第9話 光の闇の石の融合


 シンが見せた本に、反応するように、ペルソナは静かに双子に歩み寄ってきた。それに気がついた双子も、静かに部屋の中央部に向かって歩き出した。

 黒く広い空間には、時折光の石が沈みゆく影響で黒い煙が立ち上っていた。カツコツと、二人の子どもと、大人が歩み寄る足音が響く。それ以外は無音でしんとしていた。

 お互いの顔がよく見える位置まで近付いたところで、双方立ち止まった。にらみつけるわけでもないが、穏やかな空気でもない。どこかギスギスした雰囲気を残したまま、双子と仮面の男は向かい合って無言だった。とは言え、無言のままでいられるほど今はのんびりしていられる状態ではない。こうしている間にも光の石は沈もうとしているのだから。

 しばらくの間をはさんで、まずペルソナが声をかけた。

「聞いたぞ、カンナシン、カンナシンジ……。お前たちが闇の石を沈める手伝いをしてくれたとな」

「おめーが闇の石を沈めていたのは、光の石が沈むのを止めるためって……本当だべか」

 シンが確認するように問いかけると、仮面の男は静かに息を漏らすように笑った。

「――今の光の石の状態を知ったか。あなどれない子どもだ」

 その言葉に、シンジがにらみつけるように見上げて言った。

「なんで何も言わずに闇の石を奪っていったんだよ。あれじゃキミ達が悪者扱いされても仕方ないじゃないか」

 シンジの責めるような口調に、ペルソナは悪びれる様子もなく淡々たんたんと答えた。

「言って分かる話ではなかったろう。盗賊扱いされようが、私には関係ない」

 もし今の言葉が、ペルソナと出会ったばかりの時に聞いたなら――いや、恐らく今朝までのシン達が聞いたなら――周りなどどうでもいい、という冷たい言葉に聞こえたことだろう。だが今の双子には、それがペルソナの覚悟の強さだということが伝わっていた。

「それだから〜! だから僕達、キミ達と戦うことになったんじゃないか!」

「そうだべさ。素直にオラ達に言ってくれたら、もっと楽だったかも知れねーだべよ。それこそ、もっと早くに闇の石を集められて、沈められたかも知れねーべさ」

 双子が唇をとがらせて抗議すると、ペルソナが鼻で笑うような音がした。

「お前たちがここまで邪魔をしてくることは、予想していなかったからな。まして、こうして最終的には手を貸してくれるなど、想像できないことだ。だが……こうして協力してくれたことには代わりはない……か。一応礼を言っておこう」

と、上から目線な物言いな上、もともと彼とは敵対していた双子である。素直に感謝の言葉を受け取れるはずもない。

「なんだべさ! 一応って!」

「もーちょっと言い方ってもんがあるんじゃないかな〜」

 双子の生意気な反応に、ペルソナはあきれるようなため息を付いた。滅多に感情的な様子を見せないこの男にしては、なかなか珍しい反応である。

「やれやれ、素直でない子どもだ」

「どっちがだべ!」

「お互い様だよ!」

 思わずそう毒づく双子に、遠くで見守るデルタは口の端をゆがめ、エプシロンがクスリと笑っていた。そんな部下の様子に、ペルソナも気がついたのだろう。再びため息を一つはさんで、双子に改めて言った。

「ケンカをしに来たわけではないだろう。私達の目的は、闇の石を沈め、光の石が完全に封じられることを防ぐことだ、違うか?」

「違うわけ無いでしょ!」

「当然そのつもりで来てるだべ! ペルソナこそ、余計なこと言ってねーで、さっさと沈めるだべさ!」

 目的は一緒なのだが、どうしても素直になれないのは、どうやら双子も、ペルソナも一緒のようである。そんな彼らのやりとりに、やはり部下二人はクスクスと笑っているようだった。

「では、まず融合ゆうごうの儀式から始めるぞ」

 双子のツッコミを無視して、ペルソナがシンの持つ闇の本を取り上げる。ブスッとした表情で仮面の男を見上げる双子だが、それにはおかまいなしに男は術の発動にかかる。見れば右手にはすでに小さな宝石を手にしていた。過去、ユキの屋敷から盗み出したアクセサリーだ。それに気がついたシンジがそのネックレスを指差して質問を投げかけた。

「やっぱりそれと合わせるんだべか」

「ちゃんと終わったらユキちゃんに返してよ」

 そうシンジが口をとがらせると、ペルソナはフンと鼻を鳴らしていた。

 そんなやりとりをしながらも、ペルソナは融合の術を始めていた。本とネックレスを両手に持ち、ペルソナがそっとそれらを近づけると、まるで呼応こおうするようにお互いが光りだした。その光はまるで呼吸のように、光はゆらめきながら強弱をつけ、その光を合わせるように、ペンダントも本も光っていた。

 それらを両手に持ったまま、ペルソナはうつむきがちに首を下げ、静かに呪文の暗唱あんしょうに入った。

 そんなペルソナの様子を見ていたシンが、ふいに口を開いた

「闇の石の地図に、他の石が反応する時に似てるだべな。お互いの石の力に反応しているだべさ」

 闇の石の地図で、石探しをしていた時の様子を思い出したのだろう。シンがそんなことをつぶやくと、シンジも思い出したようにうなずく。

「そう言われれば……そうだね。ところでこの二つ、融合すると元の形に戻るのかな? だとしたらあの変に曲がった形かな?」

「二つではない」

 唐突とうとつにペルソナが答えた。不思議に思って双子がペルソナの顔を見ると、男は両手に闇の石を光らせながら続けた。

「光の闇の石は、三つにくだかれた石だ。一つは持ち主を守るペンダント、一つは持ち主に探しものを指し示す本、そしてもう一つは――」

と、ペルソナがうつむきがちだった顔を彼らに向けると――

「あっ……!」

 思わずシンジが息を飲んだ。双子の目の前で、ペルソナがつけているあの仮面のひたい部分が、同じように呼応するように光り輝いていたのだ。

「まさか……その仮面……だべか……!?」

「その通り……。この仮面も元々は光の闇の石……。その時が来るまで、私が大事に預かっていたのだ……。悪意あるものが手に入れないように、そして石の危機の時には、真っ先に動けるように……とな……」

 言いながら、仮面の男の両手の物体は形を変えていた。本の形をしていたそれは、丸い黒の光の球となり、ペンダントだったそれは、鎖を失い黒くも白い輝きを持って、男の手のひらに浮かび上がっていた。

 そしてペルソナの仮面のひたい部分の模様も、丸く黒と白の光を放つきれいなたまに変化していた。それぞれのアイテムが、本来の姿を取り戻し、一つになろうとしているのだ。

 ペルソナの両手の光が徐々に高度を上げ、ペルソナのひたいに近付いていくと――

 一際明るい光を放って、ペルソナの仮面が薄っすらと光った。そしてそのひたい部分には、あのゆがんだしずく型の宝石があった。黒いゆがんだしずく型の中に、白い光が波打つようにゆらめき、まるで光をこぼすように輝いていた。その姿は、その一つの石が闇と光の力の両方を秘めていることを表していた。闇の石の融合が完了したのだ。

「やった! 融合完了だね!」

 それに気がついてシンジが明るく声を上げると、シンも嬉しそうにペルソナに声をかけた。

「やっただべな! て、ことはこれで最後の闇の石が沈められるんだべな!」

 双子の言葉に、仮面を光らせた状態のペルソナが、珍しく少し明るい声で答えた。

「そういうことだ。……これでようやくだ……。ようやく……我が望みを叶えることが出来る……」


 その時だった。

 ドクン、と鼓動のような風圧が彼らの間を通り抜けた。そして次の瞬間、ペルソナにも、双子にも、不思議な音が聞こえた。いや、音というよりもそれはまるで人のささやき声のようにも聞こえた。

(ヤ…………デ……アナ…………ミ……コ……ヨウ……)

 奇妙な音に、思わず双子は顔を見合わせた。


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