第7話 新たな真実


 その日はもう日も暮れて、学校に生徒ももう残っていないような、そんな時間だった。秋の夕暮れはあっという間だ。先ほどまで明るかった職員室ももう夕闇が迫っていた。

「レイロウ先生、ではお先に」

仕事に熱中する片眼鏡の先生にあいさつをして、また一人先生が帰宅する。あいさつに気がついて、レイロウ先生はあわてて机から顔を上げた。 「あ、ええ、お疲れ様です」

と、そこで周りを見て、職員室にはもう自分以外の先生がいないことに気がついた。しばらくぼうっと職員室内を見ていたが、深く息を吸うと大きくため息をつくように深く息を吐いた。

「……今日も戻らなかったか、校長……」

 そうレイロウが言うのも無理はなかった。と言うのも、話がしたかったのはもうこの日を含めて三日も前の話。その大事な話がすでに出来ないまま、ただただ三日も過ぎているのだ。さすがに気の長い先生も焦りが出ていた。

「シン達の話もあるし……心配だな……」

 天下の大盗賊、あのペルソナがまだ双子の持つアイテムを狙っているのだ。そうでなくとも常に危険から逃げずに立ち向かうような子ども達だ。余計に心配は大きい。しかも今回、ペルソナの狙いが相当危険なものであることをあの双子達は匂わせていた。今、この世界で起こっている不可解な現象……。次々と植物精霊族の力が弱くなり、陰の気が強くなってきている。事実、あちこちで魔物の被害が増えているとの報告が増えていた。そうでなくとも、自分のクラスの子ども達が、原因不明の体調不良で長期間なかなか登校できずにいるのだ。この状況に、もし本当にペルソナが関わっているのだとしたら……。

 そんな危険なことなら尚更なおさら、早く校長に知らせたかった。世界的にも名の知れた魔術師であるゴフ校長なら、なにか太刀打ちできる方法を知っているかも知れない……。そんな期待が彼の中にはあったのだ。

「おやおや、まだいましたか」

 唐突とうとつな呼びかけに、思わず椅子からずり落ちそうになって、レイロウ先生は机にしがみついた。そんな姿を見たのか、声をかけてきた人物はホッホと穏やかに笑った。

「驚かせましたかな」

 聞き覚えのある声に、勢いよくその声の方向を向いた。黒くゆったりとしたローブに白い豊かなひげ、目も見えないほどの豊かな長いまゆ。そう、彼の望んでいた人物、このセイラン学校の校長先生が、そこには立っていたのだ。

「こ、校長先生……! 戻られたのですね」

 思わず立ち上がり、そばに歩み寄るレイロウ先生に、校長またほっほと笑って言葉を続けた。

「その様子じゃと、どうやら早くワシに戻ってきて欲しかったようですな」

 見事な推理に大きくうなずいて、片眼鏡の先生はあわてるように口を開いた。

「もちろんですよ、もう、校長先生にお話ししたいことがたくさんありまして……」

と、話を続けたそうな若き先生を片手で制して、校長は優しくその口元をほころばせた。

「例の石の件で、相当困ったことになっておる、そうじゃろう?」

 その一言で、レイロウ先生は次の言葉を無くしてしまった。思わずうなずいてパクパクと口を動かしていた。そんな彼の隣で、校長はゆったりと言葉を続けていた。

「ワシとて何も気づいていないわけではないのじゃよ。ただ今のうちに確認しておかねばならんことなどが多くてのう。ここにばかりもいられなかったのじゃ。そうそう、あの双子達は元気かな?」

 その問いかけに、ようやくレイロウ先生は口を閉じ、うなずいて声を発した。

「一応今日もみんな元気に登校はしていましたが……ただ」

「それなら結構じゃ」

 レイロウ先生が続けたかった言葉の先を一言で制して、またも校長は職員室内を確認し歩きながら話を続けた。

「彼らが常に危険と隣り合わせなことは知っておる。ひとまず今も元気ならよかったわい。間に合ってよかったよかった」

 校長の意味深なその言葉に、思わずレイロウ先生は首をかしげる。

「間に合った……? 間に合ったというのは……」

 しかしその問いには答えず、校長はそのまま職員室を後にする。思わずそれをレイロウ先生が追うと、そのまま校長は彼に話しかけながら廊下をずんずん進んでいく。

「なあに、恐らくあの双子を中心にまた一波乱あるはずじゃと思うてな。ワシの戻らぬうちに大変なことが起こらねばいいなと心配しておったのじゃよ。元気に登校しておったのなら、まだこれからじゃな」

「ま、待ってください、それはどういう意味ですか? ま、まさか、あのシン達に何か危険なことが起ころうとしているのですか?」

 思わず心配になって声が大きくなる先生に、校長はホッホと穏やかに笑う。

「なあに、危険な目には合わせんよ。ワシとてここの校長じゃ。生徒のことくらい、守れんでどうする」

 その言葉にほっとして、レイロウ先生は胸をなでおろした。しかし、危険なことが起こりうることに間違いはないのだろう。思わずあの石のことが気になった。

「校長先生……。実はシン達が言っていたのですが……。あの闇の石というものは、本当にこの世界の異変を引き起こしているのですか……?」

 その言葉に、校長の歩みが止まった。夕暮れの赤い光が差し込む廊下で、校長は静かに後ろを向き、レイロウ先生に向き直った。彼は続けた。

「闇の石が大地に沈んで、その影響で悪いことが起こっていると……。あの子達が大地の神殿に行った時、女神からの神託しんたくを受けたそうなんです。秘石でこの危機を回避するようにと……。その秘石というのは、やはりあの闇の石なのではないかと……」

 そこから先言葉が続かず、レイロウ先生は思わず固唾かたずを飲んだ。緊迫したような空気を感じながら沈黙を続けていると、校長が静かに息を吸う音が聞こえた。

「女神からの神託しんたくがあったのじゃな……。間違いはないようじゃのう」

と、そのまま背を向け、また校長は歩き始めた。それに気がつき、あわててレイロウ先生は後を追う。

「ま、待ってください、校長! 間違いないというのは一体――」

 しかし、そんな先生の言葉など、まるで聞こえていないかのように、校長は違う話を続けていた。

「北方大陸から戻ると、やはりこちらは暖かいのう。秋も深まる頃じゃというのに、向こうではすでに雪が降っておってのう。驚いたわい」

「校長先生……!」

 必死に後を追い、声をかけるが校長の言葉は続く。

「訪ねた場所は今回二回目だったがの、やはりキレイな森でな。何度行っても心が和むわい。ただ一つ……残念なのが」

と、校長はそこで後ろを振り向き、レイロウ先生を見て一呼吸おいた。その瞳が決して笑っておらず、鋭く光っていたことに、思わずレイロウ先生は息を飲む。

「光の力が封じられて、精霊達の元気がなかったことじゃ」

「光の力が……封じられて……いる……?」

 予想外な言葉に、思わず思考が止まる。そんな先生に、校長は静かに続けた。

「光があれば闇もある。おかしいと思わんかね? 闇の石があるのなら、もう片方があってもおかしくはない……そうじゃろう?」

 その言葉に、とっさにレイロウ先生の口から言葉が漏れた。

「もしや――光の石……が本当にあるのですか……?」

 その発言に深くうなずき、校長は思いがけず低い声で続けた。

「今、大変なことが起こっておる……。この世界の異変のきっかけ――それは光の石じゃ」





*****


 人気のないだだっ広い芝生が続いていた。月明かりだけが輝いて、あたりはサワサワと風の音がするばかり。その空間を囲うように大きな建物が幾つかそびえている。大きな窓の奥には、広い部屋がのぞき見える。そんな広い部屋ばかりが続く建物の内部にはたくさんの机と椅子。そう、建物は大きな学校の校舎。そしてここはその学校の校庭だ。

 そんな暗闇を、一際目立つ銀髪が突っ切って行く。迷いなく進むその先にあるのは天を刺すようにそびえる細長い時計塔だ。てっぺんに飾られているのはもちろんその大きな時計。月明かりを受けて白銀に輝くフレーム、埋め込まれた数字番のエメラルド色が月明かりを反射して美しい。それを見上げる銀髪の人物は薄っすらと口元をゆがめた。月明かりを受けて輝くその瞳は青白い炎のようにゆらめいていた。塔の足元にたどり着けば、重そうな金属製の扉に侵入をはばまれた。扉は頑丈がんじょうな鍵がかけられていて、当然中への侵入をこばんでいた。触れればガチャリと重い音を響かせ、繋がれた鎖を鳴らす。

 銀髪の人物はわずかに鼻を鳴らしその青白く燃える瞳を細めた。両手でそれを持ち上げると――小さくも甲高い音を立て、次の瞬間、鍵は真っ二つに避けた。扉を押し、中をのぞけば、月明かりが天窓から差し込んで、細長い塔の内部を静かに照らしていた。上まで続く階段はホコリまみれで、しばらくの間、誰も上に上がっていないことがうかがえた。静かに扉の中に身をすべらせ、そっと天井を見る。その背後で静かに扉が閉まった。塔の中は本当に静かで、自分の呼吸の音くらいしか聞こえない。深く息を吸い、静かに階段を踏みだそうとしたその直後だった。

「何してるだ? シンジ」

 背後から子どもの声がして、銀髪の人物は動きを止めた。しかも、聞き覚えがある声だ。

「いやさ、なんでフタバ君、この中に入れたのかなって……」

 銀髪の人物にしては珍しく、鼓動が大きく鳴った。姿を見られているとは予想しなかったのだ。このままでは成し遂げるべきことができなくなる。いや、その前に、怪しまれることは避けねばならない。計画は今、始まったばかりなのだから。

 なんとかしなくては――。そう気持ちがはやる一方で、扉の向こう側にいる少年たちの声が続く。

「一応校舎には全て鍵がかかってるのに……。あ、扉の鍵……」

 話を聞いている限りでは、このままではあの少年たちは中に入って来るだろう。静かに銀髪の人物は瞳を閉じた。

 ――案ずるな、鍵は壊れた。これなら転送魔法も使えるはずだ――。

 次に銀髪の人物が瞳を開けた時には――優しい青い瞳が見開かれていた。

「……まさかとは思うだべが……フタバが開けたわけじゃ……」

 このタイミングだ。銀髪の少年は背後の扉に手をかけて口を開いた。

「そんなことしないよ!」

「わぁ!!!!」

 案の定、彼の目の前には驚いて目を丸くする双子の兄弟とその友人が目を丸くして振り向いていた――。


*****

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