第2話 少女と青年

 旅支度を整えて、その日のうちにリタと私は彼女の家を出た。まだ日は高いが、次の町まで行くには早すぎることはないだろう。まずは隣町のカトの町に向かい、情報を得ることにしたのだ。住み慣れた村を背に、リタは肩掛けの鞄に荷物を詰め、緊張した面持ちだ。私はそんな彼女の隣を歩き、歩みをそろえる。いかんせんまだ年端もいかない少女だ。いつもの調子で歩くわけには行かない。緊張した様子の彼女に、私は問いかける。

「リタ、君は遠くに旅に出るのは始めてかい?」

 私はなるべく優しく、彼女に問いかけてみた。私の問いにリタは大きな目を開いて私を見つめる。私の表情を察して安心したのか、表情が若干和らぐ。やはり緊張しているのだ。

「うん……遠くに出るのは初めて。隣町とかあの村くらいなら行ったことあるけど、遠くに行くのは初めて」

 そこまで言って、彼女は再び私を見つめる。その表情と心音から、疑問が渦巻いていることがなんとなく分かる。

「なにか聞きたげだね?」

 先読みして彼女に問うと、彼女はまた頬を赤らめる。表情がコロコロと変わり、見ていて飽きない子だ。

「う、だ、だって……まさかクーフさんが一緒に行くって言ってくれるなんて思わなかったから……。でも、どうして、急に……?」

 彼女の問いに私はなるべく優しく微笑んで見せた。

「どうして、か……。そうだな、例えばリタの目の前で、落し物が見つからなくて困っている人がいたら……リタ、君ならどうする?」

 その問いにリタはうつむきがちに答える。

「え、うーん……やっぱり手伝っちゃうと思う……。見つけてあげたら喜ぶだろうし……」

「ね、そういうことだよ」

 彼女の言葉に私がそう返して微笑んで見せるが、まだ腑に落ちないらしい。

「で、でも……さすがに旅にまで出て……探し物手伝うなんて人……いないと思う……」

「はは、そうかもしれないね。でも私からしたら、旅自体いつものことだし、案外普通のことなんだけどな」

 私の返しに、若干納得が言ったような、まだ腑に落ちないような、そんな複雑な表情でリタが唸る。その様子を見て私は思わず笑う。しかしこれ以上質問を続けられると都合が悪い。まだ何か聞きたげな彼女に、ふといたずらっぽく言葉をかける。

「ああ、もちろんリタは女の子だから、ちゃんと宿は別部屋にするから、そこは安心してね」

「え、あ……え?」

 急な話題変更についてこれなかったのか、リタがまたうまく話せずに口ごもる。ついからかいたくなって、私は彼女の目線まで頭を下ろして言葉を続けた。

「男性と同じ部屋じゃ、安心して眠れないだろう?」

「……!」

 たちまち耳まで真っ赤にするリタに、思わずクスリと笑ってしまう。

「もぉ!クーフさんなんか知らないっ!」

 からかわれたリタはプンプンと怒って私を置いて早歩きで進み始める。さすがにからかいすぎたかな、などと思いながら私は彼女の後姿を追う。

 質問をはぐらかしたが、勿論、探し物を手伝う、という目的だけではない。彼女が守護役を務めるであろうその不思議な石、それを追うことがおそらく私自身の使命にも繋がっているのだ。しかし、その使命すらまだつかめていない私にとって、それを人に発言することははばかられた。私にとっても、彼女にとっても、この旅は謎だらけなのだ。


 旅の道はそれなりに危険も伴う。安全な道ばかりとは限らないし、荒野や山を越える途中で、魔物に遭遇することだって少なくない。自分ひとりなら、守るものもなく自由に戦えるが、守るものがあるとなるとそうはいかない。いかにして対象を守り、魔物が近づかないかを考えながら戦わねばならない。正直、旅の途中はそれが心配の種だったが、その心配の必要はなかった。私が危惧していたよりもずっと、リタの戦闘能力は高かったのだ。彼女は体術や武器こそ使えなかったが、魔法の腕前は私の想像を超えていた。様々な種類の魔法を使いこなし、魔物を追い払っていくのだ。

「リタの魔法はすごいね。まさかそこまで使いこなすとは……思っていなかったよ」

 道の途中でリタに、思わずそう声をかけると、リタは嬉しそうに笑った。

「えへへ……これでも魔物退治は慣れてるんです。でもクーフさんってすごいですね! あれ、魔法ですか?」

 リタが逆に私にそう問いかけてくる。少々答えにくい質問に、思わず私は唸る。

「うーん……若干、魔法とも……違うかな。」

「じゃあ、なんて術ですか?私、あんな術初めて見たから……」

 彼女の質問は、純粋な好奇心と向上心から沸いていることはすぐに分かった。だからこそ逆にごまかすことも躊躇われ、内心頭をかいた。

「なんと言ったらいいのかな……。リタ、魔法は呪文によって自分の魔力を外界に発して術を起こすだろう?私の術は……外界に発するものではなくて、自分の内から発する、といったらいいのかな。古から伝わる古い古い術なんだよ」

 うまく説明できずそう私が答えると、逆にリタは興味を持ったらしい。大きな目をキラキラと輝かせて私の顔を覗き込む。

「すごい!仕組みが違うんだ!それ、なんていう術なんですか?」

 一瞬躊躇った。あまり人に知られたくはない。しかし……

 私はそっと真下の少女を見る。期待を込めたその瞳にまっすぐに見つめられて、思わず観念してしまう。私は一呼吸置いて、静かにリタに言った。

「エンリン術……。そう言われているよ」

「エンリン術……。そんな術、あるんですね!初めて聞きました!」

 さらに質問を続けようとする彼女の唇に、私はそっと人指し指を近づけて言葉を止める。

思わず息をのむ少女に、私は少し腰を曲げて、彼女の視線と同じ位置に頭をおいた。一瞬彼女の心音がぱたりと止まるが、気にせず私はまっすぐに彼女の目を見ていった。

「でも、どうかあまり人には言わないで。災いを招く力がある術だから」

 その言葉は効果的だったらしい。彼女の心音が一気に静まり、緊張が走る。私の目を見て、彼女は静かに頷いた。

「ご、ごめんなさい、なにも知らずにいろいろ聞いちゃって……」

 思わず反省するリタに逆に罪悪感を覚え、私は軽く微笑んで答えた。

「いや、いいんだ。リタは勤勉家だね」

 褒められて嬉しいのか、彼女はまた頬を赤らめて微笑んだ。




 カトの町についたのは夕方だった。長らく歩いて、リタは疲れたのだろう、宿に着いた途端、ベッドに横たわった。彼女の荷物を部屋に運ぶのを手伝い、私はそのまま彼女の部屋の椅子に腰掛けた。

「リタ、疲れただろう?今日はもうおやすみ」

 そういって、私は地図を机の上に広げた。現在位置を確認し、次の目的地までの距離を測るためだ。私の言葉にリタはか細い声で唸る。

「ううん……クーフさん、まだ何かするんですよね?私も手伝います……」

 発言こそは頼もしいが、その声色はどう聞いても眠りの一歩手前の子供。見れば疲れきった表情で目をこすっている。その様子に、思わず私は軽くため息が漏れる。勿論、あきれてついたため息ではない。彼女のその気持ちに感心してのため息だ。

 何とか起き上がろうとするリタに近づき、私はそっとその肩をベッドに向けて優しく押して声をかける。

「もう私も休むよ。また明日準備しよう。だから、もうお休み」

 その言葉に安心したのか、抵抗しようとしていたリタの肩の力が一気に抜ける。力なくへなへなとベッドに横たわると、私はそんな少女に毛布をかけてやる。そしてそのままベッドを離れようとしたのだが……

 ふいに服を引っ張られた気がした。振り向くと、リタが私の上着の裾をつかんでいる。心音が響く。……さびしいのだ。

「……リタ?」

 問いかけると、か細い声が帰ってきた。

「クーフさん……ごめんなさい、まだ行かないで……」

 私は軽く微笑んで、少女の頭をなでた。こんなにも私はなつかれていたのだろうか。

「もう少しいるよ。リタが眠るまではいるから、安心しておやすみ」

 私の声に彼女の心音が落ち着いたのを感じた。程なくして彼女の静かな寝息が聞こえてきたが、私はもうしばらくそのベッドの端に座り、少女を眺めていた。

 面倒くさい、という感情が全くなかったわけではないが、それ以上になんだか居心地の良さを感じた自分がいたことも事実だ。彼女の心から響く音は心地よく、決して不快にさせない。おそらく今までも、彼女はその人柄で、たくさんの人に安心を与え、そして愛されてきたのだろう。

 しばらく彼女の寝顔を見つめていたが、間もなく夕食の時間が迫っていることを確認すると、私はそっと立ち上がった。とっく前に、彼女の指先は私の服の裾から離れていた。明日の朝は、きっと少女は腹ペコで目覚めることだろう。今のうちに明日の朝食を多めに頼んでおいてあげようかな、などと考えながら、私は部屋を出た。




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