームを友達――それも皆が羨むような魅力的な人――と遊べる。そして、この手の趣味とは無縁そうな、高尚ともいうべき雰囲気を持った美少年を多少なりとも自分の世界に引き入れられた。そのことに、えも言われぬ快感があった。
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