第1話 溢れくる闇


 ひたすら緩やかな下り階段が続いていた。黒い通路を照らすのは赤と白の不思議な光。壁に埋め込まれ、ホタルのようにぼうっと光るその光は、何かの魔法で光っているのだろう。弱い明かりの割に通路はよく見えた。

 その階段を二人の子どもが降りていく。赤いボサボサの髪をゆらしながら、キョロキョロと周りを見回すのはシンだ。

「それにしても、今回の神殿は階段ばっかりだべな。帰りが大変だべ」

 妙ななまりで話す彼の頭の上には、まるで鳥の巣に座る小鳥のような小さな男が一人いた。小鬼のキショウだ。

「今から帰りの心配かよ。まずはペルソナに会えることを願うんだな」

 見た目の割に手厳しい彼は、当然見た目と年齢がかけ離れている。本当は青年位の年齢なのだと言うが、あいにくシンはその姿を見たことがない。

「わかんねーだべよ? もしかしたらシンジの行った方にペルソナがいるかも知れねーんだべ?」

 問いかける少年の言葉に、まあな、とキショウが答えると、その後ろを歩くピンクの髪の少女、ヨウサが口をはさんだ。

「でも……ペルソナに会えたとして、どう説明しよう? 分かってもらえるかしら?」

 そう彼女が心配するのも無理はない。ペルソナとはもともと敵対していたのだから、攻撃される可能性も高いのだ。ヨウサは続けた。

「それに、まだペルソナ達のやっていたことが、本当に世界の危機を分かってやっていたのか、ちょっと私は不安なのよね……」

 その言葉にシンも思わず表情が暗くなる。

「そこはオラにもわからねーだ……」

「そりゃそうだ。一度だって確認できなかったんだろ。あいつらが何で闇の石を大地に沈めているのかってことを」

 キショウが肩を落としてそう言うと、ヨウサも思わずうなだれる。

「沈めているのは間違いないと思うんだけど……どうしてそんなことをしているのかは……いつも話してくれなかったものね……」

 そう言ってヨウサは口を閉じる。しばらく二人の階段を降りる音だけが響いた。しばしの沈黙をはさんで口を開いたのはシンだ。

「だからこそ、まずは会って話をしなくちゃなんねーだ。何としても、わかってもらうだべ!」

 そこに強いシンの決心があることを感じて、キショウがにやりと口の端をゆがめた。

「……だな。でも、戦う可能性がないとは言い切れないからな。それなりに覚悟しとけよ」

「もちろんだべさ!」

「う……ん」

 続けてヨウサが答えるが、その歯切れの悪さに気がついて、キショウが後ろを向いた。

「ん? どうした、嬢ちゃん?」

 その問いに、ヨウサははっと気がついてあわてて首を振る。

「あ、ううん、な、何でもないわ」

「……? それならいいんだが……」

と、キショウは不審ふしんそうにしていたが、シンはさっそく違うことに興味が向いていた。

「キショウ、見るだ。壁にまた超古代文字だべ」

 所々壁に文字がきざまれており、階段を降り進めると、また新しい文章に出会う。立ち止まるシンにつられ、キショウも文字を見た。

「ふぅん……。さっきは『ようこそ、炎の闇の神殿へ』で、今度は……警告文だな。『手に入れし者、神なる力を手に入れる。器なき者よ、ここを去れ』だとさ」

「この調子だと、まだまだ文字が続きそうだべな」

 シンの予測通り、またしばらく階段を降りると、次の文に出会った。

「えーと……『人……なるもの』? なんだこりゃ。『闇の力は、人なるものには過ぎた力。破滅の道に突き進む』だとさ」

 またしばらく行くと次の文に出会う。

「『我が物にするべからず。世界の破滅が始まる』」

「闇の石の忠告だべな」

「そのようだな。警告が重くなるに連れて、通路の雰囲気も変わってきたな」

 キショウの言うとおり、最初は白と赤の明かりが階段を照らしていたのだが、徐々にその光は赤だけになり、階段の雰囲気は不気味さを増していた。

「……やっぱり、闇の石を自分のものにしようとするなって、言っているのね……」

 ヨウサが静かにひとり言のようにつぶやくと、シンもうなずいた。

 階段を更に降り進めると、今度は赤の光が少なくなり、また白と赤の光が道を照らし出した。

「また文字だな。……ん? 文の話が変わったぞ。……『混沌が訪れた時、闇の力が必要になる。溢れし闇を闇で抑えよ。石を沈め混沌を抑えよ』……」

 その文をキショウが読み上げると、シンは気がついてあっと声を上げた。

「その言葉だべ! 大地の女神の巫女さんが言ってただ!」

「なるほどな、これが闇の石を沈める話の文だな」

 また階段を降りると、今度は通路の光は白だけになり、黒い通路を白い光が点々と照らし始めた。このあたりまで来ると、階段の螺旋らせんはずいぶんと曲がりが急になり、段々ぐるぐると回っている感覚が強くなった。

「また文だぜ。……『しかし混沌無き時、石を沈めるべからず。闇の石の力を解放するとき、大地の安定は崩れ、世界の滅亡が繰り返される』……あ、これ、水の神殿でオレが読んだ文と一緒だな……」

と、キショウがあごを押さえてつぶやいた。

 水の神殿――それこそ、キショウが初めてシン達にあった時、湖の底にあった神殿を一緒に探索たんさくしたときのことだ。その時、キショウは超古代文字が読めるということで、双子にせがまれて神殿の忠告文を読んでいた。その時も、文の最後に同じような文があったのだ。

『大地に石を沈めるべからず……。闇の石の力を解放するとき、大地の安定は崩れ、世界の滅亡が繰り返される……』

――と。

「もしかすると、闇の石の神殿には、必ずこの文が書かれていたのかも知れねーな」

 キショウの推測にシンはうん、とうなずいたときだった。

「ね、ねぇ……なんか、変じゃない?」

 今まで無言だったヨウサがまゆをひそめ、不安そうに言った。

「どうしただ?」

 シンが振り向くと、ヨウサは周りをキョロキョロしながらおびえた表情をしていた。

「なんだか、空気が……邪悪な感じがしない? 陰の気が強いというか……」

 言われて初めて気がついた。シンとキショウも周りを見回すと、妙に空気が黒っぽい。まるで煙が混じったような色だ。シンは意識を集中し、気配をうかがう。まるで魔物のいる地域のような、不気味な気配が感じられた。

「陰の気が強いだな……。なんだべ、闇の石の神殿だからだべか?」

「いや、それにしては強すぎるだろ。今まで闇の石の神殿に入ったって、ここまでの陰の気は感じなかったぞ」

 キショウの言葉には重みがある。何と言っても闇族、陰の気を感じ取るのは得意だ。

「でも、いっつも神殿に入ると魔物は出てきてたべよ? この辺にもいるんでねーべか?」

と、シンが緊張した表情で言うが、キショウはあきれた表情だ。

「毎回魔物に出くわしたのは、お前らがいつも罠にかかるからだろ。罠さえなけりゃ、闇の石の神殿に魔物が出たことはないだろ」

「…………言われてみれば……そうだべな……」

 思い起こせば、最初の水の神殿も、オバケ騒動の地下も、そして大地の神殿も、彼らはことごとく罠にかかっていた。そのことに今ようやく気がついて、シンも納得した。それだけ彼らは罠に引っかかりやすい、ということである。

 そんなシンをさておき、キショウは周りの気配をうかがい出す。

「それにしたって、魔物の生息地以上だな……。なんだ、この闇の力……。急に強くなったな」

「……もしかして……」

 小さくヨウサがつぶやくのを聞いて、二人は視線を向けた。ヨウサは不安そうな表情で口元を押さえ、震えるように言った。

「さっきの神殿の文字にあった、『あふれる闇』……だったりしないかしら……?」

 その言葉にシンもキショウもはっと息を飲んだ。

「光の石の封印が進んで……」

「闇の力があふれ出してるってことだべか!?」

 二人が声を大きくすると、ヨウサは小さくうなずいて続けた。

「だって、さっきまで感じなかったのに、段々と陰の気が強くなって来るっておかしいわ。闇の石の神殿で、こんなことって今までなかったもの」

「……段々と状況が悪くなってるな……。残る光の石は一つなんだろ」

 キショウの問いかけに、シンが校長の言葉を思い出しながら答えた。

「残る石は一つになったって言ってただ。それで魔物が現れだしていただべよ。それに加えて闇の力が出てくるってことは――」

「今残っている一つも危険……って事かもしれねーな」

 だとしたら一刻の猶予ゆうよもない。

「急ぐだべ!」

 二人と一匹は螺旋らせん階段をすべるように降りていった。


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