第1話 怪しい影


 時刻は夕方時、空も赤色に染まり、空気は昼間と違ってひんやりと感じる。夕暮れの中を、商店街ではたくさんの人が歩いていた。夕暮れ時の寂しい雰囲気を徐々に強めながらも、町はにぎやかだった空気を残したまま、人々は家路を急いでいるように見えた。

 そんな町の中を、四人の子どもたちが足早に大通りをかけていた。真っ赤な赤髪の少年のすぐ隣を対象的な青い髪の少年が走り、その後ろにピンクの髪を風でゆらしている少女と黄緑のバンダナを巻いた少年が駆けていく。多くの人々が商店街を抜けるように住宅街へと向かう中、彼らはその流れに逆らうように進んでいく。彼らのかける道のずっと先には、夕日を受けて赤く輝く大きな建物――このセイランの街の象徴ともいうべく魔術学校が立ちそびえていた。


「じっちゃーん!」

 学校に来るや否や、彼らはまっすぐに校長室へと向かった。休日の学校は人も少なく、校長室前の廊下は人影もなく、いやにしんとしていた。そんな中、大声で校長先生を呼ぶ赤髪の少年、シンだったが、その声はそんな廊下にむなしく響くだけだった。呼びかけても校長室からは返答はない。

「……いないのかしら……」

 思わずつぶやくのは柔らかそうなピンクの髪をゆらして首をかしげる少女、ヨウサだ。そんな少女の言葉に同意するようにバンダナの少年、ガイがうなだれる。

「今日は学校おやすみの日だからねぇ。校長先生もお家で寝ているんだよ〜」

 そんなガイの言葉に、シンもヨウサも肩を落とす。寝ているかどうかはさておき、学校にいないのは当然だと思ったのだ。

「それもそうだべな……」

「言われてみればそうよね……」

「でも困ったな……。できれば早く話したかったんだけど……」

 二人に続いて、青髪の少年、シンジがため息を吐きながら答えた。

 彼らが急ぐのには訳があった。この日、この四人の少年少女は大地の女神に祈りに向かったところだった。しかしそこで彼らの宿敵ともいうべき天下の大盗賊、ペルソナの野望に気がついてしまったのだ。しかもその野望が、それこそ世界全体に影響するような、危険すぎるものだと――。それを知ったからこそ、すぐに相談をしたかったのだが――。

 あいにく、校長は留守だった、というわけである。

 四人が思わず深いため息を吐いたその時だった。薄暗い廊下の向こうから気配を感じ、思わず双子は顔を上げた。

「なんだ、お前たち、休日なのに登校か?」

 一瞬警戒したのも束の間、聞き慣れたその声に双子もヨウサもガイも思わず表情をほころばせた。長い緑色の髪を無造作に束ね、しわしわの白衣を来た片メガネの男――。声をかけたのは彼らの担任、レイロウ先生だった。

「せっかくの休みなのに、お前たち何やってるんだ? ……て、もしや、また例の活動か?」

 初めにこやかに話しかけてきた先生だったが、彼らの雰囲気が決して明るくないことを察し、少し声色を落として尋ねてきた。その問いかけに双子は迷いなく大きくうなずいた。

「実は大変な事がわかったんだべ」

「それで……校長先生に報告しようと思ってきたんだけど……」

 双子の言葉に、先生は一瞬眉をひそめ、口を閉じた。

「……そうか……。……その話、先生が聞いても大丈夫かい?」

 しばしの沈黙をはさんで先生はそう提案してきた。その言葉に双子よりも先にヨウサが答えた。

「もちろんです! 先生にも聞いてもらおうと思っていたので!」

 四人は先生に案内され、彼の研究室に通された。研究室、といってもどちらかと言えば理科室か、倉庫にしか見えないような部屋だ。部屋には大きな机が二つほどあるが、その机を取り囲むように背の高い棚が壁を覆っていた。灰色の机の上にはたくさんのガラクタが積まれ、その横のすみの場所には申し訳なさそうに本が積まれている。もう一つの机には薬品か何かのはいったびんや試験管が置かれ、その横には古代文明の遺産、計算機と言われる機械が繋がれ、今もカタカタ何かの処理中のような音がしていた。

 そんな中、四人はロウコクの町で起きた事件のことをレイロウ先生に説明を始めた。

 大地の神殿にお参りにいってペルソナに会ったこと、そこでまた例の闇の石を奪われたこと、その神殿で巫女が神降ろしをして女神の言葉を聞いたこと、そして神殿に伝わる古い奇妙な歌のこと――。

 鬼族のキショウの話だけはややこしくなるのでいつものように触れなかったが、神殿で双子達が体験した出来事のほとんどを話した。聞く側の先生は時折質問をして、重要なところを聞きらさないように真剣な表情だった。

 一通り話をし終わる頃には、すっかり辺りには夕闇が迫っていた。窓の外が暗くなっているのは対照的に、研究室を上から照らす魔導ランプが光を強めていた。

 話を聴き終えた先生は、あごを押さえ考えこむような表情で答えた。

「……もしその話が本当なら、のんびりあのペルソナが現れるのを待つ、なんてやっていられないな……。これは一刻いっこくを争う……。確かに急いだほうがいいな」

 先生の言葉に、四人の子どもたちはうんうんと力強くうなずいた。

「だからじっちゃんの所に来てみたんだべさ」

「ねえ、レイロウ先生。校長先生、明日は学校にいるんでしょ?」

 シンに続いて弟のシンジが口にした問いかけに、思いがけずレイロウの表情が曇った。

「……それが……校長先生はちょっと数日前から出かけているんだ。私達もいつ戻るのかは聞いていないが……数日はかかると言っていてね。明日戻るかがわからないんだよ」

 その言葉にヨウサが両手で顔を覆った。

「もう、こういう大事なときに限って……」

「一体校長先生、なんの用事なの〜?」

 細目のガイも少々困ったような表情を浮かべ疑問を口にすると、レイロウはボサボサの緑の髪をゆらして首を振った。

「私達も聞かされていないんだよ。ただ北方大陸に行くということしか聞いてなくてね」

「北方大陸?」

 聞き慣れない地名に首をかしげるシンだったが、即座そくざにガイが口をはさんだ。

「あ〜、ユキちゃんの実家のある大陸〜。その名の通り、ここからずっと北にある大陸だよ〜。確かかなり遠くの大陸だから、船で行っても相当日にちがかかるはずだよ〜」

「そんな遠くに……一体なんの用だろう……」

 ガイの説明に思わず考えこむシンジだったが、それとは別にシンが深くため息を付いて机に突っ伏した。

「だぁ〜……困っただ……。これじゃあ何していいかわからねーだべ」

「いや、今はとにかく大人しく待つのがいいだろう。校長先生もそんな何週間もいないわけじゃないよ。早ければ明日……遅くても週末には戻ってくるよ」

 なぐさめるように言う先生の言葉に、シンは思わず唇をとがらせる。

「そうはいっても、一刻を争うだべよ? 急がなきゃなんねーだべ」

 他の三人も無言ではいたが、シンの気持ちと同じであることは、レイロウにはよくわかっていた。優しくため息を一つ吐くと、レイロウはシンのそのボサ髪をぽんぽんとなでた。

「気持ちはわかるが、焦っちゃ駄目だ。焦って変に動きまわるようなことはするなよ。それに……」

と、そこでレイロウは表情を真面目にして、四人の顔を見回した。

「残る闇の石はお前たちが持っているんだろう。ということは嫌でもアイツはこちらに必ず接触してくるよな? 校長先生が戻るまでの間、それをお前たちが守ることが、今は一番大事だ。まして自分たちの身も危険にさらされるってことだからな。怪しい人物には気をつけるんだ」

 その言葉に、四人は大きくうなずいた。


 その後、その闇の石と闇の石の本を学校の金庫にでも預けるかと聞かれたが、四人はそれを断って、跳び出すように学校を後にした。

 外に出れば、もうすっかり夜だった。寮住まいの三人は、まずヨウサを家まで送ろうと町の中へ歩いて行った。

「今のところ打つ手なしか……」

 心底残念そうにシンジがつぶやくその隣で、ヨウサが不安そうに首をかしげた。

「でも、良かったの? せっかく先生が闇の石を安全な所に保管しようかって言ってくれたのに、持って来ちゃって……」

「そこは心配ないよ〜」

 双子が答えるよりも早く、ヨウサの後ろを歩くガイが胸を張った。

「学校の金庫のセキュリティよりも、ボクの結界の術の方が上手だからね〜!」

 その言葉がどこまで本当かは分からないが、しかし今日までこうして彼らの持つ闇の石が奪われなかったのは事実だ。だとしたらそれなりに信用してもいいのだろう。ヨウサは少々不安を感じているようだったが、双子はガイの術には絶対の信頼をおいているようで、ガイの自慢気なその発言に対して特に何も言うことなく、ただうんうんとうなずいているだけだ。

「ペルソナのヤツ……今頃どこにいるんだべか……」

 シンがうなるようにつぶやく隣で、シンジも低くうなる。

「うーん……。今どこにいるか、はわからないけど、でも、先生も言うように絶対に僕らの持つ石を奪いに来るとは思うんだよね」

「怪しい人物には気をつけろ、だべか……」

 そうつぶやく双子の脳裏には、あのデュオの姿が浮かんでいた。転校生のふりをして彼らに近づいてきたのは、あのペルソナの部下、デルタだった。しかもこの変化の術を使って近づいてきたのは一度だけではない。同級生のユキのお屋敷に魔物が現れた時にも、警備隊のふりをしてデルタは近づいてきていたのだ。またいつどこでそんな手を使って近づいてこないとも限らない。

「警戒はしておかないとね。また怪しい人物を見かけたら気をつけなくちゃいけないわ」

 双子に続いてヨウサが強く言うその言葉に、はたと思い出したようにガイが息を飲んだ。

「怪しい人物……」

「……? どうしたの、ガイくん……?」

 ガイの言葉に、ヨウサも、その隣の双子も思わず振り向いた。三人の視線を受けながら、あの細目の少年は、思いがけず真剣な面持ちでうつむいて立ち止まっていた。

「ん、どうしただ、ガイ……?」

「何か、思い出したの?」

 双子も思わず問いかけると、ガイはゆっくりと顔をあげ、ごくりと唾を飲み込んで口を開いた。

「……そういえばさ〜……一番怪しい人物が……すでに僕らの身近にいるよね〜?」

 その言葉に一瞬、困惑こんわくする三人だったが、すぐに気がついて三人とも息を飲んだ。

「……そうだったわ……」

「一番怪しい人物……」

「級長……だべか……!?」

 四人が思い出した人物、それは彼らのクラスメイトでもあり、同じ超古代文明調査隊を組んだ仲間でもある友人――銀髪の優しい顔をした学校の人気者、フタバだった。





*****


 唐突とうとつに起こされた。気分の悪い悪夢から呼び起こされたように、みょうにホッとした自分に気がつく。目を開ければ、いやに日差しが明るい。室内ではまず感じないその日差しに違和感を覚える。外に出た記憶などなかった。いや、それよりも更に違和感を覚えた。起こしてくれたその声に聞き覚えこそあれ、今まで一度もその声に起こされたことなどなかったのだから。

「級長〜……級長〜〜」

 妙に間の抜けた甲高い声。聞き覚えがある。クラスメイトにこんな人がいたような……。

 そう思って目を開け、必死にその焦点を合わせる。まぶしい日差しに紛れて、同じように鮮やかな黄緑色が目に飛び込む。その鮮やかな色の下には妙に間の抜けた目が線の顔。心配そうにまゆを下げるその顔は、彼の思っていた通りの人物だった。

「級長〜! 起きたね〜」

「え……ガイくん……?」

しばらくのまばたきをはさんで、ようやく出た言葉がそれだった。どうしてガイに起こされることになったのかがわからない。今までそんなことは一度もなかったのだから。彼のその怪訝けげんな表情が伝わったのだろう。目の前のクラスメイトも同様に怪訝けげんな表情を浮かべていた。

「え、じゃないよ〜。級長、こんな所で何寝てるんだよ〜」

 ガイの言葉に、少年はますます困惑こんわくした表情を浮かべていた。

「こんな所って……え、ここは……どこだい…‥?」

 その発言にガイは絶句していた。

 気まずくなって少年は辺りを見回した。遠くで喧騒けんそうが聞こえる。見慣れない街並み。その裏路地のような場所であることがうかがえた。茶色の高い壁が天に向かって伸びている。自分がそれに寄りかかっていたことをそこで初めて知った。いつの間にこんな所にきたのだろう……。少なくとも初めて見る場所だった。

「級長〜、ホントにここがどこだか知らないの〜?」

目の前のクラスメイトが、怪しむような表情で問いかける。必死に頭を回転させてもやはり見覚えのない場所だ。どうしてここにいるのかもわからない。答えられずにいると、甲高い声が細々と答えた。

「ここ、ロウコクの町だよ〜」

静かに風が吹き抜けた。その風に銀色の髪がなびく。優しい風と、どこか心配そうなガイの表情に少しほっとして、少年は口を開いた。

「ロウコクの町……ああ、セイランからずいぶん離れたところにある、中央大陸最大の大地の神殿がある町だよね」

 町の名前を聞いて、少年はうなずいて見せた。

「う、うん〜……。でも級長はどうしてこんな所に来たの〜?」

 ガイの問いかけに、級長であるフタバは困ったようにほおをかいた。

「うーん…………」

 そのまましばらく沈黙してしまった。どうしてこんな所にいるのか自分でもわからない。だが、それを正直に言うのはためらわれた。というのも、その試みは過去に何度かやっていたからだ。試した結果、結局誰一人真剣に聞いてくれなかったし、彼自身うまく説明できなかったのだ。どう言おうか悩んでしばらく黙っていれば、大抵聞いた方も根負けしてくる。しかし……どういうわけかガイも一緒に黙っていた。

 銀髪の少年は、深くため息を付いて小さく続けた。

「……どうしてなのか……正直僕もわからないんだ……。でも……」

と、少年は視線を下に向け、正直につぶやいた。

「気が付くと汽車に乗って出かけていたり、知らない場所に向かっていたりするんだ。そういうことが……僕、時々あるんだよ……」

 意味深な発言に、ガイはただ黙ってうなずいていた。バンダナの少年の顔色をうかがうように、少年は青い瞳を向け、顔をのぞきこんでいた。しかしガイが真剣に話を聞いている様子を見て、わずかなからホッとしていた。少なくとも彼は今の言葉を真剣に聞いてくれていた。その安心感からためらっていた次の句も口をついた。

「……みんな、何だそれって、まともに話、聞いてくれないけど……でも、本当なんだ。どうしてそんなことしたのかわからないけど、時々……自分でも思ってないことを話していたことや、想像つかないような行動をしていたことがあって……今日だって……気がついたら……こんな所にいたし……」

と、そこまで話して、少年はそんな自分を思わず笑ってしまった。しかしそれは苦々しい笑いだった。

 こんなことを言うなんて馬鹿げている。そんなことを人に相談したところで、された方だって困る。自分のことは自分が一番分かっている。その自分が分からないのだ。友人といえども、それを解決できるわけなどない――。

「はは、僕……どうしたんだろ、なんか、疲れているのかな……」

 その顔を見て、ガイも困ったようにうなってうつむいた。やはり自分のこの悩みなど、他人は分かってくれるはずがない。そうだ、きっと疲れているんだ――。

 これで何度目だろうか。また無理矢理自分を納得させるように少年はつぶやき、力なく笑う。そんなことしかできなかった。

 しばらくの沈黙をはさんだ後、銀髪の少年は静かに立ち上がった。それを目で追っていたガイが不安げに呼びかけた。

「……級長〜?」

「いや……僕、もう帰るよ。何しにこの町に来たのかもよく覚えてないし、宿題もやりたいしさ。もう寮に帰るよ。ガイくんも、用事終わったなら、一緒に帰らない? それともまだ用事が終わってないのかな?」

 その申し出に、困ったような表情でうつむいていたが、唐突とうとつにガイは立ち上がって彼の顔を心配そうにのぞき込んだ。

「級長〜……一つだけ聞いてもいいかな〜……?」

「……ん? なんだい?」

 ガイの申し出に、少年は小さく首をかしげた。見れば細目のクラスメイトは怪訝そうではあったが、しかし何か一つの決心を持って質問をしようとしていることがうかがえた。いったい何を聞くのだろう、とどこかで自分の悩みの答えを期待しながら待つと、予想外の質問が飛んできた。

「級長……どこかで合っていたりしないかい〜……? あの……ペルソナと……」

 一陣の風が通り過ぎた。聞いたことがあるような気がしたのも一瞬。しかしすぐにその名前が自分の記憶にないことに気づいた。

「ペルソナ……って誰だい……?」

その言葉に、目の前のクラスメイトは明らかに動揺どうようした。イマイチ表情のわかりにくい細目の少年ではあったが、明らかに絶句して次の句が出てこないのが分かった。なんだか嫌な胸騒ぎがした。

 しかし次の瞬間だった。急激に意識が朦朧もうろうとしてくると、頭の奥が重くなるような感覚に襲われた。これはまずい、と少年は思った。急激に具合の悪くなる感覚だ。早くここから移動しなくてはダメだ、早く帰らなくては――そんな危機感が急に沸き起こったのだ。

「ガイくん、ごめん、じゃあ僕も急ぐから帰るね……」

あいさつもそこそこに、その場から足早に少年は立ち去った。不思議と初めての道のはずなのに、足は自然とある方向に向かって歩いていた。まるで自分の意思とは関係なく、体だけ動かされているような、そんな感覚に襲われながら。


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