第4話 鍵を読み解くもの
「で、この病み上がりのオレに一体何の用なんだよ?」
あきれたようにぼやくのは、子どもの手のひらにでも収まってしまう程の小さな小鬼だ。鬼とは言っても、その姿はただの小人。陰の気配を感じ取ることのできない者ならば、闇族の者とは気づかないだろう。そんな小鬼は発言の通り、まだ病み上がりという様子がふさわしく、その小さな腕には包帯が巻かれ、頭には氷の入った袋を置いている。まだ本調子ではないのだろう。
時刻はもう放課後のにぎやかな時間を通り過ぎ、間も無く夕食時になろうとしていた。夜の闇が近づいている空が窓に映り、双子の部屋にはすでに柔らかなオレンジ色の照明がついていた。
「病み上がりなのにごめんね、キショウ」
不機嫌そうな小鬼とその体調を気遣って、シンジが声をかける。今しかがた奥の小さな給湯室からジュースを四人分持ってきたところだ。その一つにはキショウが飲みやすいよう、長めのストローをさすのも忘れない。
「でも、すぐに来てくれて助かっただべ! さすが、リサに頼んで正解だったべ!」
と、シンはご機嫌な様子だ。
事の流れはこうである。
「闇の石の本を読み解けば、きっと何か手がかりがつかめるだ」
そうシンは昼休みに気がついた。
いや、正確にはずっと前からそれはわかっていたことだった。闇の石の場所を示し、その本自体も闇の石を表紙にはめ込んだアイテムだ。その上、書かれている文字は全て、この時代では読めるものがほぼいないとされるあの「超古代文字」――。闇の石の謎について迫るにはこれ以上ないヒントがあることは、子どもの目から見ても明白だった。
だが残念なことに、その超古代文字を読める人物はほぼいないのだ。魔法技術においては右に出るものはいない、と言われるほどの校長ですら全ては読めない、と断言していたのだから。
そんな状況だったからこそ、彼らはこの本を読むことをほぼ諦めていた。だが、あくまで「ほぼ」である。完全に諦めていたわけではなかったのだ。何故なら彼らの知る人物でただ一人、この超古代文字を読める人物がいたのだから……。
その人物こそが、今彼らの目の前にいる闇族の一種、鬼族のキショウというわけである。
今まで、彼の居場所も知らなければ連絡手段もなかったのだが、今回の大地の神殿での事件で、キショウが寮のアルバイトをしているリサの知り合いだということがわかったのだ。寮住まいの双子達にとって、これ以上連絡の取りやすい人物はいない。何といっても、寮に帰れば確実にリサには会うのだから。
そこでこの日、双子達は学校が終わった
「キショウがリサの知り合いだってわかって良かったよ。僕達、ずっとキショウに会いたかったんだよ。なのにどこにいるかも全くわからなかったからさ」
兄と同じく、ご機嫌な様子でほほえみかけるシンジとは対照的に、小鬼はウンザリ顔だ。
「オレは別にお前達に会いたくはなかったがな……」
会えば確実に何らかの厄介ごとに巻き込まれる。それは初対面の時からわかっていたことだ。まして見た目の割に年齢もだいぶ少年達と離れている彼からしたら、子どもの遊びに付き合っているほど暇ではない、という意見なのだろう。
「そう冷たいこと言わねぇだべさ! 大体、今回の炎の闇の石の時は、オラ達がいたからこそ、キショウも助かったんだべよ?」
「うぐ……」
シンの言葉に、さすがのキショウもそれ以上の文句が出なくなる。
「……ま、まあ、確かに今回の件はオレもお前らに頼んだ面もあるしな……」
「でしょ〜? だから今度は僕達を助けてほしんだよ、キショウ!」
と、シンジは
「……やっぱりコレか……」
机の上に置かれたのはキショウの予想通り、あの黒く古びた本、闇の石の本である。前々からこの少年達に、この本を読んでくれとせがまれていたのだ。お願い事は正直想像にたやすい。
「大体な……こんな分厚い本、すぐになんか読めないぞ! お前らわかってねぇけどな、超古代文字は読み慣れた者でも中々時間がかかるモンなんだ。頼むだけなら簡単だと思いやがって……」
「キショウ、この本を読んで、探して欲しいことがあるんだべさ」
いつになく真面目な声のシンに、思わずキショウの憎まれ口も静まる。
「ペルソナのやろうとしていることが見えてきたんだ。闇の石を大地に沈めてこの世界の安定を壊そうとしている。しかも大地の女神様もこの世界がゆらいでいる、何とかしてくれって、巫女さんの体に宿って僕達に伝えてくれた。今、大変なことが迫っているんだよ」
シンジが真剣な表情で言葉を続けると、今まで黙っていたガイも静かに言葉をつないだ。
「恐らくこれはボク達の予想だけど、闇の石はもう三つは大地に沈んでいると思うんだ〜。闇の石を大地に沈めることで何が起こるのかとか〜、それをどうすれば防げるのかとか〜、沈んでしまった石はどうやれば取り戻せるのかとか〜、その辺りを知りたいんだよ〜」
ガイの説明に、キショウは静かに息を吐き、腕組みをして見せた。
「……なるほどな……。そういう事情だったのか」
いつになく真面目な様子でキショウが返事をする。キショウは自らの手でココ湖の神殿で奇妙な警告文を読んでいた身だ。彼らの説明を聞いて、心配に思った面が少なからずあったのだろう。しばしの沈黙をはさみ、覚悟を決めたようにキショウは息を吸い言った。
「わかったよ、お前らの手伝い、引き受けてやろうじゃねーか。助けてもらった恩もあるしな。これで帳消しにしろよ」
その返事に三人は跳びはねるように喜んだ。
「やっただべ! ありがとうだべ、キショウ!」
「これで謎がだいぶ解けるよ! キショウ、ありがとう!」
「これで残るはフタバくんの謎だけだね〜!」
浮かれ気分の双子は、最後のガイの発言にまたどんよりと空気が沈む。
「そ、そうだったべ……」
「フタバくんの謎は、これとはまた別に解決しないといけなかったね……」
そんな双子の様子に、キショウが不思議そうに
「なんだ、お前ら。まだ他にも何か悩み事でも抱えてんのか」
「うーん……。悩み事というか謎っていうべか……」
「謎?」
シンの返事にキショウがまた問いかけると、シンジが説明を試みる。
「僕達の友達に、ちょっと気になる人がいるんだよ。僕達のこの超古代文明調査隊の一員として、ペルソナのことや闇の石の話――あ、キショウのことは話してないけど――をしている人なんだけど」
「なんだ、お前ら双子とこの細目のヤツと、あの女の子以外にもメンバーがいたのか」
初耳な話に、キショウが珍しく目をパチクリとしている。今度はシンが話を続けた。
「メンバーはそのフタバも入れて五人だけだべ。今までも一緒に活動したことがあるんだべよ。闇の石を探すためにあちこち歩き回ったり、ユキのお屋敷にペルソナが現れた時には一緒に阻止しようとしたりしたんだべさ」
「ふーん、それなら別に怪しいところはねえじゃねーか」
キショウの感想に、それはそうなんだべが、と言葉を
「そうなんだけど、時々怪しい行動をするんだよ。最近だと、この間の大地の神殿の時なんだ。気がついたらここにいた、ってガイに言っていたらしくて、いつの間にかロウコクの町に来ていたっていうんだよ」
「まあ確かに変だな。なんだ、
「な、なんだべ、ムユウビョウって……」
「それだけじゃないんだよ〜」
話がそれてしまうと心配したのか、シンの問いかけを無視してガイが続けた。
「その大地の神殿の時に行動が変だから、ボク、フタバくんに聞いたんだよ〜。どこかでペルソナと会っていたりしないかいって〜。そしたら……『ペルソナって誰だい?』なんて初めて聞くような発言をするんだもの〜!」
ガイのその言葉に、キショウの表情も曇る。
「なんだそりゃ……確かに気になるな」
「でね、僕達ちょっと考えてみたんだ。フタバくん、そういえば妙な行動が何度かあったなって……」
シンジが真剣な表情でキショウに向き直る。
「ユキちゃんのお屋敷にペルソナが予告状を出して闇の石を奪いにきたことがあったんだ。その時はフタバくんも一緒に阻止に行ったんだ。でも……ヨウサちゃんとガイと一緒にエプシロンの罠にかかった時、行方不明になっていたんだよ。ヨウサちゃんとガイは罠の魔法が切れた時、一緒に外に吐き出されたんだけど、フタバくんだけ出てこなくて……。でもそしたら翌日、普通に寮で会ったんだ。昨日はどうしたの、って聞いても、よく覚えてなかったようだし……」
「……なんだ、やっぱり夢遊病か?」
シンジの説明にキショウは首をかしげながら、またそんな返しをする。
「だ、だからムユウビョウって何だべ……?」
「それだけじゃないんだ」
シンが変わらず質問をするが、変わらずそれはみんなスルーである。
「闇の闇の神殿っていう地下にあった神殿に僕達が入っちゃった時なんか、フタバくん、僕達のことを心配するどころか、ただのイタズラじゃないかって発言をしていたらしくて、他の友達がクラスのみんなに訴えてなかったら、助けに来てくれるのも遅くなるところだったんだよ」
シンジの真面目な訴えに、キショウは少々ウンザリ気味に笑って答えた。
「はっはーん、さてはそのフタバとやらも、オレと一緒でめんどくさかったんじゃないか、お前らの活動が。巻き込まれるのがホントは嫌だったんだろ」
などと笑うが、訴えている彼らは真剣である。
「笑い事じゃないよ〜! 全く〜!」
思わずガイが怒り出すが、シンジは落ち着いて首を振る。
「例えそうだったとしても、いつもならそんなこと言うような人じゃないと思う。だって級長をするくらい、クラスでも信頼されているし、事実、僕達と一緒に超古代文明調査隊の活動をしていても、それを他の人に言うような、約束破るようなことはしない人だもん。……だけどね」
と、シンジは声色を落として、机の真ん中に顔を寄せる。その様子に思わずキショウも体を前のめりにして聞き耳をたてる。
「フタバくんの行動、よく考えると、タイミングが良すぎるんだよ……」
「タイミング……?」
問いかけるキショウにうなずいて、ヒソヒソとシンジは昨夜ガイとシンに話した内容を再び話し始めた。
「今まで僕達がペルソナと出会った場所を思い出してみたんだよ。こないだの大地の神殿……当然、ペルソナは現れた。そしてユキちゃんのお屋敷の事件の時、その前はキショウと初めて会ったココ山の湖の底の神殿、その前はペルソナ現れていないけど、デルタと初めて戦った博物館、そしてその前は図書館、その前は時計台……」
「……それがどうかしたのか?」
真意をつかみかねているキショウは、思わず疑問を口にする。その疑問に深くうなずいてシンジが静かに答えた。
「ココ湖の時は別だけど、それ以外の時……必ず僕達、フタバくんと一緒にいるんだよ……」
沈黙が流れた。同じ話をしているはずのガイの背中に冷たいものがひやりと流れる。
「……ただの偶然じゃねーのか?」
思いがけず、キショウの答えは当たり前の返しだった。期待はずれの反応に、さすがのシンも口をはさんだ。
「オラだって、そう思ってただべさ。でも何だかここんとこのフタバを見てると不安なんだべさ!」
「確かに、ちょっとは疑いすぎかなぁって思ったりもするんだけど……でもなんかひっかかるんだよね……」
シンに続いてシンジが肩を落とすと、ガイもそうそう、と同意する 「ペルソナを知らない、って発言も気になるしさ〜、シンジに言われるまで気が付かなかったけど、確かにペルソナの現れるタイミングと妙に一致するよねぇ〜。それにホラ、あのクワエロの呪文の時も、フタバくんいたしねぇ〜」
「ああ、あの『指でもくわえろ』のたまたま発動した時だべな」
「はぁ? なんかそれ、言葉間違って……いや、まて……。今、何て言った?」
今までウンザリ顏で彼らの発言を聞き流していたキショウが、
「初めてこの本の発動が出来た時だよ。その時もフタバくんがいてね。フタバくんがたまたま『敵からしたら、指でもくわえろ』ってところかな、何て言って、そこでたまたまこの本が動いたんだよ」
「よくよく考えたら、あれもタイミング良すぎなくらいだよねぇ〜」
シンジの言葉に続いてガイが懐かしそうにつぶやくその目の前で、キショウの顔がいつになく真剣なものになっていた。
「……そういえば、ペルソナ達はこの本が読めるんだったよな……」
「そうだべよ。あのデルタですら読めるだ」
キショウの問いかけにシンが答えると、キショウは珍しくニヤリと不気味にも取れる笑みを浮かべて見せた。しかし、心なしかその顔色は青ざめて見えた。
「なるほどな……。……よし、わかったぜ。おまえらのそのもう一つの謎も、ちょっと手伝ってやろうじゃねーか」
「ええっ⁉」
「本当だべか⁉」
急な態度の変わりように、双子は喜びと驚きの混じった様子で声を上げた。
「ああ、もしかしたら全ての答えが見えてくるかもしれないぜ」
意味深にそうつぶやく小鬼の言葉に、思わず三人は顔を見合わせていた。
*****
ふと意識が戻ると、そこは学校の廊下だった。いつの間に教室の外に出たのか覚えがなかった。しかし、自分に声をかけてくるクラスメイトに気がついて、思わずホッとした。今日登校していない、と言われている一人だったことをとっさに思い出したからだ。
「――ケトじゃないか、どうしたの?」
そう言ってほほえむと、クラスメイトのケトは走り寄ってきた。
「ちょうど良かったぜ! 今オレ、先生の所に行こうと思ってたんだ」
肩で息をしながら、大柄な少年がホッとしたようにつぶやいた。
二人の少年は、学校の廊下で向かい合うように立っていた。あいにくの天候で昼間にしては薄暗い学校の廊下は、遠くで子どもたちのざわめく明るい声が響いていた。しかしそれ以外はやたらとしんして、どこか寂しい空気すらあるように感じた。
そんな空気を背景に、きれいな銀髪をゆらしながら少年は首をかしげた。
「先生の所に? どうしてまた? ――あ、そうだ! それよりケト、遅刻だよ?」
思い出したように銀髪の少年が言うと、ケトと呼ばれた少年はぶんぶんと首を振る。
「それがそれどころじゃないんだよ! ちょっと大変なことになって……」
「大変なこと……? 何かあったの?」
クマ耳少年のその言葉に、級長と呼ばれた少年は一瞬顔を曇らせる。クラスメイトの様子がおかしいことに気がついたのだろう。そして何か思い出したように息を飲んだ。
「まさか――シンたちもいないけど……もしかして、関係しているの?」
その問いに、ケトはとぎれとぎれの呼吸を整えながら森で起こった出来事を彼に伝えた。トモが朝からいなかったこと、森にいるかもしれないからみんなで探しに行ったこと、その森でミランとヨウサとマハサとシンが消えたこと、もしかしたらそれがオバケの仕業かもしれないこと――。その非常事態に、先生に助けを求めようと自分だけ戻ってきたこと――。
全てを話終えると、級長のフタバはその顔色をこわばらせたまま唇を
「それって……ホントなの? そんな大変なことが……ホントに?」
にわかには信じられず尋ね返す少年に、ケトはにらむように真剣な目を向けて何度もうなずいた。
「ホントだよ、こんなこと冗談でも言えるかよ。だからこうしてオレだけ戻ってきたんだ。今はシンジとガイが残っているんだ。もしかしたらあいつら、見つかるかもしれないし、戻ってくるかもしれないし――そこはあいつらに任せて、オレだけ戻ってきたんだ」
「シンジとガイが――残ってるんだ――」
ケトの言葉に級長はつぶやきながらうつむいた。何故だろう、その名前を聞いた
……いけない、このままだと倒れる……!
そんな危機感に焦っている間にも、隣のクラスメイトが話を続けているのが聞こえた。
「だから、早く先生に助けてもらったほうがいいだろうって思ってさ……。あ、級長、レイロウ先生は教室だよな? は、早く行こうぜ!」
と、銀髪の少年の腕を引きながら歩きだそうとするケトに、思いがけない声が飛んだ。
「何も――そんなにあわてることないんじゃないかな?」
落ち着いた声だった。あまりにも予想外な発言にケトは目を丸くする。しかしそれはフタバもだった。しかもそれが自分の声だと気がついて、一瞬少年は思考が停止する。いったい自分は何をしゃべっているんだ……?
「な、何言ってんだよ? トモも――マハサやシン、それにヨウサたちまでさらわれたんだぜ? お、落ち着いていられるかよ――」
そう言ってケトがあわてている声が聞こえる。嫌な感覚だった。自分はそんなことを言いたくないのに、勝手に体が、口が動いている。もう少年には自分の意思で口が動いているようには思えなかった。遠のく意識の中で、まるで悪い夢を見ているような感覚に襲われながら、そのまま本当に意識がなくなっているのを感じていた。
ああ、夢だ、きっと変な夢を見てるんだ……。
そう思いながら、急激に意識は闇に落ちていった。
*****
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