第二章

第7話「デート?」

 日曜日早朝。学校の傍にある公園でベンチに腰を下ろす。ここが集合場所になっている。集合時刻は別に早朝ではない。万が一にも相手を待たせてはいけないと考え、早めに来ようとしていた訳だが、蓮は元々早めの行動をしていることがこの数日間で分かっていた為、どこまで早くすればいいか分からず、いっそのこと早朝から待っていれば間違いないという結論に達した。

 大概の生徒は五分前行動すら怪しい中、蓮は授業開始に一時間近く余裕を持って登校しているようだ。部活の関係で同じぐらいに来ていた生徒は何人かいたが、蓮の場合はそういった事情もなく、授業の予習などをしながら一限目まで過ごしているらしい。同じぐらいに登校すれば昼だけでなく朝も話せる、ということで期せずして陽菜の遅刻癖は治っていた。

 遊びに行く場合だとどうなのかは未知数なので、陽菜が選んだのは四時間前行動。本来の集合時刻は十時頃だ。

 結局、昨夜は興奮して中々寝られなかった。その上無理矢理早起きしてこの場所に来ている為、非常に眠たい。

 ネットサーフィンでもしながら待っていればいいかと考えていたのだが、ベンチに座って画面を見ていると、強烈な睡魔が襲ってきてだんだん目を開けていられなくなってきた。


「あの……水無月さん」

 心地のいい声が聞こえる。こうして柔らかな声音を味わいながら惰眠を貪るのが至福の時間――そんなことをぼんやり考えていると、

「だ、大丈夫? 水無月さん?」

(ん……)

 かなり心配そうに呼びかけられていることに気付く。そもそも何故今眠っているのか。ちゃんとベッドにも入らず座ったまま寝ている理由がようやく思い出せてきた。

「はっ……!」

 蓮と待ち合わせをしている途中でうかつにも眠ってしまっていた。事の重大さに気付き、慌てて飛び起きる。

「す、すす、すみません……! わたし、いつの間にか寝てしまって……!」

「ううん、僕の方こそごめん……。待たせちゃった……よね……?」

 ここは『全然待ってない』とでも答えるべきかと考えたところで、不意に疑問が湧いてきてしまう。

(待ってなかったなんて言ったら、まるでどうでも良かったみたいに思われる……? 実際、楽しみだったから早く来たんだし……)

 さらには、いかにもデートの定番のような台詞を吐いては蓮が引いてしまうかもしれない。

「あ……えっと……その……」

「寝てしまうぐらいだから、かなりの時間……」

 申し訳なさそうにしゅんとしている姿はとても可憐なのだが、今はそれどころではない。何とか蓮に非がないことを伝えなければ、そう思いとにかく全て正直に話すことにした。

「い、いえ……! 楽しみ過ぎて寝付けなかった上に気が急いて勝手に早く来過ぎてしまったから寝てただけで――」

 必死に事情を説明する中で、そもそも今が何時なのかと気になりスマートフォンの画面を見る。

「あっ、それにまだ約束の三十分以上前です……! むしろわたしなんかの為に早くきてもらってありがとうございます……!」

 お礼の言葉を使ったのは自分にしてはいい判断だったように感じた。謝り続けるとお互い萎縮してしまいそうなところだったので、お礼を言ったことで蓮の表情が和らぎ安心した。

「あ……、うん。こちらこそ待っててくれてありがとう……」

 何とか気まずい雰囲気になることは避けられ、これからお互い初めてとなる『友達との外出』が始まる。

(そういえば……、雨宮さんの私服姿……!)

 普段学校で会う時には見ることのできない、いつもと違う服装。きちんと正された制服ではなく、少しラフな印象のカジュアルシャツを身に付けた蓮に思わず目を奪われた。

(……! 襟元から……、び、微妙に鎖骨が……! い、いや、そうじゃなくて……)

 気付かれたら不快に思われるような視線を注いでいる気がして慌てて目をそらす。

「……? どうかした?」

 態度があからさま過ぎたのか、蓮が首をかしげて訊いてくる。

「あ……その……、なんというか……、私服も似合ってるなぁと……」

 できるだけ変な意味に取られないよう、言葉を選びながら答えた。

「あ、ありがとう……。でも……、その割に今、目を背けられたような気も……」

「い、いえ、自分ではそんなつもりはなかったんですけど……」

「そっか」

 特別疑うこともなく、すんなり気のせいだと納得してもらえたらしい。

「それじゃあ、どっちから行こうか? 水無月さんの方は今の時間で大丈夫?」

「は、はい。今ちょうど開く頃なので、歩いて行って閉まってることはないと思います」

「うん。だったら水無月さんの方から行ってみようか」

「は、はい……!」

 そして、陽菜が紹介するつもりでいるショップに向かって歩き出した。


 普段外に出ないせいか、あるいは元々方向音痴なのか、近所でもすぐ道に迷ってしまう為、印刷した地図と周囲の景色の間を何度も見比べながら進む。

 何か気の利いた会話ができるといいのだろうが、そんな余裕はない。それでいて頭の中では余計な考えが浮かんでくる。

(雨宮さんは何を着ても似合うけど……、わたしの服装ってこれで大丈夫だったのかな……?)

 何の特徴もない白いTシャツと黒のズボン。色合いとしても華やかさはなく、ましてや女の子らしさなどというものを演出する気は最初からないような格好だ。

(別にデートじゃないんだから、オシャレしてなくてもいいよね……)

 あくまで友達と出かけているだけ。単に他には一緒に行動する友達がいないだけなのだが、

(で、でも……、二人でこうして並んで歩いてるのって……、状況だけ見たらデートの場合と変わらないんじゃ……!?)

 そうした背景は今この場において感覚として捉えられるものでもない。

(い、いや……、状況がどうであれ、そこは雨宮さんの気持ち次第……)

 デートをしている訳ではない。頭では理解しているにも関わらず、勝手に勘違いを起こそうとする心に言い聞かせつつ、案内を続ける。


 悶々と考え込んでろくに話もせず、地図ばかり見て目的地周辺まで来てしまった――はずだったが、

「あ、えっと、ここのパン屋があるところで曲がればもうすぐ――」

 『着きます』と言おうとしたところ、目印にしようとしていたパン屋があると思っていた場所にはコンビニしかない。

「あ、あれ……?」

 これには蓮も少々困惑しているようで、陽菜の言うパン屋がないか周りを見渡している。

「この辺にパン屋は……見当たらないかな……」

 散々地図を確認しながら歩いてきたはずが、どうにも思っていたところに着いていない。コンビニでもパンは売っているが、明らかにパン屋とは違う。

 どこまで来ているかを、途中横にあった道の数で判断していたので、地図に載っていないような小さい道までカウントしてしまったせいかもしれない。

「す、すみません……、間の道を余分に数えてたみたいなので、もう少し行けば……」

 そう言い出したものの、そう単純なものではないと思い至る。

「あ……、それまでに曲がった時も間違えてたとしたら戻らないと……。で、でもどこまで……」

 後ろを振り替えっても、既にどこを曲がって今の道に入ったのか分からない。

「ど……どうしたら……」

 最早自分が地図のどの辺りにいるのか全く分からずオロオロしていると、蓮が助け船を出してくれた。

「落ち着いて、水無月さん。地図はあるんだし、そこのコンビニでここからの道を訊いてみようよ」

 促されるまま店内へ。基本的に店員と会話するのは苦手なのだが、地図を受け取った蓮が買い物をしつつレジで道順を尋ねてくれる。

 かなり見当外れな場所に来てしまっていたことが分かったが、無事目的地への行き方を教えてもらえた。

「良かった。親切な店員さんで」

「何から何まですみません……」

 自分が案内するところだったにも関わらず、逆に面倒を見てもらってしまい不甲斐ないことこの上ない。

「気にしないで。ただついてくるだけだった僕も悪いんだし」

「い、いえ……そんなことは……」

 そう言って微笑みかけられると、それはそれで胸が痛む。

 まだ気まずそうにしている陽菜を見て話題を切り替えようとしてか、蓮はレジ袋から先ほど買ったペットボトル入りのお茶を一本差し出してきた。どうやら二人分購入していたらしい。

「良かったら飲む? 待ってた時間も合わせたら外に出てだいぶ経ってるだろうし、のど乾いてない?」

「あ、ありがとうございます……」

 できる限り丁寧にと両手で受け取った上で、財布を出して代金を払おうとする。

「あの……これで」

 世話になりっぱなしの癖にわざわざ具体的な金額を訊いて、ぴったり払うのも気が引けたので、とりあえず千円札を渡そうとした。

「あ、ごめん。さっき小銭使っちゃってお釣りないから、いいよ」

 お茶一本ぐらいはおごってくれるということのようだが、この状況、さらには陽菜の性格からすると、それはあまりにいたたまれない。

「あ、お釣りはいいです……! お世話になっているお礼も含めて……」

「いやそれはお互いさまだし、それにしたって多いよ。このお茶百円ちょっとだし」

 百円強のお茶で千円も渡されたらかえって迷惑だろう。お金は必ずしも多く出せばいいというものでもない。

(遠慮されてしまった……。お金で解決しようとしてるみたいで失礼だったかな……)

 誰もが欲しがるものでありながら、たくさん渡せば好感を持たれるとも限らないのが、何とも歯がゆく思える。陽菜としては、なけなしのお金を支払うのは誠意のつもりなのだが、時と場合によっては金で釣るという不誠実な対応となってしまう。

 ひとまずは、せめて二百円がないか財布を探ってみるもタイミングの悪いことに小銭は数十円しか入っていなかった。

「こ、このご恩はいつか必ず……!」

 いつかの琉聖のような発言をしつつ好意に甘えることにする。


 再び目当てのショップに向けて歩き出しながら、どう恩を返したものかと思案する。特段何ができる訳でもない為、お金が駄目となると他の方法が思いつかない。

(やり過ぎじゃない範囲でちゃんとしたお礼になること……。勉強は……教えられるほど得意な科目がないし……、何かのお手伝い……といっても委員会とかに入ってるとは聞いてないし……、わたしが逆にお弁当を作ってくるっていうのは――)

 できるとしたら悪くないシチュエーションになりそうだ。しかし、所詮は仮定の話、実際には味の良し悪し以前にそもそも料理をしたことがない。やることといえばカップ麺にお湯を注ぐ程度。何から始めていいかも分からずにいい加減なものを作ったところで、蓮本人が作る弁当に対し、見栄えも、栄養バランスも、当然味も敵うはずがない。

(普通に飲み物買って返した方がマシかなぁ……。でもせっかくくれたのに同じ物を返したんじゃあんまり意味がなかったって思われるかな……)

 いずれにせよのどは乾いていたのでもらったお茶は歩きながら少しずつ飲んでいった。

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