第6話 最北の土地へ

 転送魔法で外に出た双子とガイと小鬼は、倒れたヨウサを連れてすぐに校長先生の作った方の転送魔法用魔法陣に飛び乗り、学校へと舞い戻った。

「へぇ〜、転送魔法、レイロウ先生の部屋に作っていたんだねぇ」

着くやいなや、ガイが周りを見回しながらそう言った。ハイジュカイの土地へと転送魔法が描かれていたあの場所――そう、レイロウ先生の研究室の一室に彼らは立っていた。

「さ、早く先生達のところに行かなきゃ」

 すぐにレイロウ先生の研究室の扉を開け、シンジが外に飛び出す。いつも見慣れた学校の廊下に出ると、異様に薄暗くしんとしていた。いつもとは様子が違う学校の様子に、思わずガイが身震いした。

「何だか、朝いた時とは大分様子が違うねぇ〜……。も、もしかしてこれも光の石が沈んだ影響なのかなぁ……」

そんなガイの言葉が耳に入っていない様子で、シンもシンジも周りを見回していた。

「どうしようかな、どこに行けばすぐに先生見つかるかな?」

「まずは医務室でねーべか。そこなら手当てしてもらえるはずだべさ」

と、双子が話し合っていると、珍しくシンジの頭に乗っていた小鬼のキショウが口をはさんだ。

「医務室はきっと満杯だろうな。マテリアル種の嬢ちゃんですらこの様子だぜ。他の奴らはもっと重症だろ」

「じゃあ、どうしたらええべか?」

 シンが尋ねると、キショウはうむ、とあごに手をあて一瞬考える素振りを見せたのも束の間、こんなことを言った。

「リサに頼んだ方が早いだろうな。ここはオレに任せて、お前らだけで先に戻れ」

 予想外の言葉に、真っ先に聞き返したのはシンジだ。

「え、いいの? でも、キショウの大きさじゃヨウサちゃんを運べないよ?」

「別に運ばなくてもリサ呼べばいいしな。あいつを探すならオレ一人で十分だ。お前達、そうでなくても急がなきゃなんねーんだろ」

キショウの申し出に、シンとシンジは顔を見合わせるが、すぐにシンがうなずいた。

「ヨウサのことは心配だべが、今は急がなきゃなんねーだ」

「それにキショウなら大丈夫、信用できるよ」

 双子の言葉に、小鬼は口の端をゆがめるようにして笑った。

「改めてそう言われると、ちと照れるな。ま、いい。お前ら先生の部屋にソファーあったろ。そこにお嬢ちゃん横にして、さっさと戻れ。オレはさっそくリサ呼んでくるぜ!」

と、言うが早いがキショウは風のようなスピードでびゅんと廊下を飛んで行った。それを横目で見送りつつ、シンはまたレイロウ先生の部屋に戻った。

 本と機械ばかりであふれた研究室の片隅かたすみに、薄茶色の少しほこりをかぶったソファーがある。部屋の机や棚と同じように、本や機械の物置と化しているソファーには、かろうじて子ども一人が横になれる程度の隙間すきまがある。そこにヨウサを寝かせると、シンは心配そうに顔をのぞき込んで言った。

「ヨウサ、ここで待ってるだべ。オラ達、必ず世界の破滅を止めてくるだべよ」

「すぐにリサも来るから、大丈夫だからね」

 シンジもシンに並んでヨウサの顔をのぞき込みながらそう言うと、優しく手を伸ばし彼女の柔らかな髪をそっとなでた。すでに意識を失って眠っている少女だったが、双子の言葉に心なしか笑ったように見えた。

「……さあ、行くだべよ」

 シンはすっくと立ち上がり、手のひらを握りしめそう言った。その言葉にシンジもガイも大きくうなずくと、三人は再びあの大きな魔法陣に飛び乗った。


 真っ白な視界が晴れてくると、灰色の荒野が目の前に広がっていた。再びハイジュカイの荒野に戻ったのだ。そんな灰色の背景を背に、幼子と、赤っぽい髪を逆立てた男と、水色の髪をした女性がこちらを見守るように立っていた。ペルソナの部下、オミクロン、デルタ、エプシロンの三人だ。

「思ったより早かったな」

 真っ先に声をかけたのは幼子のオミクロンだ。その隣でデルタが口の端をゆがめて笑いながら言った。

「ちんたらしてなくてよかったぜ。置いて行くところだったからな」

「女の子は無事学校にあずけてこれたのね?」

 少々心配そうに首をかしげるのはエプシロンだ。その言葉にシンジがわずかに唇をみながらすぐにうなずいた。

「キショウに任せてきたけど、多分大丈夫。すぐに看病されると思う」

「そう……それなら良かったわ」

 少しだけホッとした表情を浮かべて、エプシロンはそう言った。しかしそんな穏やかな会話はすぐに打ち切られた。幼いながらも鋭い声が響いた。

「さあ時間がない。ペルソナ様が見つけた場所にすぐに飛ぶぞ」

 言うが早いが、オミクロンは自分の背後の空中に、その小さな手をかざしてみせた。途端とたん、水面のようにその空間がゆらめいた。転送魔法が発動している証拠だ。

「すでに北方大陸の神殿の場所に繋がっている。すぐにでも行けるが、準備は良いか?」

 オミクロンの言葉に、シンは大きくうなずく。

「もちろんだべさ。急がなきゃ危険なんだべ?」

「闇の石の本も持っているし、大丈夫」

と、シンジもうなずくが、一方でバンダナ頭のガイが少々不安げに首をかしげる。

「最初から準備はしてきたつもりだけど〜……改めてそう聞かれると不安になるなぁ〜」

 その言葉に、思いがけずオミクロンは真剣な声色で、目を細めて言った。

「準備は万全にしておいた方がいい。またお前たちの力を借りる必要があるかもしれないからな。魔力に関しては……特にな……」

 意味深なその言葉に、双子も思わず顔を見合わせた。

「封印を手伝う可能性があるってことだべかな?」

「そうだね、魔力には十分気を使わなきゃ。だって僕達も……ヨウサちゃんみたいに力を弱めていく可能性は高いんじゃないかな……」

 シンジの言葉にシンはハッとした。

 今でこそ彼らも元気に動けているが、今まさに光の石の封印によって陽の力――つまりは光の力が弱まり続けているのだ。その力で生きている精霊族が力を弱めているのだとしたら、同じ精霊族の彼らとて例外ではない。

「……そうだったべな。忘れてただ」

「い、一応傷薬くらいならあるから、二人に渡しておくよ〜」

と、ガイは自分のポケットから、薬草の詰まった小瓶と白く輝く結晶石を手渡す。小瓶の方はよく見る傷薬だが、きれいな結晶は珍しい品物だった。これは光の魔力が結晶化した魔鉱石の一種で、非常に純度が高い魔鉱石だ。当然金額もそれなりの値がつく。滅多にお目にかかれないアイテムに、双子も驚いた表情をしていた。

「え〜! ガイ、いつの間にこんなの持ってたの!?」

「きれいな石だべな。どう使うんだべ?」

 シンのオトボケな質問に、ガイは肩を落として説明を試みる。

「光の結晶石だよ〜。シン達精霊族にとって、命の危険があるような時に、自然にくだけて回復してくれる超お役立ちアイテムだよ〜! ペルソナとの戦いが始まってから、ヨウサちゃんとボクとでお小遣いを出し合って買っておいたんだ〜。戦うことが増えるから、いざという時のために買っておこうって〜」

 そんなガイの説明に、シンもシンジも思わずもらったアイテムを握りしめていた。シンジは大きく息を吸い込んで答えた。

「ありがとう、ガイ! それに、ここにはいないけどヨウサちゃんも……!」

「ありがとうだべさ〜!」

と、シンはいきなりガイに抱きついて、感謝の気持ちを伝える。しかし急に、しかも力いっぱい抱きしめられたら当然――

「ぐえっ! シ、シン……ぐ、ぐるじ……」

と、息ができずガイはもがく羽目となった。そんな様子に、シンジもケラケラと笑って更にシンと一緒にガイを抱きしめる。もちろんシンジの行動の場合、ガイが更に苦しむことは計算のうちである。

「ガイ、ありがと〜!」

 二人がかりで抱きしめ(締め上げ)られて、ガイは声もなくあたふたと奇妙な動きをしていた。

「その辺にしておいてやれ。感謝のあまり友人が倒れるぞ」

 言葉に割には口の端をゆがめてオミクロンが制すると、隣のデルタはニヤニヤと笑いをこらえている。

 そんなやりとりが落ち着くと、ペルソナの部下三人と一緒にシン達は転送魔法に飛び込んでいった。




 ――北方大陸――それは、この世界にある大大陸の一つであり、この世界で最も北に位置する極寒の土地である。シン達のいる中央大陸ほどではなかったが、魔法文明は発達し、特に数魔法の技術に長けていた。また古くからの光の神の信仰が今も残り、古くからの風習も数多く残る歴史ある地域だ。その一方で闇族の大陸にも非常に近く、時折争いや虐殺事件なども起こっており、それらから人々を守るためもあって、主要な各都市が強大な軍事力を持つことでも知られていた。


 そんな北方大陸に降り立つと、最初にその気温に驚かされた。

「ま、まだ冬には早いだべよ〜!」

 転送魔法から降り立った途端とたん、シンは大声で叫んだ。

 時期としては秋も終わり、間もなく冬の訪れを迎える頃ではあったが、中央大陸ではまだ雪も降っていない時期だ。しかし、今彼らが降り立った北方大陸は一面銀世界。灰色の空の下、黒っぽい木々が雪をかぶり、時折冷たい風が吹き抜けた。いくら長袖を着てきたとはいえ、少々薄着すぎるほどの気温である。

「北方大陸ではもう十分、冬の時期なのよ」

 エプシロンはそのスカートを風に遊ばれながらも、平然とした様子だ。デルタですらその薄い袖無し服にも関わらず、寒そうな素振りを見せない。もちろんオミクロンもである。もしかしたら彼らは、寒さに対抗する術か何かをほどこしているのかもしれない。

「シンはもともと寒さに弱い方だもんね。はい、マフラー貸してあげる」

 何と言っても氷の力も操れる精霊族である。シンジはこの程度の寒さはなんとも感じない。カバンから自分のマフラーを取り出し、兄に貸すだけの余裕はあるようだ。一方のシンは自分のマフラーもカバンから広げて、ぐるぐると腹に巻いている。

「それにしても、ここってどこだろ〜……? ……へっくし!」

 言いながらガイもくしゃみ一つすると、即座そくざにカバンから上着を取り出していた。そんなガイの言葉に双子も周りを見回した。木々が雪をかぶり、見渡す限り木々と雪だけの世界。どうにも山の中であるようだ。

「北方大陸の中でも、割と南端に位置する場所だ。この山の中に闇の神殿がある」

と、オミクロンがあごである方向を指した。視線を向ければ、雪に埋もれた一カ所に奇妙な祭壇さいだんのような場所があった。黒っぽい石があちらこちらに散らばり、雪が一段高くなったところに、更に机のような高さの石があり、それも雪に埋もれていた。よく見ればその机のような石には、幾つかのお供え物がされているようだった。

「なんだか、神殿の跡地って感じだねぇ〜」

 一目見るなりガイがつぶやくように言った。シン達は以前、学校裏の森のなかで似たような跡地を見つけたことがあったのだ。それを思い出したのか、シンジもああ、と声を漏らす。

「アンリョクの森にもこんな場所あったね。たしかトモが行方不明になった場所、こんな感じだったね」

 その言葉にシンがハッとして声を上げた。

「て、ことは、ここも地下に闇の神殿があるんだべか?」

 そう、アンリョクの森の跡地には奇妙な仕かけがあり、それを発動させるとその地下にある神殿に入れる仕組みになっていたのだ。

 三人の言葉にオミクロンが答えた。

「そうだ、ここも地下に闇の石の神殿がある。だが、今までの神殿と違って、中に入れる仕組みはここにはない」

 その言葉にシンは口をとがらせた。

「それじゃ入れねーだべさ。どうするんだべ?」

 するとオミクロンは一つの石に歩み寄った。元は柱か何かだったのだろう。細長いその石は地面に斜めに突き刺さるように伸びており、その先端にはくだけた跡が見えた。しかしその柱には、まだ文字が残されていた。彼らが何度も見てきたあの超古代文字だ。

 オミクロンはその柱の雪を払いながら言葉を続けた。

「この神殿は、闇の力を持ちながらも光の力を支配できる者にしか道を開かない。つまり……その持ち主にしか道を開かない。――分かるな?」

 オミクロンの問いかけに双子は首をかしげるが、即座そくざにはっと息を飲んだのはガイだ。

「もしかして……光の闇の石ってこと〜!?」

 その言葉に双子も気がついた。そうだ、今彼らが持っている最後の闇の石――そう、彼らが最初に手に入れ、そして他の闇の石を探すことが出来る、超古代文明時代のアイテムである『光の闇の石』――それは、闇の力を持ちながらも、光の力も併せ持つ、今の魔法文明では存在し得ない力を持つアイテムだ。

 相反あいはんする力を併せ持つ事ができる唯一のアイテム、それはこの光の闇の石以外にありえなかった。

 それに気がついた三人に対し、オミクロンはその幼い顔に似合わない大人びたほほえみで、静かにうなずいた。


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