第3話 和解


「話を聞くだべさ!」

 大声で叫ぶシンの声も、さっぱりデルタには通じない。

「うるせぇ! とにかく邪魔はさせねーぜ!――『操!』」

 攻撃の手を止める気配のない男に、シンは唇をんだ。ちらりと視線を地面に向ければ、床からまるで煙のように黒い闇の力が吹き出している。徐々に闇の力が地表を覆い始めている証拠だ。

「どうする、シン!? あんなヤツにいちいちかまってたら時間がなくなるぞ!」

「分かってるだべよ!」

 いら立ちげに叫ぶキショウの言葉に、シンもいら立ちげに返事を返す。その間にもデルタの攻撃が襲いかかっていた。弾丸のように吹き付けてくる石のつぶてを、シンは風の壁で弾き返した。

「沈める準備を止めるなよ、エプシロン!」

「わかってるわよ!」

 一方のデルタ達も、いら立ち気味にそんなやりとりをしている。相手も焦っているのだ。

「もう! 目的は一緒なのに! 聞いてってば!」

 見かねてヨウサまでも声を張り上げるが、赤っぽい髪を逆立てた男は聞く耳も持たない。

「二度と邪魔できないようにしてやるぜ!」

 叫びながら、その武装された腕を振り上げ、デルタは大きく飛び上がった。びゅんと風を切る音とともに、男の影はシンの真上に来た。それを確認し、シンは即座そくざに胸の丸い石に手をかざし呪文を唱えた。

飛翔ひしょう!』

 落石のごとく落下してきたデルタの体当たりを、風のようにひらりとかわすと、再びシンはその手に持った剣を大きくなぎ払って叫んだ。

「攻撃の手を止めるだ、デルタ!」

 シンのなぎ払った剣からは、風の刃が飛び放たれた。それに気付いたデルタが武装された腕を構え風の刃を受け止めれば、激しい音とともに腕の岩が崩れ落ちた。

「くそ、生意気な……!」

 腕の武装が解かれた事に気づいて舌打ちする男に、再びシンは叫んだ。

「もうやめるだ! こんなことしてる場合じゃないだべさ!」

「それはこっちのセリフだ!」

 何度目かの制止もまったく意味がない。更に怒りに顔を険しくするデルタを見て、シンは大きく息を吸った。――この方法ではダメだ。シンは覚悟を決めた。

「行くぜ……『操!』」

 再びデルタが呪文を唱えた。たちまち足元のがれきが浮かび上がり、デルタのその両腕によろいのように張り付いた。その上今度は腕だけではない、見れば肩から腕、そして胴体までもが武装されたのだ。先程よりも手強くなるのは想像にたやすい。それを見ていた小鬼のキショウが空中で舌打ちをした。

「くそ、頭の固いヤツめ……って――シン!?」

 キショウは目を疑った。彼の足元にいるシンは、突撃しようとしている敵に対し、その立ち位置も姿勢も変えなかったからだ。もちろん、あんな男の突進を直撃で受けたら無事で済むはずがない。しかしシンの様子は落ち着いていて、そのままただ一点、デルタをじっとにらみつけていた。

「お、おい、シン! 早く構えろ!」

 思わずあわてるキショウが声をかけると、シンの目の前で敵が大きく振りかぶり、突進してくるところだった。

 しかし、シンの行動は更に予想を上回った。

 次の瞬間、カランと乾いた音が響いた。キショウがハッとして視線を向ければ、白銀の刀身が床に投げ出されたところだった。それはシンが武器として持っていた短剣だった。

 デルタは、その短剣を突進しながら思わず蹴り上げた。薄暗い空間に一瞬その白い刀身をきらめかせ、短剣は部屋のすみへと回転しながら飛んでいった。

「シンくん!?」

「シン!?」

 敵が直前まで迫ったその場所で、シンは真剣な表情で、短剣を放った姿勢そのままで立っていた。当然その無防備な姿でデルタの体当たりを食らえば、無事で済むはずがない。思わず仲間のキショウとヨウサは硬直こうちょくしてしまった。

 しかし止まったのは彼らだけではなかった。

「……っ!?」

 たった今、攻撃を仕かけようとしていたデルタもだった。

 振り上げたこぶしの間合いの中で、構えもせず無防備に立っている少年の姿に、対するデルタも目を丸くして、動きが止まっていた。

 先程までの激しい激突音も風の音も消え、ただ一つ、部屋のすみで白い短剣の回転する音だけがやけに響いた。

「な……!? ……一体どういうつもりだ……!?」

 困惑こんわくしたデルタは構えた腕をそのままに、目の前の少年に問いかけていた。さすがに無防備な状態を攻撃はできなかったのだろう。攻撃しようと思っていたその手を振り上げたまま、シンの意味の分からない行動に、とにかく頭を混乱させているように見えた。

 そんなデルタとは対象的に、赤髪の少年は落ち着き、真剣な表情で相手をにらみつけていた。いや、正確にはデルタをにらみつけていたのではない。デルタよりずっと先にある、もっと別なことを見ていたのだ。

 一瞬の沈黙が、デルタにもキショウにもヨウサにも長く感じた。息を吸う音がして、シンはようやく口を開いた。

「時間がないだべ……。早く闇の石を沈める必要があるべさ」

 その言葉にデルタも、そのずっと背後で、事の成り行きを見ながら術を進めていたエプシロンまでも、思わず目を見開いていた。

「闇の石を沈める……ことを、お前ら、知ってたのか……?」

 ようやくそれだけ答えたデルタに、今まで空中に避難ひなんしていたキショウがふわりと高度を下げてきた。

「ああ、知ってる。闇の石を沈めることで、光の石が沈もうとしている連鎖れんさ反応を止めようとしてんだろ」

「光の石のことまで……!?」

 今度は遠くでエプシロンが声を上げた。

 二人が驚くのも無理はない。まったく予想していなかったのだ。ペルソナの計画を邪魔し続けてきた少年達なのだから、ここに来て自分たちと同じ目的を口にするとは予想するはずもない。

 驚く二人を置いて、シンの言葉は続いていた。

「オラ達、そのことを知って、闇の石を沈められる場所を探しに来たんだべ。そこにはおめーらもいると思ってたべ。オラ達じゃ闇の石の沈め方、わからねーべからな」

 そう言って、ようやくシンはその姿勢を戻し、デルタに一歩歩み寄った。まだ事態を飲み込みきれていないデルタに、シンは強い瞳でうなずいてみせた。

「ペルソナやオメーらのことは正直許せねーだべが、でも、この世界のためなんだべ。闇の石を一緒に沈めるべさ」

 そう言うシンに目を丸くするばかりで、動けないデルタに、今度はヨウサが歩み寄ってきていた。見ればその手には、カバンから取り出した大きな黒い本が抱きしめられていた。

「この闇の石の本、これも沈める儀式には必要でしょ?」

と、わずかにほほえむヨウサを見、そして再びシンを見、デルタはぽかんとした表情をしていた。突然の展開に、どうやら頭がついて行っていないようである。

そんな様子を見て、今度はキショウが笑うようにため息を付いた。

「やれやれ、人間予想外のことが起こると、止まっちまうらしいな」

「いや、デルタのことだから、まだよくわかってないのかも知れねーべ」

 キショウに続き、シンまでため息まじりに言うと、ようやくデルタが首を振って声を上げた。

「な、なっ……! オメーら、相変わらずオレをバカにしすぎなんだよ! イキナリの展開すぎて、びっくりしちまっただけだろーが!」

「まだわかってないのかと思っただべ」

「なにおぉ〜!?」

 再び争いが始まりそうな雰囲気の二人を見て、遠くからクスクスと笑う声が響いた。視線を向ければ思った通りだ。水色の髪を束ねたエプシロンが。笑いながら歩み寄ってきていた。

「まったく、せっかく協力しようって話になっているのに、デルタも坊やも変わらないわねぇ」

 そう言ってほほえむエプシロンは、妖艶さこそはいつもどおりだったが、雰囲気が柔らかくどことなく嬉しそうに見えた。

「まさか、ここに来て、あなた達が協力してくれるって言い出すとは思わなかったわ」

「私達もよ。まさかペルソナの狙いが、この世界を救うことになるなんて、誰が予想してたかしら」

 隣に来たエプシロンを見上げながら、ヨウサがイタズラに笑ってそう返すと、水色の髪をゆらして女も笑った。

「影とのつながりがあるのかと疑われていた子たちが、まさかわたくし達に協力するなんて思わないじゃない? それより――」

と、そこでエプシロンはヨウサの本に一瞬手を伸ばし、それを受け取ろうとするも、すぐにそれをヨウサに突き返して首を振ってみせた。

「え――?」

 困惑こんわくする少女に、エプシロンは少し悲しげにまゆを下げて答えた。

「この本はまだ駄目なのよ。分離してしまった他の石と合体させないと、本来の闇の石には戻らない。沈める儀式にはまだ使えないのよ」

「え、じゃあどうしたらええだべ?」

 その言葉に反射的にシンが問いかける。シンが持っていた風の闇の石はすでに奪われていて、彼らは持っていない。彼らが持っている闇の石は、この本だけなのだ。

すると思いがけない所から返事が聞こえてきた。

「まずは風の闇の石から沈めるべきだろう――」

 この丸い祭壇部屋の入口からだ。声のした方向を見れば、そこからつい今しがた現れたばかりの小さな子どもの姿が見えた。茶色の髪に緑色の丸く大きな瞳――外見だけを言えばかわいいが、その眼光は鋭く口調は大人びた幼子――ペルソナの部下の一人、オミクロンだ。

 そしてその後ろからは、青髪の少年と黄緑色のバンダナをした少年の二人も現れた。

「シンジ! ガイ! 一体どうしてここにいるだ?」

 そう、シンの双子の弟のシンジと、友人のガイである。突然の二人の登場に思わずシンが疑問を口にすると、シンジがオミクロンを指差した。

「オミクロンと一緒に転送魔法させてもらったんだ」

「ぶわわーって飛ぶ感じがして面白かったよ〜」

 などと、ガイはのん気な返事をしてきた。

 そんな二人の様子に、シンもキショウもヨウサも思わず笑みがこぼれた。彼らがここにこうしてオミクロンと共に現れたということは、オミクロンにも彼らの目的が無事伝わったということだ。そしてたった今、シン達もデルタとエプシロンに闇の石を沈めるためにここに来たという、彼らの目的を理解してもらえたのだ。ひとまず手分けして闇の石の神殿に向かうという、作戦の第一段階クリアのようである。

 とは言え、つい先程まで対戦していたシン達からすれば、ようやくその緊迫感から開放されたばかり。思わず皮肉ひにくの一つくらい言いたくもなる。

「お気楽なもんだな。こっちはさっきまで対戦してたっていうのに」

 思わずキショウが毒づくと、シンジがため息混じりに首を振った。

「こっちだって対戦しかけて大変だったんだから……。オミクロンが話を分かってくれる人でよかったよ。もうさっそく、僕の持つ水の闇の石は沈めてきたしね」

 珍しくシンジがオミクロンの肩を持つような発言をすると、彼の足元で幼子が笑うように鼻を鳴らした。一方でシンがまたも余計な一言をらす。

「こっちはデルタ相手だったから、話が通じなくて長引いたべさ」

「なんだとぉ〜!?」

「それは災難だったな、同情するぞ、カンナシン」

 当然この発言はオミクロンである。火に油を注がれて、地団駄じだんだを踏んで悔しがるデルタをさておき、茶髪の幼子は仲間のエプシロンに向けて声を飛ばす。

「石を沈める準備はどうなんだ、出来たのか?」

「ええ、あと少し……。他の闇の石との連結をするのに魔力が足らなくて……もう少し時間がいるわ」

 その言葉にオミクロンがふむ、とあごを押さえる。一方でシンとシンジの双子は顔を見合わせ、一つ決心すると大きくうなずいた。

「エプシロン」

 最初に声をかけたのはシンジだ。

「オラ達にも手伝わせてくれだ。何か出来ることはねぇだか?」

 二人の言葉に、エプシロンは一瞬目を見開くが、すぐにクスリと笑みを浮かべた。

「闇の魔力に変換へんかんは必要だけど……たしかに坊や達の力なら、頼もしいかもね」

「ああ、私も先程水の闇の石を沈めたばかりで余力がない。彼らに手伝ってもらえるならその方がいいだろう」

 オミクロンもそう答える。すると一方でデルタは難しそうな顔をして、双子とオミクロンを交互に見て言った。

「んなこと言ってもよ、こいつらじゃ石を沈める儀式はわからねーんじゃねーか?」

 すると茶髪の幼子は、その丸く大きな瞳を静かに閉じて言った。

「我らとて石を沈める最初の儀式はできん。しかし、二連鎖目以降なら形式通りやるだけだ。呪文の順序さえ間違えなければいけるだろう」

「任せてくれだ! オラ達、頑張るだべ!」

 真っ先に答えたのは兄のシンだ。基本的に楽天的な彼の発言には、時折みんなが励まされる。その言葉に、オミクロンも珍しく穏やかな笑みを浮かべうなずいて見せた。

「よし……では、シン、シンジ。術を説明しよう」

 その言葉に、双子は自分より一回り小さい幼子を囲むように話を聞き始めた。


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