第10話 正体現す


*****


 白い石の床を一陣の風が通り過ぎた。優しくなでるような風は秋にしては暖かい。しかしその優しさの割にはずいぶんと不安定な強弱があり、そんな風の感触は不安を誘う。その風に髪をゆらされるのは茶髪の少年だ。金の目をしたキレイな少年ではあったが、その表情は苦しげだった。

「……まさか……先に貴女が沈み始めるとは……」

 そうつぶやく少年の目の前には、彼の体よりも大きな金のガラスのような細長い結晶が浮かんでいた。光を反射し、美しく輝く金の結晶の中には人影が見えた。

「石を引く力を相殺そうさいしきれていないのか……。この石まで引き込もうとするとは……。光の力を最も強くつかさどるこの石が沈めば……もう…………」

 そこから先の言葉を飲み込むように、少年が口を閉じる。まるでその先の言葉に答えるかのように、目の前の結晶が低い地響きを立てて高さを落とす。見ればその結晶はまるで地面から生えたかのように、その足元を地面に沈めていた。先ほどの地響きのような音に合わせ、結晶は地面にまた少し沈む。その様子に、少年は目を背けるように首を振る。

「歴史は繰り返させない……それだけは阻止するんだ……」

 絞り出すように出した言葉に、風すらも沈黙したように感じた。

「……早く……早くしてくれ……!」

 少年は祈るように叫ぶと天を仰いだ。まるでその祈りを天に届けるかのように。

*****






 動けなかった。ある程度予想していたことではあったが、その予想を上回ることが起こったのだ。

 外はもう夜。そんな中、部屋の明かりもつけずに、一人の少年と赤髪の少年は向き合っていた。いつもなら双子の明るい声が響くはずの寮の一室は、異様な空気が支配していた。薄暗い月明かりに照らされる銀髪の少年は、どこか不気味な雰囲気をかもし出している。

 短剣を構えたまま、硬直こうちょくする赤髪の少年、シンの目の前には、ひたいに奇妙な模様を光らせた銀髪の少年が立ち尽くしていた。そのひたいを隠すように手で覆い、顔を隠したままの少年に、シンだけでなく、弟のシンジも言葉をなくしていた。それもそのはずだ。

「フタバくん……そのおでこ……」

 かすれるような声をあげたシンジの指差す先――そこには、あのペルソナの仮面に描かれた模様と同じ物が光っていたのだから――!

 動きは一瞬だった。強い衝撃に驚く暇もなく、シンはよろめいていた。あっけにとられた瞬間、右手に握った短剣を強く引き抜かれる感覚があった。とっさに短剣を両手でつかみ、視線を上に向けた。

 ぞっとした。今まで見たことのない少年の顔だった。いつもは穏やかにほほえむ青い瞳は、氷のように冷たく、シンを突き刺すように見ていた。無表情なその顔で左腕だけは異様な強さでその短剣を握りしめ、シンの手からそれを奪い取ろうとしていた。

「シン、右にどけ!」

 背後で鋭い声がした。反射的に右にけると、そのシンの左耳をかすめるように風が通り抜け、視界のすみに黒い光が見えた。それがキショウの発した術だと気がついた時には、その術は目の前の銀髪の少年に迫っていた。

 しかし、その動きを相手も読んでいた。シンの動きに続くように銀髪の少年は体を半身ねじると、そのほおを黒い術がかすめ、切り傷を作っていた。

 その攻撃のすきに、とシンが両腕に力を入れた時だった。突然目の前の少年は右腕も短剣に向けてきた。両手で捕まえに来る、と思った瞬間、その右手は思いがけず短剣の刃を握りしめた。

「フタバ……っ⁉」

 当然刃を握れば手は切れる。つつ、と赤い液体が短剣を伝った。思わず銀髪の少年の顔を見るが、その表情はまるで仮面のようにピクリともしなかった。それどころかますますその両手に力を込め、刃を伝う血はさらに速度を速めた。その様子に思わずシンが唇をんだその直後だった。勢いよく刀ごと押され、よろめいた瞬間、その右手で短剣が引き抜かれた。

「あっ!」

 それに気がついた、弟のシンジが息を飲んだのも束の間、シンはそのまま後ろに尻餅しりもちをつき、シンジが短剣を構えた瞬間、思いがけず銀髪の少年はそのまま窓に飛び込んだ。

 次の瞬間、ガシャンと窓ガラスのくだける音が響き、銀髪の少年はそのまま廊下に転がり込んだ。目の前のガラスがいきなりくだけたものだから、窓際にいたバンダナ頭のガイはあわててしゃがみこみ、その頭を覆うようにして身を伏せていた。

「しまっただ!」

「逃げられる!」

 双子の動きは早かった。即座そくざに立ち上がり、廊下にシンが飛び出すと、すでにシンジは廊下を駆け抜け、階段を降りていく銀髪の少年を追いかけていた。

「待てっ!」

 かけながらその手を光らせ、術の発動準備をしていた。

『召喚……青女せいじょ!』

 呪文と共に、シンジの両手の前に開かれた魔法陣から勢いよく冷気が吹き荒れる。しかし銀髪の少年はひらりとそれをかわし、階段をすべるように駆け抜けていく。

「速い……!」

 口の奥で舌打ちするシンジに、シンもあっという間に追いつく。見ればシンの胸の丸い玉が光っており、その体を浮かせている。シンは飛んだ方が速いのだ。

「どこまで逃げる気だべ……」

 階段をすべるように飛んでいくシンがつぶやくと、シンジも必死に駆け下りながら答える。

「多分寮を出る気だよ……! 寮の建物、結界があるから、出入り口からでないと抜けられないんだよ……!」

 シンジの読み通りだった。銀髪の少年は階段を下り切ると、そのまま寮の玄関方向にかけて行った。お風呂時間で穏やかな寮の中、廊下を話しながら歩いている生徒たちも何人かいたが、銀髪の少年は全くそれを気にする様子はなかった。廊下の生徒達を突き飛ばしながら、突っ込むようにかけていく。急な出来事に、突き飛ばされた生徒達も悲鳴をあげる。その直後、倒れた生徒達を飛び越えるようにして、シンもシンジも駆けていく。

「シンジ、扉を封じるだ!」

 廊下の突き当たりには、寮の出入り口である大きな扉が見える。当然鍵もかかっているはずだが、相手がペルソナのからむ者なら油断ならない。とっさの判断でシンが弟に指示した。

「わかった!」

言うが早いが、シンジはその手に持った氷の剣を前に突き出し、呪文を唱えた。

皓々こうこう!』

『フレイ!』

 二人は耳を疑った。シンジが呪文を唱え、冷たい冷気が走り抜けると思ったその次の瞬間、銀髪の少年の口から聞いたことのある呪文が発せられたのだ。

 たちまち、銀髪の少年の手から燃え盛る巨大な炎が発生すると、シンジの魔法ごと通路突き当たりの扉に激突した。まるで爆発音かと思うほどの轟音ごうおんをあげ、扉ごとシンジの魔法も外に吹き飛んだ。

「なんてことするだ! 扉ごと吹き飛ばしただべ!」

 驚き声をあげるシンの隣で、シンジが緊張した面持ちで口を開いた。

「それよりもあの魔法……! あれ、ペルソナの……!」

 その言葉に、シンも即座そくざにうなずいた。

 過去にペルソナと対戦したことのある双子は、あの魔法を食らったことがあった。聞きなれない古代語にも似た響きを持ちながら、魔力を操ることのできる奇妙な呪文、超古代文字で創られた古代魔法の一つだ。

 普通の精霊族であるフタバがそんな魔法を使えるはずがない。二人の疑問は確信に変わった。

「あれは……フタバくんじゃない……! フタバくんに変化していたペルソナだ……っ!」

 話しながらも双子は走る速度をますます上げていった。しかしそんな彼らよりもずっと速く、銀髪の少年は廊下を走り抜け、とうとう寮の壊れた扉を通り抜け、外に飛び出してしまった。

「やべぇだ! 転送魔法が使えちまうだ!」

 そうシンが叫び、銀髪の少年に続いて外に飛び出したその直後だった。

 黒い夜空に一瞬光が射した。

 それに疑問を感じ、双子が空を見上げた直後、急に目の前が真っ白になった。まるで何かが爆発したようなまぶしすぎる光、そして次の瞬間、突風かと錯覚するほどの体を芯から震わせる地響きと、耳をつんざくような轟音ごうおんが空間を突き抜けた。

「な……な、なに、今の……⁉」

 驚いて目の前に広がる寮の庭を見た時だ。思いがけないものを見た。銀髪の少年が地面にひざまずくように構えているのだ。てっきりさっさと転送魔法を発動しているかと思っていただけに、双子は少々面食らった。しかしそれ以上に予想外な光景が、二人の目に飛び込んできたのだ。

「えええええ……⁉」

「い、い、い、いつの間に、じっちゃ……」

 双子が言葉をなくすのも無理はなかった。何と目の前には、寮の庭の出入り口を守るかのように立っている一人の黒いローブの老人、そしてそれと向き合うようにしていたのが銀髪の少年。何よりも彼らを驚かせたのはその老人だった。彼らのよく見知った人物ではあったが、こんな夜に寮に来るはずのない人物……セイラン学校の校長先生、その人だったからだ。

「ギリギリ間に合ったようだのう」

 そうつぶやく校長の声は、いつもの穏やかな雰囲気ではない。落ち着いた声色ではあるが、そこに鋭さを感じ取って、銀髪の少年はおろか、双子にも緊迫感が走った。

「…………」

 鋭く老人をにらむ銀髪の少年の表情は、まるで人形のように無表情だった。瞳だけ異様にギラギラと光らせる少年に、校長は静かに問いかけた。

「どうやら、お主はうちの生徒ではないようだのう。姿こそは生徒の姿のようじゃが……」

 老人の言葉に、初めて銀髪の少年が表情を変えた、薄っすらと口の端をゆがめるようにして微笑びしょうした。それを見て、老人は手に持った太い杖を、静かに彼に向けた。

「正直に答えよ、闇の石を奪う盗賊よ……。石を何のために集める……?」

 沈黙が流れた。双子の背後で、何人かの生徒がざわざわと様子をうかがっているような音がする。彼らと校長と銀髪の少年を見ながら、何事かとそわそわしている。そんな雑音を気にしたのは一瞬、すぐに双子は目の前の銀髪の少年を食い入る様に見つめた。

 老人の言葉に銀髪の少年は何も答えなかった。言葉を続けたのは校長の方だった。

「何らかの目的があって集めるのなら話してみても良いと思うがの。じゃが、生徒の身の安全だけは、ワシとて守らねばならん」

 その言葉の直後だった。ひざまずき、動かなかった銀髪の少年が唐突とうとつに校長に向かって突進したのだ。その動きに気付くやいなや、校長は杖を光らせた。

雷震ライシン!』

 校長の口から呪文が響き、それとほぼ同時に白い光が少しジグザグした形をして一直線に銀髪の少年に向かって走った。再びだ。たちまち突風のような轟音ごうおんと地響きが当たりを走り抜けた。

「雷魔法だったべか!」

 校長の魔法に気がついてシンが思わず叫んだ。彼らが外に飛び出したときに見たのは、校長が繰り出した雷魔法だったのだ。夜の風景が一瞬昼間のように明るく照らし出されたかと思うと、それはすぐに夜に戻った。

 当然そんな瞬間的な魔法ではかわす術があるはずがない。銀髪の少年は雷に当てられたものと思っていたが――

「上っ!」

 とっさにシンジが叫んだ。双子が見上げた先は、彼らのはるか上。飛び上がっていた銀髪の少年が、風に髪をなびかせている姿があった。

「空中では逃げ場はないぞ」

 先程よりはわずかに声を荒げた校長が、再び杖を上に向けた。それを見て、銀髪の少年が不気味にほほえんだその途端とたんだった。

 ぐらりと空中の少年が体制を崩した。しかも先程のあの表情は消え、急に瞳を閉じるとそのまま上空から落下してきたのだ。

「えっ!?」

「フタバが落ちるだ!」

 異変に気がついて双子が駆け出すのと同時に、校長も急な変化に思わず手を伸ばしたその直後だ。銀髪の少年が落下を始めると、その少年のいた場所に突如とつじょとして黒い影が現れた。

 いや、正確にはその黒い影からすべり落ちるように、少年が落下したのだ。その黒い影に気がついた双子は思わず足を止め、息を飲んだ。

「お前は――っ!」

「――ペルソナ!!」

 黒い影と思っていたそれは、白い仮面を身に着けたあの盗賊だった。

 ペルソナに気がついた双子が上空に向けて構えを取ると、校長はつい今しがた上空から落ちてきた銀髪の少年、フタバをちょうど受けとめたところだった。

 それを確認して、シンジがほっとため息を漏らすかたわら、兄のシンは上空のペルソナをにらみ続けていた。

「許さねぇだ……よくもフタバを……っ!」

 シンが上空に向けて構えを取る。強くこぶしを握りしめ、そこに赤い光と黄色い光の両方が集中し始める。

 友達を操っていたのだ。しかもそれは今回一度ではない。おそらく何度も何度も少年を操り続け、彼らをだましてきたのだ。その上、シンの剣を奪うために彼の身体を使い、そして傷つけた。許せない感情が怒りとなってシンを突き動かしていた。

 握りしめたこぶしを勢いよく開けば、そこには黄色と赤の光が渦巻く魔法が生まれていた。

熛火ヒョウカ!!』

 呪文と共に手の中の魔法が形を変えた。燃え盛る炎が、まるで風のように吹き荒れ、突風となって上空のペルソナに向かって突撃していったのだ。

「合わせ技!?」

 思わず隣にいたシンジが驚きの声を上げた。弟のシンジも初めて見る技だったのだ。

「……フ、おもしろい術を――」

 対するペルソナは一瞬肩をゆらし笑ったように見えた。

 続けて落ち着いた様子でその魔法に向け、手に握った黄色の短剣で切り裂くような素振りを見せた。たちまち真空の刃が炎の風を切り裂き、炎はまるでペルソナを避けるかのように上下に分かれ、通り過ぎた。

 それを見て、はっとシンジが息を飲んだ。

「ペルソナ、闇の石の短剣を持ってる……!」

 短剣を奪い取ったフタバの体は地上に落ちたものの、ペルソナはその奪い取った短剣をおのれの手の中に握ったままだったのだ。

「エプシロン!」

 仮面の男が急に叫んだと思った直後、ペルソナのすぐ隣の空間が水面のように怪しくゆらめいた。転送魔法だ。

 逃げられる! と思って双子が魔法を放とうとしたが、発動する間もなく転送魔法にペルソナは飛び込んだ。

 水面が小石を飲み込むように、一際空間がゆらいだ直後、何事もなかったかのように辺りは静まり返った。



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