第7話 打ち解けあい


「…………」

「あ、あの、食事……」

「…………」

「………………」

「……………………」

「……………………うう……」

 柔らかな黄色いライトの下で、私は思わずうつむいてしまった。一体何回このやり取りをすればいいのだろう……。

 私は片手に皿を持ったまま、ベッドのすぐ横に置かれた椅子に座ってうなだれていた。皿の上の料理はとっくに冷めている。そんな私の前には金髪のあの男性。横になったまま、首を思いっきり私と逆方向に向けて、ちっともこちらを見てくれない。その表情は不機嫌極まりなく、しかめっ面をしている。

 時刻はとっくに夜になっていた。本当なら食事も終わっていていいはずの時間なのだが、一向に進まない。それもそのはず、金髪の男性は全く食べようとしてくれないからなのだ。私は一つため息をついて、もう一度試みる。

「あの……食事とらないと……身体のこと考えたら……よくないですし……」

「…………」

「………………」

 話しかけても無視され続け、一向に進まないまま時間ばかりが過ぎていく。部屋には彼と私だけ……。余計に気まずいことこの上ない。……クーフさん、早く帰ってこないかな……。

 そんなことを思って、窓に視線を移した時だった。部屋の扉が開く音がして、私は勢いよく振り向いた。クーフさんだ。

「クーフさん!」

 思わず私は皿を持ったまま、彼に小走りで歩み寄る。その様子を見ながら、クーフさんは帽子を取り口を開く。

「ただいま……おや、まだ食べてなかったんだ」

 そういいながらクーフさんは皿の上の赤い野菜をつまむ。と、そのまま自分の口の中へ。

「やはり冷めてるね」

「クーフさん、何とかしてください~。全っ然食べてくれないんです……」

 私は小声で言いながら、横目で金髪の男性を見る。それにつられてクーフさんも目線を向ける。二人の目線の先には、先ほどから全く口を利かない男がおとなしく横になっている。

 クーフさんは目線を向けたまま、金髪の男性のベッドに歩み寄る。私が居たベッド横の椅子とは逆方向に歩み寄ると、しかめっ面をした顔を覗きながら、隣の空きベッドに腰掛ける。その様子に気がついた金髪の男性は、目線でクーフさんを追いながら、その目を強める。

 ……めちゃくちゃ睨んでる……。私はその様子を見ながら、無言で先ほどまで居た椅子に腰掛ける。

「食べないんですか? 体力を戻さないと」

 クーフさんがいつものように優しい口調で言うと、金髪の男性は低い声で返す。

「……俺にかけた術を解け」

 すごい形相で睨みつける男性に私は思わず縮こまるが、クーフさんは何処吹く風。

「そうだな、君が『傷が治るまで動かない』、というのならそうしたいんだけど」

 ちょっと困ったような表情でため息混じりにクーフさんが言うと、金髪の男性は声を荒げた。

「ふざけるな! オレは時間が惜しいっていってるだろ! こんなところで寝ている場合じゃないんだ!」


 そう、実はほんの一時間ほど前の話だ。金髪の男性が目を覚ましたので、まずは食事を取らせようとしたのだけど――案の定、男性は動ける身体でもないのに、無理に動こうと暴れたのだ。私でも宿の人でも手に負えない彼を、クーフさんがなにやら術をかけて動けなくしたらしい。エンリン術って一体どれだけのバリエーションがあるんだろう……。思わず術のほうに興味が向く。

 そんなわけで、術によって首以外動けなくなっている彼には、私が食事を取らせようと試みていたわけなのだが……全く言うことを聞いてくれなかったという流れなのだ。

「今、君を自由にしたところで、きっとあの男には勝てないだろう? 何をそんなに急ぐんだ?」

 クーフさんは少し心配そうに問うが、そんな言葉は彼の耳には入らない。

「勝てる勝てないじゃない! オレはあいつから奪い返す必要があるんだ! 時間がないんだって言ってるだろ! ……っ」

 そこまで言って、男性が苦しそうに息を止める。傷口に響いたのだ。私は思わず椅子から立ち上がる。

「そんな大声出したら傷が……」

「うるさい! 放っといてくれ!」

 私は男性の大声に思わずびくついてしまう。私が思わず何も言えずにいると、部屋の中がしんとしてしまった。沈黙の中、金髪の男性の荒い呼吸だけがやたら響いて聞こえた。

「…………アニムス、だったかな。あの銀髪の男の名前」

 唐突にクーフさんが口を開いた。その声はいつもの優しい口調ではなく、どこか重みのある声だった。真剣な声色に、思わず私も金髪の男性も視線を向ける。

「私はあそこで初めて見たが、並ならぬ能力を持った術者のようだね……。あの男が何をしたのか知らないが……。君はあの男とまた、戦うことになるんだろう?」

 クーフさんの真剣な口調に、金髪の男性は怒りを込めた低い声で静かに答える。

「……ああ、そうなるだろうな」

「もし、私が今の君の立場なら……もっと策を練るだろうな……。少なくとも今の自分の実力で敵わないことを実感しているなら尚のことだ。戦うからには目的を達成できなければ、意味がない」

 クーフさんの言葉に、金髪の男性はぐっと唇をかむ。その表情は悔しさとか苦しみとか焦りとか……いろいろな思いを抑えているように思えた。

 しばしの沈黙の後、クーフさんはそっと立ち上がった。そして静かに背を向ける。

「少なくとも、私たちは君に協力するつもりだよ。本当に、君が目的を達成したいのなら、今の自分の状況……冷静に捉えることが必要だと、私は思うがね」

 そういいながら、クーフさんは扉に歩み寄り、取っ手に手をかける。

「あ……クーフさん、どこ行くの?」

 思わず私が声をかけると、またいつもの優しい微笑みを浮かべて彼は答える。

「町の薬屋から薬を買ってくる。彼も早く出発したいだろうからね。リタ、また留守番頼むよ」

 そういって、またクーフさんは部屋から出て行ってしまった。また部屋には彼と私だけ……。私は思わず肩を落とす。なんだか今日はクーフさんとあんまり会話が出来てないや……。

 私はクーフさんが去ってしまった扉を見つめてため息をつく。ひとまず、私に出来るのはこの金髪さんに食事を取らせることだ。私は肩を落としたまま後ろを向いて、またベッド横の椅子に腰掛ける。そっと頭を上げて金髪の男性を盗み見る。先ほどのクーフさんの言葉が効いたのだろうか。私にそっぽを向いたままだが、何かを押し殺した表情で、唇がわずかに震えて見えた。きっと、内心はいろいろなものが渦巻いて、苦しい状態なのだろう。そうでなければこの重症の身体で、ここまで無理をしようと思うはずがない。

「……ひとまず、体力戻した方がいいと思うんです……。あなたの身体のためにも、目的のためにも……」

 私は静かに口を開き、また皿をひざの上に置く。また男性は沈黙したままだ。

「私、あなたの目的わかりませんけど、きっと悪い人じゃないって感じてます。だから、クーフさんと一緒で、私もあなたの助けになりたい」

 私はそこまで言って、そっと金髪の男性を見る。相変わらず向こうを向いたままだが、なんとなく雰囲気が和らいだように感じた。私はまた目線を窓に向けて呟く。

「クーフさんがあなたに術をかけたのも、あなたのことを思って、ですよ。迷惑かも知れないけど……」

「…………そうだな……。冷静になれって無言のメッセージだったんだろ」

 そこでようやく男性が口を開いた。私に後頭部を向けたまま、初めて落ち着いた声が返ってくる。私が思わず彼の方を向くと、男性は私のほうを向いた。オレンジ色の瞳からは怒りの色は消え、落ち着いた輝きを放っている。強い意志を感じさせる眉はそのままだが、ようやく冷静になった顔つきだ。唇はすこし噛んだままだったけれど。

「クーフさん、ああ見えてかなり優しい人ですよ。いつもならこんな強制手段みたいなことしないもん」

 私は誤解を避けようと彼を弁護する。目線を落とし、何も言えずにいる金髪の男性を見ていると、先ほどよりも大分居心地はよくなった。私は軽く安堵のため息をつくと、皿の上の料理を彼の鼻に近づけて言葉を続けた。

「冷めちゃいましたけど……食べてください。体力を戻さなきゃ」

 私の言葉に、金髪さんの視線が私に向く。私と目が合うと、観念したようにため息をついて、また目線を落とすのを見て、私はようやく皿の上のスプーンに手を伸ばした。スプーンで料理をすくい、彼の口元に運ぶ。

「……自分で食べたいとこなんだがな……」

 眉をよせ、不服そうに私に言うが、身体が動かなければ無理な話だ。私はクスクス笑ってそのまま口に運んであげた。ちょっと恥ずかしそうに口をあけ、彼は料理を飲み込む。

 そんな流れで、ようやく食事をとった金髪の男性は、ここで初めて私たちに気を許したのだろう。食べ終わると、ポツリポツリ話し始めた。

「正直……助けてもらったのにお礼も言わず、悪かったな。あんたがオレに回復魔法を使ってくれたんだろ?」

「うん。傷、癒えたようでよかったです。あ、でもまだ血が足りないですから、今日は動いちゃ駄目ですよ?」

 私が微笑みながら答えると、向こうもようやく笑ってくれた。なんだ、笑顔を見ると怖い雰囲気なんかないじゃない。私も思わずほっとする。

「わりぃ、そういえばオレ、名乗ってもいなかったな。オレの名はダジト」

「私、リタです。あ、で、さっきいた男の人がクーフさん」

「クーフ……さん、か。……あの人は何者なんだ?」

 クーフさんの話題になると、ダジトさんは真剣な表情をした。

「奇妙な術を使うな……オレも魔法には詳しい方だが、あんな術は初めて見た」

「私も……初めてです。私もそれなりに魔法には詳しい方なんですが」

 ダジトさんの問いかけに私も眉を寄せる。エンリン術、といっていたあの不思議な術……。クーフさんは多くを語ってくれない。あまり触れないで、といっていた以上、この術の名前をダジトさんにいうのも躊躇われた。大体名前をいえたところで、その術が一体なんであるのか、私には説明できないのだ。

「リタ……は、クーフさんの……妹……ってわけでもないよな…………あ、まさか……恋人……?」

 ダジトさんの発言に、思わず顔が真っ赤になる。

「なっ、何言ってるんですか! ち、違いますっ……」

 ホントはそうだったら嬉しいけど……。

 私が慌てると、ダジトさんは正面を向いて、それもそっか、なんて呟く。うう、やっぱり恋人には見えないかぁ……。内心ちょっとがっかりする。

「じゃあ、リタとクーフさんはなんで、オレを助けたりしたんだ? そもそも何しにきてたところだったんだよ?」

 ダジトさんの疑問に、私は我にかえる。

「え、あ、うーん……助けたのはたまたま……町に行ったらダジトさんが戦っているところを見たから、思わず助けたんだと思う……」

 そういいながら私はクーフさんのことを考えていた。あの時はびっくりしたけど、心音の話を聞いて納得がいった。オイズの町についた途端、イキナリ走り出してダジトさんの元に行ったのは、心音が聞こえたからだったのか……。でもこの話は、ダジトさんにはヒミツ。エンリン術に絡んだ話だから黙っておかないとね。

 私はそう思いながら、続けて質問に答える。

「クーフさんは私を助けてくれたんです。私が、不思議な石を盗まれて困っていたら、一緒に探してくれるって言って……」

「……石……だって?」

 急にダジトさんの声色が変わる。私が目を丸くすると、ダジトさんは急に緊張した面持ちで私を見つめ言葉を投げかける。

「もしかして……光の石、じゃないのか?」

「光の石……?……とも言ってたかな……」

 私はおばあちゃんから聞いた石の話を思い出しながら言葉をつむぐ。昔々のおとぎ話のように聞かされていたお話。ずーっとずーっと昔に作られた光の力を秘める石……それがあの不思議な石なんだよ、と……。

「え、でも……どうしてダジトさんがそれを……?」

「……実はオレも……盗まれたのは光の石なんだ……」

 その言葉に、私は目を見開いた。




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