第6話「約束」

「お、お待たせしました……!」

「あっ、水無月さん。おかえり」

 パンを買って教室に戻ると蓮が柔らかな笑顔で迎えてくれた。

 陽菜は、自分の席から蓮の机の向かい側に椅子を移動させ、対面で食事をすることに。

「よ、よろしくお願いします……!」

 以前から、昼休みに一人で弁当を食べていると無性に肩身が狭いような心持ちになっていたので、一緒に過ごしてくれる人ができて非常にありがたい。

「うん、こちらこそ、よろしく。今までは家以外で誰かと向かい合って食べることってなかったから何だか新鮮……」

 境遇は真逆だと頭で分かっていても、そう言って嬉しそうに微笑む姿に親近感のようなものを抱いてしまう。

 いざ食事を始めてみると、どのタイミングで食べて、いつ会話をすればいいのか、バランスの取り方が分からず戸惑ったが、何とか機を見て話を振ってみる。

「ひょっとして……、そのお弁当って雨宮さんが作ってるんですか?」

 自分の親が作るものに比べ、相当に彩り豊かな弁当を見て自然とそんなイメージが湧いた。

「うん、そうだよ。あんまり活発に外で遊ぶタイプじゃなかったから、こういう家でのことが身に付いた感じ……かな」

「す、すごいです……。自分でこんなに立派なお弁当が作れるなんて」

 同じインドア派で、こうも差が出てしまうのかと情けなくなったが、蓮の料理の腕が期待通りだったのは妙に嬉しかった。

「水無月さんの方は、普段どうしてるの?」

「えっと……、うちは親が作ってくれたりくれなかったりで、ない時は今日みたいにパンを買ってきて……」

「購買のパンも美味しそうだね。僕も今度買ってみようかな」

 さすがに空想のような都合のいい展開にはならなかったが、どうにか、いわゆるところの談笑が続けられるようになってきた。その流れで。

「――そういえば、水無月さん。週末の予定って空いてる?」

「えっ?」

「その……、どこか遊びに行けないかなって思って。一緒に……」

 友達同士で一緒に遊びに行く――、高校生の活動としてごく一般的なことのはず。陽菜自身はともかく、クラスメイトがそうしているところは何度も見ていたのだが――。

(わ、わたしが……雨宮さんと一緒に……)

 自分の場合、そう簡単には実現しないことだと思っていただけに、驚くとともに緊張してきた。

 現在、入学から二日目。人によっては、入学初日から早速仲良くなってカラオケやらボーリングやらに向かった生徒もいる。ただ、陽菜からすると縁のない世界だっただけに、こうもすぐに蓮と遊びに行けてしまって本当にいいのだろうかと、逆に心配になった。しかし、断る理由はない。

「どう……かな?」

「あ、空いてます……! 今後埋まることもないです……!」

 我ながら食いつき過ぎだと思いつつも、この機を逃すまいと、予定がないことを強調した。

「良かった。じゃあ……今度の日曜日、お互い好きなものに関係のある場所を紹介しあうなんてどう? 普通だとどんなところで遊ぶものなのか分からないから、このぐらいしか思いつかなかったんだけど……」

「は、はい……! ぜひお願いします……!」

 そうして遊びに行く約束までしつつ、初めての一人ではない学校での昼食を終えた。

 蓮の後ろに座っている女子から、終始にらみつけられているように感じたのはおそらく気のせいではない。


 午後は、次の日曜のことばかり考えていて、授業などは全く耳に入っていなかった。そもそも頻繁に居眠りしていたので、聞いていたところで内容が理解できない訳だが。

(ど、どこを紹介しよう……? わたしの好きなものっていうと、ゲーム、漫画、アニメ、……そのぐらいかな……?)

 いずれも蓮のような人物が興味を持ちそうなコンテンツとは思えなかったが、自分にとってみれば大好きなものなので、もし気に入ってもらえれば喜びもひとしおだ。クラス一の美少年がアニメを見てくれていれば、少なくとも同級生の間ではそれらの趣味が市民権を得られるだろう。

(漫画関係だと……、雨宮さんが本屋とかだったら被るかな……、アニメショップは……、雰囲気的にハードルが高そうなところが多いかも……、それだったらゲームショップの方が……)

 蓮の話だと、最近の図書館には漫画も置いてあるとのことで、向こうの紹介する場所が本関係――図書館や本屋――だとしたら漫画の話はそちらでもできる。

 アニメショップとなると、最近はいかにもな雰囲気を出していて、普段馴染みのない者からすると店内の様子が受け付けないかもしれない。初回では避けるのが無難そうだ。

 ゲームショップであれば、わざわざマニアックなところを選ばない限りそれほど独特な空間にはなっていないだろう。最新ハードの体験コーナーなどで一緒に遊べればいい思い出になる。自分が好きな作品も大作RPG――キャラクターを成長させ、冒険するゲーム。高度な操作技術は必要ない場合が多い――が中心で、誰に対してであれ比較的薦めやすい。

(うん……、ゲームショップかな。確か時々使ってる通販サイトの運営もしてる店舗がわりと近くに……)

 授業が全て終わる頃には行き先も大体決まっていた。最後にもう一度蓮と話して帰途につく。

「こちらはいつでも大丈夫なので、集合場所と集合時間は雨宮さんの都合のいいように……」

「そう……? じゃあ後で、今度こそメールするね」

「はい……! よろしくお願いします……!」



 それからは、日曜日を楽しみにしながら、昼休みに蓮と談笑し、購買部に行く時には琉聖ともあいさつを交わし、充実した学校生活というものにも少し慣れてきた。

 琉聖ともアドレス交換をして、陽菜のアドレス帳には家族以外にも二人登録されているようになった。

 メールの着信がないかはしょっちゅう確認しているので届けばすぐに読むのだが、返信の内容を書く際、時候のあいさつを入れるべきか、敬称は様にするべきか、絵文字を使うのは馴れ馴れしいか、文章量はどの程度が適切か、署名はつけるべきか、などなど悩みに悩んで毎回本文は『返信が遅くなってすみません!』で始まる。特に文の長さは、長過ぎると読むのに時間をかけさせてしまう、かといって短過ぎるとなげやりな態度だと思われかねない。そうやってあれこれ思案することも以前はありえなかっただけに、嬉しい悲鳴という状況かもしれない。



 そうこうしているうちに土曜日の夜。

(ええと、ここを渡った後まっすぐ……間に道が四本あって……角にパン屋があるところで右に……)

 翌日に備えてプリントアウトしておいた、集合場所から目当てのショップまでの地図を改めて確認していると、メールの着信音が鳴り出した。

(あ……)

 差出人は蓮。

『件名 明日のこと』

『こんばんは。雨宮です。明日は晴れるみたいで、いいお出かけ日和になりそう。友達と遊ぶのってほとんど初めてだから、慣れないことも多いかもしれないけど、二人で楽しめるように頑張るからよろしくね! 追伸、メールの返事いつも早いぐらいだから気にしなくて大丈夫だよ』

 蓮も楽しみにしてくれているようで、なおのこと明日を待ち遠しく感じる。

(二人で楽しめるように……か、わたしもちゃんと……)

 頑張らなければと思ったところで、ふと当然のことを再認識することに。

(そ、そういえば……、二人でって……、わたしも雨宮さんも他の人を呼ばないとしたら……、ふ、二人きり……!? 二人きりで一緒に出かけるなんて……)

 まるでデートのよう。少なくとも陽菜のイメージではそうだった。

 世間一般だとどうなのかは知らない。まして、蓮がどう思っているかなど、なおさら知る由もない。

(こ、今夜ちゃんと眠れるかな……?)

 待ち合わせに遅れるようなことがあってはならないと、メールの返信で『自分も楽しみにしている』と伝えた上で、早く横になることにした。

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