第16話 迫りくる危機


「魔物だなんて……そんな……」

 思わずレイロウ先生が言葉に詰まる。しかしその反応はその場にいる誰もが一緒だった。

 町に魔物が出るなど、そんなことは今まで一度だってなかったのだ。陰の気の強い魔物は、通常暗い森や洞窟どうくつなど、人のあまり近づかない場所に多い。陽の気が強い町の中に魔物が出るなど、普通ならありえないのだ。

 部屋のみんなが不安げに顔を見合わせる中、校長先生の声が響いた。

「簡単に状況を教えてくれるかの」

 校長はあくまで落ち着いて質問を投げかけた。その言葉に、呼吸を整えながら若い先生が続けた。

「朝、生徒達が登校するなり逃げるように走って来たので……。聞いてみたら登校中に魔物が突然現れたと……。どうやらそれが一部ではないらしく、今来た生徒のほとんどがそう言うんです。みんな怯えたり泣いたり大変です。まだ怪我人は出ていないようですが……。もしこれが本当なら、恐らく街全体が大変なパニック状態になっているんじゃないかと……」

 校長はそれを聞き、すぐに窓に歩み寄ると校庭越しに町の方を見た。思わずシンとシンジも窓に走りよった。見れば空の薄暗さはより闇に近づいており、昼間の曇り空にしては空気が重い感じがした。

 耳をすませば、街の喧騒けんそうがずいぶん騒がしく聞こえ、時折叫び声までも聞こえていた。それに気がついて双子が息を飲んだ時だ。街全体に響き渡る鐘の音がうっすらと耳に届いた。

「警備隊の警報の鐘じゃな」

 同じものを聞いたのであろう校長が低い声でつぶやくように言った。それを聞き、ハセワ先生は窓に走り寄り、すぐに鐘の音を確認すると、その若い先生につかみかかる勢いで走りよって尋ねた。

「どどどどういうことだ⁉ このセイランの町にま、ま、魔物だと⁉」

「私にもよくわかりません!」

 そんなあわてる先生達の間で、ガイが思いの外落ち着いた様子で自分の首にかかっている鏡を見つめていた。

「確かに魔物が現れてもおかしくないかもね〜。町の中なのに陰の気が高くなってる〜」

 通常、町の中は陽の力が強く魔物は現れない。元々そういった場所だからこそ町が発展してきたのだ。ところがその町の気が陰にかたむいている。今までにそんなことが起こったこともなかったため、先生たちですら困惑こんわくしているのだ。目の前に迫ったこの危機的状況に気がついて、レイロウ先生の息を吸う音が震えて聞こえた。

「何だって急にそんなことが……。たしかに今日はずいぶん暗いとはおもっていたが、まさかそんな……」

「なるほど、それで魔物が現れたのか。結界を張らないと、学校内にも侵入されるぞ」

 立て続けてキショウが言うと、シンもシンジも思わず顔を見合わせた。

 誰もが不安を感じている中、校長はひげをさすりながら窓を離れ、歩きながら落ち着いた声で、しかし大きく声を張り上げた。

「まずは各学年主任の先生を校長室に呼んでくれるかの」

 校長の指示に、若い先生は大きく返事をしてそのまま廊下に飛び出していった。それを見て、ハセワ先生も後を追って駆けていった。

「町に魔物だなんて……」

 不安を隠しきれず、口元を押さえるヨウサに気がついて、ガイが声をかける。

「町には警備隊もいるから大丈夫だよ〜。戸締りさえちゃんとしていれば大丈夫」

「それならいいけど……割と母さんおっとりしてるから、ちょっと心配だわ……」

 その言葉に双子も気がついて、ヨウサに心配そうに近付いた。ヨウサの家はセイランの中心街にある。魔物が出たのだとしたら、ヨウサの母親も危険がないか、不安に思うのも当然だ。

「ヨウサの母ちゃん、心配だべか?」

「少し町を見てきたほうがいいかな?」

 しかしそんな双子の言葉を、厳しい口調で小鬼がさえぎった。

「心配なのはわかるが、お前らが優先すべきはそっちじゃねーだろ」

「小鬼の言う通りじゃな。とうとう心配しておった事態が起こってしまったからのう」

 立て続けに校長が言う台詞せりふに、双子達はおろか、レイロウ先生までも不安げに視線を向けた。

「心配していた事態……ですか?」

「さよう。魔物が現れたのは世界の陽の気が極端に少なくなったからじゃ。今までは陽の力に守られてきた地域も弱まっておるのじゃろう。そうなれば、陰の気がその分世界を支配する。それこそ結界でもなければ魔物はどこにでも現れるようになるじゃろう」

「もしかして、それってあの光の石が沈んでいる影響だべか……?」

 シンが恐る恐る尋ねると、校長先生は深くうなずいた。

 世界中の陽の気が低くなってきた原因は、光の石が沈んだことなのだ。世界の陽の力が弱まれば、その分陰の力の割合は当然増える。そうなれば今まで安全だった陽の地帯にも陰の気が流れ込んでくるのだ。

「いずれこの事態が起こるとはわかっておったのじゃ。この事態が起こったということは、それこそ肝心要となる『光の光の石』が沈んでしまったのやもしれん。光が失われた分、闇があふれ、その闇により世界中の生物の命が危ぶまれる……」

 その言葉に、ハッとしたようにヨウサが息を飲んだ。

あふれる闇……そんな言葉、確かどこかで聞いた気が……あっ!」

 急にヨウサが叫ぶものだから、部屋の全員が彼女を見た。

「思い出したわ! 大地の神殿の地下よ! あそこで巫女のサヤさんが歌っていた詩の中にあったわ!」

 その言葉に、双子も息を飲んだ。大地の女神の巫女であるサヤが、古くから伝わる詩を教えてくれたが、その詩のなかに「あふれる闇」という言葉があったのだ。

「そうか……大地の巫女さんが代々聞くという歌は、この光の石と闇の石の危険を訴えていたってことか……」

「あの詩は、超古代文明時代が滅んだ時の様子を歌っているかもしれねーだって、巫女さん言ってただ。やっぱり、今まさに世界の危機なんだべな……!」

 双子の言葉に校長先生は深くうなずいた。

「もはや一刻の猶予ゆうよもないのう。早く光の石の封印の連鎖を止めねば、このままでは――この世界が大変なことになるぞ……」

 そう言って校長が動き出そうとすると、レイロウ先生があわててそれを引き止める。

「ひとまず、学校の方はどうしますか!? きっと生徒たちも混乱しています、まずはそれをどうにか手を打たないと……」

「そうだな、おそらく体調を崩す奴らも増えてくる。魔法の腕が立つ精霊族ならなおの事だ」

 落ち着いた声でそう付け足すのはキショウだ。確かにその通りだった。魔術学校の生徒は精霊族の血を引く者が多い。ともすれば、この異変で真っ先に体調を崩すのは学校の生徒達、ということになる。

 険しい表情の校長先生に、小鬼はあごを押さえつぶやくように言った。

「……なあ校長先生。闇の石の神殿も何度かこいつらは行っているから、大体の攻略法はつかんでいる。そしてペルソナの部下達の顔も知っている。なんならここはシン達に任せてアンタは学校に集中したほうがいいんじゃないか」

 思いがけない提案に困惑こんわくしたのはレイロウ先生だ。

「そんな危険な所に、しかも危険な人物もいて、子どもたちだけで行かせるわけには……」

「でも、アンタらだけでこの学校の状況を抑えることも難しいんじゃないのか」

 小鬼の指摘は厳しかったが、確かに言うとおりだった。すでに学校内は混乱していることだろう。先生たちですら、あわてて走り回っているくらいなのだ。生徒たちの身の安全を守るためにも、急がなければいけないことは明らかだった。その言葉にレイロウ先生は唇をむ。キショウは続けた。

「それに目的が同じかも知れない今となっては、ペルソナを敵とは言えないだろう。ともすればそこまで危険な気はしないがな」

 そんな小鬼の言葉に、レイロウ先生に代わって答えたのは校長先生だった。

「――いいじゃろう。確かにお主らにたくすしかないようじゃのう。それにシン、シンジ……。お主らなら、ワシよりも奴らについては詳しかろう?」

 校長の呼びかけに、双子は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにその表情を凛々りりしくして、大きくうなずいた。

「ペルソナも、その部下もオラ達顔を知ってるし、戦い方も見えてきてるだ」

「どんな所に行くのかも、どんな所で石を沈めるのかも、大体は知ってます」

 双子の自信ありげなその回答に、校長は深くうなずいた。

「お主達なら出来ると信じておる。じゃが、くれぐれも注意して行くのじゃぞ」

 その言葉に双子も、ヨウサとガイもうなずいて答えた。

「任せるだ、じっちゃん! 必ず闇の石で光の石の封印を止めてみせるだ」

「闇の神殿を必ず見つけて、ペルソナ達も必ず見つけるよ!」

「そして闇の石を沈めてみせるわ!」

「あのペルソナ達に協力するっていうのだけ、ちょっとしゃくではあるけどねぇ〜」

 四人の言葉に続けて、キショウが一つ付け加えた。

「オレも一緒に行ってやる。オレなら、陽の力が弱まって悪影響はないからな。ちったあ役に立つだろ」

 何と言っても闇族である。闇の力が強まった方が元気になるのだから、逆に心強い。その申し出に、真っ先に喜んだのはシンだ。

「もちろんだべさ!」

「キショウが役に立たなかったことなんかないんだから、期待してるよ!」

 双子の言葉に、キショウは鼻を鳴らして口の端をゆがめて笑う。しかしすぐに表情を真面目にして、本に示された地図を指差して言った。

「今わかっている状況で、ペルソナがいる可能性のある場所は二つだ。このハイジュカイの谷、そしてあの大地の神殿の地下にあった闇の神殿の二つだ。この二つに手分けして行こうじゃねーか」

 キショウに言われて一瞬首をかしげるシンとは逆に、シンジがああ、と思い出したように言う。

「そっか、僕達がペルソナ達と会った闇の石の神殿で、一番最近の場所がそこだもんね。そこで沈めたような跡はなかったから、そこも沈める場所になるかもしれないんだね」

「そういうことだ」

 シンジの鋭い指摘に、キショウはうなずくだけだが、言われて気がついたシンとガイはほお、と関心しきりだ。

「と、なるとだべ――」

と、そこでシンとシンジは顔を見合わせ、うなずきあった。

「大地の神殿なら、キショウは行かないほうがいいよね」

 それもそのはず、以前神殿の罠にかかったのは、キショウが放つ陰の魔力に、神殿が反応したからだ。また連れて行けば罠にかかる。それは当然避けたい。弟の言葉にシンは続けた。

「逆に初めての場所についてきてもらった方が、オラは安心だべ。闇の石の神殿になると、超古代文字も出てきて困るだ。ホラ、言うだべさ。カエルの道はオタマ……」

「それを言うなら『じゃの道はへび』ね……」

 とっさのつっこみはヨウサである。続けてキショウがうんざりした顔で続ける。

「大体オレにとって得意分野ってワケじゃねーから、本来使い方も違う気はするがな……」

 気を取り直して、双子は大きくうなずいて話を続けた。

「そうとなれば、オラがハイジュカイの谷に行くだ」

「じゃあ僕は大地の神殿に。ちょうどそこには闇の石の反応はないから、うまくいけば僕の水の闇の石を沈めることが出来るかもしれないしね」

 双子の決断に、ヨウサとガイも顔を見合わせた。

「ボ、ボクは怖いところはちょっと〜……」

と、不安げなガイに、ヨウサは少々あきれ気味に肩を落とす。

「じゃあいいわ、私、シンくんと一緒に行く。大地の神殿も巫女さんに案内してもらえば安心なはずだから、ちょうどいいんじゃないかしら」

と、組分けも無事決まったようである。それを見て、校長先生は大きくうなずいた。

「ハイジュカイの荒野には転送魔法を準備してやろう。お主達準備を整えるんじゃ」

 校長先生の指示に、四人は力を込めてうなずいた。




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