第5話 エンリン術


 宿を見つけるのはすぐだった。リタが走り回ってくれたおかげで、町の回復魔術師もすぐ見つかり、男の傷の具合も確認してもらうことが出来た。本当ならそのまま回復魔術師に彼を預けてもよかったのだが――

「どうして……この人も宿においておくんですか?」

 私の案に、案の定リタが首をかしげる。

「そりゃ、様子は心配ですけど……でも、三人分の宿代かかっちゃいますよ?」

「ああ、宿代は私が払うから心配しないで」

 私は荷物を置きながらリタに微笑む。そんなリタの目の前には、ベッドに横たわる先ほどの男性、そしてそれと並ぶようにベッドがあと二つ。ちょっと広めの相部屋だ。

 今回は相部屋を借りることにして、この男性が目覚めるまで待とう、ということを提案したわけだ。

「べ、別に宿代をケチりたいわけじゃないんですけど……相部屋しかないって、宿の人も言ってたし……。でも……ちょっと……うーん……」

 リタが誤解を避けようと慌てて弁解するが、納得はいかない様子だ。私は気持ちを察して言葉を投げかける。

「リタの気持ちは分かるよ。私と同じ部屋ってのは困るだろうし……」

「え、そ、そこじゃないですって! べ、別にクーフさんと同じ部屋は……その……」

と、リタが言葉に詰まる。助け舟のつもりが逆に困らせてしまったようだ。

 私は正直悩んでいた。しかし、どうしてもこの少女の協力が必要だろうと思った。観念して、ひとつため息をついた。

 開いていた窓をしめ、まだ言葉に困っているリタの背後に周り、外の様子を一度伺ってから扉も閉める。その様子に気がついたリタが急に取り乱した。

「……えっ……クーフさん、な、何してるんですか?」

「何って……いや……」

 そういって、私は眠っている男の隣のベッドに腰掛けた。私は何処から話そうか思案していた。この町に来て、予想外にも様々な情報が一気に入ってしまったのだ。本当はすぐにでもリタに話したかったが、一つだけ胸につっかかっているものがあった。この話をするには、自分のエンリン術のことも詳しく話す必要があるのだ。

 私は大きく息を吸って、リタの方を見た。

「リタ、実は……大事な話がある」

「え……」

 早くもリタの心音が乱れた。まだ何の話をするのかも言っていないのに、急に乱れたことに、逆に私が不安になる。

「……リタ……?」

 呼びかけると、リタが急に頬を赤らめてそっぽを向く。

「あ、あの、な、なんでもないですっ! は、話し続けて下さい……」

「…………」

 少々様子は気になったが、私はひとまず話を続けることにした。

「リタ……実はこの男の人……例の石に関連している可能性が高い」

「……へ?」

 私の予想に反して、一瞬奇妙な間を取って、リタの返事が来た。

「あれ? 驚かないね?」

 思わず私は気が抜けて微笑んだ。リタのことだから、石に関連する、なんて聞いたらあからさまに動揺するだろうと予想していたのだが。

「え、はい……だって…………」

と、口ごもったのもつかの間。

「……ちょっと待ってください。石……? 石って……あの祠にあった不思議な石ですか!?」

「ようやく焦ったね」

 急に事情をつかんだリタが、私に歩み寄ったのを見て、つい笑ってしまった。

「どういうことですか? この人が盗んだって、ことですか?」

「いや、彼ではない……と思う。彼と戦っていたあの銀髪の男……。あの男が怪しい」

 私はそう答え、あの男のことを思い出していた。銀髪に浅黒い肌、赤い目……。植物系精霊族でもめったに見ない風貌だ。肌が黒くなるのは植物系に多いのだが、瞳が赤くなるのは、炎系の精霊の血を持つ者がほとんどのはずだ。

「あの……魔法で逃げた、あの白い頭の人ですか?」

 リタが思い出したように私に問う。

「ああ、あの男だ」

「……でも……どうしてあの人が石に関係するって……分かったんですか? 私……あの時、石の力を感じませんでしたよ?」

 リタの言葉に私は沈黙したままだった。リタなら、確かに石の力を感じ取るだろう。なんといってもあの石の守護役を務めるのだから。彼女の尤もな解答に、私はようやく口を開いた。

「……そうだね、あの男は、石を持ってはいない」

「じゃあどうして……?」

 私は軽くため息をついて、リタの方を見た。彼女の真剣な表情を見つめ、決心を決めて口を開いた。

「あの男の気配……カトの町で感じたことがある。あの、石を盗み出したかもしれない女性が泊まっていたっていう宿があったろう? あそこで、あの男と同じ気配を感じたんだ」

「気配……ですか?」

 意味が分からず、リタが困惑した表情をする。

「リタがそう困惑するのもわかるよ。気配なんて、普通はこういう風に近くにいないと感じないものね」

 私はそういってリタに微笑む。

「でも……私には分かるんだ。何といったらいいのかな……。その人が発する、魔力だったり空気だったり……雰囲気っていうのを、リタは感じたことがないかな?」

 私の問いかけにリタはこくりと頷く。

「それならわかります。強い力を持った人からは、つよい魔力とか、オーラって感じます。あ、私、クーフさんからもちゃんと強いオーラ、感じ取っていますよ」

 そういってリタは無邪気に私に微笑む。こういう時のリタの心音は非常に心地よい。私は微笑み返して言葉を続ける。

「そういった、いうなれば『気配』って言うものを、私は通常の人よりも強く感じることが出来るんだよ。エンリン術では「音」って一般的に言われるようだけどね」

「へぇ……」

 私の言葉にリタが感心して声をもらす。

「……だから、リタがあの石の力を感じることが出来るように、私にはあの石の音が聞こえるんだ。そしてそれは人の音も同じ……。あの石が、あの宿にあったであろう形跡を、音で私は見つけることが出来たんだ」

「じゃ、じゃあ、あの時、あの宿に行った時に、あの宿に石があったって、クーフさん、気がついてたんですか?」

 リタの問いに私は少し罪悪感を感じながら、微笑み返す。

「実はね」

「だからかぁ……。なんで宿の部屋番号なんて聞くんだろうって思ってたんです。あの時、部屋番号を聞いたのは、その部屋に石の……音? ですか? ……を、感じたからなんですね」

 リタが状況を整理しながら話す様子に、私は頷いて返す。

「そういうこと。そして、その石の近くに……あの銀髪の男の音も聞こえたんだ」

 そこで初めて、リタが納得言った、という表情で大きく頷いた。

「そういうことだったんですね……! それで……」

と、そこでまたリタの表情が固まる。

「あれ? じゃあ何でこの人を……宿に……置いておくんですか?」

「うん、まあ、そこに疑問はくるよね」

 予想通りのリタの疑問に、私は一息ついて構える。いよいよこの話もしなくてはいけない。リタは寝ている金髪の男を覗き込みながら眉を寄せている。この男とあの銀髪の男の関連性を探そうと、あれこれ頭を働かせているのだろう。私はそんなリタを見つめながら口を開いた。

「もしもね、リタ……。この男性があの銀髪の男を追いかけようとして、ものすごくそのことに執着しているとするよね」

 唐突な私の話に、リタがきょとんとした顔をする。構わず私は話を続ける。

「それこそ、あの銀髪の男を地の果てまで追いかけてやるって執念を持っているとしたら……この人は目が覚めたら、まず、何をすると思う?」

 私の問いに、リタは戸惑いながらも思考をめぐらす。

「え? うーん……地の果てまで追いかける! って執念? ……やっぱり……起きたらすぐに探しに行っちゃうかな?」

 リタの答えに私は大きく頷く。

「そうだね、きっと自分の怪我のことなんかさておいて、すぐにでもあの銀髪の男を追いかけに行くだろうね」

 私の答えに、リタの表情がますます困惑する。首をかしげ、私を上目遣いに見ながら口を開く。

「え……でも、それは……もしも、の話……ですよね? え、それとも、ホントにこの人、そこまでの執念を持ってるんですか?」

「多分ね……。そういう心音こころねがしたから」

 リタの言葉に、私は男の顔を見つめながら答える。

「こころね……?」

 聞きなれない言葉にリタが私に顔を寄せて問う。私はその少女の表情を見ながら、軽く微笑んでみせる。そして小さくため息をついて、次の句をつむぐ。

「今、リタからは困惑した心音がする」

「え?」

「よく分からないものがあって、それが一体なんなのか、思考をめぐらせる音……。それが、今、リタから聞こえているんだ」

 私の説明に、はじめは困惑していたリタだが、言葉の意味を理解してくると、今度は徐々に動揺してくる。リタが言葉を発するより早く、私はその心音を読む。

「今、リタは動揺しているね? 心が波立った音がする」

 私の言葉にリタは言葉を飲み込んで、立ち上がる。その心音は激しく波打っている。

「……かなり動揺したね……今度はちょっと高鳴ってる……かな?」

 私が静かに言葉をつむいでいくと、リタはますます動揺してきたらしい。ひどく心音が乱れた。そして首をぶんぶん振りながら、私の腕をつかむ。

「いやっ……あの、やめてくださいっ……」

「ごめんね、いじめるつもりはなかったんだ」

 私は腕にしがみつくリタの手をそっとなでた。リタの反応は当然のことだ。自分が思っている感情を、他人に知られてしまうのは、とても耐えられないことだろう。彼女の心を苦しめたことを、私は非常に苦々しく思っていた。しかし、こうすることが一番早く確実に私の力を分かってもらえる方法なのだ。

 私はリタが落ち着くまで、そのままずっと黙っていた。リタはしばらく私の腕をつかんでうつむいていたが、まだ心が波立っていた。きっと今の自分の心音ですら、私に聞こえていることを考えて、困惑しているのだろう。

「ごめんよ、リタ。別に探ろうとして聞こえているわけじゃないんだ。ただ……そうだな、笑い声とか……呼吸みたいに……何気なく発しているものが、音として私の心の内に響くだけなんだ」

 少しでも落ち着いてもらえればと思い、私は軽く説明を試みる。リタはしばらく動かなかったが、私の言葉を聴いて、大きく息を吸った。心音はまだ乱れていたが、何かを心に決めたような、そんな心音が響いた。そんな音を響かせながら、リタはちょっとだけ頭を上げた。しかし目線は下を見たままだ。

「……い、今の私の心の音も……クーフさんには聞こえているんですか?」

「うん……一応、ね……」

 私がリタの手から手を離しながら答えると、リタは私の手を見つめながら言葉を続ける。

「ど、どんな風に聞こえてるんですか……?」

 私は一瞬考えたが、感じたままに彼女に伝える。

「……揺らいでいるけど……なにかを決心しようとしている……そんな音かな……」

「……い、今、私が何を考えているか……とか……そういうことも……聞こえちゃうんですか……?」

 リタの声が少し震えている。怯えているのだろうか? その割に心音は高鳴っている。

「いや、さすがに考えていることまでは分からないよ。あくまで感じるのはその感情の音色、みたいなものだから」

 私のその答えに、ようやくリタが頭を上げて私の方を見てくれた。頬をわずかに赤らめて恐る恐る目線を合わせてくる。私はなるべく優しく微笑んで見せる。私の表情を見て、リタの音がようやく落ち着いてきた。

「……落ち着いたね」

 私が言うと、リタはクスリと笑った。その心音もくすぐったげに震えて聞こえた。

「きっと、今の音も聞こえちゃってるんですよね……」

 そういうリタの表情は穏やかだ。リタが落ち着いたのを確認して、私も胸をなでおろした。そしてリタをもう一度見つめて問う。

「やはり、人に心の音を聞かれるのは……嫌悪感を持つものかい?」

 リタはちょっと目線を外して困ったような表情をする。その心音もわずかに震えるが、その穏やかな心音は変わらない。彼女はすぐに向き直って微笑んだ。

「うーん……たしかにちょっと嫌……です。でも……いいんです。音を聞かれるのがクーフさんなら、私、平気です」

 リタの言葉に、きっと私の口元が緩んだに違いない。抱えていた罪悪感が軽くなった気がした。しばらくお互い向き合ってクスクスと笑いあってしまった。

「さて、と。本題に戻ろうか」

 私はそこで眠っている男を見た。リタの意識も男の方を向いた。

「じゃあ、クーフさんは、その心の音を聞く能力で、この人のそんな音を聞いたってことですか?」

「ああ、あの一瞬だったけど、かなり強い音だった」

 リタの問いに私はそう答え、今は眠っている男を見つめる。

 男は、年齢十七,八といったところだろうか。鮮やかな金髪は短く切られ逆立っており、眉も同じ金色をしていた。今は重く閉じられたまぶたの奥に、あの銀髪の男を睨む、強い意志を込めたオレンジ色の瞳がある。あれだけの致命傷を受けながら、この男には揺らがない強い意志を感じた。四肢をもがれようとも、その声を奪われようとも、きっとその命が危険にさらされようとも、決して揺らがない執着、そんな思いをあの時感じたのだ。

「だからね、リタ。この人が目覚めたときに、すぐにあの銀髪の男を探しに行かないように、見張っておいた方がいいと思ったんだ。そうしないと、彼とゆっくり話せないだろう?」

 私の言葉にリタはふんふんと頷く。

「そっかぁ。すぐに探しに行かれちゃったら、この人のことも心配だし……それに肝心の石の話も出来ないですもんね」

「そういうこと」

 私はそこでリタの肩に手を置き、自分の方に向き直らせて続ける。

「そこでリタ、お願いがあるんだが……」

 私はそこで一つの提案をしたのだった。



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