第4話「雨宮蓮」

 翌朝は珍しく早めにセットしておいた目覚ましで起きて余裕を持って登校した。やはり両親には様子が変だと思われているようだったが、そんなことはどうでもいい、蓮の性格なら遅刻してくるとは到底思えない、早く着けばそれだけ自分の記憶通りの関係が維持されていることを確認できる。

 いざ教室に入ってみると、あまりに急いで来たせいか、まだほとんど人がいない。わずかにいる中にも蓮の姿はなさそうだ。仕方ないので席に座って机に下ろした鞄から授業で使いそうな教科書を取り出してみる。普段は忙しい時でなければ親が弁当を作ってくれるが、今日は勝手に早く家を出た為何もない。ある意味好都合だったかもしれない、購買部に向かうついでに中庭で琉聖にも会えるだろう。

 色々な思いを巡らせ、そわそわしながら待っていると他の生徒たちも登校してくる。そんな中、新たに教室に入ってきた女子グループの会話が聞こえて反射的に耳をそばだててしまった。

「うちのクラスで一番のイケメンってやっぱ雨宮くんかなー」

「だよねー、まさに別格って感じ!」

「イケメンより美少年の方がしっくりこない? 気安く近づいちゃいけないような神秘的な雰囲気あるし」

「確かに! さすがに脈はないだろうし眺めて楽しむ相手だよね」

「実は私、席真後ろなんだー」

「ええー!?、いいなー代わってよ!」

 考えてみれば、おかしいと思わなかった訳ではない。話している限り、控えめな性格ではあっても自分と違ってコミュニケーションが下手なようには感じなかった。仮に下手でも異性からは興味を持たれないはずのない容姿だ。

(雨宮さん、女子に物凄く人気なんだ……!)

 続けて後ろの方からは男子生徒の声が聞こえてくる。

「ちっ、雨宮の奴、予想はしてたけどクラス女子の人気全部持ってきやがったな」

「僕も昨日、早速クラスのみんなと遊びに行ったんだけど、女子はその場にいもしない雨宮君のことで大盛り上がり。こっちは眼中にないって感じだったよ……」

「お前なんて、中学の時は結構モテてただろ。それがあいつと同じクラスになった途端これかよ」

 ようやく納得した。蓮の口振りからするとあまり友達がいないようだったが、その理由は自分と真逆だ。

 女子からは間違いなく好意を持たれている、それも近寄り難いとすら感じるほどに。結果、本当に近寄る者がいなかったのだろう。

 男子からは逆に嫉妬されている。女子の様子を見るに、蓮本人がいない場では、はっきり好意を口にしていて、他の男子はそれを嫌というほど耳にしているのだろう。

 同性からは嫉妬されるどころか見下され、異性からは好意以前に興味すら持たれていない自分とは全てが違っている。

 声をかけられた理由には合点がいった反面、強烈な不安に襲われる。ひとまず昨日蓮と友達になれたというのは事実と考えてよさそうだが、一体いつまでその関係を続けられるのだろうか。蓮と並び立てるほどの女性が現れればそこまでではないか。ただの女友達より恋人が優先されるのは当然として、その恋人は蓮が他の女と一緒にいることを好ましく思わないだろう。いずれ自分は邪魔者でしかなくなる。結局はひとときの夢と捉えるのが正解かもしれない。

(それは……、そうだよね……、都合よく他の人は雨宮さんに興味ないなんて、そんな訳ないし……)

 昨日の今日でもう現実を思い知らされてしまったが、しかし、現時点ではまだ友達として扱ってもらえるはず。せっかくの好意を無下にするより、短くとも一緒に過ごす時間を楽しんでもらえるように自分もプラス思考を心掛けようと思い直す。

(考えてみれば他の女の子は友達にもなってないんだし、メールアドレス交換したことだけでもすごく羨ましがられるかも……!)

 余計なことを期待し過ぎなければ、十分得をしている、そう考えていたところ――。

「おはよう。水無月さん」

 優しげな澄んだ声で呼びかけられる。

 気付けば自分の席の前に蓮がやってきている。先ほど耳にした評判に相応しい、上品で麗しい笑みを向けてくれていた。

「あっ、お、おはようこざいます……!」

 慌てて席を立ち、深々と礼をする。

「あ、そんな、わざわざ立たなくていいよ」

 へりくだり過ぎた態度が、かえって相手に気を遣わせてしまっているのは分かるものの、染み付いてしまった習慣はそうそう変わらない。

「すみません……、なんだかこういう性分みたいで……」

「真面目で礼儀正しいんだね。育ちがいいっていうのかな。朝も早くから来てもう授業の準備始めてるし」

 とんでもなく好意的な解釈をしてくれた。まさか中学時代、授業中寝ていることも多かったとは言えない。

 そもそも気合いを入れ過ぎてやたらと早くに来てしまった自分と違って、普通に余裕を持って登校してきている方が真面目だし、育ちがいいなどとはまさに蓮の為にあるような言葉だ。

「その……、昨日の夜、一度メール送ってみようかなって思ったんだけど、想像以上に緊張するね。せっかくアドレス交換したのに、いざ送ろうかと思うと迷惑かなとか、もう寝ちゃってるかなとか、色々考えてたら結局送れなくて……」

 恥ずかしそうに苦笑する蓮の姿を見て、あまりにも自分と格差がある相手でありながら、似たようなことで悩んでくれていると知り、思わず嬉しさが込み上げてくる。

「わ、わたしの方こそ、自分から送る勇気がなかったりするので、ぜ、ぜひ、いつでも送っていただければ……。迷惑に思うことなんて全然ないので……!」

「ありがとう。そう言ってくれるとすごく助かるな」

 どこまでも優しく話してくれるおかげで、一限目の授業が始まる直前まで談笑することができた。もっとも女子たちの会話を聞いてしまっているだけに、突き刺さるような視線を向けられているような気分になったが。

(わたし、女子からすごく嫌われるかも……)

 女子の人気を一身に集めた蓮が男子に嫉妬されてしまっていたように、その蓮と、他の者を差し置いて会話してしまっている自分も同性からは邪魔な存在かもしれない。

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