第11話 負傷した友人


 眠い目をこすりながら、しんと静まり返った廊下を歩く少年がいた。月明かりが窓から差し込む以外、ほとんど光源はない。しかし月明かりは十分なほど廊下を照らし、暗闇に少しばかり慣れた少年には、まぶしくさえ思えた。

「ふぁああ……」

 眠いからなのか、それとも元々の顔なのか、細い目をこすりながら少年は静かに廊下を進んでいく。少しずれた緑色のバンダナを整えながらゆっくり歩くのは、双子の友人であるガイだった。月もだいぶ高く昇ったところを見ると、夜はだいぶ更けているようである。

 廊下をしばらく行き角を曲がると、夜にも関わらず明かりがまぶしいくらいの部屋が見えた。寮の一階にある医務室だ。

「あそこかぁ〜」

 言いながらガイはまたあくびを一つみ殺し、部屋に向かって足を進めた。

「どーぉ〜? 調子は〜?」

 寝ぼけた声で呼びかけて部屋の中をのぞくと、ガイの予想に反して白衣の男が振り返った。

「あれ、レイロウ先生〜?」

 そう、そこにいたのは彼らの担任、レイロウ先生だった。部屋に入ってすぐ、扉の隣に先生は立っていた。決して広くはない医務室だが、木目調の落ち着いた部屋の奥にはいつもの白い診療机、そしてここからは見えないが、その更に右奥にはベッドが幾つか並んだ部屋がある。ぱっと見たところ、友人二人の姿は見えない。おそらく奥にいるのだろう。

「なんだ、ガイも来てくれたのか? 寝ていてもいいんだぞ」

 さすがに先生も疲れているのだろうか。いつもより低い声色で呼びかけられた。ガイは緑色のバンダナ頭を振って見せた。

「さすがにボクだけ休むのも〜……。それに、呪術のことならちょっとは役に立てるかなぁと思うし〜」

 そんなガイの声に気がついたのか、部屋の奥からパタパタと足音がした。出てきたのは青髪の少年、シンジだった。

「ガイ、来てくれたんだね」

 どこかホッとした表情をみせてつぶやく友達に、ガイは眠そうにコクリとうなずいた。

「フタバくんの意識が戻らないって聞いたからさ〜。少しボクもお見舞にね〜」


 ペルソナが双子たちの目の前に姿を見せてから、ゆうに二時間ほど過ぎただろうか。ペルソナに操られていたことがわかって、そのペルソナから解放されたはずのフタバは、それから意識を失ったままなのだ。肝心のペルソナには逃げられ、闇の石の短剣も奪われてしまった。正直のんびりしている場合ではないのだが、友人の危機となればほうっておくことは出来ない。双子はすぐに、校長と共にフタバの介抱かいほうに当たったというわけだ。事情を双子から聞かされたガイも、すぐに医務室に行こうと思ったのだが、部屋の状態をほうっておくわけにも行かない。氷漬けにされた闇の石の本をきちんと結界の中に保管し、フタバが割った窓のことを寮の管理人に謝って、それから来たのだから遅くなってしまうのも仕方ない。

 シンジに案内され、ガイも医務室の奥に入った。薄水色のカーテンをくぐるようにして入ると、あの目立つ赤髪が目に飛び込んだ。シンだ。シンの隣のベッドには予想通り銀髪の少年、フタバが重くまぶたを閉じて横になっている。嫌に白い顔色とそのほおの絆創膏ばんそうこう、毛布の上に投げ出された右手に包帯が巻かれている様子は、なおの事不安を誘う。椅子に座って唇をんだままのシンがただ一点、フタバの様子を不安げに見守っていた。

「……シン、フタバくんどーぉ〜?」

 間の抜けた声ではあるが、心配そうに呼びかけるその声に、シンは気がついたように視線をガイに向け、そしてため息を付いた。

「ダメだべ……意識はずっと戻らねーだ。なんだか、深い眠りについてるみてーだべ」

 シンにしては暗い声でそう答える。それを聞いてガイはおずおずとフタバの眠るベッドに近づいた。そして首に下げた鏡を外すと、それを右手に持ってフタバの身体を鏡越しに確認し始めた。

 奇妙な動きではあるが、双子はそれを黙って見ていた。ガイの鏡は特殊な力がある。魔力に反応して通常では見えないものを見ることができるのだ。それを知っている双子は、ガイの観察が終わるのを静かに待っていた。

 程なくして、ガイはホッとした表情でため息を付いた。

「大丈夫〜。特に呪いも悪い魔力も残ってないみたい〜。ただ、ちょっと精神力をつかいきっちゃったのかな〜」

 ガイのその言葉に、シンもシンジも心底ホッとしたように長いため息をついた。

「それ聞いて安心したよ〜」

「じゃあ、ペルソナの悪い魔法は、もうかかってないんだべな」

「多分ね〜。でもきっと……」

と、ガイはまたも表情を曇らせる。

「二人から聞いた話だと、どうも級長……ただ操られていたわけではない気がするんだ〜」

 その言葉に双子は不安げな表情で首をかしげた。

「どういうことだべ?」

 シンの問いかけに細い目をますます細くして、ガイは説明を始めた。

「普通ね〜、操るだけなら操り糸の呪いとか、誘惑の術とか、そういった術をかけるんだけど〜……。どうも級長にはそういう術の気配がなかったんだよねぇ……。それに、あまりにも自然だったじゃない? フタバくんの様子……。学校では普通にしてたし〜、普通に遊ぶときもあったし、宿題教えてもらうときもあったしさ〜。そう考えると……」

と、ガイは顔をあげて双子を交互に見た。

「ひょっとしたら、『憑依ひょういの術』かなぁと〜……」

「その可能性は高いじゃろうな」

 ガイの言葉を続けたのは、彼らの背後の人物だった。驚いてそちらを見れば、黒いローブのおじいさん、彼らの校長先生が立っていた。

「校長先生!」

「じっちゃんもお見舞い来てくれただか!」

 双子が少しだけ元気に声を上げると、優しいほほえみで校長先生はうなずいた。

「さすがに医務室に預けてさようなら、では薄情はくじょうすぎるじゃろ。様子を見に来たんじゃが、その様子なら、しばらく休ませれば大丈夫そうじゃな」

 校長先生からもそう言われれば、なおの事安心だ。双子も今度はガイまでも、ほっと安堵あんどの表情を浮かべた。

「ところでじっちゃん、その『ヒョウイの術』ってなんだべ?」

 シンの問いかけに、校長先生は椅子に腰かけながらうなずいてみせた。

「うむ、なかなか扱える人物は少ない術じゃ。ワシとて使ったことはないからのう」

「その人の体の中に入り込んじゃう術ですよね〜?」

 校長先生に続いてガイが言うと、再び老人はうなずいた。

「その通りじゃ。一つの体に魂が二つ入った状態、とでも言えばわかりやすいかのう。ただ普通身体に魂は一つじゃ。当然一つの体に魂が二つ入れば、身体にもそしてその人本体の魂にも負担がかかる。普通ならばそう長期的に憑依することは出来ないはずじゃ。じゃが……ペルソナとかいう盗賊、あやつは非常に魔法の腕の立つヤツじゃ。おそらくフタバの身体に負担をかけすぎないように調整しながら憑依しとったんじゃろう。おそろしい男じゃわい……」

 校長先生のその言葉に、シンジはうつむいてひざの上のこぶしを握りしめた。

「フタバくん……様子がおかしいのは最近からじゃなかった……。あの時の僕達は気がつかなかったけど、それこそ、闇の石と関わりが出来てから……。ということは、フタバくんに相当前から無理やり憑依してたってことですね……!」

 その言葉に、校長先生もどことなく低い声で答えた。

「恐らくはそうじゃろう。闇の石を始めに奪った学校の時計台の事件の時にはすでに憑依されておったのじゃろう。でなければ、妙に闇の石に関わりが多いはずもないからのう」

「ペルソナ……。オラ……アイツを許せねーだ……! フタバを……なんだと思ってるだべ……!」

 シンジに続き、シンも強い瞳でうなるようにつぶやいた。そのこぶしを握りしめ、怒りを抑えている様子に、ガイは不安げにまゆを寄せうつむいていた。

 そんな三人をなだめるように、校長先生は優しい声を出した。

「まあ今日はもうお主達も休みなさい。どっちにしても、フタバはこのまま休ませるのが一番じゃ。もう夜も遅い。お主達ももう寝ることじゃな」

 その言葉に力なくうなずく三人に、校長先生はそれぞれの肩を押し立ち上がらせた。

 三人が医務室入り口のレイロウ先生にあいさつをして、廊下に出ようとしたときだ。最後に校長先生は思いがけないことを行った。

「そうじゃ、お主達、明日朝一でワシの部屋にきなさい。お主たちには話しておかねばならないからのう。――光の石のことを」



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