第6話 小さな策士


「……おい、あんなベタベタな演技で大丈夫なんだろうな」

 双子とバンダナの少年がしばらく廊下を歩いてたった頃だろうか。唐突とうとつに大人の声が赤髪の中から聞こえた。周りの様子をうかがい、ひょっこりとその髪の中から頭を出したのは小人のような大きさのキショウだ。少々、というよりは思い切りあきれるような表情をして、真下の少年に声をかける。

「それにしても……シン、お前演技へったくそだな……」

「そそそ、そんなことないだべよ! 迫真はくしんの演技だったべさ!」

 あわてて弁解べんかいするシンだが、すでにその声が裏返っている。そんな兄を横目で見て、シンジもほーっと長いため息をもらした。

「シンってばうそが苦手だもんね。いやぁ、ちょっと焦った……」

と、ひたいをそっと押さえる。一方のシンジは演技にはそこそこ自信があったようだ。

「で、でも、これでうまくいっただべよな?」

 シンが後ろを見、肝心の少年が来ていないことを確認しつつ、そそくさと廊下を曲がる。見えてきた階段を足早に上がりきれば、彼らの部屋はすぐそこだ。シンジが口を開こうとすると、キショウはそっと指を自分の唇に当てるジェスチャーをして見せ、そのままシンの髪の中に隠れる。それを見て三人の少年は再び無言になって階段を上がり始めた。時々すれ違う寮生をかわしながら、彼らはそそくさとシンとシンジの部屋に入り込んだ。

 扉を閉め、明かりをつけると、まるで一連の動作のようにガイが扉に向けて首に下げた鏡を向ける。途端とたん、扉に奇妙な文字と共に魔法陣が浮かび上がり、そしてそれは一瞬で消えた。結界を張ったのだ。

 それを見届けて、ようやく双子は安堵あんどのため息をつき、小鬼のキショウもぴょんとシンの頭から飛び降りた。

「結界の中なら、中ものぞかれないから安心だな」

「それにしても、キショウ。ホントにこれで大丈夫?」

「ガイも準備できたんだべよな?」

 双子が立て続けに疑問を投げると、小鬼とバンダナの少年は深くうなずいてみせた。

「ボクの方はちゃんと『追跡の術』はかけられたよ〜。ホラ、大声出そうとして抑えたあの時ね〜。あ、もちろん、本人にではなくて、その服に、だけど〜」

「それなら準備は整ったな。決行は今夜だ。準備を抜かりなく行えよ」

 小鬼の指示に三人の少年は力強くうなずいた。





*****


「ぜぇ、ぜぇ……っ……。……何とか逃げ切れたべな!!」

「な、なんとか……」

「ふーッ!! あぶなかったぁ……!」

 三人は、男が追ってこないことを確認すると、ようやく足を止め、その場に座り込んだ。

 今、三人がいる場所は校庭のすみで、背の低い木々が植えられ、そう人目にはつかない場所だ。まだ日が高い校庭では、何人もの生徒が走り回って遊んでいる。生徒の明るい声がそこら中に響き渡っている。

 シンは呼吸が落ち着くと、そっと顔をあげ、周りをきょろきょろと見渡した。目に入るのはほとんど同年代の子ども達ばかり。恐らく先ほどのディオの姿を確認しているのだろう。

「……ひとまず、何とか大丈夫そうだべな」

 シンの言葉に、銀髪の少年も顔をあげる。隣のシンジと同様にきょろきょろしていると、男の姿が確認できないことを悟ったらしい双子は安堵あんどの表情を浮かべた。

「ふー……。これでちょっと安心かな。にしてもびっくりした~!」

 シンジがそう言って抱えていた本を、地面に置いて大きく深呼吸した。その隣で同様に呼吸を落ち着かせると、少年は四つんばいになっていた身体を起き上がらせて、そのまま近くの木に寄りかかり、深呼吸して見せた。

「僕もビックリだよ……。いきなりこんなことに巻き込まれるなんて……。いや、僕も調査隊の一員だから、仕方ないのか……」

「あはは、そうだね」

 わざとらしくがっくりしたようにつぶやくと、そのつっこみにシンジが笑う。その隣で、シンは呼吸が落ち着いたらしい。シンジが置いた本に手を伸ばしながらつぶやいた。

「に、しても、ずいぶん敵も早かっただな……。オラ達がこの本を持ち歩いてなかったら、今頃盗まれていたかもしれないだべ」

 シンが緊張した表情で本を手に取る。シンの言葉に銀髪の少年もうなずいて見せた。ここは彼らの仲間らしく、会話を盛り上げるのが得策だ。

「しかし、あのディオって人、一体何者なんだろう? とっさに逃げてきちゃったけど……」

 その問いに、シンジも反応して顔を上げる。

「そうだよ、この文字が読めるって事も怪しいけど、明らかにこの本を狙っていたもん。もしかして……」 

「オラもそう思っただべが……。ちょっと違う気がするだ。ペルソナの顔は見たことねぇだが、あの声じゃなかったべ」

「……言われてみれば確かに……」

 シンの言葉に、シンジも思い出すようにうつむいて答える。

「それに、なんかあんな性格じゃなかった気がするしなぁ……」

「性格もそうだべが……。ペルソナは今まであの姿で石を奪いにきているだべ。本気で狙うなら、オラ達の目の前でも、あの姿で現れるんでねえべか?」

 シンジの言葉に立て続けてシンが言う。そんな双子の会話を、一人感心して銀髪の少年は聞いていた。思いがけず観察力に優れた子ども達だ。しかし感心してばかりもいられない。少しは役に立つ発言をしておかねば、彼らからの信頼も得られまい。彼らに同調するようにうなずいて、銀髪の少年は口をはさんだ。

「ペルソナってやつは、わざわざその姿を隠しているんだよね? だったら、一度会っているシン達に、仮面をつけてない姿で現れたりするかな……?」

 シンと銀髪の少年の推測に、シンジはうんうんとうなずいて同意した。

「それもそうだね、それじゃ、わざわざ正体を現しにきているようなものだしねぇ……」

 そんなシンジの言葉に続けて、銀髪の少年はわざとらしくあごに手をやり、難しそうに眉間みけんにしわを寄せて言葉を続けた。

「ともなると、余計にあのディオって人が何だったのか、気になるね。超古代文字が分かるって言って、本を狙っていたわけだから……」

 少年のその発言に、三人の間に沈黙が流れる。双子はきっとあの男の正体に頭を悩ませているだろう。

この短時間でも彼は必死に策を練っていた。思った以上に双子たちはこの本を厳重に守っているようだ。その上校長にまで本のことを知られ、勝手に持ち出すことは相当難しい状況だ。しかし一方で好機もあった。この双子が基本は本を所持しょじしていて、自分もその仲間だ。図らずも超古代文明調査隊に入ったことで本に触れるチャンスはいつでもある。とはいえ違和感なく彼らに怪しまれずにこの本に触れ、使うには何か策を練らねば――。

そんなことを考えていたのも束の間、真っ先に沈黙を破ったのはシンだ。

「だぁぁぁ……。こんなことなら、多少危険でもアイツに渡して、この本の正体を聞いておけばよかっただべ!」

 シンジが考え込むその隣で、シンが頭を抱えて悶絶もんぜつする。その拍子に右手に持っていた本がするりと落ちる。それを見て、とっさに手が伸びた。かろうじて本を受け止めることが出来て、この時ばかりはいささか本気でため息が出た。

「あれ、フタバ、すまねぇだな」

落としたことに今更気がついた赤髪の少年が、一言侘びを入れる。

「シン、気をつけてよ……。この本、大事なものでしょ?」

 ほとんど焦る気持ちからの条件反射だと思った。本を受け取り、何気なくそれを開いていた。まさに開きたかった本の真ん中のページだ。右と左できれいにページが分かれている。思わず動きが止まった。きちんと肝心のページは問題なく開く、そして異常もない。見開きで大きな魔法陣が描かれ、本は術を発動されるのを待っている……。

 銀髪の少年は思わずその本に見入っていた。それに気がついたシンジが肩越しに本をのぞき見る。

「なぁに、このページ? なんだか面白い図だね」

 一瞬、ヒヤリとするが、素直に子ども達はこの魔法陣を見ているだけだと気がついて、すぐに冷静さが戻った。恐らく、このページをたまたま開き、見入っていたようにでも見えたのだろう。そんな銀髪の少年と青髪の少年の様子に、シンものぞき込む。その直後だ。シンはその魔法陣の回りに描かれている絵に釘付けになった。

「シンジ……この周りに描かれている絵……これ、闇の石でねぇべか?」

「え、ホント!?」

 シンの言葉に、シンジがあわててその絵を凝視する。少しゆがんだしずく形をした黒い石。その石が魔法陣の円の周りに、等間隔とうかんかくに描かれているのだ。

「……あ、ホントだ!! これ、時計に入ってたあの石と同じ形だ!! ……六つ……? 六つあるね……」

 シンジはその石の絵を指差し数えて言う。彼は本と双子の様子を交互に見比べた。明らかにこのページが闇の石のページである事に気がついたようだ。だが闇の石をまだ見たことがないことになっているフタバの状況を考えれば、ここは質問を投げておいたほうがいいだろう。わざとらしく双子に声をかけた。

「これ? これが闇の石なの? なんだか表紙にはめ込まれている石とはずいぶん違うみたいだけど……?」

「あれは、闇の石の一部らしいべ。ホントの石はこういう形してるだべよ」

 彼の問いにシンはさらりと答えると、それ以上答える気はないらしい。本にますます顔を近づけ、その魔法陣をじっと見つめる。好都合だ、と思った。これ以上余計な質問をする必要もない。そのまま黙って、次の策を練る。

このページが彼らの目に触れてしまったのは仕方がないが、超古代文字も読めない子ども達だ。少しくらい本の使い方を見られても心配ないだろう。それよりも、この本の価値を分かってもらったほうが、余計大事にこの本を守るだろう。そして自分はその本に触れても問題がない立場だ。この状況をどうしたらもっと有利にできるか――。答えは見えていた。

シンジもずっと本をにらんでいたが、ふと思い出したように、ひとつの闇の石の絵を指差して口を開いた。

「ねぇ、これ……。この緑色の石、これが学校の時計に入っていた石じゃないかな?」

 シンジの言葉に二人はその指先の絵をにらむ。黒いしずくの中心が緑色に染められたその石は、確かにこの双子が過去に見た、あの時計台に組み込まれていた石そのものだった。

「これが描かれているって事は……もしかして、闇の石は六つあるんだべか?」

 シンジの指摘にシンは腕組みして考え込むと、話を早く進めたい少年は口をはさんだ。

「……そういえば、僕が聞いた光の石と闇の石の伝説でも、石は六つずつあるって聞いたし……。この本は、闇の石について書かれている本なんじゃないかな?」

 その言葉を聴いて、シンもシンジもちょっと興奮気味に顔を輝かせる。

「確かにそうだべな! そもそも闇の石の一部が組み込まれているくらいだべ! 闇の石について詳しく書かれている本に違いないべ!!」

「そうだよ! だからペルソナは、石を集めるために、最初にこの本を狙ったんだ!…まぁ、学校の時計が一番最初に狙われたのは、ちょっと順序がおかしいけど」

 狙い通り、この本の使用方法は彼らにうまく伝わった。次の問題はその使い方をどうこの子ども達に示すかだ。自然な方法でわからせつつ、当たり前のように自分も彼らの前で使えるような状況をつくり出せれば、それに越したことはない。悩む間にも双子の会話は続く。

「ま、それはアイツの気まぐれってことでいいんでねぇべか? もしかしたら、本で調べなくてもあれだけは分かっていたのかもしれないだべよ」

「う、うーん?……うん……。……まぁ、この本が闇の石について書かれている事は、この絵を見て分かったけど、でも肝心の闇の石の場所は、どうやって調べたらいいんだろう? ペルソナも、それを知りたくて、この本を狙っていたのかな?」

 シンジの問いに、その通りだと言いたい気持ちを押さえ込み、不自然にならないような言葉を盛り込む。

「……いや、それはおかしいよ。この本はずーっと昔に作られたものなんだろう ?超古代文明の時代に作られたものだとしたら、『今の世界』での石の在り処なんて、この本では調べようがないんじゃないかな?」

 その答えにシンジが肩を落とす。

「それもそっか~。ガイも、古代アイテムは力が強いから、今の世の中じゃ、いろいろなものに組み込まれて使われている可能性が高いって、言ってたもんね……」

 二人の会話を聞いて、シンが再び頭を抱えて声を上げる。

「だぁぁぁ……! 結局、この本が何なのかがわかっても、ペルソナの野望を止めることは出来ないだべかぁ……。今のオラ達に出来るのは、この本を守ることしかできないだべな……」

 シンの落ち込んだ声に、シンジも肩を落としてつぶやく。

「そうだね……。指をくわえて見てるしかないなんて~!!」

 ハッとした。狙ってもいないところで、急に好機が舞い込んだのだ。言いたかった呪文によく似た言葉が男の耳に入った。これなら自然に本の術を発動させることができる。そう確信して思わず口元がゆがみそうになるのを抑えながら、会話の流れに乗って呪文をはさみ込んだ。

「はは、敵からしたら、『お前らは、おとなしく指でもくわえろ!』なんてところかな」

 その次の瞬間だった。

 突然開いていた本のページが光りだした。三人はあっと驚きの声を上げ、本を凝視した。開かれたページの魔法陣の円は、まるで透明なガラスのようだった。平面状に描かれた魔方陣の、あるはずのない底の方が光っているのだ。それはまるで、あふれ出てくる光を通す窓ガラスのように、魔法陣は白く輝いていた。

 それを見て、銀髪の少年は満足げにほほえんでいた。間違いなく本の術が発動すること、そして探し物が早速反応していることに、大きな達成感を得ていた。そして隣ではしゃぐ少年たちに混ざりながら、次の手を考えていた――。


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