第9話 氷の都市へ
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扉を閉めると、私は胸をなでおろす。きっと今頃、部屋の中ではリタが怒っていることだろう。そんな私の隣で、金髪の少年が私を斜め下から見上げていた。口の端をちょっと緩め、笑っている。
「……クーフさんって、意外に女性に弱いんだな」
金髪の少年は、そのオレンジ色の瞳をにたつかせて私に言う。その心音が心底楽しそうに響いているのを感じ、私は無言で思わず頬をかく。図星なだけに何もいえないな……。
朝、目を覚ますと、すぐにダジトも目覚めた。大分落ち着いている心音を聞いて、私はすぐに硬直の術を解いた。まだリタが寝ている間に、お互いに自己紹介をし、リタから話を聞いていたことをお互いに確認しあっていたというわけだ。
問題は、私が着替えている最中にリタが起きてしまったことだ。ダジトは着替えもないから着替えずにすんだわけだが、正直十四の少女の目の前で、異性が裸を見せたら慌てもするだろう。
そんなことを考えている隣で、まだ肩を震わせるように少年は笑う。その様子と、「
「……傷はもう、心配ないようだね」
その言葉に、ダジトは目線を私に戻し、力強い表情で頷く。
「ああ、はやくウレノの都市に行かないといけないからな。このくらいでへばっていられないさ。それより、今日はさすがにオレが動いても、文句は言わないよな?」
昨日まで瀕死の重傷を負っていたとは思えないような気迫に、私は内心感心して笑顔で頷く。たいした術者だ。さすが光の石を守護するだけのことはある。
「駄目だといっても、君は動くだろう」
私がそういうと、まあな、と少年が笑う。
「ウレノの町か。……都市というからには、相当大きな町なんだね?」
私が問うと、ダジトはちょっと目を閉じて思い出すように呟く。
「そうだな……きれいな氷の都市だぜ。魔導文明が発達しているから、ここいらじゃ一番発展した都市だろうな。クーフさんは行ったことないの?」
「残念ながら」
「そっか。あそこにはオレと同じように光の石を守っているヤツがいてさ。昔から交流があるんだ」
「なるほど、それで今回の件を案じたわけだね」
「そーゆーこと。だからホントにのんびりしてられないだろ?」
そんな会話をしていると、背後の扉からがちゃりと音がした。目線を送ると、案の定リタがおずおずと扉を開けている。上目遣いに私たちを見るその表情はまだ怒っているように見えた。少々頬を赤らめている。
「リタ、着替え終わったんだね。さっきはごめん」
私はすぐに謝るが、リタは私と目が合うと、慌てて目線を外す。その心音はまだ動揺しているように感じる。……参ったな……。やはりまだ怒っているのだろうか。
「それより、はやく朝食とらないと! 今日はオレ、急がなきゃならないからな」
言葉に詰まるリタと私の間で、ダジトは明るい声で言った。
朝食をとりながら、私たちは次の町への行き方をあれこれ考えていた。まだリタの心音は揺れていたが、会話が出来ないほど怒ってはいないようだった。
「出来る限りはやく、ウレノの都市に行きたい。あのアニムスとかいう奴に襲われたら、石の守護役でもひとたまりもないからな」
ダジトは厳しい面持ちでそう切り出した。私は北方大陸の地図を広げ、それを見ながらお茶を飲む。
「ウレノの町は……ここから大分離れた所にあるね。大きな山脈を越えたその先にある、随分高い所にある町なんだね」
私の言葉にダジトは頷いて答える。
「ここよりずっとずっと寒いところだからな。氷系の魔物も多い。いくらあのアニムスってヤツでもすぐには辿り着けないと思う」
「じゃあ、私たちが追いつくのも、大変なんじゃないの?」
リタがティーカップを両手で持ちながら眉を寄せて口を挟む。
「まあ、普通の道で行けばな」
ダジトは意味深な返事をする。その言葉にリタも私も首をかしげる。
「普通の道……で行けばって……」
「普通以外の道があるのかい?」
リタと私の問いに、金髪の少年は力強い目で私たちを見て、口を開く。
「実は古いトンネルがあるんだ。その昔、ウレノの都市へ魔鉱石の輸入を行っていた隠し通路があってな。そこを通れば、倍以上の速さでつくはずだ」
その言葉に、私は広げた地図をダジトの方に向ける。
「一体どのあたりになる?」
少年が地図を睨み探す隣で、リタも地図を覗き込む。しばらくにらめっこをしていたダジトだったが、人差し指を山脈の一ヶ所に当てて、小さく口を開いた。
「たしか……ここ……。この町から大きな通りに出ず、この山に向かった先にあるんだ。たしか古い鉱山だったところだ」
地図を確認し、私は二人を見て頷いた。
「場所は分かった。一体どのくらいの時間がかかる?」
「今日出て……問題がなければ半日ってとこかな」
「それなら、夕方になる前には、ウレノの町にいけそうだね!」
ダジトの言葉に、リタが微笑む。
「ただ問題は……」
そこでダジトの声色が落ちる。
「あのトンネルは魔物が多い。炎系の魔法が使えれば大したことはないんだが……。生憎。今のオレでは、そこまで魔法が使えるとは思えない……」
そういって目線を落とすダジトからは、沈んだ音がする。私たちに申し訳なく思っているのだろう。その様子にリタの心音が力強く響いた。
「大丈夫です、ダジトさん! 私も、クーフさんも一緒なんだから!」
リタの言葉に、ダジトが目線をあげる。
「リタ……」
「ここから一緒に行こう。私たちの目的もおそらくそのアニムスだろうからね」
リタに続けて私もいうと、ダジトの心音が熱くなるのを感じる。
「クーフさん……。くそっ。なんであんたらホントいい人なんだよっ」
そういいながら、嬉しさと申し訳なさで表情を緩める少年を見て、私とリタは顔を見合わせて微笑んだ。
食事が終わると、すぐに準備に取り掛かった。私はリタに道具の買い出しを頼み、ダジトと二人で防寒着を探すことにした。とても今の服装では山脈は越えられないと彼は言う。
「あそこの気温はなめない方がいいぜ。リタの今の服装は薄すぎる。クーフさんのマントだって危険だよ。オレもこの格好じゃ無理だな」
隣であれこれ防寒着を眺めながらダジトが言う。その言葉を聞きながら、私はまずリタのサイズを探す。
「女の子の服装は難しいね……これで大丈夫かな?」
私はコートを取りながら隣の少年に問うと、既に彼は自分の服を選んでいた。
「オレはこれで……あ、クーフさんはこんなのどお? 身長高いから、このくらいないと足りないかな?」
と、勝手に私の物まで選んでいる。その様子は
「いや、私の分はいいよ。靴だけ買うよ」
「何言ってんだよ、ホントあそこの寒さを甘く見ちゃいけないって!」
言いながら私の方を振り向いて、そこでようやく私が手に持っているコートを見る。
「それ、リタ用? もっとこっちの色の方がかわいいと思うけど」
と、今度はリタの服を探す。あれこれと忙しい少年だ。この子も面白い。そう思って思わずまた笑っていると、ふと、ダジトが真面目な顔をして私を見る。その心音が急に変わったのを感じ、私は思わず目線を向ける。目があうと、ダジトはしばらく私を見ていたが、ちょっと気まずそうに視線を外して小声で問う。
「そーいやさ……クーフさんとリタって……一体どういう繋がりなんだ?」
急な問いに、私は面食らう。
「どういう……。そうだな……。まあ、今のダジトと同じだよ。困っていたから助けになればと思ってね」
私はそういって軽く微笑んでみせる。
「……そっか。じゃあさ……クーフさんは、リタのことどう思っているわけ?」
「どうって……」
どうって――どういう意味だろうか? ダジトの音が微妙な不協和音を奏でるのを聞いて、私の思考が止まる。一体何故急にこんなことを言い出すのだろう? 私がもっと考えを深めようとした直後、急にダジトが声を明るくする。
「いや、やっぱ今の聞かなかったことにしてくれ。さ、早く買っちゃおうぜ!」
そういって、店員の元に向かう少年の後ろ姿を見ながら、私は一人呆然と立っていたに違いない。
リタと合流すると、彼女は自分の鞄につめこんで買ってきた道具を、いろいろと見せてくれた。
「氷の魔物が多いと思って、氷系の魔法の威力を半減するアイテムを買ってみたんです。はい、ダジトさん、こっちはクーフさん」
そういって、リタはダジトと私にアイテムを手渡す。魔法威力を吸収する魔鉱石のアクセサリーだ。よく見ればリタも首からペンダントをかけている。発する音から氷反射だということが分かる。ダジトにはブレスレット、私にはブローチだ。
「なんだよ、リタ。わざわざオレたちに合わせてくれたのか?」
ダジトがちょっと嬉しそうにいうと、リタは無邪気に微笑む。
「うん、ダジトさんはそういうブレスレット似合うかなって。で、クーフさんはその上着に似合うんじゃないかなって思って……」
そういってリタは私と目を合わせるとまた頬を赤らめる。相変わらず表情がコロコロ変わって、見ていて飽きない子だ。
「リタ、ありがとう。じゃあこっちは防寒着。これでよかったかな?」
私はコートを彼女に手渡す。紺の生地にピンクのボタンがついたコートだ。ダジトに言われて、少々色合いを気にしていたのだが、リタは私が差し出したコートを見て心音を弾ませる。
「あ、かわいい! ええっ、これいいんですか?」
「いや、寧ろ着てもらわないと困るって。あそこマジで寒いんだから」
ダジトが突っ込むその隣で、リタは嬉しそうにそのコートを羽織る。そして私たちの目の前で一回転してみせる。
「どうですか? 似合います?」
その様子にダジトが少々顔をにやつかせて答える。
「お、おう。似合ってるじゃん」
「うん、かわいいよ」
私も微笑んで答えると、リタは満足げに微笑み返してコートを見る。
「これ、もしかしてクーフさんが選んでくれたんですか?」
「一応ね。ダジトに言われて迷ったけど、結局紺色を選んでしまったよ」
「いいです! 私こういうの好きだから」
嬉しそうに私に近づく少女を見て、内心ちょっとほっとしていた。朝の不機嫌は大分直ったようだ。
「さてと、準備も整ったなら、出発しようぜ!」
ダジトはそういって、先陣切って歩き出した。まだまだ日は上ったばかり。ダジトもリタも、気合いの入った表情で、歩みを進めていった。その二人を追いながら、ここから先に待ち受ける戦いを予感して、私は内心緊張していた。
アニムス――
もし、あの銀髪の男、アニムスがいるのだとしたら、少なくともあともう一人、危険人物がいるはずだ。カトの宿で感じた似通った二人の人物……その片割れがアニムスであることはほぼ間違いないと、私はあの音で確信していた。だとしたら、恐らく、片割れの女性もかなりの術者……。
私は帽子を抑え、天を仰いだ。私の使命はまだ動き出したばかりなのだ。
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