第2話 すれ違う狙い
暗い階段を降りきった時だ。
そんな柱にはさまれた通路の一番奥に、見覚えのある一組の男女が見えて、思わずシンは声を出した。
「デルタ! エプシロン!」
黒く丸い空間に、ひときわ目立つ水色の髪、それを結い上げたキレイな女性は何度か彼らは見たことがある。あのペルソナの部下、エプシロンだ。そしてその隣には赤っぽい髪を逆立てたいかつい男、同じくペルソナの部下、デルタが目を丸くしていた。
つい今しがた名前を呼ばれ、視線を向けた先にいたのがシン達だったのだ。予想していなかった来客に驚くのも無理はない。
「な、何⁉ あのガキども……⁉ い、一体どこから……!」
目を丸くしてあたふたするデルタに、シンはあっけらかんと今しがた降りてきた階段を指差す。
「階段からに決まってるべさ。相変わらずニブイだべなぁ」
シンの言葉に、あ、とヨウサが気まずく思うがもう遅い。
「こんのガキ……! 相変わらずオレを怒らせやがって……!」
案の定、シンに小馬鹿にされたデルタは
「どっちにしても、お前らがここに来たらやることは決まってたんだ! 邪魔はさせねーからな!」
と、デルタはさっそく戦いの構えをとった。それに気がついてキショウはあわててシンの髪を引っ張る。
「バカ、
「オラの何がいけなかっただべ⁉ 勝手にデルタが怒っているだけだべさ!」
二人がそんなやりとりをしていると、今度はエプシロンの声がした。
「デルタ、邪魔されるわけにはいかないのよ! わたくし今は動けないわ。何としてもあの坊や達を近づけないでちょうだい!」
いつも穏やかな彼女にしては珍しく
「もしかして、あれ……何だべ?」
真剣な表情の割には、何も察していないシンの発言に、キショウはうなだれる。
「……お前な……。ありゃもしかすると石を沈める準備じゃねーか」
ようやくその言葉にエプシロンの行動を理解し、シンはポンと手を打つ。
「そういうことだべか。じゃあやっぱりオラ達の予想通り、デルタ達は石を沈める準備をしてるってことだべな」
「くらえっ!」
ハッとしてシンが顔を向ければ、デルタが今まさにシンに向け突進してくるところだった。
『
シンは
「相変わらず逃げ足の速いヤツめ!」
と、悔しがるのも一瞬。デルタはすぐにシンに向き直ると太い両手を床に向けて手を広げ呪文を唱えた。
『破!』
たちまちその呪文に反応して、手のひらの真下の部分の床がくだけた。
『操!』
続く呪文に、くだけた床のがれきは、デルタの太い腕にまるで磁石に吸い付く金属のようにまとわりついた。それはまるでゴツゴツした
「おいおい、こりゃ完全に戦う気満々だろ」
その様子に、シンの頭上でキショウが顔をひきつらせる。シンもあわてて首を振る。
「デルタ! オラ達戦いに来たんじゃないだべさ!」
「
しかし相手は聞く耳を持たない。今度はその武装された腕を振り上げ、
しかしかわした直後だ。
『破!』
シンと彼の腕がくっつきそうなほどのその距離で、デルタは素早く次の呪文を唱えた。気づいたシンは、とっさに上に向かって飛び上がった。
その次の瞬間、デルタの腕に装着されたがれきが、まるでその場で爆発するかのように飛び散った。石つぶてが一気にはじき出されるその攻撃を間近で食らえば、当然大怪我だ。とっさの判断で上空に逃れたシンだったが、さすがに全ては避けきれなかったと見え、その足と腕に
「あっぶねーだ! ギリギリだったべさ!」
しかし相手の攻撃はまだ止まない。シンの足元にいたデルタだったが、敵が自分の頭上に行ったと気がついた
気がついたシンの動きは速かった。
ガン、という鈍い音とともに、短剣を構えた姿勢のまま、シンは地面に向けて突き落とされた。デルタの振り下ろした巨大なこぶしに、短剣を構えた姿勢のまま叩き落とされたのだ。
しかし――
「くっ……! 『
一時的に地面に落下しながらもシンは体制を整え、
それにホッとしたのもつかの間。
「シン、上だっ!」
頭に乗った小鬼の言葉に、シンは反射的にその場からすばやく飛び退いた。その直後、頭上にいたはずのデルタが勢いよく落下し、その勢いのまま、先ほどまでシンがいたはずの床にこぶしを突き刺した。
「相変わらずのバカ
食らっていればひとたまりもない攻撃を、紙一重でかわした割に、シンは毒づくだけの余裕はあるようだ。とはいえ油断はできない。連続攻撃にさすがのシンも、かわすだけで精一杯なのだから。
「ち、よくこのオレ様の連続攻撃がかわせたな。まだまだこれからが本番だかんな!」
かわされた割に少々楽しげに口元を
「だからオラ達戦いに来たわけじゃないって言ってるだべさ! 話を聞かない大人だべな! この短気!」
相変わらず一言余計なようである。
「――っんのバカ!
「ケンカ売ってどーすんのよっ!」
思わずキショウとヨウサがシンにつっこめば、
「んだと……! その生意気な口、利けなくしてやっかんな!」
と、相手のデルタも当然お怒りである。
その時だ。
ぶわっと急に床から黒い煙のようなものが吹き上がった。それは床のいたるところから吹き上がり、徐々にこの空間を薄暗く染めていく。
急な光景に思わずシンもデルタも目を丸くしていたが、そんな彼らの背後で、黒い煙を吸い込んだヨウサがよろめいた。
「……っ! こ、これ、闇の力だわ……!」
邪悪な魔力に身体を毒されたのか、ヨウサが苦しげに口元を押さえると、キショウとエプシロンがほぼ同時に何かに気がついて息を飲んだ。
「闇の気配……だと……!? 急にこれだけ吹き出すってことは、もしや……」
「石の封印が進んだんだわ……!」
エプシロンの言葉に、シンもデルタもはっとして彼女の方を向く。
「封印が進んだ……だべか!?」
「光の光の石か! くそっ、急がなきゃなんねーって時に!」
言うが早いが、デルタは
『破! ――操!』
たちまち、武装の解かれた右腕にがれきが集まり、あっという間に左腕と同様の装甲が出来上がる。それに気がついてシンが叫んだ。
「やめるだべ! これ以上戦っている暇はねーだべさ!」
「そりゃこっちのセリフだ!」
黒い煙の吹き上がる中、焦る気持ちを抱えながら、男と少年は向き合っていた。
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