エピローグ 読めない本心


*****

 真っ白な石畳の上にも、キレイな赤い光が降り注いでいた。遠くで鳥の鳴く声がして、夕闇が近づいていることを知らせていた。

 赤く染められた石畳に、その少年は一人立ち尽くしていた。何かを見つめ、苦しげに表情をゆがませる少年の目の前で、何かが低い地響きを立てた。夕暮れに燃える空を背負うように、茶髪の少年は地面にひざをついて、こぶしを石畳に叩きつけた。

「石を引く力が強い……」

 地面にひれ伏すように崩れ落ちた少年の目の前には、大きな水晶が夕日を浴びて赤く輝いていた。その水晶は三つあるのだが、二つは宙に浮かび、一つは地面から生えるような形でその姿の半分が地面に隠されていた。苦しげに唇をみ、こぶしを握りしめる少年の目の前で、その水晶は地響きを立てながら地面に沈み込んだ。もはや残るのはわずかに水晶の頭の部分だけだ。光が反射して見えづらいが、その中には人影のようなものが見えた。それは金の髪をした男性のように見えた

「このままでは全ての力が封印されて……またあの時と同じ歴史を繰り返す……!」

 低くつぶやく少年の声には焦燥感しょうそうかんが表れていた。力強く握りしめたこぶしが震えている。地面にひれ伏したまま、瞳をきつく閉じて少年は祈るように口を固く結んだ。

 また地響きがして、水晶の一つが地面へと引きずられていく。それに気がついて大きく瞳を見開けば、金の瞳は悔しげに沈みゆく水晶をにらんでいた。

「このままでは……! くっ……まだなのか…………闇の石は……!」

 苦しげにこぶしを握りしめる少年の目の前で、最後の地響きを残して水晶は地面の中へと消え――

 残る二つの水晶だけが、白い石畳の上で静かに輝き続けていた。まるで最初から二つしかなかったかのように――。




*****

 四人の少年少女らが座る席から少し離れたところに、その少女は腰かけていた。エメラルド色の髪と瞳が特徴の美少女、リサだ。膝の上にはハンカチを広げて、その中に小さな人形のような小人が静かに寝息を立てている。ぱっと見はただの小人だが、その正体をもし知られたら確実に人々に警戒される種族、闇族の少年、キショウだ。リサは他の汽車の乗客にばれないよう気を使いながら、キショウをその手で隠すようにひざに乗せていた。時折小人の様子を確認し、静かに眠っている姿を見ては一人胸をなで下ろしていた。

 汽車の窓に映る風景は、夕焼けの色に染められて赤っぽい。林の木々もレンガ造りの町並みも、キレイな赤い色彩に彩られて流れていく。それを横目で見ていると、少し離れた席から聞き慣れた声が響く。この地域では珍しいなまりが特徴的で、視線を送らなくても声の主は分る。シン達だ。耳を澄ませば、彼らがひそひそと話をしているのが聞こえる。案の定、彼らの話題はペルソナのことだ。

「証拠はなくても、ここまで話が出てきたら、もう間違いないよ……。何とかしてペルソナの野望を食い止めなくちゃ……!」

「そうだべな!」

 そんな彼らの話を聞きながら、リサは表情を曇らせていた。彼女の脳裏に浮かぶのはシン達が見てきたペルソナとはまた別の表情を持つペルソナの姿だ。

 寮で偶然出会った時も、今回の神殿の中でも、確かに強引に連れ去られはしたのだが、一度も乱暴な扱いをされたことは無かった。むしろ紳士的な対応に、リサはさほど警戒していなかったくらいだ。何かを盗み出していることには変わりがないのだろうが、それがやむを得ない事情だということも、ペルソナは匂わせていた。

 それに何よりも、リサが困惑こんわくしているのはペルソナの不可解な行動だった。本当に世界を壊そうとしているのであれば――

 リサは自分の手のひらの下で、静かに寝息を立てている小鬼を見た。今、こうしてキショウが生きているのは、ペルソナの協力があったことも大きい。むしろキショウを救う手立てが無かったシン達を手助けしてくれたのは、他ならぬペルソナ自身だったのだから――。

 闇の石の力を使って世界を壊そうとしているのだとしたら、キショウが闇の石の力で暴走したところを、わざわざ食い止めるだろうか……?

 そんな疑問が沸々ふつふつと浮かんできて、リサは大きく息を吸い込むと、そのまま窓の外に視線を送った。

「本当に……ペルソナ……貴方は何をしようとしているの……?」

 ため息を付き静かにつぶやく少女の声は、汽車の車輪の音にかき消され、誰の耳にも入ることはなかった。窓の外では静かに夕闇が迫ってきていた。

*****


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