第8話 安全策


「さて……と……」

 四人が闇の神殿に向い、彼らの視界から消えて、数十秒は経っただろうか。十分な間を取ってようやくオミクロンは口を開いた。

「さっそくだが、ウリュウ……。お前に一つ頼みがある」

 きた、とばかりにガイはまゆをひそめた。

「やっぱりなぁ〜……。なぁんか、イヤな予感がしたんだよぉ〜……」

 実は何点か、ガイには不審ふしんに感じられたことがあったのだ。先程のエプシロンの妙な質問、なぜか自分だけがここに残らされたこと、オミクロンにしてはめったに見ない呪術を使ったこと、そして何より、一番の実力者である部下のオミクロンがあえて残るという選択――。全てがガイに不安感を抱かせていた。

 不安げに声を震わせる細目の少年に、オミクロンは容赦ようしゃなく言葉を続けた。

「ウリュウともあろうものなら、人が作った術であっても、継続させることは容易よういだな?」

 その問いかけにガイは、ははーんと何かを察した。

「あ〜……そういうこと〜……? だからわざわざこの入口の結界、呪術を使ったの〜?」

 まず、ガイが最初に不審ふしんに思ったことだった。いつものオミクロンは召喚獣を呼び出すのが得意技だ。その上、他の術を使う時も大概は「古代魔法」――そう、あのペルソナと同じ術を使っていたはずだった。ところが今回ばかりは珍しく呪術を使っていたのだ。

 呪術と言えば、ガイにとっては得意分野だ。何かに自分の思いを結びつけ、それを何らかの形で具現化ぐげんかする。一般的には「呪い」が有名だが、それを得意分野とする一族の出身なのだ。

 ガイの言葉に、幼子は動ずることもなくうなずいて、淡々たんたんと言葉を続けた。

「そういうことだ。そのために呪術で道を繋いだのだ。それなら、お前にも引き継げるだろう?」

 その問いかけに、ガイは困惑こんわく気味に言葉をにごした。

「そりゃあまぁ〜……そうだけど〜……。で、でも、呪術の場合、術の引き継ぎって滅多にないでしょ〜? そ、それこそ〜……」

と、ガイはそこでごくり、と唾を飲み込んだ。

「術者がし、死んだ時くらいしか〜……引き継ぎは起こらないっていうか〜……」

 そこまで言って、ガイはそっとオミクロンを見た。しかし無表情の幼子は、その容姿の割にやけに落ち着いていて、それが余計に不気味に思えた。

 しばしの沈黙をはさんで、ガイは無理やり笑いだした。

「あ、アハハハハ、ハハ……な、なんて、ま、まさか……ねぇ〜……は、ハハハ……」

と、陽気に笑い飛ばそうとするのだが、笑い声はカサカサに乾いて声も裏返ってしまう。その上、目の前の幼子は、そんなガイにピクリとも愛想笑いもしないのだから、なおの事空気が重い。

 心臓に悪い沈黙を十分にはさんでから、ようやくオミクロンは口を開いた。

「もしも私が消えた時には……お前がこの入り口を開き続けてやってくれ」

 淡々としたその説明に、一瞬ガイは思考が停止する。

「……へっ……? え……き、消える〜……!?」

 あまりにさらりと言い切られ、ガイは思わず聞き返した。しかしオミクロンの態度は変わらずそっけなかった。困惑こんわくする少年を置き去りに、またも短く説明を加えた。

「ペルソナ様の闇の力が不安定すぎる……。このままでは、我々にも影響がないとは言えないだろうからな……」

 意味深な説明に、ガイは頭を働かせることで精一杯だった。

 一体、オミクロンは何を言っているのだろうか? 自分が消えるとはどういうことだろう? そしてそれとペルソナの力が、どう関係するというのだろうか?

 疑問は尽きなかったが、ただひとつ、ガイが確信を持ったことがあった。

「そんなこと言われたら、嫌な予感しかしないなぁ……」

 オミクロンの予言が起こりうる可能性――それが決して低くはない、ということを――




 初めての場所だったが、不思議と初めてのように思えなかった。黒い石で出来た通路、所々に書かれる読めない文字、うっすらと弱い光を放つ魔法の明かり――これらは全て、彼らが何度も探検してきた、あの闇の石の神殿の共通の作りだったからだ。

 今、シン達は、最後の闇の神殿である「光の闇の石の神殿」の中にいた。北方大陸の外の気温と違って、中は暖かかった。腹にまでマフラーを巻いていたシンだったが、さすがにその奇妙な格好はもうやめていた。その程度には暖かいようだ。

 四人は薄暗い通路を迷いなく一つの方向めがけて歩いていた。先頭を水色の髪を結い上げた美女、エプシロンが歩き、その後ろをデルタ、シンとシンジが続く。

「道は思ったより単純ね。罠はあるけど、わたくしが回避するから安心して」

 チラと後ろを見ながら歩くエプシロンに、双子は、はーい、とのん気な返事だ。エプシロンの手の甲についている魔鉱石が薄っすらと光っているところを見ると、恐らくはその石で魔法を発動し、罠を見つけながら進んでいるのだろう。

「今まで闇の石の神殿では罠にかかってばっかりだったから、こういう安全な道は安心するね」

と、シンジがニコニコしながら言うと、シンも一つため息をはさんで続けた。

「オラも、キショウに言われて初めて気がついたべよ。今まで魔物や危険な罠ばっかりだったから、闇の石の神殿は危険な場所だと思っていただべが、それはオラ達が罠にかかってばっかりだったからだべって……」

「あ〜、そういえばそうだったね。僕も今気がついた」

と、シンジはケラケラとまた笑う。しかしすぐに何かを思い出したのか、はっと表情を曇らせた。

「でも……そういえばヨウサちゃん、大丈夫だったかな?」

 恐らくキショウの話から、彼に頼んだ友人のヨウサを思い出したのだろう。シンジのその言葉に、シンは迷いなく強い瞳でうなずいてみせた。

「大丈夫だべ、アレくらいでへこたれるヨウサじゃないべさ。きっと今頃リサに看病されて、頑張ってるだべ」

「……うん、そうだね!」

 兄の言葉に安心したのか、シンジも同じように強い光を瞳に宿らせてうなずいた。

「だから早いところ、闇の石を沈めるだ。光の石の封印が止まれば、ヨウサ達もすぐ元気になるべさ!」

 シンの前向きな言葉に、デルタもニヤリと笑って後ろを向いてきた。

「へっ、お前らにそう言われるとはなぁ。いままでは散々『石を渡さないぞ』って張り切ってたのにな」

と、デルタがニヤニヤと言う。決して嫌味いやみな感じではなく、どこか純粋に彼らが協力的になったことを喜んでいるような、優しさのある声色だった。しかし笑いながら言われたのがしゃくに障ったのか、双子はデルタをにらむように見上げて言い返した。

「それはそっちが本当のことを、いっつも言わなかったからじゃないか」

「そうだべさ。光の石の話をもっと早くにしてくれていれば、もっと早く済んだだべさ」

「なっ……いや、お前らこそ人の話を聞かなかったからじゃねーかよ!」

「いーや、話を聞かないのはデルタの方だべさ!」

「なにをぉぉ〜!?」

 話し始めれば途端とたん、彼らは言い争いが始まってしまうようである。

「はいはい、ケンカはそのくらいにして頂戴ちょうだい。間もなくペルソナ様がいる場所につくわよ」

 見かねたエプシロンが仲裁に入る。三人がぶすっとして会話を止めて、少し歩いた頃だろうか。エプシロンの言うとおり、道が開け広い部屋に出た。

 黒い石畳に黒い壁、そして部屋を囲う細い柱。その空間を照らす白く神秘的な丸い光の珠。神殿の奥部、祭壇さいだんにふさわしい威厳いげんある空間だ。

 そして案の定というべきか、その空間には一人の人物が待っていた。

 長身を覆う黒いマント、白銀の髪、そして何より不気味なあの黒く見開かれた双眼と口の仮面――。

 そう、シン達がずっと敵対し、そしてこのエプシロン、デルタの主である人物、全ての事件の始まりを起こした謎の男、ペルソナだ。

「ようこそ、光の闇の神殿へ――」

 彼らに気が付くや否や、仮面の男は平然と、しかしどこか楽しげにそう声をかけた。

「ペルソナ様、只今まいりましたわ!」

 男の姿を確認し、エプシロンはうっとりとした表情でそう答え、その場にひざまずいた。

「こいつらも連れてきましたが、闇の石もちゃんと持っていますぜ!」

と、こちらもどこか楽しそうに答えるのはデルタだ。口の調子はそんなだが、ちゃんと入り口でひざまずくのは忘れない。

 部下の反応はもちろんそうだろうが、シンとシンジは正直素直に喜べる状態ではない。何と言っても、今まで何度も戦ってきた相手だ。当然好きな相手でも得意な相手でもないのだから、ここで再開したことを喜べるはずがない。

 ペルソナを許せないことはたくさんある。学校の時計台を壊されたところから始まり、そこで濡れ衣を着せられて大変だったこと、闇の石の本を手に入れるために対戦して勝てなかったこと、水の闇の石の神殿では目の前で石を沈められて、何も教えてくれなかったこと、学校裏の森では友人たちも巻き込まれ、あやうく行方不明になるところだったこと、友達のユキから大事なペンダントを盗んだこと、そして何より、友人のフタバにずっと憑依ひょういして操っていた事、そのまま彼らをだまし続けていたこと、そしてその上、フタバに怪我をさせて逃走したこと――

 思い出せば出すほど、いら立たしいこと、許せないことが脳裏をよぎる。だが感情任せに、そんな怒りをぶつけることを双子はためらった。ペルソナにはペルソナなりの考えがあり、それがこの世界のためだったと、そして彼らが本物の悪党ではないということを知ってしまったからだ。

 真っ先に反応したのはシンジだった。

「……ようこそ、じゃないよ、もう!」

と、第一声はやはり毒づく。その隣のシンもこぶしを握りしめながら、ようやく口を開いた。

「色々ありすぎて、正直イライラするだべが……っ。……今はそれどころでねーだべさ。我慢してやるだ」

と、イライラする気持ちを押さえ込んで双子はペルソナに視線を向けた。

 シンは広いその部屋に一歩入り込み、ペルソナにあの本を見せつけるようにして言った。

「この本を持ってきてやったべさ。この世界の危機、必ず救うだべよ!」

 少年の言葉に、仮面の男は静かに、しかししっかりとうなずいて見せた。


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