第5話 友人の異変


 ペルソナが現在いる土地を教えられ、双子も小鬼も決意新たに顔を見合わせていた。

「もうデルタ達には話ができたから、対戦は心配なし!」

「その上、ペルソナのいる場所はこいつらが知ってるから、簡単に行けるだべ!」

「後は最後の闇の石を合体させて、沈めるだけってことだな!」

と三人がニヤリと笑うと、ふと疑問に思ったのか、シンジが首をかしげた。

「あ、そういえば、まだ光の石は沈みかけているだけで沈んでないのに、それよりも多い数の闇の石を沈めて問題ないのかな?」

 その問いに即座そくざに答えたのはオミクロンだ。

「そこは心配には及ばん。闇の石を沈めるのは、あくまで光の石が沈む連鎖反応を中和するため……。一旦その反応を中和して止めてしまえば、光の石よりも簡単に地表に現れてくる。むしろ光の石よりも早く、闇の石を沈めなくては、連鎖反応は止まらないからな」

 オミクロンのその説明に、なんとなく理解した双子は、ほ~、と感心した様子だが、キショウはううむ、とあごを押さえていた。

「それよりも、こんなところでチンタラしてらんねーだろ。早いとこペルソナ様のところに行こうぜ!」

 そう声をかけたのは案の定デルタだ。その呼びかけにオミクロンは一つうなずいて続けた。

「わかっている。私の術でこの神殿を出る。ペルソナ様の場所への転送魔法は、エプシロン、任せたぞ」

「まかせて」

 そんな三人のやりとりを見て、動き出した双子だったが、唐突とうとつに呼び止められた。

「ねぇねぇ、シン、シンジ〜」

 この間の抜けた声は振り向かなくても分かる。友人のガイだ。しかし声色が妙に暗い事に気がついて、思わず双子はふり向いた。

「どうしただ、ガイ?」

「何かあった?」

 双子が問いかければ、ガイが心配そうにうなだれていた。嫌な予感がした。

「それが……ヨウサちゃんが〜……」

「え……?」

 思わず双子の声がかぶる。その声に、先に進もうとしていたオミクロン達三人もふり向いた。まず声をかけたのはデルタだ。

「あ? どうしたんだ、置いてくぞてめーら」

「待って、あの女の子の様子がおかしいわ」

 真っ先に異変に気がついたエプシロンが口元を押さえる。そんな彼らの目の前で、双子はピンクの髪の少女に走り寄っていた。いつもなら元気に彼らと一緒に駆け回る少女だが、今は床にうずくまり、動かなかった。今までに見たことのない友人の様子に、双子も思わず不安が大きくなる。

「ヨウサ?」

「どうしたの? 怪我でもした?」

 双子の呼びかけに、ピンクの髪をした少女は静かに首を振って見せた。うずくまったままゆっくりと呼吸をする様子は、どうもおかしい。そっとシンジが顔色を確認すると、異様に青ざめていた。唇の色までも紫色になりかけている。

「待って、シン……。これヨウサちゃんの様子、絶対おかしいよ」

 あわてて兄の方を振り向くシンジに、ガイがぼそぼそと説明を始めた。

「さっきの儀式の途中からなんだよ〜。よろめいて倒れ込んでから、なかなか起き上がらないからおかしいなぁと思って〜……。顔色見たらすごく悪いからさ〜。多分……本当はもっと前から具合が悪かったんじゃないかなぁ……」

 ガイの説明に口をはさんだのは、シンの頭上に乗っかった小鬼だ。

「そういうことか……。そういや、この神殿に入った辺りから、妙に大人しいなとは思っていたが……まさか、お嬢ちゃん、体調が悪いのを無理してたのか?」

 ガイとキショウの言葉に、思わずシンが唇をむ。一番ヨウサのそばにいたのに、彼女の具合の悪さに気が付かなかったのだ。後悔の気持ちがいてきていた。

「だ、大丈夫……。ちょっとめまいがするだけだから……」

と、ヨウサは努めて明るく声を出すが、その顔はうつむいたままだ。シンジはそんなヨウサのひたいに手を当て、体温を確認する。

「熱……どころか、なんだかヨウサちゃん、身体が冷たいよ? ガイ、これってどういうこと?」

 するとガイよりも早く、幼い声が飛んできた。オミクロンだ。

「精霊族が力を弱めている影響だ。光の石が沈み、真っ先に体に異変が起こるのは精霊族だからな」

 感情を込めず淡々たんたんと説明する言葉に、思わずシンジも唇をんだ。オミクロンは続けた。

「少女は植物系マテリアル種の血を引く精霊族だろう。大地の石が沈んで大分経つ。むしろこの時期まで身体を壊さず動けていたほうが珍しい。光の石の封印を阻止しない限り、少女どころかこの世界の精霊族……いや、全生命が危ないままだ。今のこのままでは、な」


 いよいよ世界の危機が現実味を帯びてきたのだ。町に魔物が現れるようになり、安全な場所が奪われつつある。光の石が沈むことで、全世界の陽の力が失われ、精霊族がまず生命力を失い出す。今のヨウサのような状況が、ますます多くの人に広がっているということだ。そしてそれはいずれ、マテリアル種にも広がっていくのだろう――。


「そんな……でも、ヨウサちゃんどうしよう?」

 シンジが困ってそう尋ねると、ヨウサは軽く首を振って立ち上がろうという素振りを見せた。思わずシンジが手を伸ばす。

「だ、大丈夫……。私も……一緒に行く……」

 か細く、息も切れ切れにそう答えるヨウサに、キショウが首を振る。

「お嬢ちゃん、さすがに今の状態では無理だ。こりゃ早いとこ休ませた方がいいぞ」

 よろよろと立ち上がったヨウサの身体を、そっと支えるものがいた。シンだ。それに気がついて、ヨウサがうつろげに目を向ければ、赤髪の少年はそのままヨウサの腕を取り、自分の首に回すと、そのままヨウサの前にかがみ、彼女を背負い立ち上がった。

「ヨウサ、すまねーだ。ヨウサが具合悪いのに、オラ全く気が付かねーで……」

「僕も……。ごめんね、ヨウサちゃん。キツイのに、僕達と一緒に頑張ってくれていたんだね」

 双子がそろって謝ると、シンの背中でヨウサはうっすらと笑い、首を振る。

「ううん、私の方こそ……。肝心な時に役に立てないなんて……」

「とんでもない〜! ヨウサちゃんはいつもシンのつっこみで大活躍だよ〜!」

「あと、ガイのつっこみね」

と、シンジがつっこむ。

「ヨウサがいると助かるだべさ。この神殿に入るためのヒントも、その前のフタバが怪しかった時も、いつも助けられてたべ。だから、はやく元気になるだべよ」

 そんなシンの言葉にヨウサは力なく笑うが、すぐにぐったりとシンに体を預けてしまった。相当体は辛かったのだろう。

 その様子を見て、キショウが重い声でささやいた。

「シン、ひとまずお嬢ちゃんを学校にあずけてこようぜ。学校なら医務室もあるし、最悪リサがいる。アイツ、治療系の魔法には長けているから、安心だ」

 その言葉に双子がうなずくと、思いがけずエプシロンが助け舟を出した。

「学校までの転送が必要なら、わたくし手伝うわ」

「そうだな、ではその間に私はデルタと共にペルソナ様の元に向かう。カンナシン、シンジ、お前たちはどうする?」

 オミクロンの問いかけに思わず二人は黙り込んでしまう。その様子を見てデルタが珍しくため息を付いた。

「その女の子が心配なんだろ。付き添わなくていいのかよ?」

 するとシンは即座そくざに首を振った。

「心配だべさ。でも、ここでオラ達が闇の石の本をペルソナに届けなかったら、ヨウサは怒るだべ。学校につれて行ったら、すぐにオラ達もそっちに連れてってくれだ」

 その言葉にオミクロンがうなずいた。

「待てる時間はわずかだぞ。だが……我々としてもお前たちが来てくれるのはありがたい。最悪の事態に備えておきたいからな」

 その言葉に、エプシロンとデルタが目を見開いていた。しかしそれに気づかない双子は大きくうなずいて、すぐにヨウサに話しかけた。

「ヨウサちゃん、必ず僕達、光の石の封印を止めてくるからね」

「安心して待ってるだべよ」

「じゃあ、さっそくいいかしら」

 双子の様子を確認して、エプシロンが彼らの前に一歩前へ歩み出た。双子がうなずくと、エプシロンは指先を光らせ、慣れた手つきで空中に円を描き出した。複雑な文字と模様が並ぶ、彼らの転送魔法だ。転送魔法の魔法陣が描かれると、それは一瞬ゆらめき次の瞬間には消えていた。しかし彼女の手のひらの部分が、水面のようにゆらめいている。その場所に転送魔法が発動している証拠だ。

「エプシロン、オラ達この神殿のすぐ外にじっちゃんに作ってもらった転送魔法があるだべ。だからそこに飛ばして欲しいだ」

シンが指示すると、水色の髪をした女性は即座そくざに魔法陣に書かれた文字を修正する。

「この神殿の外でいいのね。それだけでいいかしら?」

 エプシロンの問いかけに、シンは力強くうなずいた。

「それで大丈夫だべ。ヨウサ、ついたらすぐに先生を呼ぶだべ。それまでの辛抱しんぼうだべよ。オミクロン、そしたらすぐにオラ達ここに戻るだべ。それまで待っていてくれだ」

 その言葉に、オミクロンがうなずいた。

極力きょくりょく早めにな」

 シンとシンジは同時にうなずくと、シンはヨウサをおぶったまま、シンジはそれを支えるようにして、エプシロンが作った転送魔法に飛び込んでいった。


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