第19話 未開の闇の石の神殿へ


「……んあ……? んんん……??」

「……えーと……」

「…まあ、そうだよな……」

 二人と一匹は、北風が引き荒れる、荒れ果てた草原に立ち尽くしていた。

 見渡す一面、草がぼうぼうと生いしげり、人の気配もなければ、人工物の姿も見えない。重い曇り空が闇の気配を濃くするばかりで、ただただ灰色の世界――そんな荒野に三人はいるのだ。


 シン、ヨウサ、キショウの三人は、校長先生が準備してくれた魔法陣に飛び乗って、いざ、闇の石の神殿があるであろう場所に移動したのだが……

 三人の予想虚しく、ただの原っぱに飛ばされたようである。

「あれ? あれれれれ? い、一体どうなってるだ!? オラ達、闇の石の神殿に向かったんだべよな?」

 シンがあわてて辺りをキョロキョロするが、もちろん建築物は見当たらない。ヨウサも困惑こんわくしているが、キショウはがしがしと頭をかいてため息一つはさんで言った。

「ちぇっ……。ちょっと期待しすぎたオレたちが悪かったな。よくよく考えてみろ、闇の石の神殿は毎回地表にはない、いつも地下だ。ある程度目的地を絞り込んだとしても、地下みたいに勝手の分からない中に飛ばすのは不可能なんだからな。いくらあの校長だって、それにペルソナ達だって、初めての場所でそれは無理だ」

 キショウの説明に納得いったヨウサはああ、と少々残念そうだ。

「なんだぁ、そこまで簡単には行かないのね」

「とはいえ困っただな。これじゃあ神殿の入り口さえわかんねーだ」

と、シンが困って腕組みすると、キショウはシンの頭に座り、また軽く髪を引っ張りながら次の行動を促す。

「こういうときのための闇の石の地図だろ。地下を見てみろ。どっかに入り口があるはずだ」

 小鬼の促しに、シンジから本を預かったヨウサがカバンからあの黒い本を引っ張り出す。

『クワエロ!』

 本の真ん中を開き呪文を唱えれば、すぐに地図に反応が出た。

「やっぱり、黄色の石が光っているわね。でも、この辺りではないみたい……」

「もっと範囲を広げろ。地下も見てみるんだ」

 すぐにキショウの指示が飛ぶ。それに従い、ヨウサが操作すると、すぐにこの辺りの地下の様子が見えた。山々にはさまれた荒野、その地下まで地図を広げれば、地下の様子が浮かび上がってきた。規則性のある奇妙な構造物の様子……明らかな人工物だ。

「でたわ! この変なの、闇の石の神殿じゃない?」

 それに気がついたヨウサが声を上げると、その妙な形にシンがまゆを寄せた。

「それにしても、なんだべ、この妙にぐるぐる巻きな形は……? 蛇みてーだべさ」

螺旋らせん状ってやつだな。坂道みたいにどんどん下に潜っていく形だ。恐らくまたこの一番奥に、闇の石を沈める祭壇があるんだろうな。……まさか本当に、蛇みたいな道とはねぇ……」

 少し前にシンが言おうとしていた『じゃの道はへび』の話のことを言っているのだろう。少々あきれるようにキショウがため息を付いていた。

 だがキショウはすぐに気を取り直すと、地表の様子を地図で見ながらウムムとうなった。

「それにしても入り口はどこだ? イキナリ地下がある状態じゃ入り方がわかんねーな」

 その言葉に、はっと思い出したようにヨウサが顔をあげた。

「そういえば……こんなこと、前にもなかった? 確か、トモ君が行方不明になった時、私達が行ったあの闇の石の神殿……」

 ヨウサの問いかけに、シンも思い出したようで、ぽんと手を打った。

「ああ、アレだべな! オラ達妙なオバケに捕まって、それで地下屋敷……じゃないだな、神殿の中に入れた、あの時だべな」

「そう、それよ。確かあの時、シンジ君とガイ君が、地上で入り口を開いて入ったって言っていたじゃない? きっとあの時みたいに、どこかに入り口があるはずよ!」

 二人の会話にキショウはほう、と感心して口をはさんだ。

「なるほどな、そうやって中に入る事ができるのか。肝心の入り口はどんな形をしてるんだ?」

 その問いかけにヨウサは残念そうに肩を落とした。

「それが、はっきりした入り口はないらしいの。草に隠れるように魔法陣があってね、それが転送魔法になっていて神殿に入れたらしいんだけど、その魔法陣を動かすための仕組みがあるから、その謎を解かないといけないんだって、苦労したんだぞーってガイ君が自慢げに言ってたわ」

「フン、あんな間の抜けた子どもにできる程度の仕組みなら、正直余裕そうだけどな」

と、キショウが勝ち気な発言だ。今頃ガイはくしゃみをしていることだろう。

「とりあえず、この辺りを探してみるだべさ」

 さっそくシンは灰色の草原の中をウロウロとさまよいだした。それを見てヨウサもキョロキョロと周りを見回す。

 発見は意外と早かった。探し始めて十分もしないうちに、シンが妙なものを見つけた。

「なんだべ、これ? 何だか怪しいものを見つけたべよ」

 その声にキショウとヨウサが近づくと、それは草むらの中にひっそりと隠れるようにしていた。

 草に覆われ、全体像は見えないが、角ばった何か階段のような物のかけらがそこにはあった。赤黒く光を反射するそれは、元はもっと美しい鏡面だったのだろう。表面がきれいに磨かれすべすべして、所々辺りの景色を映し出していた。しかし時と共に劣化したそれは、今や傷だらけでデコボコもあり、そしてひび割れていた。

「変な石ね。このあたりにはない石みたい」

 ヨウサがその石に触れながらそうつぶやくと、キショウがその石の形を見て首をかしげた。

「コイツ欠けてるな。他のパーツがあるかもしれないぜ。つなぎ合わせれば元の形になるんじゃないか。この辺を探してみよう」

と、キショウが提案した矢先、シンは自分の足元にまた似たような石を見つけた。

「これもそうでねーべか」

と、シンがよいしょと石を持ち上げ、その隣に置く。やはりその石も、同じような段差が規則的に並んでいる。

 すると今度はヨウサが発見をした。

「これは? 何だか似ている石だと思うけど〜!」

 少し離れたところで見つけたそれは、今度は地面に埋もれるようにしていた。ヨウサが石の周りの砂を払うと、どうもその辺りはくぼんでいるようだった。

「穴になってるな……」

 キショウがつぶやくと、その穴の砂を払っていたヨウサもうなずく。

「そうみたいね。なんだか三角形の穴みたい。ほら、こうやって見ると、この石、その穴の周りにある階段みたいでしょ?」

と、穴の側面にくっついている石をなでる。引っ張り出せないかとヨウサが力を入れた時、はっと気がついてキショウがそれを止めた。

「待て、嬢ちゃん。それ、もしかしてそこにくっついてんじゃないか?」

「え? ……そう言われればそうかも。なんだか埋まっている感じではないわね」

「ん? もしかしてその石の隣……この石、はまるんでねーべか」

と、シンが持ち上げたその石をヨウサが見つけた石の隣に置いてみる。すると、階段状の段差が、見事その石と一致するではないか。

「なるほどな、ここが元々の場所か。おい、シン! さっきの石も持ってきてみろ!」

「わかったべ!」

 シンは即座そくざに最初に見つけた石を持ってくる。するとその石も穴にピッタリはまったではないか!

 完成したそれは、三角錐さんかくすいを逆さまにしたようなくぼみとなった。そのくぼみを赤黒い石が囲う妙なくぼみだ。そのくぼみを三人はしげしげと見つめていたが、キショウが顔を近づけると、あることに気がついてため息を付いた。

「……あったぜ……。かすれて見づらいが、こりゃ超古代文字だろ」

 その指摘に、シンもヨウサも顔を近づけくぼみに目を凝らす。よくよく見れば、最初は鏡面のようだと思っていた階段状の段差の一部分に、うっすらと文字のようなものが見える。言われるまで気が付かなかったが、あの超古代文字のようだ。

「どうだべ、読めるだか?」

 シンが尋ねると、うーん、とうなって、キショウはしばらく黙り込んでいた。しかし、またしばらくするとため息を付き、二、三度うなずいて口を開いた。

「なるほどな、恐らくこれが入り口だ。『闇の力を必要とするならば、炎の力を我に示さん。さすれば道は開かれよう』だとさ」

 その言葉に、シンは胸を張ってすぐに腕を伸ばした。

「そういうことなら任せるだ! ほい!」

と、その手のひらに炎を作り出す。炎属性を持つ精霊族であるシンにとって、炎を作り出すことなど朝飯前だ。

「よし、シン。その炎をゆっくりこのくぼみに入れてみてくれ」

「こうだべか?」

と、シンがそのくぼみに炎を近づけると――

 くぼみを覆う赤黒い石が、急に赤く光りだした。そしてその光が徐々に大きくなったかと思うと、三人を照らすほどの明るさになり、一瞬視界を奪われた。そして次の瞬間、彼らの目に飛び込んできたのは――

 先程までの灰色の世界ではない。草原もなければ灰色の空もない。真っ黒い空間に所々を照らす赤みを帯びた魔法の明かり、そしてそれを反射する黒光りする天井に壁に床。その壁に時折刻まれる不可解な文字列――

「……ど、どこだべ、ここ……?」

「でも、この暗さ、この雰囲気……」

「……間違いねぇな、来たな」

 そう、闇の石の神殿、その景色だった。






*****

 その頃――

 セイランの町では、警備隊が緊迫した様子で忙しそうに走り回っていた。多くの住民は家の中か、もしくは学校に避難を完了するところだった。リン隊員も町の警備隊として、魔物を追い払ったり住民を安全に避難させたりと、忙しく走り回っていた。

 リンと他二人の警備隊は、ようやく魔物を追い払い、危険な区域にいた住民を助けた後、学校まで避難させようと案内しているところだった。

 短い茶色の髪、日焼けした色黒な肌、体格もしっかりした若者のリン隊員だが、その顔には汗が浮かび上がり、心なしか顔色が土気色に見えた。息も荒く、あまり調子が良さそうには見えない。

 それに気がついた仲間の隊員がリンに声をかける。

「お、おい、大丈夫か、リン……? なんだか体調が悪そうだぞ……」

「最近はずっとだるいのが続いていたからな……。今日も少しだるいだけだ……」

と、答えるがその声もずいぶんと元気がない。もう一人の仲間も心配して声をかける。

「そ、そういやお前、種族は大地の精霊族だろ。ここ最近、植物系や大地系の精霊族はずっと調子が悪いって、最近新聞にもあったじゃないか。あんまり無理できないんじゃないか?」

 仲間が心配する通り、彼も大地の精霊族の一人だ。シン達の友人同様、彼も体調がすぐれない日が続いていたのだが、警備隊として無理をして頑張っていたのだ。だが、この日は特に調子が優れなかった。ひたいに浮かぶ脂汗あぶらあせを拭うと、リンは大きく息を吸い答えた。

「そんなこと、今のこの状態で言っていられないだろ。それに、オレの家系はマテリアル系も入っているからな。生粋きっすいの精霊族よりはマシだよ」

と、避難を進める住民の後を追って歩き始めたときだ。住民の列の一部がざわざわと騒ぎ始めた。何やら怯えるように肩を寄せ、立ち止まってしまっている。それに気づいて、リンともう一人が怯える住民に近付いた。

「どうしました?」

 リンが声をかけると、その住民は揃って地面の一カ所を指差した。

「あ、あれ……何でしょう?」

「まるで毒ガスみたいに吹き出してきて……」

「何だか怖い……!」

 指さされた方向を見れば、なんの変哲へんてつもない地面から、もやもやと不気味な黒いもやが立ち上がってきていた。それをじっと見ていたリンがピクリとまゆを動かした。

「……あの気配……闇の力……?」

「お、おい……」

 リンは声をかけられて、後ろをふり向いた。後ろにいた仲間の一人が指差すその先では、建物の足元から、同様に黒いもやが吹き出していた。リンはあたりを見回した。見れば街中いたるところから、その不気味なもやが立ち上がり始めていた。それに気がついた二人の隊員も不気味そうに身を寄せ合い、つぶやいた。

「い、一体あの煙はなんなんだ……?」

「確かにまるで毒ガスみたいだな……」

 困惑こんわくする隊員二人の背後で、煙をにらむようにしていたリンがつぶやくように言った。

「闇の力だ……。陽の力が弱まって……今まで押さえられていた闇の力が……吹き出して……」

 次の瞬間、ばたんと何かが倒れる音がした。警備隊二人があわてて声を上げるその間で、茶髪の隊員は道端に倒れていた。顔色は白く呼吸も荒いまま、リン隊員は動けなくなっていた――。


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