第13話 光の石の存在


 校長先生が話し始めようとすると、それをさえぎってハセワ先生が校長に近づいた。

「校長先生も大事な話が出あるとは思うんですが、それよりも危険な事態が起こりました。これをご覧ください」

 そう言って、右手に捕まえた小さな鬼を校長に突き出して見せた。もっともひもに縛られている上、これほどの小ささだ。ぱっと見ではこれが鬼とは分かりにくいだろう。校長は一瞬、怪訝けげんな表情をして見せたが、すぐに手を伸ばすとハセワ先生からその小鬼を受け取った。それを見たヨウサはハッと息を飲み、あわてて双子達に向き直る。

「ま、まさか、キショウさん……⁉ シンくん、み、見つかっちゃったの⁉」

 ヨウサの言葉に、ハセワ先生はヨウサをにらみ、双子とガイは困った表情で静かに小さくうなずいて見せた。

 ひもに縛られ身動きのできない小鬼は、もはや抵抗をする気もないようで、校長の手のひらでぶすっとして、ハセワ先生をにらみつけていた。校長はそんな小鬼の様子を観察するように見ていたが、すぐにその口にかけられたひもを外そうと引っ張り始めた。それを見ながらハセワ先生が説明を始める。

「この小鬼をシン達の寮室の前で捕まえましてね。この小鬼の言うことには、こいつらと知り合いだと言っていまして、今朝確認をしたら、この子達もこの小鬼を知っているようで間違いありません。寮内に危険な種族を連れ込むなど言語道断です。たまたま小さな闇族だったから良かったようなものの、下手をすれば多くの生徒が犠牲ぎせいになっていてもおかしくない状況でした。これは……処罰に値すると思います。それこそ、停学……いや、退学すらありえる事態かと!」

 言いながら徐々に語調が強くなるハセワ先生とは裏腹に、校長の様子は落ち着いたものだった。そしてようやく小鬼が縛られていた口のひもを外すと、縛られて動けない小鬼を左手でつまみ上げながら、右手のひらで座れるような位置に直してやった。ようやく校長先生と向かい合える姿勢になると、小鬼のキショウは無言で校長をにらみつけた。そんな小鬼に校長は問いかけた。

「はて、ハセワ先生はそう言っておるが……。お主、陰の気が強いようじゃな。闇族で間違いはないと思うが、鬼の一族かの?」

 校長の問いかけに、小鬼は深く息を吸って、それを吐いた。しばらく縛られていたため、息苦しかったのだろう。そして目の前の校長をにらみつけるように一度見ると、観念したようにため息まじりに答えた。

「今更ごまかしても無駄だろうしな。そうだ、あの男の言う通り、オレは鬼の一族、そしてこのガキどもの知り合いっちゃ知り合いだ」

 その言葉にハセワ先生は双子達をジロリとにらむ。その視線を感じて、双子も負けじと一瞬先生をにらむが、すぐに視線は仲間のキショウに向く。

 校長は続けて問いかけた。

「今はあまり時間がない、簡潔かんけつにいこうかの。何用でこの子達と一緒にいた?」

 その問いかけにキショウは一瞬相手を探るような視線を向けた。真剣に校長の瞳を見、視線をそらさずにそのまま続けた。

「話がわかる人ならいいんだが……一応言ってみるか。闇の石の地図の本の解読を頼まれ、そしてその手伝いのためにあの場にいた。……って言ったら、どうする?」

 その言葉に、校長が珍しくそのまゆに隠れた眼光を鋭く光らせた。と同時に、闇の石の話を知っているレイロウ先生がはっと息を飲んだ。

「闇の石……いや、あの文字を読めるだって……? シ、シン、それは本当なのか?」

 困惑こんわく気味にシンを見るレイロウ先生に、シンもシンジも深くうなずいて見せた。

「じっちゃん、キショウは超古代文字が読めるんだべ」

「キショウってのは、その小鬼の名前です。僕たち、湖の神殿に行った時に初めてキショウと出会って、時々助けてもらっていたんです。今ではあの闇の石の本もだいぶ読めるようになって、あのペルソナがしようとしていることも、大分分かるようになったんです」

 双子が説明を始めると、ハセワ先生は双子を大声で叱り飛ばした。

「何をわけのわからないことを言っているんだ⁉ 今はお前達のお遊びの話をしている場合じゃないんだぞ! 闇族がどれだけ危険な種族か、分かってるんだろうな⁉」

 しかし――

「ハセワ先生、待ちなさい。少し黙っていてもらえるかの」

話を止められたのはハセワ先生の方だった。思いがけない制止に先生が面食らったのは言うまでもない。一瞬言われた意味がわからず、混乱した様子で、シン達と校長を交互に見ながら口をパクパクしていた。

「え、や、校長? あの、今はこいつらの遊びの話をしている場合ではなくてですね……」

 ハセワ先生の言葉に、校長は鋭い眼光を向け、静かに口を開いた。

「今は闇族がどうとかいう話をしている場合ではないのじゃよ。それこそ、今はこの子たちの話の方が重要じゃ」

 意味がわからずあたふたしているハセワ先生を置いて、校長はキショウを縛り付けていたひもを全部外すと、穏やかなほほえみを浮かべ、シン達に言った。

「どうやらお主達、ワシのいない間に真実に近づいていたようじゃのう」

 その言葉にシンはうなずき、少し安心したように胸をなで下ろした。ひとまず、キショウをどうこうする、という話は置いておけそうだと思ったのだ。それを察してシンジはすぐに口を開いた。

「校長先生、その小鬼の話も大事ですけど、でも、彼が寮にいたのも事情があるんです」

「そうなんだべ、それよりも大事な話を聞いてくれだ」

と、双子が言葉を続けようとすると、それを空いている左手で制し、校長は続けた。

「お主達がここまで把握はあくしたことを、当ててみようかのう。……今、超古代文明の遺産の力によって、世界の破滅が近づいている……。まず大地の力が封じられ、大地の精霊族らが弱っておる……」

 その言葉にシン達四人がうなずき、また口を開こうとすると校長はさらに続けた。

「続いて水の精霊族らが弱っておる。それは古の力によって、世界中の水の魔力が大地の奥深くに封じられようとしているから……そうじゃな?」

「さすがだべ、じっちゃん! よくオラ達が言いたいことがわかっただべな!」

 言いたかったことが当てられて、シンが感心して声をあげると、校長先生はまたいつものように穏やかに笑って見せた。

「いやなぁに、ここまではレイロウ先生からも聞いていたのでな。ついでに言うと、最近大地の女神より神託しんたくを受け、例の秘石、闇の石でこの世界の危機を救うようにお願いされておったのじゃろう?」

 その校長の指摘にヨウサが大きくうなずいた。

「そうなんです。このままじゃ世界が危ないって……。そう女神様を神降ろしした時に言われたんです。そして女神様の言葉にもあったんですけど、そんな危険な状態にしているのが、きっとあの闇の石なんです」

 今度はヨウサに続いてシンジが言葉を続けた。

「校長先生、ペルソナがやろうとしていることがわかったんです。キショウが本を読んでくれて、はっきりしました。ペルソナは、あの闇の石を集めて、それを大地に封印しているんです。最初が大地の闇の石、そして闇の闇の石、最近奪われたのが炎の闇の石……」

「そして恐らく……」

シンジの言葉を継いだのは、校長の手のひらに立つ小鬼だった。

「フタバに憑依していたペルソナは、こいつらの闇の石の地図を使って、闇の石の神殿の場所を探していたはずだ。フタバがシン達の部屋で唱えた呪文……あれで闇の石の神殿の場所が映しだされた。恐らく、闇の石の神殿こそ、石を封じることができる場所なんだ」

 キショウの言葉に、校長がうなるようにうなずいた時だ。混乱気味のハセワ先生と、いまいち話がつかめ切れていないレイロウ先生の二人が、話を割って口をはさんだ。

「待ってください、校長先生! こいつらの話が今ひとつわかりませんが、このチビは闇族の鬼で間違いはないですよね⁉」

 いら立ちげに声を荒げそうなハセワ先生の一方で、レイロウ先生は困惑こんわく気味で口を開く。

「闇の石の話は分かりますが……この鬼の話は信じていいものでしょうか……。それこそこの子達を信頼させて、襲いかかろうなんて、そんな危険なことは……」

「そうですよ、それこそこの鬼にだまされて、こいつらがでっち上げた妄想の可能性も……!」

 二人の言葉に、思いがけず反発したのはシン達だった。

「キショウは頼れるオラ達の仲間だべ! 話だって本当だべさ!」

「ペルソナ達と戦ったときだって、キショウは僕たちを助けてくれたもん!」

「キショウさん、魔法の腕も立つし、話してわかったの。いい人ですよ、先生」

「確かに小さいくせに生意気だけどね〜」

「それだけ余計だっ!」

 ガイへのツッコミはもちろんキショウ本人である。さらにシンは続けた。

「闇族とか精霊族とか、そんなのオラ達には関係ねーだ。友達は友達だべ」

 思いがけず、その言葉にレイロウ先生が目を見開き、途端とたんうつむいた。

「……確かに、種族一つで差別はいけませんな、先生」

そう言って、にこやかな笑みを浮かべるのは校長先生だ。その言葉にまだ反発しようとするハセワ先生の隣で、レイロウ先生が深く息を吸い、低い声で答えた。

「……私としたことが……またこんな……。子ども達の言う通りですね……。彼らが信じる人を、私たちも信じてあげなければ……」

 レイロウ先生のその言葉に校長は深くうなずき、言葉を続けた。

「その通りじゃ、レイロウ先生。どうやらこの小鬼がシン達を助け、おかげで闇の石の真実に近づけたようじゃのう」

 穏やかにひげをなでながらそう言う校長先生に、四人の子どもたちは大きくうなずいてみせた。そんな四人に答えるように校長は話を続けた。

「確かにお主たちの言うとおりじゃ。どうやら今、世界全体を巻き込む大変なことが起こっているようじゃ。そしてそれにあの闇の石が大きく関連しておる。それは間違いない。じゃが――間違いは正す、それも先生の務めじゃ」

 思いがけない言葉に、シン達四人はギョッとして顔を校長に向けた。話が通じると思っていたのに、急にそんなことを言われて不安になったのだ。

 逆にハセワ先生は満足げに大きくうなずいた。

「その通りです、校長先生! こいつらの戯言ざれごとを正して、ちゃんと反省させなければ!」

「じっちゃん! オラ達の話、信じてないだべか⁉」

「本当に女神様から言われたんです! 巫女さんに聞いたら分かります!」

 思わず双子がそう口走ると、思いがけず校長先生は視線をじっと双子に向け、真剣な口調で言った。

「本当に、闇の石を封じるのを止めろと……そう言われたのかの?」

 その言葉に双子はだって、と口ごもる。その一方でヨウサは考え込み、首をかしげていた。

「そう言われてみれば……女神様を神降ろしした時、そうは言ってなかったわ。確か世界の破滅が近付いているから、秘石でそれを防げ、とか、いにしえの神の助けとなれ、とか……」

「古の秘石を使え、と……そう言ったのじゃな?」

 校長先生の問いかけに、ヨウサは自信なくうなずくが、双子は力強くうなずいた。

「確かに、闇の石とは一言も言ってなかっただべが、イニシエの秘石とは言っていただべ」

「そしていにしえの神の助けとなれ、とは確かに言っていました。『いにしえの神』が何なのかは、巫女さんに聞いても分からなかったけど……」

 その言葉に、校長先生はヒゲをさすりながら深く息を吸った。その様子に四人は思わず沈黙してしまった。

 闇の石のせいで世界に危機が迫っていると思っていたのだが、違うのだろうか? 校長先生に質問されて、シン達は自分たちの推理に自信を失いはじめていた。

 しばしの沈黙をはさみ、最初に沈黙を破ったのはレイロウ先生だった。

「シン達を疑うわけではありませんが、神降ろしした巫女の言葉は信憑性しんぴょうせいがあります……。一体どういうことなんですか、校長先生……。闇の石が大地に沈められて、封印されているからこそ、生徒達やこの世界に悪い影響が起こっているのではないのですか……? それとも、他に原因が……?」

 レイロウ先生の言葉にシン達四人も困惑こんわく気味に校長を見る。

 校長先生の言葉では、どうやら世界に危険が迫っていることに間違いはないらしい。だが、その原因は闇の石ではないのだろうか……?

 部屋全員の視線を受け、ようやく校長が長い沈黙を破った。

「ここより北に北方大陸という土地があるのは、みんな知っておるな?」

 唐突とうとつな話に、その場の全員がキョトンとした表情を浮かべた。闇の石とは全く関係ない話だ。どうして校長先生は突然こんな話をするのだろう? 思わず双子は顔を見合わせた。

 困惑こんわくしている彼らをおいて、校長は続ける。

「あの大陸には昔から不思議な神殿があってのう。代々その神殿を守る守護役という光の術の使い手がおるのじゃ。ほれ、お主達の寮のお手伝いにリサという女子生徒がおるじゃろう。あの子もその家系なのじゃ」

 思いがけない人物の名に、シン達だけでなく、先生も、そしてキショウまでも目を丸くする。

「え、リサって北方大陸の出身だっただべか!」

「確かに肌の色が白いと思った!」

「どうりでリサのヤツ、光魔法に長けてるはずだぜ! 初めて知った……」

 小鬼の反応に思わず疑問が浮かぶ先生二人だが、今はそれをつっこんでいる場合ではない。校長は続けた。

「なぜ、守護役が光の術に長けているのか……。それは簡単なことじゃ。彼らが守護しているもの……それこそが、『光の石』だからのう」

 その言葉に、双子もヨウサもガイも、レイロウ先生までもが息を飲んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る