第17話 二手に分かれて


 二手に分かれ、シンジとガイは大地の神殿に向かうべく、まずは汽車のある町の駅に向かっていた。

 薄暗い町を走り抜ける途中、やはり何度か魔物を見かけた。警備隊が町の人の避難と、魔物退治に走り回っている姿も見つけた。建物の陰からうっすらと伸びる細い影のように、異様に手足の長い魔物だ。背丈は人の二、三倍はあるのだが、その細さは人の半分以下だろう。その輪郭りんかくは影のようにおぼろげで、顔には何もない。ただただ薄暗い影のようなのっぺらぼうだ。建物に吸い付くようにゆっくりと動き、時折その真っ黒な顔が、家々の窓をのぞき込む。中に人がいないか探しているのだ。そのゆっくりと余裕のある動きは、返って不気味に見えた。

「まだ弱い魔物だから、そんなに今は心配なさそうだねぇ〜……」

 見かけた魔物が弱いものだと気がついて、少しホッとしたようにガイがつぶやく。そんな彼らの影はぼんやりと薄い。ガイの得意技、影呑みの術で気配を薄くしているのだ。おかげで魔物に見つかることもない。

「でも、こんなに町の中に魔物が出るなんて……やっぱり、この町だけじゃなく、世界中で陰の力が強くなっているんだね」

 シンジがそう言って唇をむと、ガイはコクコクうなずいて進むべき道へと指を指した。

「だから早く行かないと〜!こんな騒ぎになっていたら、汽車だって止まっちゃうかもしれないよ〜!」

 今のところ汽車はまだ動いているようだが、いつ止まるとも限らない。二人は魔物の目を逃れながら、町の裏路地を駆け抜けていった。




 一方のシンとヨウサ、そして小鬼のキショウは一旦準備を整え校長室に戻ってきた。三人が校長室に来た時には、すでにシンジとガイは大地の女神の神殿のある、ロウコクの町に向かっていていなかった。代わりに校長室にはバタバタと何人もの先生が出入りしていた。

「三学年、全員無事を確認しました!」

「二学年は七名ほど体調を崩しています! 魔物の影響でしょうか?」

「六学年で一人が魔物を追い払うために怪我をしたようですが、すぐ治療しまして医務室まで行くほどではないようです、引き続き結界の錬成を続けます」

 シン達がいた数十分前までの様子とはうってかわって、緊迫感ある声があちこちから飛んでくる。そんな先生たちにあれこれと指示をしているのは、部屋の中心にいる校長先生だ。

「じっちゃん!」

 シンが声をかけると、あのフサフサのまゆから一瞬だけ瞳を見せて校長は彼らを手招きした。シン達が校長先生に近づく間にも、校長は次々先生たちに指示を出す。

「お主達、戻ったか。正直今は余裕がない。シン、お主にこの鍵を渡そう」

 ようやく先生たちとの会話が途切れ、その一瞬で校長先生はシンに一つの鍵を手渡した。ずっしりと重く古びた鍵だが、黄色の魔鉱石がはめ込まれ、光を反射してキラリと輝いた。

「じっちゃん、この鍵は……?」

 シンが首をかしげるが、校長はそれに答える余裕はないようだった。混乱した先生たちが次々質問してきて、それに答えるのに精一杯だった。

「行ってみれば分かる。その部屋にあるものをお主にやろう。上手に使うのじゃぞ」

 校長がそう言うと、質問を投げかける暇もなく、溢れくる先生たちの波に押し出されるようにシンたちは校長室を追い出されてしまった。

「……困っただべな……」

 校長室から追い出され、途方に暮れたようにつぶやくシンの隣で、ヨウサがシンの手の中にある鍵をのぞき込んだ。

「ずいぶん古い鍵ね……。こんな鍵のかかった部屋なんて、学校にあったかしら?」

 ヨウサの言葉に、シンの頭の中に隠れていたキショウがこっそりと顔を出した。

「あの混乱ぶりじゃ無理もねぇな。なあお嬢ちゃん、この鍵のかかっている部屋、思い当たらねぇか?」

 小鬼の問いかけに、ヨウサはあごを押さえた。

「うーん……。古い部屋……古い部屋……うーん……学校の図書館は確かに古い作りだったけど……こんな鍵は初めてみるのよね……」

 その時、シンがあっと声を上げた。思わずヨウサが顔をあげると、シンは鍵を見つめ、ぽんと手を打った。

「思い出しただ、この鍵、どこかで見たことあるべな〜と思ったら、レイロウ先生の研究室! あそこの奥にある倉庫、この鍵と似た黄色の魔鉱石がはめられた扉だったべ!」

 その言葉に、何度か先生の研究室を出入りしているヨウサもあっと息を飲んだ。

「そうと決まれば、急いで行ってみるか!」

 シンとヨウサは、即座そくざにレイロウ先生の研究室目指して駆けていった。


 行き慣れた研究室の前の廊下は、今は人もいなくて不気味なほどしんとしていた。いつもなら先生が何人か出入りしているものだが、今日はこの騒ぎだ。生徒のいる教室の方に先生も出払っているのだろう。もちろん、彼らの担任、レイロウ先生も不在だった。

「先生もいないのに、研究室開いているのかしら……?」

 そんなヨウサの心配は杞憂きゆうに終わった。そっと扉に手をかければ、何事もないように扉はすっと開いた。鍵を開けておいてくれたのかもしれない。

 中をのぞけば、いつものようにへんてこな古代文明の機械や本が山積みだ。それを横目で見ながら、シンは部屋の奥へと足を進める。研究室の突き当りには、確かにシンの言ったとおり、黄色の魔鉱石がはめられ、茶色に古びた重そうな扉があった。しかし見たことはあっても一度も入ったことはなかった。

「この中って、そういえばどうなっていたのかしら? 一度も見たことなかったわね」

 ヨウサの言葉にシンも同調するようにうなずく。

「オラ達の間でもよく噂してただべよ、レイロウ先生の研究室には古代の機械モンスターが隠されているとか、すべての情報を集められるすごい機械を隠し持っているとか……」

「なんだよそれ、悪の狂科学者マッドサイエンティストみたいだな」

 シンの言葉にキショウが半ばあきれ気味につぶやくと、ヨウサはため息混じりに肩を落とす。

「なんだか男の子が考えつきそうな話ね。どー考えてもそれはないと思うけど……」

「わかんねーだべよ、でもま、今はそれどころじゃねーだべさ。開けてみるだべ!」

と、勢いよくシンが鍵を差し込み、鍵穴を回す。

 ガチャリ、と重たい金属音が響いて、鍵のあいた感触があった。ゴクリと喉を鳴らしシンが中を除くと――

 予想通り、倉庫の中もごちゃごちゃと機械や本が棚に押し込まれていた。大して先程までの部屋の中と雰囲気は変わらない。あからさまにがっかりしたようにシンが肩を落とす。

「なんだぁ、古代の巨大機械はないだべなぁ」

「どー考えても、この狭い倉庫にそんな巨大機械は入らねーだろーが。それより、見ろ。床に魔法陣が書いてあるぞ」

 キショウの指摘に、シンもヨウサも床を見る。うっすらと水色に光る魔法陣はごちゃごちゃした棚に囲まれ、ひっそりと発動されるのを待っていた。床の端に押しやられた山積みの本を見る限り、どうやらこの魔法陣を書くために床に置かれていた本は端に寄せられたようだ。

「レイロウ先生は校長先生のために、この部屋を貸したのね……。この様子じゃ散らかっていたから、あの短い時間で片付けるの大変だったろうなぁ……」

 そんなことを思ってしみじみつぶやくヨウサである。

「じゃあさっそく行ってみるだべさ!」

と、シンが魔法陣に飛び乗ろうとすると、キショウがその赤髪を勢いよく引っ張ってそれを制した。

「ちょっと待てっ!」

「いだだだだ! 相変わらず髪を引っ張るのはやめてほしいだ!」

「お前が先走ろうとするからだろーが! お前、校長の言ってた言葉、忘れたのか? この部屋にあるものをお前にやるって言ってたろ。なんかアイテムがあるんじゃないか?」

 その言葉に思い出したようにシンがああ、と言うと、すぐにヨウサが部屋のすみにある奇妙な布の袋を指差した。

「なんだか、この部屋の雰囲気に合わないものが一つだけ置いてあるわよ? 何かしら、あの銀色の袋……」

 そう言ってヨウサが指差す所は部屋のすみ、機械の積まれた棚の足元にあった。シンが魔法陣をけるように歩み寄ると、それは銀色に輝く糸で刺繍ししゅうされた布の袋だった。シンがそれを持ち上げると、袋越しに細長い物体が入っていることに気がついた。そっと袋の口から手を差し入れ引っ張り出すと――

 それは銀色に輝くキレイな剣だった。さやから抜き出せばその身も鞘同様、白銀でキラリと光を反射した。つかは白銀のひもで固められ、以前シンが持っていた風の闇の石のものと同様、黄色の風の魔鉱石が施されている。握れば手にしっくりと馴染なじみ、扱いやすそうだ。

「わあ、キレイな剣ね。なんだか剣にしては短いけど……」

「ふうん、片刃でその長さ……。小太刀ってとこか」

 武器について多少の知識があるキショウは、その武器の分類を言い当てる。

 おそらく、風の闇の石の短剣を奪われたシンを気遣って、校長先生が準備してくれたのだろう。シンはしばらくその剣を握り、構えたり振ったりしていたが、手に馴染むことを確認すると、真剣な表情でつぶやくように言った。

「じっちゃん、オラのためにありがとうだべ……。ありがたく、いただくだ!」

「貸しているだけかもしれねぇがな……」

 思わずこっそりつっこむキショウである。

「さあ、準備も揃ったべ! いざ、炎の闇の神殿に行くだべよ!」

「おお〜!」

 シンのかけ声にヨウサも、珍しくキショウも声を上げ、三人は魔法陣の上に飛び乗った。




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