第2話 推理と仮説


 その日の双子とガイは、またこっそりと部屋で作戦会議を行うことにした。とはいえ、単に部屋にこもって話しこむだけで、いつもとやっていることはなんら変わりないのだが。

 時刻はすでに寝る時間が迫っていた。にも関わらず、三人は風呂にも入らず、食事を終えるとすぐに部屋にこもり、丸い机を囲んで話し込んでいた。

「とはいえ……」

真っ先に口を開いたのはシンジだ。

「いくら級長が怪しいって言っても、それをどうしたらいいかがわからないよね?」

その言葉に、ガイが深くうなずく。

「そうなんだよ〜。あからさまにペルソナを知らないって態度、明らかにおかしいけど〜……」

「そこをつっこんで聞けばいいだべさ。毎回一緒に活動してたのに、なんで急に知らないっていうだべ?って」

 シンがさも当たり前だと言わんばかりの表情で答えると、弟のシンジは重い表情を見せた。

「それはそうなんだけど……。なんかこう、決定的な証拠がないじゃない」

 シンジの言葉にシンは首をかしげる。シンジは続けた。

「例えば、前どうして知らないって言ったの、って聞いたとしても、うっかりしていたとか、寝ぼけていたって返されたら、それ以上僕らもつっこめないじゃないか」

 シンジの答えに、シンはポンと手を打ってうなずいた。

「なるほど、そういうことだべか……。そう言われればそうだべな。さすが、オラの弟! 頭いいだべ!」

 兄のめ言葉に、えへへと照れ笑いをするのも束の間、シンジはすぐに身を乗り出した。それに合わせるように、シンとガイも身を乗り出し、三人は机の中心に頭を寄せてこそこそと話し出した。

「だからさ、級長……いや、フタバくんが、どうしてそんな不可解な行動をするのか、そこを突き止めないといけないんじゃないかな」

「そうだよ〜。それこそが最初の難問だよ〜」

 続けて答えたのはガイだ。

「前のデルタみたいに、変化の術を使って近づいているならわかるけど、級長はもう学校に来て長いよ〜。ボクと同じで一年生の時からいるわけだからさ〜、もし変化の術ならその時からデルタなりエプシロンなりオミクロン、はたまたペルソナ本人が学校に紛れ込んでたってことになるんだよ〜!」

 その言葉にシンジはうーんとあごを押さえ込む。

「そのことなんだけど、その可能性ってちょっと低くないかな? だってそんな学校入学当初からいたなら、シンの持つ闇の風の石の短剣も、この闇の石の本も、もっと早くに盗まれていると思うんだ。」

 その言葉に、シンもまゆを寄せてうなる。

「確かにそうだべな。ペルソナが最初に現れてから、石が盗まれたり変化の術を使うデルタたちが来たりしてるわけだべしよ」

「そうなると、フタバ君本人は、本当にフタバ君で、偽物のフタバ君に成りすまして、デルタ達が近づいて来ているって考えたほうが、可能性高いんじゃないかな」

 シンジの推理にガイが付け加える。

「でも多分、デルタじゃないんじゃないかなぁ〜……。デルタならもっと早くに正体がバレそうだもの〜……」

 その言葉に双子もうんうんとうなずいた。デルタの変化の術はだいぶめられたものである。

「そうなると……他の奴らだべか」

 兄の言葉にシンジが低い声でつぶやく。

「今まで変化の術の話を聞いているのは、でもペルソナだけなんだよね……」

その発言に、思わずシンもガイも沈黙し、ゴクリと喉を鳴らした。彼らは直接見たわけではないが、クラスメイトのユキが強盗にあった時、ペルソナが変身していたという話を聞かされていた。

「……で、でも、きっと、エプシロンとオミクロンも変化の術を使うんじゃないかな〜?」

 確かにその可能性もある。敵は様々な術を使う強敵だ。特にエプシロンの術の豊富さを考えると、その可能性は高い。だが、女性であるエプシロンが少年にわざわざ化けるだろうか。いや、それよりもむしろ本当に変身していたのだろうか。あまりにも自然に接していたフタバのことを考えると、どうにもその変化の術を使っていたという仮説も、自信を持って言い切れない。

「本当に変化の術なんだべか……。フタバとはよく話してたし遊んでただべ。そんなおかしな様子、オラは感じなかっただ。様子がおかしいって言っても、ペルソナ達とつながりがあるとは……オラは思えねーだ」

 シンが思いがけず真剣な様子でそんなことをつぶやいた。その言葉にガイが思わずあわてて首を振った。

「でも、様子は明らかにおかしいよ〜。ペルソナの悪事を止めようと何度も一緒に行動していたのに、知らないって発言はおかしすぎるし、ペルソナの現れたロウコクの町に意味もなくやってきているし……」

 その発言にシンが反発するより早く、シンジがはっと息を飲んだ。

「ペルソナ……。そうだよ、シン、確かにちょっと変だと思わない?」

「変?」

 いぶかしげに首をかしげるシンに、シンジは一瞬だけ視線を向け、すぐに机をにらんだ。

「ペルソナの現れた場所……思い出してみてよ」

 その言葉にシンとガイは、一瞬顔を見合わせ、首をかしげるが、すぐに二人は過去の記憶をたどり出した。

「まず、最近がロウコクの街だべさ」

と、シン。

「その前は〜……え〜と、ユキちゃんのお屋敷だったよねぇ〜」

と、ガイ。二人の回想は更に続く。

「そのもっと前だべか? うーんと……あ、アンリョクの森の地下だべ!」

「ちがうよ〜」

 すかさずガイのツッコミが入る。

「あの時はペルソナじゃなくて、オミクロンだったじゃないか〜。あそこではペルソナの姿はなかったんでしょ〜」

その言葉に、シンも思い出したように声を漏らした。

「あ、そういえばそうだったべ。あの時ペルソナは現れなかっただべが、闇の石は奪われたんだったべ」

「で、その前は……」

 ガイが思い出そうとするところで、シンジが口をはさむ。

「水の中にあった神殿だよ。ココ山にある湖の中の神殿」

「思い出しただべ。あそこで石を沈める儀式だかなんだかを、やっていたんだべな」

 シンが懐かしそうに、しかし忌々いまいましげにつぶやく隣で、ガイが首をかしげながら回想を続けていた。

「そうなると、その前はデルタをやっつけた博物館だし、その前は〜……それこそ最初の図書館だよねぇ」

「正確には、その前にも一回。それこそ僕らが最初にペルソナとあった時計台の事件。そこが始まりだよ」

シンジの言葉にそうだったべ、と同意をしていた兄だったが、そこでまゆを寄せ不思議そうに弟を見た。

「でもシンジ、それが一体なんだって言うだべ?」

 その言葉に、ずっと考え込んだ表情だったシンジの顔が更に険しくなった。

「ちょっと気になることがあるんだよ。フタバくんの行動……」

 そう言って、再び机の中心に頭を寄せるシンジに、再び二人も続く。

「実はさ……」

 三人はこそこそと内緒話を始めた。


 そんな彼らの部屋の前の廊下には、タン、タンと足音が響いていた。銀色の髪を少し湿らせたまま一人で歩く少年は、きっと風呂上がりなのだろう。少し湯気が上がるような湿ったタオルを右手に持ち、左手には衣服の入った袋を提げていた。しかしその顔は風呂上がりにしては青白く、ずいぶんと冷たく見えた。静かに廊下を歩いていたが、ふと一室の前で歩みを遅める。窓からうっすらと光が漏れるが、中に人がいるかどうかまではわからない。そう、彼ら双子達の部屋だ。一瞬、銀髪の少年はその部屋の前で歩みを止めたかに見えたが……。

 再び無表情のまま少年は歩み始め、静かに廊下の奥へと消えていった……。





*****


薄ぼんやりと暗い空間だ。そこに降り立った人物は閉じていた瞳をすぅと開いた。見れば青い瞳が奇妙に青白い光を放っている。

「――聞こえるか?」

 ささやくような低い声に、空間ににじむような響き方をして女の声が答えた。

「はい、聞こえております」

「予定通り今この空間に降り立った。恐らく少女も一人巻き込まれている。うまく迷わせておけ。私は今からそちらに向かう」

「かしこまりました。仰せのままに――」

 そう応える女の声はまた薄っすらと空間に溶けるように消えていった。その声を聞いていた人物は、ほくそ笑むように瞳を細めた。その時だ。

「……くん!? フタバくーん!」

 唐突とうとつに名を呼ぶ少女の声がして、青色の瞳の光がふっと消えた。

「ヨウサちゃん……? いるの……?」

 少し離れたところにいるであろう少女の名を呼んでみる。その声が聞こえたのか、安堵あんどしたようなため息とともに、声の主が近づいてくるのを感じた。しかし青い目の人物の目の前には、長い壁が立ちふさがっている。この壁の向こう側に少女はいるのだろう。

「フタバくん、大丈夫? 怪我はない?」

 壁の向こう側から少女が心配そうな声をかけてくる。努めて優しい声で彼は答えた。

「うん、僕は大丈夫、ヨウサちゃんも無事?」

「なんとかね」

 お互いの無事を確認し、少女はほっとしたのだろう。一呼吸置いて、落ち着いた声色で少女の声が響いた。

「フタバくん、この壁の向こうにいるのね。ところでコレ一体どうなってるのかしら……?」

「僕にもわからないよ……。結界を張っていただけで、こんな場所に来るなんて聞いてないよ?」

「私だって、ユキちゃんの部屋に入ったときはこんな風にならなかったわ。どういうことかしら……」

 少女の問いかけに、青い瞳の人物は一瞬口元をゆがめて笑ったように見えた。しかし即座そくざまゆを寄せて困惑こんわくしたような表情を作る。

「……もしかして……これも敵の罠だったり…‥しないかな……?」

 低く問う様につぶやく彼の言葉に、少女は驚きのあまり声を大きくする。

「ええっ!? この、変なところに落っこちてきたことが……?」

 予想通りの反応に、青色の瞳は笑うように細くなり、静かに言葉を紡いだ。

「だって、急に落とし穴になっているなんておかしいじゃないか。それに……ほら、天井も見えない……」

 しばらくの沈黙をはさんで、少女が一人つぶやいた。

「……こんな経験あったわね……だとしたら……あのエプシロンかしら……」

 少女は昔あった経験を思い出したのだろう。それを感じつつも、さりげない様子で疑問を口にした。

「ん? ヨウサちゃん、何か言った?」

「ううん、なんでもない! それより、早くここを抜け出しましょう! ユキちゃんが心配だわ!」

 ようやく待っていた返答が帰ってきた。青い瞳の人物は一瞬口元をゆがめ、すぐに元気な声で返事をした。

「そうだね! じゃあひとまず合流しようか。なんだか暗くて周りがよく見えないから……僕は転ばないように、壁沿いに進んでみる。ヨウサちゃんも壁なりに進んでみて」

「わかったわ!」

 そこから先の言葉はもう必要なかった。これで少女には合流のために歩くことを意識付ける事ができたのだ。それだけで十分だった。青い瞳の人物はある方向に迷いなく歩き出した。複雑に曲がりくねった道を迷うことなく静かに、しかし堂々と。

「……え……壁沿いって…右? 左?」

 背後でとまどいがちな少女の声が響いていた。

「まって、フタバくん、右? 左? どっち?」

 しかし少女の声に彼は全く答えなかった。声を背中に受けながら、徐々にその姿は元いた場所から遠のいていった。

「フタバくん! フタバくんってばー!!」

 叫ぶ少女の声は薄暗い迷路の中、徐々に小さくなっていった。


*****

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