第8話 罠


 明るい月が昇り始める時間だった。夕食の時間を終え、寮の子ども達は続々と部屋から移動を始めていた。この時間はお風呂の時間であり、また自由に友人達の部屋に移動できる時間でもある。多くの子ども達は思い思いの方向に部屋を飛び出していた。それはあの赤髪の少年達とて例外ではなかった。

「じゃあ、準備もできたし、お風呂に行こうか!」

と、元気よく部屋から飛び出してきたのは青い髪をした弟のシンジだ。続いて兄のシンも、そしてなぜか、この部屋の人間ではないはずのガイまでも飛び出してくる。しかしこの光景は今に始まったことでもない。いつもこうなのだ。

「鍵ちゃんとかけるだべよ」

「いつも通りちゃんとかけるったら〜」

 シンにうながされるまま、ガイはその扉に向けて鏡を光らせた。彼の得意術でもある結界をこの部屋にかけたのだ。

「ただの鍵だけじゃ不安だもんね」

 いつものことなのだが、改めて確認するようにシンジがつぶやくと、それを聞いていたシンもこくりとうなずく。

「いつどこでペルソナ達が襲ってくるかわからねーだべ。ちょっと目を離すこういう時だって、ちゃんと戸締りが大事だべさ」

「戸締りっていうか、それ以上の相当強い鍵だけどねぇ〜」

 ガイの術が終わったことを確認すると、双子は手に持ったお風呂セットを振り回しながらかけて行った。それを見て、バンダナの少年も後を追う。

「さあ、早くお風呂を終わらせて、すぐ部屋に戻ろう!」

「そしたらいよいよ、あの本の謎を解くだべな!」

「ひ〜! ドキドキするぅ〜!」

 そんなはしゃいだ声を響かせながら、彼らは階段を降りて行った。


 少年達の声が階段のずっと下まで消えて行った頃だろうか。ふいに廊下に現れた人物がいた。銀色の髪をゆらしながら現れたのは、青いバンダナをひたいに巻いた少年――フタバだった。もう誰もいない廊下に一人たたずみ、静かに耳をすませている。

 しばらくそうしていたかと思うと、唐突とうとつに少年は一つの扉の前につかつかと歩み寄った。

 つい先ほど部屋を出て行ったあの双子の部屋だった。銀髪の少年はそっとその扉に手をかざすと、うっすらとその瞳を青白く光らせた。途端とたん、扉にかけられた結界の魔法陣がギラリと光る。それを見て、少年が舌打ちする音がうっすらと聞こえた。

「……相変わらず強固な術を……」

 それこそ聞こえるかどうかもわからないほどの大きさで、少年は言葉をこぼした。そっとその手のひらを扉に近づけた時だ。ふいに視界のすみにふわりと白い影が動いた。視線を向ければ、思いがけず廊下に面した窓の隙間すきまからカーテンがゆれているのが見えた。銀髪の少年は窓に歩み寄った。手のひらをかざすが、その窓には何も反応が出ない。そっとその窓枠に触れると、音も立てずにゆっくりと窓が動いた。

「フ……」

 思わず口の端がゆがんだ。本当にわずかな隙間だ。指先ほどの隙間だったが、間違いなく鍵が開いていることはすぐに分かった。いくら強固な結界を張ったところで、肝心のその空間に切れ目が生じては、そこから自由に出入りができてしまう。そんなこと、結界の術を操るあの細目の少年が知らないはずがなかった。しかし、この小さな隙間故に、彼らは見落としたのだ。鍵が完全にかかっていると油断し、扉だけに強固な鍵と術を施して。

 周りの気配を探ったのも束の間、次の瞬間には、その窓を素早く開けると、音もなく銀髪の少年は部屋の中にすべり込んだ。そして素早くその窓を閉めると、薄暗い部屋の中に視線を泳がせた。目的のものを探すためだ。しかし探す必要などなかった。なぜなら彼の探し物は目の前のテーブルに堂々と置かれていたからだ。

 銀髪の少年はその本を視界に入れると、うっすらと笑みを浮かべた。その笑みは月明かりの反射を受けて、どことなく不気味に見えた。





*****


 静かに食事を取りながら、頭の中は宿題と、奇妙なでき事のことでいっぱいだった。数日前のあの雨は何だったのだろう。奇妙なあの声は何だったのだろう。それを思い出すと、なんだか頭が重い。奇妙な出来ことがあったはずなのに、どんな出来事だったのかを思い出そうとすると意識が遠のくのだ。思い出せない。何だったんだろう――。

 気にはなるが、ひとまず考えるのはやめることにした。奇妙な出来事だったとはいえ、魔物の気配も悪霊の気配もなかった。しかも学校の敷地内しきちないでの話だ。いくらなんでも魔物の仕業とは思えない。そんな悪い奴らが学校の中に入れるわけがないのだから。それよりも今日出された宿題の残りをどう片付けようかな、などと考え始めた時だ。

「よーやく飯だべさ」

「まだ宿題は終わってないけどね」

「ダメだよ〜。お腹すいてまったくやる気でないんだもん〜」

 にぎやかな声が響いてきた。視線を向ければクラスメイトの双子とその友人だ。にぎやかな彼らはクラスでも目立つ方の生徒だった。なまりのある口調はそれだけで彼が誰であるかすぐ分かる。赤いボサ髪が特徴のクラスメイトのシンだ。その隣には今年転入してきた青髪の弟、シンジ。そして友人のガイが、いつもの様に黄緑色のバンダナを巻いていた。

 その様子を一瞬視界に入れた後、思わず少年は口元をゆるめた。相変わらず、彼らは面白いな、などと考えていた時だ。

「ご飯後はちゃんと宿題やろうね」

「えー、オラ、さっきの超古代文明の話を聞きたいだ」

 唐突とうとつに耳に入った言葉に、急に心臓が大きく鳴り響いた。思わずさじが止まる。しかしなぜ急に胸が高鳴ったのか、それはわからない。

「ふっふっふ、シンってば、ボクの話に夢中だね〜!」

「ガイの話が面白いんじゃねーだべ。超古代文明だから面白いんだべ」

「シン、ヒドイよ〜!」

 耳には双子とその友人の会話が続いていた。それを奇妙なほど集中して聞いている自分に気がついたのだが――まるでまぶたを閉じるように、急激に意識が遠のいていった。

 食事の盆を持ち、銀髪の少年は席を立った。静かにそのまま移動をすると――

 会話を続けていた少年たちのすぐ隣に彼は腰かけた。少年たちはそれには気づかず、食堂のアルバイトをしている一人の女性と楽しそうに会話をしている。今日の料理を選んでいるのだろう。

 程なくして、会話に混じるきっかけが訪れた。赤髪の少年が思い切り、目の前の友人に口の中のものを吹き出したのだ。

「うわっ! シンひどいよ~!! 汚いじゃないか~!!」

「シンジ、それはどーゆー意味だべ!?」

「相変わらず元気だね」

 そう言って銀髪の少年はにっこりとほほえんでみせた。

「あ、フタバくん!」

 声をかければ、青髪の少年がすぐに気がついた。赤髪の少年の席を一つ空けたすぐ隣の席に座っていたのだが、会話に混ざれたことを確認して、銀髪の少年は席を詰め、赤髪の少年の隣に座った。途端とたん、バンダナの少年ガイも赤髪の少年のシンも声をかけてくる。

「級長~、見てよこれ~!! シンってば、ボクにご飯吹き付けてくるんだよ~!!」

「フタバ、聞いてくれだべよ~! シンジってば弟のくせにひどいこと言うだべよ!!」

 二人はそれぞれ彼に助けを求めてきたが、彼が話したい内容はそれではない。銀髪の少年は苦笑いして、ひとまずバンダナの少年にハンカチを差し出した。

「ええと……。ちょっと話はわからないんだけど……。とりあえず。ガイくん、よかったらこれどうぞ」

 それを受け取って、ガイがつぶやく。

「ううっ。級長だけだよ~、ボクのこと心配してくれるの……」

 そんなやりとりを続けているうち、青髪の少年も気さくに話を振ってきた。

「フタバくんと夕食時間一緒になるって、はじめてかも。珍しいね!」

にこにこと言う少年に、わざとらしく銀髪の少年は疲れたような顔をして答えた。

「今回の宿題が面倒だからさ。ちょっと気分転換に先にご飯食べようとおもってきたんだよ。だからちょっといつもよりは早いご飯かな。ところでシンたちは宿題おわったの?」

 意図的に振った何気ないふうな質問だ。すると三人は途端とたん沈黙した。一瞬とまどったが、これが単純に宿題に対する反応であることにすぐに気がついた。

「……終わってないの?」

 次の句を口にすると、青髪の少年が困ったような笑みを浮かべた。

「いやぁ、結構難しくて……」

と青髪の少年が答えるその隣で、兄である赤髪の少年がうんうんとうなずく。

「ま、オラが本気出せば早いんだべがな。あんまり早く終わるとつまらないから先延ばしだべ」

 たちまち、彼らの会話が盛り上がりだした。

「そんな大嘘いって~!ボクの話に夢中になって、シンなんか一ページも終わってないじゃないか!」

 バンダナの少年、ガイがあははと笑うと、笑われた赤髪のシンも食いかかる。

「そもそもガイが、そんな話をするからいけないんだべ!! そんなあるかどうかもわからない話……」

「聞きたいって言ってたの、シンじゃないか~!」

「なになに? ガイ君の話って?」

 ようやく口をはさむタイミングが出来た。ここぞとばかりに、ケンカが始まりそうな仲を割り、会話の矛先を変える。彼の質問に、ガイの代わりにシンジが口を開いた。

「超古代文明ってやつだよ。なんか教科書にも載ってないっていう、あるかどうかもわからない歴史の話なんだって。面白そうだから、つい聞いちゃって」

 予想通りの展開だった。青髪のシンジの言葉に感心するように言葉を紡いだ。

「へぇ、超古代文明……。確か、古代文明よりもはるか昔に滅んだとされる幻の文明だね」

 思わず身を乗り出していた。そんな銀髪の少年の様子にシンが尋ねる。

「お、級長もさすがに興味あるだべな! 級長は『超古代文明』って知ってるだべか?」

 その問いに、思わず口をつぐんだ。この会話の流れだと、超古代文明についてこの少年たちが詳しく知っている様子はないようだ。噂で聞いた程度なのだろう。だがここは魔法技術も発達し、一番超古代文明時代の遺産が集まる場所、セイランの町だ。おそらく彼らなりに調べて、何かしらの情報源にはなるだろう――。

 しばしの沈黙の後、彼は静かに口を開く。

「知ってる、といえばちょっとだけかな。教科書にも載ってないから、噂くらいで聞いたけど……。でも、一つだけ聞いたことがあるすごい話があるんだ」

 声を潜め、低いトーンの話し振りに、思わず三人とも身を乗り出す。

「昔話なんだけど……。

 その超古代文明があったと言われる時代は、今以上に魔法が発達していたんだ。

 なんでも魔法でできて、

 どんな所にも行けて、

 なんでも作れて……。

 それで人々は思った。

 『もっと強大な力を手に入れて、人が神になろう!』って。

 そこで、人々は全ての力をつかさどる不思議な光の石を作った。

 その石があれば、世界の全てをコントロールできる強大な力をもつ石さ。

 その石は六つの力を支配していて、それさえあれば何でもできると、人々は思った。

 でも、神に近い力を、人が持つなんて許されなかった。

 神様の怒りに触れて、人々は巨大な混沌の闇に飲み込まれてしまった。

 あわてた人々は、神の怒りを静めるため、もう一つの石を作った。

 その石は、光に相反する闇の石だった。

 この石にも六つの力を支配させ、その闇の石で光の石を打ち消した。

 そしてその合計一二個の石を神様に差し上げて、ようやく怒りが収まった。

 でもほとんどの人間は、その混沌の闇に飲まれて死んでしまった……。

 残ったのは神様に許された、一部の人間だけ。

 残った彼らで、次の文明を築いた……。

 それが今の古代文明の始まりらしいよ……」

 あまりにスケールのでかい話に、三人は思わず聞き入ってしまったようだった。興味津々きょうみしんしんな三人の様子に、思わず銀髪の少年は照れ笑いして続けた。

「今のは小さいとき僕が聞いた話だよ。ホントかどうかわからないしね。ま、僕が知ってる超古代文明の話はそれくらいかな。たいした話じゃないけど」

 照れる素振りの少年に、赤髪のシンはぶんぶんと首を振って答えた。

「全然そんなことないだべよ! すっごく興味深かっただべ!ガイの話なんかよりうーんと面白かっただ!」

「なんだよ~!きっかけはボクじゃないか~!」

 すかさずガイが抗議する。

「でもフタバくんも、興味あったんだね! ほかに知ってる話ないの!?」

 青髪のシンジも目を輝かせて聞いてくる。またの銀髪の少年はわざとらしく頭をかきながら答えた。

「いや、僕の方こそ、もっと教えてほしいくらいだよ。でも、その不思議な力を持つ石、実は今も残っているんじゃないかって言われているらしいんだ。もし、シンジくんたちもそういう話聞いたらぜひ教えてよ。僕もまだまだ知りたいことだらけだから」

 こうやってヒントを与えれば、好奇心旺盛な子どもたちなら、勝手に何かを見つけてくるはずだ。銀髪の彼はそんな子どもの好奇心にかけたのだ。案の定、彼らは勝手にそれを楽しげな冒険に作り上げていた。

「おう!まかせるだ!オラたち、『超古代文明調査隊』だべな!」

「うわぁ、なんかそれかっこいい!『超古代文明調査隊』かぁ」

「もちろん、オラがリーダーだべ!」

「ええ!? きっかけ作ったボクはぁ!?」

 思った以上に、少年たちはこの話題に乗り気だった。それを内心ほくそ笑みながら見つめていたが、唐突とうとつに彼らは彼にも話題を振ってきた。

「じゃ、級長も情報部隊、頼むだべ!」

 シンがノリノリで彼に話を振る。一瞬迷ったがそれは本当に一瞬だった。彼らの仲間になっておいた方が入ってくる情報は早い。それにたかが子どもの遊びだ、ここは一つ乗ってやろうじゃないか――。

 そう思って、銀髪の少年は楽しそうに笑って見せた。

「面白そうだね。じゃあ、ぜひ僕も入隊させてください! 隊長!」

 彼の言葉に、三人の少年は嬉しそうにほほえみ、ますます話を弾ませていった。それを見つめながら、彼は静かにほほえんでいた。近い将来、必ずこの話題の中心となる石を、手に入れることを決意しながら――。


*****



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