第12話 小鬼の危機
「お主達、明日朝一でワシの部屋にきなさい。お主たちには話しておかねばならないからのう。――光の石のことを」
「光の石――?」
ようやく出た言葉は、こぼれるようにシンの口から漏れた。
ペルソナが奪い続けていた石は、闇の力を支配する「闇の石」だ。超古代文明時代から残るとされている貴重な秘石――。いつも彼らの事件の中心にあるのは闇の石だったから、記憶からすっぽり抜け落ちていたが、実はもう一つ、重要なアイテムがあった。
そう、闇の石とは反対の力を持つ「光の石」だ。
いつだったか、フタバが彼らに話していたことがあった。
「昔話なんだけど……。
その超古代文明があったとされる時代は、今以上に魔法が発達していたんだ。
なんでも魔法でできて、
どんな所にも行けて、
なんでも作れて……。
それで人々は思った。
『もっと強力な力を手に入れて、人が神になろう!』って。
そこで、人々は全ての力をつかさどる不思議な『光の石』を作った。
その石があれば、世界の全てをコントロールできる強大な力を持つ石さ……」
――今にして思えば、その話をしていたのも、フタバに憑依していたペルソナだったのかもしれない。
「そういえば、最初にボク達が探そうとしてたのって、光の石だったよねぇ……」
寮の玄関をくぐりながら、思い出すようにバンダナ頭のガイがつぶやく。昨夜ペルソナの術に飛ばされた玄関の扉はすぐに修理されたが、まだヒビは残っていた。それはペルソナの術の威力を物語っていた。
そそくさと朝食を食べ終えると、双子とその友人は早めに寮を出た。まだ寮生の多くが朝食を取っている時間だったが、彼らはいつもより早く食堂に入り、早めに出てきたのだ。そう、昨夜言われた通り、朝から校長先生に会いに行くために。
冬の訪れを感じ始める時期ではあったが、まだ季節は秋。少し冷たい空気を吸い込んで赤髪のシンは空を見上げてそれを吐いた。空は朝にしては薄暗い、どんよりとした曇り空だ。心なしか空気まで灰色に感じた。それだけ世界が薄暗く感じたのは気のせいだろうか。
そんなシンの隣で、ガイの言葉にうなずいているのはシンジだ。 「昨日、校長先生に言われるまで僕も忘れてた。ペルソナに初めてあった時、ホラ、大地の闇の石を見て、僕たち『あれが光の石?』って思ったら、違うってアイツに言われていたよね」
弟の言葉にシンもうなずいた。
「全く存在を忘れていただべ……。それに今まで一度だって光の石を見たことも話に出たこともなかっただべさ」
「そりゃあ、ボク達の頭からきれいさっぱり抜け落ちてたから無理もないよ〜。それにずっとペルソナが狙っていたのも闇の石だしさ〜。見つかる神殿だって闇の石のものばかりだったじゃない〜」
ガイの指摘に、シンジはあごを抑え込む。
「でも、確かにおかしいよね。この世界を壊そうと思ったら、光の石だってきっと重要なアイテムだもん。あのペルソナが光の石を奪ってこなかったって気にならない?」
その問いかけにシンもガイも首をかしげ、予想を立てる。
「もしかしたらすでにペルソナが奪っていたのかもしれねーべ」
「もしかして、光の石は聖なる力だから、ペルソナみたいな悪党は手が出せないとか〜?」
「よくわからないけどね……」
それもそのはず、彼らは今まで一度も光の石のことを考えてこなかったのだ。今更考えるとなっても情報がなさすぎた。そんな中、校長先生がわざわざ「光の石」の話をすると言ってきたのだ。期待よりも不安の方が大きかった。
思わず無言になる三人だったが、しばしの間を挟んで、シンが大きく息を吸い込み沈黙を破った。
「きっと、じっちゃんの話を聞けば、わかるべさ!」
三人は学校へ続く道を早歩きで降りていった。朝にしては薄暗い空気だったが、そんなことは気にもせず、三人の少年達は歩いていった。
学校に着いて昇降口に入った時だ。視線をあげた三人の顔がこわばった。それもそのはず、正直三人が苦手にしている人物がででん、と効果音でもつきそうな様子で仁王立ちしていたのだ。それを見るなり、正直者のシンは素直な言葉が口をついた。
「げ、ハセワ先生だべ……」
「おはようございまーす」
「お、おはよございます〜……」
シンジはさておき、ガイもどうやら正直すぎるようである。過去、学校の時計を壊した犯人と疑われ、濡れ衣で散々怒られたことのある先生である。彼らが苦手に思うのも無理はない。さっさとあいさつを済ませ、足早に先生の前を通り過ぎようと、いかついハセワ先生の横を通り過ぎたときだ。先生は背後から、あいさつではなく、思いがけない言葉を返してきた。
「お前達、闇族を知っているな?」
心臓が飛び出しそうなくらい、三人はドキッとした。思わず三人とも動きが止まってしまっていた。
「(ももも、もしかして、キ、キショウのことだべか……)」
こそこそとシンジに耳打ちするシンに、シンジもこそこそと首を振って返す。
「(まさか!で、でもここは知らないふりをしとかないと!)」
と、あわてて三人は愛想笑いを浮かべて先生に振り向いた。
「や、闇族ってなんだべ? お、オラ知らないだべなぁ」
「そ、そうそう、鬼なんて知らない知らない〜……もがっ!」
あわてすぎて思わずそう口をついたガイに、シンジの手が伸び口を封じたがもう遅い。
ガイのその言葉を聞いて、ハセワ先生はいかつい顔を更に怖くして、三人に顔を近づけた。
「やはり、おかしいと思っていたんだ。このトラブルメーカー達め。お前達、この闇族の鬼と知り合いだな」
と、そこで右の握りこぶしを三人に突きつけてきた。そこには――
「ああ! キショウ!」
「大丈夫⁉」
なんとハセワ先生のこぶしに握られて、苦しそうにしていたのは彼らの友人、ちび鬼のキショウその人だった。見れば口と体に
昨夜までは一緒に行動していたキショウだったが、ペルソナ騒ぎの最中、またしても姿を消していたのだ。――もっとも、気がつくと姿を消している小鬼のこと、その上昨夜はフタバの事やペルソナの事、光の石の事で頭がいっぱいだった彼らにとって、キショウの事は二の次になっていたのは否めないが――どうやら、彼らの部屋の前にいたところを、見回りの担当だったハセワ先生に見つかってしまったということらしい。
「やめて先生! キショウが苦しそうだよ!」
「なんでハセワ先生なんかに、捕まってるだべさ!」
双子が思わず手を伸ばすと、その手をヒョイとかわして先生はその太い腕を彼らの届かない高さに持ち上げた。代わりに怖そうな顔を彼らに近づけて、低い声でうなるように言った。
「昨日の夜、お前達の部屋のあたりをうろついているのを見つけて捕まえたんだ。魔物にしては人間っぽいし、怒ると
先生の言葉に双子とガイは顔を見合わせた。
「(今更知らないふりは通用しないよねぇ〜)」
「(それどころか、このままじゃキショウが危険だよ)」
「(いっその事、正直に話してみたらどう〜?)」
「(ダメだよ、ハセワ先生じゃ、僕たちの言うことなんか信じてくれないよ)」
「(ここは……
そう三人がこそこそと話していた時だった。
「あれ、お前達、もう来てたのか。校長先生がお呼びだぞ」
ホッとする声に、三人の緊張感がほぐれた。彼らの予想通り、声の主は担任のレイロウ先生だった。彼らに近づきながら首をかしげる担任の先生は、相変わらずのボサボサの長い髪を後ろに束ね、しわくちゃの白衣のポケットに手を突っ込んでいる。
近付くにつれ、この状況がおかしいことに気がついたようで、レイロウ先生は不思議そうにハセワ先生に問いかけた。
「ハセワ先生、どうしたんです? 怖い顔して……」
「見てください、レイロウ先生。こつらの部屋の前にこんな小さな鬼がいたんですよ」
そう言って右手に握りしめている小鬼をレイロウに見せると、立て続けに三人を指差して怖い声を出す。
「どうもこの小鬼、彼らの知り合いだと言っていたんで、おかしいと思ったんですよ。で、今こいつらに問い詰めたら、知り合いのようで間違いないようでしてね。寮にこんな危険な種族を連れ込むとは、
厳しい物言いに、レイロウ先生も思わず
「正直、こんな小さな鬼は初めて見ますが……。どちらにせよ、こんな例は今まで聞いたこともありませんし、処罰を考えるのは私たちでは無理でしょう。ちょうど、この三人は校長先生に呼び出しを受けていますし、この小鬼の件も一緒に話せばいいと思いますよ」
との提案に、ハセワ先生も満足げにうなずいた。
「校長先生から直々の処罰なら、一番効果的でしょうな。じゃあ、私も一緒に校長室まで行きますよ」
「ええ〜⁉」
当然、この反応はシン達三人である。
「どちらにせよ、お前達には大事な話があるんだろう? 闇族だなんて、私たちでは対応できないよ。合わせてそこで話を聞くから、お前達も素直においで」
レイロウ先生にそう言われては反発もできない。三人は
「それにしても、今回の件以外ですでに呼び出しを食らっていたとは、相変わらずの問題児たちですな」
校長室までの道のりの中、ハセワ先生の皮肉もたっぷり聞かされるはめになったが、三人は、前を歩く二人の先生には聞こえないように、こそこそと話し合いをしていた。
「(光の石の話だけでも長くなりそうなのに、困ったね)」
「(それより、キショウを先生から早く助け出してやらなきゃいけねーべ)」
「(校長先生なら、ちょっとは話をわかってくれるんじゃないかなぁ〜?)」
そんなやりとりをしているうちに、彼らは校長室までやって来た。大きくて
「おはよ、シンくんにシンジくんにガイくん」
ピンクの髪が特徴の彼らの友人、ヨウサだ。三人に気がつくなり、彼女はソファから立ち上がった。
「あれ、ヨウサ、来てただか」
「学校に着いた
「どうやら、そろったようじゃの」
立て続けに校長の声が部屋に響く。全員が視線を向けると、大きなガラス張りの窓を背に、校長がくるりと回転椅子を正面に向けたところだった。
「予定にない人物も数名いるようじゃが、それも合わせて、おそろいじゃな」
いつもなら優しい雰囲気の校長が、この時ばかりは
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