第18話 待ち構える敵
「こんな場所だったんだねぇ……」
初めてこの場所に足を踏み入れるガイは、周りを見回しながらそうつぶやいた。
薄暗い通路は茶色の壁で覆われて、通路を所々水色の明かりが灯していた。そんな通路を青髪の少年と黄緑色のバンダナ頭の少年が歩いて行く。彼らの前には、肩ほどの髪をゆらし深緑の衣装をゆらしながら歩く少女がいる。通路の道案内をしてくれている巫女だ。
「やっぱり今まで見てきた闇の石の神殿とはち、ちが……は……は……はっくしー!」
「んん? 違うって? 違わなくなし? どっち、ガイ?」
「違うって言いたかったんだよ〜! くしゃみがイキナリ出ただけだったら〜!」
しばらく周りを見上げていたガイは
「それにしてもホント、前の時はひどい罠だらけだったから、今回は楽だなぁ」
そんなシンジの言葉に、道案内の巫女の少女が笑った。
「ふふ……神殿の罠に足を踏み入れて、無事深部までくるなんて……さすが女神の
「あはは……狙って罠にかかったわけではないんだけどね……」
シンジとガイは無事汽車に乗り、目的だったロウコクの町にたどり着いた。セイランの町と違い、このロウコクの町ではまだ魔物が街に現れるということはなかった。大地の女神の神殿がある分、まだ陽の気が強いからかなぁとガイは言っていた。しかしいつまでも魔物が出ないとは言い切れない。二人は町に着くなりすぐに神殿に向かい、その奥へ行かせてくれと頼んだのだった。数日前にこの神殿の奥に入り、女神からの
「それにしても、ここ数日の気の乱れはひどいものです」
案内役の巫女、サヤは沈んだ声でそう言った。
「女神様からあの不気味な
巫女の心底心配そうな声に、シンジは胸元を押さえた。そこには首に下げた水の闇の石があるのだ。それを服の上から強く握りしめ、決意を込めた声で答える。
「女神様の言うとおり、古の秘石で必ず闇を抑えるよ。だから大丈夫!」
「そうそう〜、そのためにボク達ここに来たんだから〜!」
少年二人の言葉に、巫女のサヤは振り向きながらホッとしたようにほほえんだ。そしてまた前を向くと、今度は先程より大きな声で言った。
「さあ、女神様の古の神殿まで間もなくです」
サヤが手を前にかざすと、通路の行き止まりのように見えた部分が音を鳴らし、左右に分かれて道を開いた。この道は巫女などの聖なる存在でなければ、開かない仕組みなのだ。その先に広がっていたのは黒い通路だ。今まで通ってきた通路とは一気に雰囲気が変わる。
「闇の石の神殿に切り替わったね」
それに気がついてシンジがつぶやくと、ガイは感心するように周りをまた見回す。
「へぇぇ〜。大地の神殿の地下に、闇の石の神殿とはねぇ〜。こんな作り初めて見たよ〜」
「そうだね、僕とシンも初めはびっくりしたもん。でも間違いなく闇の石の神殿なんだ。ほら、見てよ。所々に超古代文字が書いてあるから」
そう言ってシンジが指差す場所を、ガイも感心しながら眺める。もちろん、相変わらず彼らには読めない文字だ。
「ほんと〜。こんな時キショウがいれば……もがっ」
思わずキショウの話をしそうになるガイの口を、
「しーっ……。キショウの話は人前ではまだ駄目だよ。校長先生とレイロウ先生にだって今日知られたばかりじゃない」
こそこそと耳打ちするシンジに、ああ、とようやく気がつくガイである。どうにもガイとシンはおっちょこちょいなようである。幸い前を歩く巫女には気づかれていないようだ。シンジは巫女の様子を見て、ほっと胸をなでおろす。
「でも、超古代文字で何が書かれていたかは分からないの〜?」
「いや、巫女のサヤさんに歌ってもらったから、大事な部分は分かったよ。そこに闇の石と光の石っぽい話が出てたんだ。ね、サヤさん」
そこでようやく前を向き、シンジが巫女に声をかける。巫女のサヤは、髪をゆらしながらふり向いて首をかしげている。
「ほら、この黒い神殿に書いてある詩の話です。ガイは聞いたことが無いから、どんな詩かって話をしてたんです」
シンジの言葉に、サヤはああ、と思い出したように声を出す。
「あの女神様からの神託に出た歌ですね」
「神託って、女神様からなんて言われたんですか〜?」
女神の言葉を直接聞いていないガイは、興味深そうに尋ねた。サヤは瞳を閉じ、一つ息を吸うと、落ち着きある声で
「『溢れる闇の力を……秘石で……秘石の歌を……破滅を止める術は……そこにある……。……古の神の力となれ……』……と、女神様は言っていましたよ」
巫女の言葉に、改めて二人は考え込むようにうなった。
「今聞くと、ホントにこの危機のことを言ってるな……」
「よーく考えれば、溢れる闇……闇の力が溢れるんだから、その闇を封じるものって考えて、闇の石って気が付きそうな気もするもんねぇ〜」
と、ガイがうんうんとうなずくと、シンジが頭をかきながらまたうなる。
「さすがにあの時の僕たちじゃ気づかないよ〜。ペルソナが悪事を働いているとしか思っていなかったもん」
そんな話をしているうちに、彼らは神殿の一番奥にたどり着いた。数日前に彼らがキショウを助けた、あの黒く広い空間だ。闇の石に身体を乗っ取られたキショウと戦った時の形跡がまだ残っており、床は所々、くだけて割れていた。それに気がついたガイがため息をつく。
「ずいぶん傷だらけな神殿だねぇ〜」
「あ、いや、これはこないだ僕達がキショウと戦って出来た戦いの跡だよ」
「ふぅ〜ん…………って、ぅええええ〜!? こ、この床のくだけた跡が〜!?」
驚いて二度見三度見しているガイをさておき、シンジは闇の石を封じることのできそうな場所をキョロキョロと見回している。
「うーん……ペルソナがいたみたいな場所……大体こういう所だと思うんだけどな……」
――その時だ。
「飛んで火にいる夏の虫、とはよく言ったものだな」
聞き覚えのある声が響いた。開けた神殿の奥にある高い階段の上からだ。しかし二人はさして驚くほどでもなかった。二人が階段の上に視線を送れば――
「この偉そうな言い方〜……」
「そして、その割に子どもみたいな声のお前は――!」
案の定、二人の予想通りの人物がそこには立っていた。茶色の髪をサラリとなびかせ、大きな緑色の宝石を
「子どもであるお前たちに、そんな言われ方をされるとはな」
「やっぱりキミか、オミクロン」
ある意味狙い通りだった彼らにとって、オミクロンの登場は驚くものでもなかったのだが、巫女のサヤは
「え……。い、一体どこからあなたはここに……」
それもそのはず、通常であれば神官か巫女のような神殿に仕えるものでなければ入れない場所に、見知らぬ子どもがいるのだから驚くのも無理はない。その上、その子どもは見た目の割にずいぶんと大人びて、生意気な口を利くのだからなおの事である。
「ああ〜、あいつら転送魔法が使えるから、一度行った場所には行けるように術か何かしているんですよ〜。そうなると、結界もあんまり意味ないからねぇ〜」
そんな巫女に、ガイは相変わらず間の抜けた調子で説明中だ。その間にもシンジはオミクロンに声をかけていた。
「なんとなく来ていると思ったよ。狙い通り」
「……妙なことを言うな。まさかとは思うが、お前一人で私と戦うつもりではないだろうな。子どもとは言え、私は手加減しないつもりだ」
と、オミクロンは
「戦いたくなんかないよ。でも僕達、お前らに会いに来たんだ。確認したいことがあってね」
「ほう、確認……か。なんだ?」
と、その手の魔法発動の様子は変えないまま、少々驚いたような表情でシンジを見る。それに気づいて、シンジは首にかけたネックレスのような
「なるほど、考えたな。そこに隠していたのか」
「まあね。――オミクロン、正直に言って。お前たち……いや、ペルソナは一体どうして闇の石を集めているんだ? そして、どうしてそれを大地深くに沈めようとしているの?」
しばしの沈黙が流れた。シンジはじっと相手の目を見て離さなかった。対するオミクロンはその手の魔法陣を消し、目を細めたまま相手を探っているように見えた。
緊迫した雰囲気の中、思わず静まり返った空気に、ガイがゴクリと唾を飲む音が響いた。
最初に沈黙を破ったのはオミクロンの方だった。
「――そんなことを聞いてどうする? 大体……今の精霊族ごときに、この石の本当の価値も、ましてや今の危険な状態もわかるまい」
「そうでもないよ」
高圧的なオミクロンの言い方に、冷静にシンジが返す。
「闇の石は、超古代文明時代に作られた『古の秘石』で、闇の力をコントロールできるスゴイ石なんでしょ。それこそ――この世界を終わりにすることも、逆に救うことも出来るくらいの――」
シンジの言葉に、初めてオミクロンがその腕を下ろし、戦闘態勢を解いた。それに気がついて、シンジは階段を登り始めた。階段の天辺にいるオミクロンを見つめたまま、シンジは言葉を続ける。
「大地の女神の巫女さんから聞いたんだ。この世界は今危機なんだって。光の力が段々封じられて、その分闇の力が溢れている。この状態をなんとかしてくれ、古の秘石でって……。それって」
と、シンジは階段を登りきり、オミクロンの立つ女神の祭壇前まで来た。
「この闇の石を封じて、光の石が沈む連鎖を止めろって――そういうことなんでしょ?」
シンジは目の前のオミクロンに闇の石を突き出すようにして見せた。それをじっと見つめていた幼子は、無表情に少年を見て、黙ったままだった。
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