第4話 闇の石の封印

 オミクロンが説明をしてからしばらく経った。双子とオミクロンは、お互い向き合うように三角形の角のような配置で立っていた。オミクロンは何も持っていないが、双子はそれぞれ手に白銀の短剣と氷の剣を握りしめていた。そんな彼らのちょうど真ん中では、床が一段分高くなった場所があり、その中心は奇妙に丸く光っている。それは先程までエプシロンが術を施していたあの床だ。その床の上にはシンが以前持っていた黄色い短剣が置かれていた。フタバに憑依ひょういしたペルソナが奪っていったあの闇の石の剣だ。

 向かい合う彼らの更にその外側には、ガイとヨウサ、そしてデルタとエプシロンも彼らを見守るように立っていた。キショウだけはヨウサとガイの頭上で、ふわふわ浮いて見守っていた。

「では、シンジは一度私の術を見ているから分かると思うが、くれぐれも呪文を切らさないようにすることだ」

 幼い声の割に高圧的な言い方をするのは、ペルソナの部下のオミクロンだ。しかしそんな彼に反発することなく、シンジは深くうなずいた。

「大丈夫。闇の石の沈んだ順に呼びかければいいんだよね」

「で、その度に地面に魔力を送ればいいんだべよな」

 続けて赤髪のシンも問いかければ、幼子は静かにうなずいた。

「そうだ。送る魔力はそこまで強くなくてもいい。しかし、お前たちの魔力では闇の力に変換へんかんが必要だからな。精霊族のお前たちには不慣れだろう。闇の力を察知したことはあるだろう? あの感覚を思い出しながら私のマネをしてみればいい。変換には私も手を貸そう」

「頼んだだべ」

 力強く双子がうなずく様子を見て、オミクロンは一度大きく息を吸うと、見た目の割に低い声で呼びかけた。

「では行くぞ……。準備は良いな?」

「うん!」

「おうだべ!」

 双子が答えると、オミクロンは目の前にある光る床めがけて手をかざした。

『闇の力のもとに命ずる――!』

 言葉とともに、オミクロンの手から一筋の黒い光が飛び出した。その光は光る床に一直線に伸びると、鼓動こどうのような低い振動音がドクンと一回鳴り響いた。それはまるで心臓のように、闇の力が地下深くに流れ込んだ血流のような音だった。

 オミクロンはその音を確認すると、即座そくざに次の呪文に移った。

混沌こんとんを支配する六つのいにしえの闇の珠玉しゅぎょくを――大地に沈めよ――』

 呼びかけに答えるように、床の光がたちまち黒い光へと変わる。

『闇の石よ!』

 そうオミクロンが呼びかけた直後、床の上に置かれていた短剣が黒い光を一際放ち、またしても鼓動のような音を一回、空間に震わせた。そして、そのまま短剣は中に浮かび上がったのだ。

 短剣は一筋の光を地面に放ち、その光に支えられるかのように浮いている。しかもそれだけではない。刀の形をしていたそれは、徐々に形を変えて丸みを帯び、あのゆがんだしずく型へと変化していった。本来の風の闇の石の姿に戻ったのだ。

 その様子に思わず双子がゴクリとつばを飲み込むと、オミクロンは構わず呪文を続けた。

『応じよ、一つ目の封印――大地の闇の石!』

 言い終わるやいなや、オミクロンは地面に向け手のひらをかざした。直後、その手のひらから一筋の黒い光が沈んでいく。

 その途端とたんだった。ふわりと白い光のたまが一気に地面から浮かび上がった。まるで急にホタルでも現れたかのようなその光景は、薄暗い闇の気配が広がるこの空間でも、とても神秘的に見えた。双子とキショウはこの光景に見覚えがあった。ペルソナが湖底の神殿で儀式を行っていた、あの時の光景と一緒だったのだ。

 初めて見るヨウサとガイが、思わず感嘆かんたんのため息を漏らすその間にも、三人の儀式は続く。続けて呼びかけたのは弟のシンジだ。

『応じよ、二つ目の封印――闇の闇の石!』

 呪文とともに、シンジは手にした氷の剣を地面に突き刺す。それと同時にシンジが力を込める。その様子に合わせ、オミクロンも地面に向け手を広げた。

「いいぞ、上手くいった。続け!」

 オミクロンの指示とほぼ同時に、まるで波紋はもんのような闇の力の波動が空間を震わせ、一陣の風が祭壇さいだんを走り抜けた。しかしそれに構わず、シンは間髪かんぱつ入れず続けた。

『応じよ、三つ目の封印――炎の闇の石!』

 シンもシンジ同様短剣を地面に突き刺し、それに力を込める。またしても波打つ闇の波動が空間を震わせる。それに合わせ、彼らの間で浮かんでいるあの黄色い風の闇の石にも変化が現れていた。真下に伸びる光の線が、徐々にその色を黒くし、そして強い闇の力をこぼし始めたのだ。まるでコップからあふれる水のように。そしてゆらゆらとした風が、連続的に彼らの間を吹き抜けて行く。

 その様子を確認し、オミクロンが即座そくざに続いた。

『応じよ、四つ目の封印――水の闇の石!』

 直後、またも波紋はもんのような闇の力を感じ取ると、もう風の闇の石は力をこぼさんばかりに力強く輝いていた。先程までは強い闇の力だけを感じさせていた石だったが、もうこの時点では、彼らが目を開けているのも辛いほどの風が渦巻いていた。

 するとオミクロンは手の向きを変え、目の前で中に浮かぶその風の闇の石に向け、呪文を唱えた。

『今ここに、五つ目の闇の珠玉を封印す――風の闇の石よ!』

 ドクンと一際大きな鼓動のような音がして、それと同時に強風が吹き荒れた。それこそその場にいる誰もが立っていられないほどの強風だった。

「きゃあ!」

「ぎゃー!」

「うわっと!」

 その風に思わずよろめいて転ぶヨウサとガイに続いて、キショウはその小ささゆえに飛ばされそうになる。なんとか小鬼がガイの服にしがみついているその隣では、地面にひざまずくようにして風に耐えていたエプシロンとデルタが、心配そうに術の様子を見守っていた。

 双子と幼子の三人はと言えば、不思議な事にそれほどの突風にも関わらず、体制を崩すことなく立っていた。そんな三人に囲まれて、風の闇の石は黒と黄色の光を放ちながら、徐々にその高度を下げていた。

 静かに沈みゆこうとするその姿から目をそらすことなく、オミクロンは静かに双子に言った。

「これが最後の呪文だ。覚えておけ。――『セペリエ!』」

 オミクロンの最後の呪文は聞き慣れない響きを持っており、二人は即座そくざにそれが古代魔法であることを察した。

 呪文に反応し、高度を下げていた闇の石は更に強い光を放ったかと思うと――

 ド……クン……と、大きな鼓動音を響かせて、次の瞬間、闇の石は姿を消していた。


 急に辺りは無音になり、その場の全員が耳に痛いほどの沈黙を感じた。

「……し、沈んだのか……?」

 彼らの背後から、デルタの少々不安げな声がする。口にはしなかったが、正直その不安を双子も同じように感じていた。

 しかしデルタのその言葉に、オミクロンは大きく息を吸うと、ため息混じりに答えた。

「見れば分かるだろう。闇の石の気配を感じなければ、無事沈んだということだ」

 あからさまなオミクロンのうんざり顔に、デルタがヤキになって答える。

「そりゃオレだってわかってるっての! それよりも、このガキ達が術に入ったから、失敗しなかったかどうかを心配してだな……」

「その心配はないわ。ちゃんと闇の石が、坊や達の呼びかけに反応していたじゃない」

と、フォローを入れたのはエプシロンだ。もっともフォローを入れた相手はデルタではなくシンとシンジの方に、であったが。

 そのフォローにようやく双子は、ふー、と長いため息をついて力を抜いた。さすがに緊張していたようだ。

「ほ……。上手くいっただべか」

「そうだね、闇の石がちゃんと沈んだ様子が見えたから、大丈夫だったみたいだね」

 そう言ってほほえみ合う双子に、足元から見上げるようにしていたオミクロンが意味深に首を振った。

「まさか……こんな子どもが本当に手伝えるとはな……」

「む、おめーに言われたかねーだべさ」

「オミクロンの方が、僕らより見た目は子どもじゃないか」

 思わず即座そくざにつっこむ双子だが、それに構わずオミクロンは彼らを見上げるとすぐに話題を変えた。

「五つ目の封印は終わったが、まだ終わりではない。ペルソナ様から残る最後の光の石が沈みかけていると連絡があった。早いところ最後の闇の石を沈めなければ危険な状態なままだ」

 その言葉にシンがうなずくと、シンジが兄を見てまばたきしていた。

「あれ、シンも知っていたんだね。僕とガイはオミクロンから、ここに来る途中で話を聞いたんだ。今、最後の光の石、風の光の石が沈み始めたって」

 シンジの言葉に、先程まで飛ばされかけていた小鬼が、彼らのもとに飛んできた。

「光の光の石が沈んじまったから、こんなに闇の気配が強くなったんだろ。そして、残る最後の石も、とうとう沈み始めたってことなんだな」

 小鬼の言葉に、双子よりも先にオミクロンが答える。

「そういうことだ。最後に沈めるのは、やはり、光の闇の石……」

「でも、バラバラだから、くっつけなきゃなんねーだべさ」

 即座そくざにシンが答えると、エプシロンがうなずいた。

「残る光の闇の石はペルソナ様が持っているわ。わたくしたちも早いところ、ペルソナ様のもとに向かいましょう」

 その言葉にはたと気がついて、双子は同時にあっと声を上げた。

「そうだ、ペルソナは……?」

「そうだべ、どこにいるだべ?」

 てっきりシンもジンジも、相手の方にペルソナがいるのだろうと思っていたのだ。彼らが把握はあくしている闇の神殿は、彼らの訪れたこの二箇所以外なかった。ペルソナがそのどちらにもいないというのは引っかかった。

 すると、オミクロンが予想外の事を言った。

「ペルソナ様はこの大陸にはいない。最後の闇の神殿に向かわれた」

「この大陸にはいないって、最後の神殿は中央大陸にないのか?」

 そうキショウが問いかけるのも無理はなかった。今まで彼らが訪れた闇の石の神殿は、全てこの中央大陸にあったのだから。

 首をかしげる双子とキショウに向け、オミクロンは静かに口を開いた。

「今ペルソナ様がいる場所……それは北方大陸だ」



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