第5話「昼休み」
午前の授業が終わり昼休みとなった。蓮と友達になって、いよいよそれらしい時間を過ごせそうだ。
「水無月さん。お昼ご飯はどうする?」
弁当袋持った蓮が尋ねてくる。
「えっと……、お弁当はないので購買で何か買ってこようかなと」
買いに行く道中で琉聖に会うつもりでいることが妙に後ろめたく感じる。友達と先輩、どちらとも交流を持っていて何らやましいことなどないはずなのだが、蓮に他の男性と関わっていると知られるのはまずいというような錯覚に陥っていた。
「そうなんだ。良かったら……一緒にどうかな……? 結構みんな、友達同士集まって食べてるし」
今朝知った事情もあって、友達と一緒に昼食をとるのは初めてなのかもしれない。そのせいか、遠慮がちで少々気恥ずかしそうな様子に見えたが、本人の容貌と自らの願望も相まって、別の意味に感じられてしまう。
「は、はい……! ぜひ、ご一緒させてください……! あのっ、すぐに買ってきますので……!」
待ちに待った瞬間、蓮とのランチタイム。相手の気が変わっては元も子もないと急いで購買部に向かった。
前回同様、第二校舎には中庭を通って行く。やはり、静かで落ち着いた雰囲気の場所だ。騒がしいのが苦手な陽菜には中々に居心地がいい。
「おっ、購買行くとこか?」
陽菜に対して気さくに声をかけてくるような人物は非常に限られる。予想通り中庭の端に備え付けられたベンチに琉聖の姿があった。どこかで買った弁当を食べているようだ。
「あ……、はい、先輩、先日はどうも」
恭しく頭を下げる。相手に与えている印象は大概分かっているつもりだが、直らないものは直らない。
「相変わらずきっちりしてるな。そういうとこいいと思うぜ」
「え……」
経験上、こういった無駄に畏まった態度をとると面倒くさがられると思っていたが、意外な反応だった。さして気品のある立ち居振舞いができる訳でもないので、大抵は単に卑屈で暗いとしか見てもらえない。まして琉聖のように豪胆な人間からするとイライラするだけではないかと心配していたのだが。
「いい……、ですか……?」
「おう。俺はそんな殊勝なタイプじゃないけどよ、自分が違うからって謙虚な心を持ってる奴を毛嫌いするもんじゃないと思うんだよな。陽菜の方が正しいんだよ」
「あ……」
今では、他人に良く思われないと悟っているものの、元々は謙譲は美徳だと思っていただけに、自分の行動を認めてもらえたようで嬉しかった。
「あ……ありがとうございます……。せ、先輩は今日のお昼はどうされたんですか?」
確か購買部では何も売ってもらえないということのようだったが。
「ちょっと遠回りして、俺を知ってる奴が少なそうなコンビニでな。嫌われ者は辛いぜ……」
琉聖は自嘲気味に嘆息する。
超能力なんてものがなければ。そう思わずにはいられなかった。
背が高く体つきもたくましい、顔立ちも整っていて、なおかつそれを鼻にかけない明るい性格の持ち主でもある。本来ならクラスの人気者になっていたことだろう。蓮と同じく同性からのやっかみはあるかもしれないが、こうも不遇な扱いを受けることはなかったはず。
一方で、自分が特に気に入られたのはそうした背景があってのことだと分かっていながら、今の状況に喜んでしまっていることに罪悪感を覚える。
仮にも同じ超能力者でありながら、琉聖のように堂々と振舞うこともできず、あまつさえ相手の不幸につけこんで関わりを持っている自分の卑しさに嫌気が差す。
「あ……あのっ……! わ、わたしは……先輩のこと、か、かっこいいと思います。もしわたしが同じような立場だったら……きっとそんな風に気丈に振舞えないと……」
自分などでは足しにならないかもしれないが、せめて嫌っている者ばかりではないと知ってもらえればと、率直な気持ちを口にした。
琉聖の反応はというと、面食らったように目を見開いている。昨日、いきなり抱きついてしまった時でも余裕の態度だった彼が驚きの色を見せている。
だが、やがて穏やかな笑みを浮かべながら立ち上がり、陽菜の頭にそっと手を乗せて答える。
「ありがとう、陽菜。おかげで元気出た。他の連中から嫌われてても、そういう風に言ってくれる奴がいれば頑張っていけそうだ」
「あ……いえ……そんな……」
後ろめたい気持ちを誤魔化したかっただけかもしれない一言で、お礼を言われてしまった。琉聖がかっこいいなどということは見れば分かる、『同じような立場だったら』も何も『同じ立場』であるはずなのに結局はそれを隠してしまった。大層なことは何も言っていない。到底感謝される資格はないのだが、せめて本当に喜んでもらえていることを祈るばかりだった。
「ますます恩返しにも気合い入れないとな。――そういや、購買行くとこだったか。悪いな呼び止めて」
「い、いえ、じゃあ……行ってきます」
もう一度深く礼をして購買部に向かうことにした。
この上大仰な恩返しまでされてしまっては申し訳ないのだが、ましてや拒否などできようはずもない。ただひたすら恐縮することしきりだ。
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