第7話 最後の闇の石の神殿
神殿に入るためのアイテム――それは彼らの持つ光の闇の石、つまりは闇の石の地図だ。それに気がついたシン達に、オミクロンは落ち着いた声で答えた。
「そういうことだ。だからこそ、この神殿はお前たちに道を開く。すでにペルソナ様は中に入り、石を沈める準備に取りかかっているはずだ」
オミクロンの説明に、シンはよし、と意気込んだ。
「じゃあ、さっそく向かうべさ! オミクロン、道案内頼むだべ!」
しかし、思いがけずオミクロンは首を振った。
「私は行かない方が良いだろう。ここでお前たちが開いた出入り口を守ることにする」
予想しなかった返答に驚いたのは、双子達だけではなかった。彼の仲間のデルタとエプシロンですら、
「え、どういうことだよ? ペルソナ様のいる祭壇深部まで、お前はお供しない気かよ?」
「今は封印の儀式に少しでも力添えできる人が必要だわ。出入り口を守るくらいならわたくしが……」
しかしそんな仲間の言葉にも、オミクロンは静かに首を振った。その様子にはどことなく重い空気があった。
「この神殿の出入り口を開く仕組みは特殊だ。一度発動した術を安定して継続させねば道は閉ざされる。そして……考えてもみろ。石を沈め終わった後、光の闇の石を持つ者は誰もいなくなるんだぞ。ともすれば、中に入られたペルソナ様やこの双子はどうなる?」
その言葉にぞっとしてシンジが身震いした。
「え、それって、道がなくなったら……もう外に出てこられなくなるってこと?」
「それは
「食べ物だってないしねぇ〜」
三人の言葉にオミクロンはため息一つはさんで答えた。
「そういうことだ。ともすれば、確実に結界を張り、開いた道の術を継続できる人物が
そう言われては仕方がない。エプシロンは一呼吸はさんでうなずいた。デルタはがしがしと頭をかいて、観念したようにため息を付いた。
「ち、そういうことならしゃーねーか。分かったよ。オレたちだけで行ってくるぜ。じゃ、さっそく道開いてみろよ、シン」
「分かってるだべよ」
デルタにうながされ、シンはヨウサから預かっていた闇の石の本をカバンから取り出した。それを見て、オミクロンがあごであの黒い斜めの柱を指した。
「その柱にまだ術が残っている。柱に本を近づけてみろ」
言われるがままにシンは本を両手で抱え、オミクロンの側に寄る。幼子を見下ろすように見れば、オミクロンはあの大きな緑色の瞳で強くシンを見つめ、無言でうなずいた。それに答えるように、シンが両腕を伸ばし、本をオミクロンの隣の柱に近付ける。
その
「反応した!」
それに気がついたシンジも興奮気味に声をあげると、今度はオミクロンが両手を光らせていた。その間にも、シンの目の前の黒い柱は光を強めていた。その光が柱全体に伝わった時だった。柱から地面に向かって、垂直に光が差した。見ればそれは光のカーテンのようで、ゆらゆらとゆらめいていた。シンがその光に目を凝らすと、その光の中に奇妙な石畳が見えた。柱の背後に広がっているのは雪景色のはずだが、その光の中には違う風景が広がっている。そう、その光のカーテンこそが、神殿への入り口、転送魔法が働いているのだ。
それに気がついたシンは、あっと声を上げた。
「これ、この光の向こうに部屋が見えるだ! 神殿でねーべか?」
シンの言葉に、思わずシンジもガイも、デルタまでもが一緒になって光の中をのぞき込む。
「あ、ホントだ! この黒っぽい石の感じ、今まで見てきた闇の石の神殿そっくり!」
「今のシンの動きで、神殿の入り口の仕組みが動いたんだねぇ〜!」
「これ、もう入っていいのかよ?」
子ども達三人に続いてデルタがオミクロンに問いかける。するとオミクロンはそれには答えずに術の
『呪制御……空結び――』
オミクロンにしては珍しい呪術に、ガイが思わず
「これで今開いた道はこの地に留めた。お前たちでペルソナ様の元まで行ってくれ」
術が発動したことを確認して、オミクロンは低い声で言った。それにシンはうなずくと、すぐに元気な声で答えた。
「任せるだ! 必ずこの闇の石、沈めてみせるだべさ!」
続けてシンジも元気に声を上げた。
「じゃあ行ってくるね! ペルソナの所までの道案内はデルタ……いや、エプシロンかな?」
「なんで一旦否定すんだよ。オレ様が案内するに決まってんだろ!」
「いえ、わたくしが先導するわ。初めての場所だもの。デルタよりは安心のはずよ」
「うんうん、確かに……って、待てよ、エプシロン! それはオレが頼りないって言ってんのか!?」
「あら、外れてないじゃない?」
続けてデルタとエプシロンがそんなやりとりをすると、思わず三人の子どもはクスクスと笑いだした。こんな時でも彼らは変わらないようだ。
そんな風に笑っている一人、ガイに対し、
「ところで……お前はウリュウ一族の者だな?」
突然にそう呼びかけられ、ガイは反射的にうなずいた。
「え、そうだよ〜。……って、アレ〜? ボク、君らに名乗ったことあったっけ〜?」
「今はそんなことはどうでもいい。それよりウリュウ。お前はここに残ってほしい」
予想外な提案に、真っ先に驚いて声を上げたのはシンジだ。
「え、どうして? ガイだってちょっとは役に立つはずだよ?」
「ちょっと、は余計だってば〜!」
すかさずガイが抗議するが、そんな声は双方に聞こえていない。
「ウリュウほどの実力なら、むしろここに残っていたくれた方がいい。少なくとも、結界の術には長けているだろうからな」
オミクロンの言葉に、少々機嫌を良くしたガイは複雑そうに首をひねる。
「そりゃあ〜ま〜ぁ〜? 結構な実力を持ってますけど〜……って、え、待って。さてはボクに何か仕事させる気〜!?」
オミクロンの言葉に裏意味を感じ取り、不安になる細目の少年だったが、幼子は落ち着いた様子で首を振った。
「今のところはその予定はない。念のためだ」
その言葉にホッとしたのか、ガイは胸をなでおろす。
「そ〜ぉ〜? それならいいんだけど〜……。どっちにしても、ボクも怖いところはなるべく行きたくないから、お留守番してろって言うなら、喜んでしてるよ〜!」
「……ちょっとは手伝おうって、思ってほしい気もするんだけど……」
尻込みすることに全く
「ま、いいだべさ。オミクロンのお手伝いってことで、ガイには留守番頼むだべさ。ペルソナの所に行って石を沈めるだけなら、オラとシンジがいれば十分だべ!」
と、シンは本を再びカバンにしまいながら、あの光のカーテンの目の前に立った。
「じゃあ、さっそく行くだべよ!」
「いってらっしゃ〜い!」
光のカーテンの先に、双子とデルタとエプシロンが跳び込んでいくのを、ガイとオミクロンは見送っていった。
双子に続いてデルタが飛び込み、エプシロンが入ろうとする。するとその手前で、ふいに不安げな表情で彼女はふり向いた。
「……オミクロン……そこまで
言いにくそうに、幼子と目線を合わせるのをためらいながら、エプシロンは静かな声で言った。その言葉に一瞬の間をはさんで、幼子は低い声で答えた。
「……最悪の事態に備えているだけだ。私はペルソナ様の第一の部下……。ペルソナ様が叶えたい計画を正確に、より安全に実行するまでのことだ。案ずることはない」
その言葉に、少しだけ表情を和らげてエプシロンは息を吸い込んだ。
「……わかったわ……。わたくしなら、どんな時もペルソナ様をお支えし、そしてお力になる。その一言に尽きるわ」
「それでいい。――中のことは任せたぞ」
短いやり取りではあったが、それに安心したのだろう。エプシロンはすぐに前を向くと先程中に入っていったデルタの後を追い、光のカーテンの中に消えていった。
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