第4話 謎の男


 宿に戻り食事を取り終えると、私とリタはお互いに得た情報を話し合った。まだリタの心音は乱れていたけれど、石探しに集中しようと必死なようだった。それを感じ取りながら、私自身も一度乱れた音の制御を続けていた。

「村に行った、って人は見つからなかったけど、村から来たって人はいたみたいなんです」

 リタは曇った表情で言う。

「若い女の人が一人……朝方に村の方から歩いてきたのを見た人がいたんです。でも、それ以外には誰もいなかったって……」

「そうか……。リタの居たサロフェの村から、最近リタ以外に外に出た人はいるかい?」

 私の問いにリタは首を振る。

「だとしたら、その人物は確かに怪しいね……」

 私はそう答えながら、石の残り香から探った音を思い出していた。盗まれた石の近くに居た気配は三人だった。よく似た男女が二人と、奇妙な少年……。その女性の方だろうか?

 考え込む私の隣でリタは続ける。

「どうもその女の人、お隣の宿に入っていったみたいなんです。もしかしたら、そこに何か手がかりがあるかも……」

 少女の言葉に確信を持つ。隣の宿といえば、私が石の残り音を見つけた場所だ。

「じゃあ、その女の人が何処に向かったのかを探れば……石の在り処に辿り着けそうだね」

 私はそう答え、微笑んで見せた。

 本当は、すでに調べたときに把握していた。石の気配を感じた部屋に泊まっていた人物が三人いることも、その三人が何処に向かったのかということも。

 ただ、それを唐突に言うと、また聞かれたくない話題になりそうで、私はわざと知らない振りをした。いずれにせよ、今日出発して追いつける場所ではないのだ。




 翌朝、リタは私の部屋に、また早くから飛び込んできた。

「おはようございますっ!」

「おはよう、リタ。今朝も早いね」

 昨日と変わらないリタの様子に私は安堵する。気まずくなりはしないかと、ちょっとだけ心配していたのだ。ついほっとして、私はまた帽子をかぶりながらリタに近づき、微笑んだ。

「今日は早くから動こう。手がかりがつかめそうだからね」

 私の言葉に、リタが笑顔で頷いた。


 隣宿に聞き込みに行くと、そんな朝早くに宿に来た女性はいないという。一瞬落胆するリタだったが、私は素知らぬ顔で宿の娘に問う。

「では、一昨日利用した客の中に、宿に荷物は置いたものの、夕食も食べずにどこかに出かけていた客はいなかったかな?」

 私の問いにリタがはっとする。

「そっか、泊まっておいて、夕方のうちに村に向けて出発していれば……」

「そう、朝方には、もうこの宿に戻ってこれるだろう?」

 リタの言葉を私は続ける。宿の娘は、そういえば、と思い出したように呟いた。

「いましたね……三人くらいの若いお客様が……。一人はお食事を取られてたんですが、残る二人は用事があるとかいって……夕食時には姿が見えませんでした。たしか……一人が女性で、もう一人が男性で……一人がまだ少年……この方が食事を取られていた気がします……」

 間違いない。あの部屋に居た気配の三人だろう。念のため使っていた部屋の番号を確認する。案の定、私が昨日確認したあの部屋だった。

「クーフさん、どうして部屋の番号を確認するの?」

 リタが首を傾げるのを、私は笑ってごまかした。


 宿の人から、その三人組が何処に旅立ったのかを聞いた。行き先は知らないが、どうも北上したらしいことを聞く。ここまでの情報は、昨日私も確認していたことだが、やはりリタにはそのことは伏せておいた。

「北に向かったのかぁ……。北ってどんな町があるんですか?」

 宿を出て、リタが私に問う。

「地図を見ないと分からないが……ひとまず道は遠いと思う。歩いていっては、途中で夜になってしまうだろうね」

 ここがもっと南の大陸だったなら話は別だが、北方大陸ではとても野宿は出来ない。水系や氷系の精霊族でなければ凍死してしまうことだろう。

「じゃあ、違う交通手段を使うようですね……」

「たしか、北上する道には馬車がなかったかな。まだこの時間なら乗れると思うよ」

 リタにそう答え、私はあらかじめ準備していた言葉を並べる。今日の朝のうちに馬車に乗り、北上するところまでは、私の計算のうちだったのだ。

 馬車といっても、北方大陸の馬は氷系の属性を持つ馬だ。薄い水色の長い毛並みに、氷のような瞳。通常の馬に比べ、寒さにも強い。この大陸でなければお目にかかれない、きれいな種族だ。

 馬車に乗り、私たちは北上した。歩きの旅と違い、非常に早いし快適だ。初めて馬車に乗ったらしいリタは、しきりにはしゃいでいた。こんなときの彼女はまだまだ幼いなと微笑ましく思ってしまう。そんな私の表情に気がついたリタが、若干不服なのか私を下から軽く睨むように見つめる。

「なんでそんなにクーフさん……笑ってるんですか?」

「いや、リタが楽しそうだから」

 私がそういって微笑み返すと、リタは目線を外す。その心音はどこか弾んでいるようだ。

 そこまで思って、私は自分の思考をやめた。心の音が聞こえるからといって、あまりむやみやたらに人の心を探るものではない。つい、まっすぐで聞いていて心地よい彼女の心音は、知らないうちに私の心の耳を奪う。だが……

 心の音を聞かれるということは、言うなれば、心を知らないうちに他人に読まれるようなものだ。読まれる側は、あまりそれは心地のいいものではないだろう。

 目線を戻すと、先ほどまで目線を外していたリタが私の顔を覗いていた。あまりじっと彼女が見つめるものだから、私は思わず首を傾げる。

「……?どうしたの?」

 私の問いに、リタはわずかながら瞳を落とす。

「……ううん、なんだか、ちょっとだけ……クーフさんが悲しそうに見えたから……」

 その発言に思いがけず不意を突かれた。私は微笑んで、彼女から目線を外す。

「そうかな……」

 顔をそむけた私に対し、リタはそれ以上何も言わず、ただ私の横に座り、少しだけその身体を寄せて外を眺めているのだった。心音が少しさびしそうに聞こえたのは、気のせいだろうか。


 時刻は昼を少し回ったくらいだった。ひとまず北上して最初の町、オイズの町に到着した。先ほどまで居たカトの町よりも、もう一回り小さな田舎町だ。カトの町より寒いと見えて、所々雪が残っている。北方大陸では雪の降らない季節の方がなかなか珍しいのだ。

「まずは、情報収集……ですかね?」

 降りるや否や、リタは私を見上げながら言う。

「そうだね……でも……」

 私はそう答え、町を見た。なんだろう、この違和感……なにか緊迫したものを感じる。私は意識を集中した。町に意識を伸ばすと、町の中の様々な音が感じ取れる……。

 その中に、激しい音を聞いた。この音は――戦いの音――?

「リタ、ごめん、そこにいて!」

「え? ええっ!? クーフさん!?」

 私は戸惑う少女を残し、音の方向へかけていった。


 戦いに慣れてくると、その音までも聞き取れるようになってくる。町の人々の様々な音にまぎれて、激しい敵対心が向き合っているのを感じる。そして心音とは違う、魔力の音も聞こえていた。間違いない。魔術師同士がどこかで戦っているのだ。

 土地勘もない町だが、ひたすら聞こえる音を頼りにその方向へ向かった。とにかく今は時間が惜しかった。聞こえてくる音の一つが、非常に弱っているのだ。相手への敵対心と魔力の動く音は激しいのだが……それを響かせる生命力が、徐々に削られているのを感じていた。恐らく防戦一方なのだ。

 あまり人の居ない、のどかな商店街。そこを場違いな勢いで走りぬけ、私は一つの大きな路地を曲がった。音はだんだん近づいているようだった。路地の道を通り抜け、大きめな橋が見えてきたところだ。人気のない広い川辺に彼らは居た。予想通り、二人の魔術師と思しき男が戦っている。


「思ったより、しぶといようですね」

 黒い服を着た男が眼下の男に吐き捨てる。その服に汚れはあるものの、傷らしき傷は見受けられない。右側だけ肩につくような長さの銀髪をサラサラと風になびかせ、浅黒い肌をした手でその髪をかきあげる。炎のような赤い瞳を細め、形のよい薄い唇を歪ませて男は笑った。

 その男の足元に、傷だらけの男がうずくまっている。肩で息をしながら腹部を押さえ込むように倒れているが、その金髪の頭は天を向き、オレンジ色の瞳は苦痛にゆがめながらも頭上の男を睨んでいた。

「いい加減、終わりにさせてもらいますよ」

 銀髪の男がそう言って、足元の男にその右手をかざした……その時だ。

「……!」

 急に銀髪の男は動きを止め、後方に跳び退いた。

 その次の瞬間、その男の居た位置に突き刺さるような音が響く。砂埃が舞い、視界がわずかにかすむ。それと同時に、私はその位置にしゃがみこんでいた。

 エンリン術の体術強化術――足に術をかけ、銀髪の男に攻撃を仕掛けた、というわけだ。

「……おまえは……何者だ?」

 銀髪の男は、その赤い目を細め私を睨む。

「そういう貴方こそ、何者ですか」

 うっすらと砂埃が舞う中、私はそういってゆっくり立ち上がり、同様に相手を睨む。

 お互い沈黙したまま、互いの気配をうかがってた。銀髪の男は瞳こそ動かなかったが、その感覚は研ぎ澄まされて、私を探っているのが分かった。

「クーフさんっ!」

「リタ、止まって!」

 唐突に少女の声が響いて、背後からリタが近づいているのを感じ、私は鋭く声を飛ばした。リタは私の声に瞬時に立ち止まる。銀髪の男は少女に気がつくと、一瞬間を取って構えを解いた。

「……どうやら今は分が悪いようですね。急ぐことはない……私はここで失礼させていただきますよ……」

 不敵な笑みを浮かべ、男は両手で奇妙な印を描く。たちまち男の周りの空間が歪み、蜃気楼のように男の姿は消えた。恐らくは転送魔法だろう。

「……クーフさん……い、今のは一体……?」

 突然のことで、事情が飲み込めないリタが混乱したように私に問う。おずおずと私の方向へ近づいてきた。私は振り返り、リタを見るとすぐに足元に倒れている男を確認するためにしゃがみこんだ。そこで初めて男の状況を把握したリタが思わず息をのむ。

「え、ええっ……! こ、この男の人は……?」

「分からない、とにかく今は急いで治療しないと……」

 私はそういって足元の男性の肩に手をかけ、ゆっくり向きを変えてみようとした。痛みでしゃべることも出来ないようだが、硬直している体の様子と呼吸から、かろうじて意識を保っていることが分かる。どう見ても朦朧としている瞳を見て、緊張が走る。男の身体を何とか横向きにすると、その腹部から激しく出血しているのが見えた。思った以上に致命傷を受けている。そっと心音を探ると、やはりかなり体力も精神力も消耗していた。痛みの音だけ深く探ると、かなり深い傷であることを感じ取る。

「これは相当傷が深いな……半端な治癒魔法では回復が追いつかないだろう……」

 私の言葉にリタが唇をかんだ。緊迫した表情で私を覗き込む。

「ど、どのくらい深いんですか?」

「……腹部がかなりやられて……内臓が破損している可能性が高い……血もこのままじゃ足らなくなる……」

 私は音から探った情報を、そのままリタに伝える。エンリン術にも回復の術はある。しかし私はあまり治癒系の術に長けてはいない。しかも自分の傷を治すのではなく、他人に使うとなると、その効果の程はあまり期待できない。

 急にリタの心音が強くなった。はっとして彼女の方を見ると、リタは呪文の暗誦を始めていた。

「リタ……」

 治癒魔法を発動しようとしているのだとすぐに分かった。彼女にその術を成功させることが出来るかどうかは未知数だ。だが今は彼女の術を邪魔するわけにはいかない。

 呪文の暗誦を終え、リタはまぶしく光る自分の両手を男性の背中に当てた。光は男性の身体に吸い込まれ、その腹の傷口が光る。リタの魔法はまだ続いている。かなりの魔力を消費するだろうが、それをいとわない決心をしているのだろう。瞳を閉じ、わずかにまぶたを震わせながら苦しそうな表情で彼女は続ける。しばらく静かに様子を伺っていたが、大分男の表情が柔らかくなり、心音がすこし落ち着いたのを感じて私は患部を覗き見る。出血は大分止まったようだ。身体の発する気力を感じ取りながら、傷の具合を探る。恐らく内臓の傷は癒えただろう。痛みを発する音が薄れた。

 急にリタがよろめいたのを横目で確認し、私は慌てて片手で彼女の肩をつかむ。

「リタ……大丈夫。彼の傷は癒えたよ」

 私はリタにそう声をかけた。途端、少女の表情に安堵の色が浮かぶ。そしてもう限界が近かった術を解除し、その両手をだらりとたらした。大分疲れたのだろう。

「ど、どうですか……? この人……」

 息も切れ切れに問うリタの言葉を聴きながら、私は男の患部に手をかざし、術を発動していた。

「スィ……クァユ」

 術の発動とともに、男の腹部の傷口が閉じる。と、同時に男の力が抜けて私の片手にその重みがのしかかった。どうやら意識を失ったのだろう。

 私の様子を覗き見していたリタが、ちょっと驚いた表情をする。

「知らなかった……クーフさん、治癒の術も使えるんですか?」

「自己再生力を高める程度だよ。開いた傷口をふさぐくらいなら、私も使い慣れているからね。それより――」

 そういって、私は男の腕を肩に回し、静かに立ち上がる。

「早いところ休める場所を探そうか」

 私はそのまま、商店街に繋がる路地に向かって歩き出した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る